【第403話:見え始めた綻び】
黒い巨人の腕が振り下ろされた。
轟音と共に岩盤が砕ける。
砕けた石片が谷の斜面へ激しく降り注いだ。
クロナはその中心から軽く跳び退いていた。
余裕を見せつけるためではなく、純粋に攻撃を見極めている。
その目は巨人の全身を冷静に観察していた。
「確かに硬いな。だが思ったほど厄介でもねえ」
イエガンは大斧を肩に担ぎながら巨人の側面へ回る。
その大柄な身体からは焦りが一切感じられない。
戦況を見ながら最適な一撃を探していた。
「クロナ様。こいつは力こそありますが、動きは単純です」
「そうだな」
クロナは小さく笑った。
巨人は再生する。
だがそれ以外の部分は歴戦の強敵と呼ぶには少し物足りなかった。
その様子を見ていたアルドの表情が僅かに曇る。
再生能力を見せられれば相手は焦るはずだった。
少なくとも彼はそう信じていた。
しかし目の前の二人は違う。
警戒こそしているが動揺していない。
まるで攻略法を探す作業でもしているかのようだった。
一方でティナはアルドと刃を交えていた。
短剣と長剣がぶつかるたび鋭い火花が散る。
谷の岩壁へ金属音が反響していた。
「随分落ち着いていますね」
ティナが静かに言った。
アルドは剣を振るいながら鼻を鳴らす。
その瞳には強い自負が宿っていた。
「当然だ。あれは私の最高傑作だからな」
「そうですか」
短いやり取りの後も攻防は続く。
ティナは相手の剣筋を見切りながら距離を保った。
戦うことより観察することを優先しているようにも見えた。
アルドはその態度が気に入らない。
自分が見定められている感覚があった。
研究対象にされているのは自分の方ではないかと思えてくる。
その時だった。
巨人の胸部が赤く脈動する。
先ほどまでよりも明らかに強い光だった。
ティナの視線がそこへ向いた。
再生を始める直前にも同じ現象が起きていた。
違和感が確信へ変わり始める。
「なるほど」
ティナは小さく呟いた。
アルドの眉がぴくりと動く。
その反応が何よりの答えだった。
「クロナ様」
ティナが声を上げる。
クロナは振り向かない。
だが聞こえていることは分かっていた。
「胸部です。再生のたびに反応しています」
「核か」
「その可能性が高いと思います」
イエガンも赤い光へ視線を向けた。
そして豪快に笑う。
ようやく狙う場所が絞れたのだから当然だった。
「分かりやすくなりましたね」
アルドは即座に後退した。
今まで見せなかった緊張が表情へ滲む。
それを見たクロナは静かに拳を握った。
「当たりらしいな」
次の瞬間、巨人が大きく咆哮する。
胸部の光が激しく明滅した。
それに呼応するように全身の装甲が震え始める。
巨人はこれまで以上の速度で突進した。
巨大な拳が正面からクロナへ迫る。
谷全体が揺れるほどの圧力だった。
しかしクロナは避けない。
正面から拳を受け止める。
衝撃で地面が沈み込んだ。
アルドの目が見開かれる。
巨人の全力だった。
それを止められるとは考えていなかった。
クロナは拳を掴んだまま僅かに笑う。
余裕を誇示しているわけではない。
相手の力を測った結果の反応だった。
「少し強くなったな」
その言葉がアルドの神経を逆撫でする。
切り札を見せたはずだった。
だが評価はその程度だった。
イエガンが飛び出す。
大斧が唸りを上げながら振り抜かれた。
狙うのは当然、胸部の赤い光である。
「失礼しますよ、クロナ様」
斧が装甲へ直撃する。
激しい火花が谷を照らした。
黒い装甲へ深い亀裂が刻まれる。
巨人が苦しむように後退した。
胸部の光が不安定に揺れる。
再生速度も明らかに落ちていた。
「効いています」
ティナは確信を持って告げる。
観察結果に迷いはない。
弱点は間違いなくそこだった。
クロナは巨人を見据えた。
アルドもまた唇を噛み締めている。
戦いはまだ終わらない。
だが流れは変わり始めていた。
そしてアルドは理解する。
自分が追い詰める側ではなく、追い詰められる側になりつつあることを。




