【第402話:鋼鉄の守護者】
黒い巨人の足が地面を踏み締めた。
重々しい振動が谷全体へ広がっていく。
赤い光が仮面の中央で脈打っていた。
まるで生き物の心臓のように不気味な明滅を繰り返している。
アルドは剣を構えたまま動かない。
先に仕掛けるつもりはないようだった。
「見せてもらおう。グリムファングの王とやらの力を」
クロナは肩を回しながら笑う。
その視線には余裕があった。
「見たいなら見せてやるよ」
次の瞬間だった。
クロナの姿が消えた。
轟音が響き、地面を砕きながら一気に黒い巨人へ突撃する。
鋭い拳が巨人の胸部へ叩き込まれた。
普通の相手ならその一撃だけで吹き飛んでいただろう。
しかし巨人は僅かに後退しただけだった。
黒い装甲が鈍く軋む。
「硬えな」
クロナが目を細める。
予想以上の手応えだった。
黒い装甲には浅い亀裂しか入っていない。
異常な耐久力だった。
巨人の右腕が振り上げられる。
その動きは大きいが恐ろしく速かった。
クロナは横へ跳ぶ。
直後に拳が地面へ激突した。
凄まじい衝撃と共に岩盤が砕け散る。
大量の破片が周囲へ飛び散った。
「クロナ様!」
イエガンが叫ぶ。
だがその声に焦りは少なかった。
土煙の向こうでクロナが笑っていたからだ。
無傷のまま着地している。
「面白いじゃねえか」
イエガンも獰猛な笑みを浮かべた。
大斧を肩へ担ぎ直す。
「なら俺も混ぜてもらいますよ」
大柄な身体が地面を蹴った。
一直線に巨人へ迫る。
大斧が横薙ぎに振り抜かれた。
巨人の横腹へ全力の一撃が叩き込まれる。
金属音が谷へ響き渡った。
周囲の岩壁まで震える。
装甲が大きく歪んだ。
しかし切断には至らない。
「本当に硬てえな」
イエガンは舌打ちした。
手応えはあったが決定打には遠い。
その頃、ティナは動いていなかった。
少し離れた場所から戦況を見つめている。
巨人の動き。
腕の振り方。
重心の移動。
視線の向き。
ティナは一つずつ観察していた。
ただ敵を見ているのではない。
どう作られ、どう動いているのかを確かめていた。
違和感を探しているのだ。
アルドはそんな彼女を見て薄く笑う。
余裕を崩さないまま口を開いた。
「戦わないのか」
ティナは視線を向ける。
表情は静かだった。
「戦いますよ。ただ見ているだけです」
「余裕だな」
「いいえ。警戒しています」
ティナは正直に答えた。
相手を侮る気はない。
アルドは少しだけ意外そうな顔をした。
それから小さく頷く。
「なるほど。慎重な性格らしい」
「そちらこそ余裕がありますね」
ティナは短剣を握り直した。
いつでも動ける姿勢を取る。
「自分の作ったものが負けると思っていないんですか」
アルドは巨人を見た。
その瞳には強い確信が宿っている。
「失敗作ではないからな」
そう言い終えるより早くアルドが動いた。
鋭い踏み込みと共に剣が走る。
ティナは後方へ跳躍した。
銀の刃が鼻先を掠める。
「速いですね」
ティナは静かに呟いた。
予想以上の速度だった。
アルドは追撃を続ける。
間合いを与えるつもりはない。
「研究者だから弱いと思ったか」
「少しだけ」
「残念だったな」
剣閃が連続する。
ティナは紙一重で回避した。
岩肌へ刃が触れるたび火花が散る。
鋭い音が周囲へ響いた。
その動きには無駄がない。
長年鍛え続けてきた剣士の動きだった。
一方でクロナとイエガンは巨人を押し始めていた。
二人の猛攻で装甲へ傷が増えていく。
クロナの拳が胸部を砕く。
イエガンの斧が肩口を削る。
確実に破壊していた。
だが奇妙なことが起きていた。
傷が消えている。
「……あ?」
クロナが眉をひそめる。
確かに砕いたはずの箇所だった。
イエガンもすぐに気づく。
目を細めながら装甲を睨んだ。
「再生してやがる」
巨人の赤い光が強く脈打った。
まるで血液が流れるように光が走る。
装甲の亀裂がゆっくり閉じていく。
砕けた部分さえ元へ戻っていた。
クロナは笑みを消した。
その目に戦士としての鋭さが宿る。
「なるほどな」
単純な硬さではない。
壊しても修復される。
だから警備が少なかったのだ。
簡単には突破されない自信があった。
アルドはティナと剣を交えながら口を開く。
その声には誇らしさが滲んでいた。
「気づいたか」
ティナは短剣で剣を受け流す。
火花が散った。
「だから自信があったんですね」
「当然だ」
アルドの表情には誇りがあった。
長年積み重ねてきた成果なのだろう。
「人と魔物の長所を取り込んだ。あれは新しい生命体だ」
ティナは僅かに眉をひそめる。
その言葉の意味は重かった。
つまり実験は成功している。
村人たちを使って積み重ねてきた研究が形になったのだ。
怒りはあった。
だが感情だけで動くつもりはない。
クロナは巨人を睨みながら拳を握る。
再生の様子を注意深く見つめる。
「なら壊し方を探すだけだ」
巨人が咆哮のような金属音を発した。
谷全体が震える。
巨大な腕が振り上げられる。
空気そのものが唸りを上げた。
クロナとイエガンは同時に飛び退く。
長年戦ってきた者同士の連携だった。
轟音と共に地面が爆ぜる。
岩盤がめくれ上がり、大量の土砂が舞った。
谷の戦場はさらに激しさを増していく。
誰も一歩も引かなかった。
そしてティナは激突する刃の合間に、一つの違和感を覚え始めていた。
何度も巨人を観察した結果だった。
あの巨人の再生には何か条件がある。
無制限に回復しているようには見えない。
赤い光が強くなる時。
再生が始まる時。
そこに何か繋がりがある。
そんな確信が胸の奥で静かに形になり始めていた。




