【第401話:閉ざされた研究棟】
クロナたちは岩陰に身を潜めながら、谷の奥に築かれた拠点を見下ろしていた。
切り立った崖に囲まれたその場所は、外部から発見されにくい構造になっていた。
建物は石造りだったが、普通の砦とは違っていた。
高い壁よりも巨大な屋根付きの施設が目立ち、まるで何かを研究するために造られたような雰囲気を漂わせている。
ティナは目を細めながら施設全体を観察した。
以前に見つけた拠点と似ている部分があると感じていた。
「牢屋よりも作業場が多いですね」
クロナも静かに頷いた。
遠目に見える建物の配置は、確かに兵士の駐屯地というより研究施設に近い。
「村人を攫っていた連中の本命かもしれねえな」
イエガンは腕を組みながら低く唸った。
視線は常に周囲へ向けられている。
「クロナ様。警備の数が妙です」
ティナが小さく指を差した。
巡回している兵士はいるが、拠点の規模に対して人数が少ない。
「少ないな」
「はい。何かを隠しているというより、自信があるように見えます」
その言葉にクロナは少し考え込んだ。
警備を減らしても問題ない理由があるのかもしれない。
風が谷を吹き抜けた。
その瞬間、施設の奥から重々しい金属音が響く。
ギィィィン――。
三人は同時に視線を向けた。
建物の一角にある巨大な扉がゆっくり開いていた。
そこから現れたのは人ではなかった。
全身を黒い金属で覆われた巨大な存在だった。
身長は三メートル近い。
人型ではあるが、顔には目も口も存在しない。
代わりに赤い光が仮面の中央で脈打っていた。
異様な威圧感が周囲へ広がる。
「……なんだあれ」
イエガンが眉をひそめた。
長年戦場を渡り歩いてきた彼でも見覚えがない。
ティナも首を横に振る。
生物には見えないが、単なる人形とも思えなかった。
その時だった。
「見つけたぞ」
突然背後から声が響いた。
三人は反射的に振り返る。
岩場の上に一人の男が立っていた。
年齢は三十代半ばほどだった。
短く刈った灰色の髪と鋭い青い瞳が印象的である。
細身の体格だが隙はない。
黒い外套の上からでも鍛えられた身体が分かった。
腰には細身の剣が一本。
胸元には例の組織と同じ紋章が刻まれていた。
「侵入者か。しかも随分と面白い顔触れだな」
男は薄く笑った。
敵意は隠していないが、不思議と余裕があった。
クロナはゆっくり立ち上がる。
逃げるつもりは最初からない。
「お前、この施設の責任者か」
「そうだ。私はアルドだ」
男はあっさり名乗った。
まるで隠す必要もないと言わんばかりだった。
ティナは男の表情を観察した。
以前戦った仮面の男とは違う。
こちらは感情を持っている。
怒りも驕りも冷静さも隠していない。
「村人を攫っていた組織の幹部ですか」
アルドは肩をすくめた。
「幹部というほど偉くはない。ただ研究を任されているだけだ」
「研究のために人を攫ったと」
ティナの声は冷たかった。
だが怒鳴ることはしない。
アルドは少しだけ空を見上げた。
それから小さく息を吐く。
「必要だった。それだけだ」
「必要なら何をしてもいいのか」
クロナの問いにアルドは即答しなかった。
しばらく沈黙してから静かに口を開く。
「世界は綺麗事だけでは変わらん。
お前たちも王国を作ったなら分かるだろう」
イエガンの額に青筋が浮かんだ。
「勝手な理屈を並べてんじゃねえぞ」
「理屈ではない。現実だ」
アルドの視線が施設へ向く。
そこには巨大な黒い人型が立っていた。
「我々は新しい力を作っている。魔物も人も超える力だ」
ティナは僅かに眉をひそめた。
その言葉には狂気よりも確信が混じっている。
だからこそ危険だった。
「ティナ。どう思う」
クロナが小声で尋ねた。
ティナは少し考え込んだ後、静かに答える。
「嘘は言っていないと思います。だから余計に厄介ですね」
アルドはその言葉を聞いて笑った。
「察しがいいな。なら話は早い」
男は腰の剣を抜いた。
銀色の刀身が夕陽を反射する。
「ここから先へ進ませるわけにはいかない」
同時に施設の方向から重い足音が響いた。
あの巨大な黒い人型がこちらへ向かって歩き始めていた。
地面が揺れる。
岩が小さく跳ねる。
クロナは獰猛な笑みを浮かべた。
「面白くなってきたな」
ティナは短剣へ手を伸ばした。
イエガンも大斧を肩へ担ぎ直す。
谷の奥で発見した新たな拠点。
その中心にいる研究責任者アルド。
そして正体不明の巨大兵器。
敵組織の全貌へ近づくための戦いが、今まさに始まろうとしていた。




