【第397話:北方からの来訪者】
朝の報告会が終わった後も、広間には幹部たちの姿が残っていた。
机の上には各地から集まった資料が並べられている。
クロナは椅子にもたれながら、新たに積まれた書類へ視線を向けた。
王国が大きくなるにつれ、確認すべきことも増えていた。
イエガンは腕を組みながら地図を眺めていた。
大柄な体躯は相変わらず威圧感を放っている。
ティナは壁際で静かに紅茶の入ったカップを手に取る。
長旅を終えたばかりだったが、その表情に疲労は見えなかった。
「しかし各地が騒がしくなってきましたな、クロナ様。前は魔物の群れをまとめるだけで精一杯だったのですがな」
イエガンは苦笑しながらそう言った。
クロナも小さく肩をすくめる。
「国になった以上は避けられないさ。むしろ今まで平和だった方だろ」
その時だった。
広間の外から慌ただしい足音が近づいてくる。
扉が開かれ、一人の兵士が息を整えながら中へ入った。
まだ若い狼族の青年で、灰色の毛並みと鋭い耳が特徴だった。
「クロナ様。城門に来客が現れました」
クロナは兵士へ視線を向けた。
兵士の表情にはわずかな緊張が浮かんでいる。
「来客だけでそんな顔はしないだろ。何かあったのか」
「はい。相手は北方から来た使者を名乗っています」
広間の空気が少し変わった。
ティナもカップを置いて兵士を見る。
北方地域は広大な雪原と山岳地帯が続く土地だった。
交流が全くないわけではないが、頻繁に人が来る場所でもない。
「使者か。何人いる」
「一人です。護衛も連れておりません」
イエガンが眉をひそめた。
護衛なしで他国へ来るのは珍しい話だった。
「随分と肝が据わっておりますな」
「それとも余程の自信家かもしれません」
ティナが静かに言葉を挟いた。
クロナは少し考え込む。
誘拐組織の件もある。
警戒は必要だった。
「会ってみるか。ここへ通してくれ」
兵士は一礼すると広間を後にした。
数分後、再び扉が開かれる。
姿を現したのは長身の男だった。
雪のように白い髪を後ろで束ね、青みを帯びた瞳が印象的だった。
厚手の紺色の外套には銀糸の刺繍が施されている。
旅装束でありながら、どこか貴族を思わせる気品があった。
男は広間の中央まで進む。
そしてクロナへ向かって静かに頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください。私はアルドと申します」
落ち着いた声だった。
焦りも怯えも感じられない。
「俺はクロナだ。それで、北方から何の用だ」
アルドは顔を上げた。
その瞳には強い意志が宿っていた。
「単刀直入に申し上げます。我々は助力を求めています」
イエガンとティナが顔を見合わせる。
クロナは続きを促した。
「話してみろ」
アルドは短く息を吐いた。
長旅の疲労を隠しながら言葉を続ける。
「北方では最近、多くの集落が襲われています。魔物ではありません」
その言葉にティナの目が細められた。
誘拐組織の件が脳裏をよぎった。
「人間ですか」
「正確には分かりません。
ですが襲撃者たちは村人を連れ去り、跡形もなく消えます」
広間が静まり返った。
その内容は最近聞いた話とあまりにも似ていた。
クロナは肘掛けに指を置く。
偶然で済ませるには出来過ぎていた。
「連れ去る目的は分かっているのか」
「捕らえた者から話を聞こうとしました。ですが誰もまともな証言を残しませんでした」
アルドはそこで言葉を切った。
その表情には苛立ちが浮かんでいる。
「仲間を失いました。村も消えました」
彼は拳を握り締めた。
冷静さの奥に怒りが見え隠れしていた。
「だから私はここへ来ました。
グリムファング王国なら何か知っていると思ったのです」
クロナはティナへ視線を向けた。
ティナも小さく頷く。
誘拐組織の痕跡。
実験施設。
そして北方で起きている失踪事件。
点と点が少しずつ繋がり始めていた。
「面白くなってきましたな、クロナ様」
イエガンは牙を見せながら豪快に笑った。
その言葉にアルドは驚いた顔を見せる。
「面白い話ではありません」
「それは承知しております。
ですが敵の尻尾が見え始めたという意味ですぞ」
クロナはゆっくり立ち上がった。
広間にいる全員の視線が集まる。
「ティナが持ち帰った情報。北方の失踪事件。無関係とは思えない」
クロナはアルドを真っ直ぐ見据えた。
その口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
「詳しい話を聞かせてもらうぞ。その代わり、俺たちも動く」
王の言葉に、アルドは初めて安堵したような表情を見せた。
北方から運ばれてきた新たな火種は、思わぬ形で次の戦いへと繋がろうとしていた。




