【第396話:残された痕跡】
広間に集まった空気は穏やかだった。
だが机の上へ並んだ資料は、新たな問題の存在を示していた。
クロナは椅子にもたれたまま天井を見上げる。
しばらく考え込んだ後、小さく息を吐いた。
「つまり、誘拐組織はまだ残ってる可能性が高いってことか」
「はい。少なくとも今回捕らえた者たちは末端に近い立場でした」
ティナはそう答えながら別の資料を広げた。
そこには複数の地名と移動経路が記されている。
「村人が消えた地域には共通点があります。
国境付近や管理の緩い土地が中心でした」
クロナは資料へ視線を落とした。
確かに点在しているようで、不自然な偏りが見える。
「目立たない場所ばかりだな」
「追跡が難しく、人の出入りも把握しにくい場所です」
広間の端で聞いていたイエガンが腕を組んだ。
大きな体がわずかに揺れる。
「面倒な連中だな。
コソコソ人を攫うなんざ気に食わねえ」
ティナは小さく頷いた。
実際に現場を見たからこそ、その言葉に同意できた。
攫われた者たちは運が良かった。
発見が遅れていればどうなっていたか分からない。
「実験の内容も完全には判明していません。
残されていた資料の大半は処分されていました」
「証拠隠滅か」
クロナの表情が少し険しくなる。
相手が思った以上に慎重であることが分かった。
その時だった。
広間の外から慌ただしい足音が近付いてくる。
扉が開き、一人の目部隊員が入ってきた。
栗色の短髪をした若い狐人族の青年だった。
細身の体格だが目付きは鋭い。
長距離の移動を終えたばかりなのか肩には土埃が付着していた。
「クロナ様。急ぎの報告があります」
「入れ」
青年は深く頭を下げる。
そして懐から一通の書状を取り出した。
「南方の街から情報が届きました。
数日前に旅人が行方不明になっています」
広間の空気が変わった。
ティナも自然と視線を向ける。
「ただの失踪ではないのか」
クロナが尋ねる。
青年は首を横に振った。
「目撃証言があります。
黒い外套を着た集団が連れ去ったと」
ティナとイエガンが顔を見合わせた。
偶然とは思えなかった。
「場所はどこですか」
ティナが問い掛ける。
青年は地図を広げた。
指先が一つの地点を示す。
「ここです。国境近くの交易路になります」
ティナは地図を見た瞬間に目を細めた。
以前調べた地域と繋がっていた。
完全に同じではない。
しかし移動経路としては十分考えられる位置だった。
「まだ続いていたんですね」
その声にはわずかな悔しさが混じる。
一つ潰して終わりではなかった。
だが同時に収穫でもある。
追うべき方向が少しずつ見え始めていた。
クロナは椅子から立ち上がった。
広間にいる全員へ視線を向ける。
「放置はできねえな」
イエガンが豪快に笑った。
「ようやく尻尾が見えてきたってわけですな」
ティナは地図を見つめる。
遠く離れた一点が妙に気になっていた。
そこには小さな印が記されている。
かつて存在した研究施設跡地だった。
消されたはずの組織。
だが残された痕跡はまだ各地に散らばっている。
そして誰かが今もなお、その計画を動かしていた。




