【第395話:積み重なる報告】
朝の陽光が窓から差し込み、広間の床を静かに照らしていた。
グリムファングの本拠地には、各地から戻った者たちの気配が集まり始めていた。
クロナは玉座に腰掛けながら、机の上へ積まれた報告書へ目を向ける。
その表情は穏やかだったが、視線だけは鋭かった。
各地で起きている変化は確実に増えている。
それらを見落とせば、いずれ王国そのものに影響が及ぶ。
そんな中、広間の扉が開いた。
足音と共に一人の少女が姿を現す。
銀色の髪を揺らしながら歩いてきたのはティナだった。
長旅の疲労を感じさせない足取りだった。
「戻りました、クロナ様」
クロナは小さく笑みを浮かべた。
ティナが無事に帰還したことを素直に喜んでいた。
「おかえり。思ったより早かったな」
「予想よりも成果がありましたので」
ティナはそう答えながら数枚の資料を差し出した。
クロナはそれを受け取り、順番に目を通していく。
そこには各国の動向が整理されていた。
ティナが本来の目的として集めていた情報である。
「なるほどな」
クロナは一枚の資料で手を止めた。
そこには周辺諸国の反応が記されていた。
多くの国がグリムファング王国の存在を既に把握していた。
しかも想像以上に詳しい情報まで広がっている。
「国の成立そのものは、ほぼ全域へ伝わっています。
ただし認識は統一されていません」
ティナは報告を続けた。
その声は落ち着いていた。
ある国は新興国家として警戒している。
ある国は交易相手として興味を示している。
さらに一部では魔物国家というだけで敵視する動きも見られた。
情報は広がっているが、評価は国ごとに大きく異なっていた。
「予想通りといえば予想通りだな」
クロナは資料を机へ戻した。
焦りの色は見えない。
むしろ王国が周囲へ認識され始めたことを確認していた。
避けられない変化として受け止めている。
「興味深いのは別件です」
ティナはさらに一枚の紙を差し出した。
今回の誘拐事件に関する情報だった。
「この報告書の組織についてか」
「はい。
捕らえた人物の証言と現地の情報を照合しました」
ティナは短く区切った。
それから静かに続ける。
「同様の実験を行っていた痕跡が複数見つかっています。
今回の拠点だけで終わる話ではなさそうです」
クロナの眉がわずかに動いた。
それは無視できない情報だった。
「規模はどの程度だ」
「断定はできません。
ただ、今回潰した場所が全体の一部である可能性は高いです」
広間の空気が少しだけ重くなる。
未知の組織が残っている可能性が浮かび上がったからだ。
その時だった。
別の足音が近づいてくる。
広間へ入ってきたのはイエガンだった。
大柄な体を揺らしながら真っ直ぐ歩いてくる。
「クロナ様。ティナが帰還したと聞いたので参りました」
「おう。
ちょうど今報告を受けてたところだ」
イエガンはティナへ視線を向けた。
ティナも軽く会釈を返す。
「随分働いたみたいだな」
「成り行きで面倒事に巻き込まれただけです」
「その面倒事を毎回解決して帰ってくるからな」
イエガンは苦笑した。
ティナも小さく息を吐いた。
本来の目的は各国の動向調査だった。
それだけで終わるはずだったのである。
だが結果として誘拐組織の拠点まで突き止めた。
さらには村人たちの救出まで成し遂げている。
「十分な成果だろ」
クロナは椅子にもたれながら言った。
王としてではなく仲間としての言葉だった。
「各国の反応も把握できた。
誘拐事件も解決した」
「確かに成果はありました」
ティナは頷いた。
しかしそこで話を終わらせなかった。
「ですが、まだ終わっていません」
クロナが少しだけ笑う。
イエガンも同じような表情になった。
二人とも次の言葉を予想できていた。
ティナが途中で満足する性格ではないからだ。
「組織の全容はまだ見えていません。
背後関係も不明です」
「なるほどな」
「今回得られた情報は入口に過ぎません。
追えばさらに何か見つかると思います」
広間に静かな空気が流れる。
しかし重苦しさはなかった。
未知の脅威がある。
それは確かだった。
だが同時に、確実に前進していることも事実だった。
何も掴めないまま終わったわけではない。
グリムファング王国の名は既に各国へ広がっている。
そして新たな火種もまた、その姿を少しずつ現し始めていた。




