【第390話:観測網】
崩れた実験室の奥から風が吹き込む。
散乱した紙片が静かに揺れていた。
ティナは帳簿を閉じる。
頭の中で情報を整理していた。
各地の村。
人体実験。
そしてグリムファング王国。
全てが一本の線で繋がり始めている。
指揮官の男が周囲の部下へ指示を飛ばす。
「負傷者を確認しろ。動ける奴は資料を回収する」
部下たちは即座に動いた。
統率は崩れていない。
ティナは崩れた棚へ歩み寄る。
焼け焦げた資料を拾い上げる。
半分以上は読めなかった。
だが断片的な単語は残っている。
『北方領域』。
『接触失敗』。
そして『牙部隊』。
ティナの指が止まった。
グリムファング内部の部隊名まで把握されている。
予想以上に深い。
指揮官の男が近づいてくる。
彼も紙片を見ていた。
「随分と詳しいな。まるで長年追っていたみたいだ」
静かな声だった。
ティナは否定しない。
むしろ、それが問題だった。
建国以前から観測されていた可能性が高い。
白衣の女が疲れたように壁へ寄りかかる。
長い黒髪には埃が付着していた。
「連中は一度興味を持つと執着する。途中で諦めることはほとんどないわ」
彼女の声は掠れている。
長く囚われていた疲労が見えた。
ティナはゆっくり視線を向ける。
「この組織について、他に知っていることはありますか」
女は少しだけ迷う。
だがやがて口を開いた。
「正式な名前は知らない。ただ、内部では“観測者”って呼ばれていた」
空気が静まる。
その名だけで不気味さが増した。
女は続ける。
「拠点は一つじゃない。各地に小規模な研究施設を作って、危険になったら切り捨てるの」
つまり今回の壊滅だけでは終わらない。
ティナはそう理解した。
指揮官の男も険しい顔になる。
「厄介だな。根まで潰さないと何度でも湧くタイプか」
吐き捨てるような声だった。
ティナは帳簿を閉じる。
そして静かに言った。
「……少なくとも、放置はできませんね」
その言葉には冷たい確信があった。




