【第388話:残された記録】
実験室の崩壊音が広がっていた。
天井の一部が崩れ落ちる。
白衣の女が慌てて資料を抱える。
散乱した記録紙を必死に集めていた。
指揮官の男が周囲を確認する。
残る黒装束は既に制圧されていた。
銀灰色の男は壁にもたれたまま笑う。
呼吸はかなり荒い。
ティナは警戒を解かない。
だが不用意に近づきもしなかった。
男は血を拭う。
その目だけはまだ死んでいない。
「これで終わりと思うなよ。俺たちは一つじゃない」
低い声だった。
ティナは静かに聞いている。
男は崩れかけた天井を見上げる。
「世界は変わり始めている。人間も、魔物も、昔のままではいられない」
独白のような口調だった。
どこか諦めにも似ている。
ティナは小さく息を吐く。
「……だからといって、人を壊していい理由にはなりません」
男は薄く笑う。
否定もしなかった。
次の瞬間だった。
男の身体から黒い魔力が膨れ上がる。
指揮官の男が目を見開く。
「まずい、離れろ」
叫び声が響く。
ティナは即座に動いた。
白衣の女を抱え、後方へ跳ぶ。
指揮官の男も部下を引き寄せる。
轟音。
黒い魔力が爆発した。
壁が吹き飛ぶ。
実験室の半分が崩落した。
煙が広がる。
石片が激しく降り注ぐ。
しばらくして煙が晴れる。
そこには巨大な穴だけが残っていた。
銀灰色の男の姿はない。
血痕だけが床へ残されている。
逃げた。
それは誰の目にも明らかだった。
指揮官の男が苦い顔で息を吐く。
「しぶとい奴だな」
ティナは崩れた室内を見渡す。
その視線が一冊の黒い帳簿で止まった。
焼け残った記録だった。
表紙には複雑な紋章が刻まれている。
ティナは静かに拾い上げる。
中には各地の村の名前が並んでいた。
その中には見覚えのある地名も混ざっている。
さらに別の欄には、ある単語が記されていた。
――『グリムファング』。
ティナの目がわずかに細まる。
空気が静かに変わっていた。




