【第386話:探究者の眼】
砕けた仮面の破片が床を転がる。
銀灰色の髪が黒い魔力の中で揺れていた。
男は口元の血を指で拭う。
その仕草には妙な落ち着きがあった。
切れ長の瞳がティナを見据える。
獲物を見る目ではない。
未知を観察する研究者の目だった。
「なるほど。お前は普通じゃないな」
静かな声だった。
ティナは無言で構えを維持する。
男は砕けた仮面へ一瞬だけ視線を落とした。
そして小さく息を吐く。
「長く使っていたんだが、壊れる時はあっさりしている」
どこか自嘲気味だった。
ティナはわずかに眉を動かす。
その空気の変化を見逃さず、男は続けた。
「警戒しなくていいと言っても無駄だろうな。だが少なくとも、俺はお前を軽視しなくなった」
低い声だった。
先ほどまでの余裕とは少し違う。
ティナは静かに答える。
「……光栄ですね」
短いやり取りだった。
だが空気が張り詰める。
次の瞬間。
男の黒い魔力がさらに膨れ上がった。
床へ亀裂が走る。
周囲の薬瓶が震え始める。
白衣の女が顔を強張らせた。
「まずい……その出力は」
声に怯えが滲む。
指揮官の男も険しい顔になる。
だが銀灰色の男は視線を逸らさない。
「安心しろ。暴走はしない。俺は失敗作じゃない」
その言葉と同時に男が消えた。
黒い残滓だけが空間へ残る。
ティナは即座に反応する。
横から迫る蹴撃を受け流した。
衝撃が腕へ走る。
重さが先ほどまでと違う。
男は連撃へ移る。
拳と短剣が流れるように襲いかかった。
ティナは最小限の動きで捌く。
だが徐々に押し込まれる。
男の動きが加速していた。
黒い魔力が身体能力を底上げしている。
短剣が頬を掠める。
赤い線が薄く刻まれた。
その瞬間だった。
ティナの瞳が鋭く細まる。
男の肩がわずかに揺れる。
呼吸が乱れ始めていた。
黒い魔力に身体が追いついていない。
ティナはそれを見抜いていた。




