【第384話:観測者の思想】
黒い魔力が実験室を満たしていた。
壁に刻まれた影が揺れている。
ティナは男の動きを見据える。
わずかな癖も逃さない。
仮面の男は短剣を下ろした。
不意に攻撃の手を止める。
数秒だけ静寂が落ちた。
兵士たちの戦闘音だけが遠く響く。
「お前、あの国の関係者か」
唐突な問いだった。
ティナの目がわずかに細まる。
仮面の男は続ける。
視線を外さないまま。
「最近、妙な噂が広がっている。魔物たちが国を作ったとな」
低い声だった。
だが興味が混ざっていた。
ティナは即答しない。
相手の意図を探っていた。
男は小さく肩を竦める。
「別に責めているわけじゃない。我々は人間至上主義者じゃないからな。むしろ興味深いと思っている」
淡々と語る。
その言葉に兵士たちが反応した。
指揮官の男も眉をひそめる。
剣を握る手に力が入った。
ティナは静かに口を開く。
「……それを知ってどうするつもりですか」
男はわずかに笑う。
仮面の奥で目が細まった気配がした。
「観測だよ。この世界がどこへ向かうのかを見たい。人間が滅ぶのか、魔物が支配するのか、それとも別の何かへ変わるのか」
静かな声だった。
だが狂気に近い熱がある。
白衣の女が顔を歪める。
悔しげに男を見る。
「あなたたちは、いつもそう。観測だの可能性だの言いながら、人を壊してばかりだった」
掠れた声だった。
男は否定しない。
ただ小さく息を吐く。
「壊れないものだけが次へ進める。それだけの話だ」
冷たい断言だった。
ティナの空気が静かに変わる。
男はそれを感じ取る。
短剣を構え直した。
「怒ったか」
低い問いだった。
ティナは静かに前を見る。
「……いいえ。ただ、あなたたちを放置すると面倒だと理解しただけです」
穏やかな声だった。
だが空気が鋭く冷えていた。
次の瞬間。
ティナが一気に踏み込む。
床が砕ける。
一瞬で間合いが消えた。
掌底が仮面の男の胸部へ迫る。
男は短剣を交差させて受ける。
轟音が響く。
衝撃で周囲の棚が崩れ落ちた。
仮面の男の身体が大きく後退する。
初めて余裕が揺らいだ。




