【第383話:黒い魔力】
仮面の男の周囲に黒い魔力が広がっていく。
空気が重く濁ったような圧迫感だった。
床へ黒い靄が這う。
実験室の灯りまで暗く見え始める。
ティナは静かに目を細める。
その魔力の質を観察していた。
暴走した被験体と似ている。
だが制御精度がまるで違う。
仮面の男は短剣を軽く構える。
黒い魔力が刃へ絡みついていた。
「驚かないんだな」
低い声だった。
ティナは構えを崩さない。
「……多少、見慣れているだけです」
短く返す。
男はわずかに笑った。
仮面越しでも空気が変わる。
先ほどより感情が見えていた。
「なるほど。だからお前は妙に落ち着いているのか」
次の瞬間だった。
男の姿が再び掻き消える。
黒い残滓だけが残る。
ティナは即座に反応した。
横薙ぎの短剣が迫る。
ティナは肘で軌道を逸らす。
火花が散る。
黒い魔力が空中へ弾けた。
男はそのまま回転する。
流れるように蹴りが放たれた。
ティナは後方へ跳ぶ。
蹴撃が机を粉砕した。
記録紙が宙へ舞う。
白衣の女が息を呑む。
別の黒装束が資料へ手を伸ばす。
油の入った小瓶を投げつけようとしていた。
その瞬間。
指揮官の男が割って入る。
剣が閃く。
小瓶が空中で真っ二つになった。
油が床へ飛び散る。
火は上がらない。
指揮官の男は低く息を吐く。
視線を黒装束へ向けた。
「資料を燃やされると困るんでね。少し大人しくしてもらうぞ」
落ち着いた声だった。
黒装束が即座に斬りかかる。
だが指揮官の男は動じない。
剣を滑らせるように受け流す。
そのまま柄で腹を打つ。
黒装束が壁へ叩きつけられた。
一方でティナと仮面の男の戦いも続く。
黒い魔力が激しくぶつかり合っていた。
男の短剣が振るわれるたび、床が裂ける。
普通の強化ではない。
ティナは男の懐へ入る。
掌底を放つ。
仮面の男が腕で防御する。
鈍い衝撃音が響いた。
黒い魔力が弾け飛ぶ。
男の身体がわずかに後退する。
だが仮面の奥から笑い声が漏れた。
「いいな。その動きは嫌いじゃない」
余裕を含んだ声だった。
ティナは静かに呼吸を整える。
この男は楽しんでいる。
それが一番厄介だった。




