【第379話:繋がる紋章】
室内の空気が静かに張り詰める。
兵たちの視線が白衣の女へ集まった。
拘束具を持った兵も動きを止める。
誰も軽々しく口を開かなかった。
ティナは机の上の記録紙を見る。
円形に三本線の紋章が刻まれている。
簡素な印だった。
だが妙に記憶へ残る形をしていた。
「……協力者がいたのですね」
ティナが静かに問う。
白衣の女は否定しない。
疲れたように椅子へ腰を下ろす。
白衣の裾が床へ広がった。
「資金も設備も、人手も全部よ。私一人でこんな施設を作れるわけがないでしょう」
乾いた声だった。
諦めきった響きが混ざっている。
指揮官の男が眉をひそめる。
視線が紋章へ向いた。
「その印に見覚えはないな。どこの組織だ」
落ち着いた口調で尋ねる。
威圧よりも確認に近い声音だった。
白衣の女は少しだけ黙る。
迷うように視線を落とした。
やがて小さく息を吐く。
観念したようだった。
「正式な名前は知らないわ。私たちはただ“観測者”と呼んでいた。向こうも、本名なんて名乗らなかったもの」
静かな説明だった。
だが内容は不穏だった。
ティナは記録紙を一枚手に取る。
細かな実験経過が並んでいる。
その中に、別の文字列があった。
複数の地域名が記されている。
ティナの目がわずかに細まる。
見覚えのある地名も混ざっていた。
指揮官の男も横から覗き込む。
低く息を吐いた。
「……村だけじゃないな。かなり広範囲で動いている」
重い声だった。
兵たちの表情も険しくなる。
白衣の女は机へ肘をつく。
力の抜けた姿勢だった。
「彼らは情報を集めていたのよ。どの土地に強い魔力耐性を持つ人間が多いか。どの血筋が変異へ適応しやすいか。そういうものを全部」
淡々と語る。
研究報告の続きを話すようだった。
ティナは記録をめくる。
そこには各地の特徴が細かく記されている。
気候。
魔力濃度。
人口傾向。
失敗率。
まるで国単位で観察しているようだった。
個人の研究規模ではない。
ティナは静かに紙を置く。
胸の奥に嫌な感覚が残る。
「……実験だけが目的ではありませんね」
小さく呟く。
白衣の女が視線を上げた。
その目には疲労と諦めが滲んでいる。
「ええ。彼らが欲しかったのは“次の時代に適応できる種”よ。魔物でも、人間でもない、新しい存在を探していた」
室内が静まり返る。
兵たちも言葉を失っていた。
指揮官の男が腕を組む。
険しい顔のまま口を開いた。
「随分と大層な話だな。だが、そんな真似をして何になる」
低い問いだった。
白衣の女は苦く笑う。
机の上の記録へ指を滑らせる。
「世界が変わり始めているからよ。魔力汚染は広がり続けているし、魔物も昔より強くなっている。だから彼らは、“今の人間では生き残れない”と考えた」
静かな説明だった。
狂気だけではない理屈がそこにある。
ティナはしばらく黙っていた。
やがて小さく目を閉じる。
グリムファング王国。
急速に拡大する我ら魔物側の勢力。
各国の動き。
そして、この組織の存在。
点だったものが少しずつ繋がり始める。
世界全体が静かに揺れていた。
その時だった。
砦の外から足音が響く。
慌ただしい気配だった。
見張りに出ていた兵が駆け込んでくる。
息を切らした若い兵士だった。
額には汗が滲んでいる。
「報告します。森の外周で不審な集団を確認しました。こちらを探しているようです」
緊張した声が室内へ落ちる。
空気が一気に変わった。
白衣の女の表情が凍る。
椅子の肘掛けを強く掴んだ。
「……もう来たの」
かすれた呟きだった。
その反応だけで十分だった。
ティナは静かに立ち上がる。
視線を砦の外へ向ける。
“観測者”は終わっていない。
本体が、こちらへ近づいていた。




