03-2 Fatalité
「あ」
皆で図書館を出ると、見たことある顔を見つけた。
「エルロック!どこに行くんだ」
「知り合いを見つけた。先に帰ってて」
先生に向かって手を振る。
「待て」
「俺も行く」
カミーユとシャルロも付いて来た。
二人も知り合いだからな。
「ツァレン!」
「エル。……久しぶりだな。カミーユとシャルロも元気そうじゃないか」
「あぁ。久しぶり」
「こんなところで何をしてるんだ?」
「アレクの近衛騎士になれたのか?」
ツァレンが笑う。
「開口一番、それかよ」
「ツァレンとレンシールは、アレクシス様の近衛騎士になっているぞ」
やっぱり。
グリフとロニーがなったから、なれたんだ。
「おめでとう」
「ありがとう」
「なんで、シャルロが知ってるんだ?」
「王族の近衛騎士は就任と同時に周知される。中央広場にも掲示されるし、養成所のロビーにも掲示されていただろう」
「まじか」
「グリフとロニーも?」
「そうだ。エルはともかく、カミーユが知らないのはどうかと思うぞ」
「しばらく家に帰ってないからなぁ」
エグドラ家は貴族街にも屋敷があるから、いつでも帰れるのに。
「で?何しに来たんだ?」
「主君からのお使いだよ。手紙だ」
「アレクから?」
ツァレンから受け取った手紙を開く。
「おい、その場で開けて良いやつなのか?」
「開けるななんて書いてない」
中身は……。
ツァレンと共に同封している地図の場所に行くように。
「……これだけ?」
一緒に入っている地図は、サウスストリート沿いの建物を示している。けど、建物の名前も何も書いてない。
「ここって?」
シャルロに地図を見せる。
「王都の占い屋、ポラリスの店だな」
「ポラリス?」
「有名なのか?」
「気味が悪いほど良く当たると評判の占い師だ」
シャルロは王都に詳しい。
「ツァレンは行ったことあるか?」
「ないぜ」
シャルロとカミーユも首を振る。
誰も行ったことがないのか。
「ただ、あそこは午前中しかやっていないはずだが……」
「だったら、今から行っても仕方ないんじゃないか?」
ツァレンを見ると、肩をすくめた。
「俺は指定された人物に手紙を渡すよう言われただけだ。手紙の受取人が何か頼んできたら手伝うように言われてるけどな」
自分で決めろって?
占いなんて信じてないけど。アレクが言うなら、何かあるんだろう。
「じゃあ、この場所に一緒に行って」
「了解」
「俺たちも行くか?」
「良いよ。ツァレンと行ってくる」
エンドに近いわけじゃないし、問題ないだろう。
「夕飯までには戻れよ」
「制服で騒ぎなんか起こすなよ」
「解ってる」
ツァレンが一緒なら大丈夫だ。
※
サウスストリートを南下する。
「アレクの騎士なのに、こんなところに居て良いのか?」
「今日は主君の護衛は請け負ってないからな」
「休みってこと?」
「ちゃんと主命で手紙を届けに来てやっただろ?」
「手紙なんて、郵便屋に頼めば良いだけなのに」
「何言ってるんだ。王族の手紙は機密文書に当たるんだぞ。郵便屋なんか使えない」
駄目らしい。
「それに、俺は何も聞かされてないんだ。主命は、指定された時間に王立図書館の門で待ち、最初に声をかけてきた人物に手紙を渡すこと。後の指示は手紙の受取人がする。それだけだ」
……なんだそれ。
そういえば、ツァレンは一度も俺に手紙を渡しに来たとは言ってないし、もらった手紙には宛名も書いていない。
「本当に俺宛の手紙だったのか?」
「それは間違いないぜ。……まさか、エルが出てくるとは思わなかったが」
指示されたことしか聞いてないらしい。
「図書館には、しょっちゅう来てるのか?」
「最近はそんなに来てない。今日は研究会で用があっただけ」
そもそも、授業の一環として平日のこんな時間に来るのは初めてだ。
アレクは知ってたのか?
王立図書館に行くことは、昨日の午後に先生から聞いた。禁書の間に入る為の手続きが通ったからって。
アレクは知ることの出来る立場に居たけど、こんな重要度の低い情報なんて、わざわざ報告させないだろう。
それに、帰りの時間だって確定してない。先生は予定を決めていたのかもしれないけど、行方不明の俺を探していたんだから、予定より押したのは間違いないだろう。
そんな中、確実に会える時間にツァレンを待たせておくなんて出来るか?
しかも、最初に声をかけてきた人物に手紙を渡せなんて。シャルロとカミーユが先に声をかけていたかもしれないのに。
「最近はどうなんだ?」
「……最近?」
「養成所のことだよ。勉強は?」
「いつも通り」
「楽しんでるか?」
「楽しいよ。高等部は、かなり自由に出来そうだから」
先生の授業も楽しみだ。
「バイオリンは?」
「続けてるよ。新入生歓迎会で、ユリアと一緒にツィガーヌを演奏する予定」
「おぉ」
「他にも、皆の発表中に何曲か演奏する予定なんだ」
今年の新入生歓迎会は、皆、揃って集まることが出来ないから、バラバラの発表になる。
マリーを中心にした魔法チームは、大地の魔法の彫刻をやるって言っていた。他の魔法も組み合わせて賑やかな舞台演出にするらしい。
アシューを中心とした錬金術チームは、振り子の実験を見せる予定だ。長さの違う複数の振り子による美しい流れは、ずっと見ていられる様子だろう。振り子の一部に蓄光塗料を塗って、暗くした時に違った様子も見せたいって言っていた。セルジュも、暗くするなら流れ星のような演出を入れたいって言ってたっけ。
「他には?」
「次の休みに、アリス礼拝堂でチャリティーイベントをやる。……っていう建前で人を集めて、医療ボランティアをやるんだ。エンドで風邪が流行ってるから」
「エンドまで足を伸ばすのか?良く許可が降りたな」
「そこまで危ない場所じゃないし、三番隊にも連絡してある」
「あぁ。ガラハドが居るなら安心か」
ガラハド。
王都守備隊三番隊の現隊長だ。
アレクに誘われてラングリオンに来た元傭兵で、去年の剣術大会で優勝後、三番隊の隊長をやっている。大陸でも最強の傭兵として名高かったって聞いてるけど……。
「ガラハドって、そんなに強いのか?」
「強いぜ。俺も勝てないだろうな」
「え?ツァレンが?」
王族の近衛騎士より強いなんて。
「そんなに強いなら、近衛騎士にすれば良かったのに」
「んー。主君がお決めになったことだからなぁ」
……アレクが決めたことなのか。
強い傭兵なら、近衛騎士とか軍の上層部とか、もっと好待遇で迎え入れるものだろう。少なくとも、日常的に一般市民からこき使われる王都守備隊の隊長をやらせるなんて考えられない。
カミーユだって、なんで、あれだけ有名な傭兵をスカウトしておいて近衛騎士にしないんだ、って不思議がってたぐらいだ。
ガラハドも、良く承諾したよな。
「他には何かないのか?」
「他って?」
「普段の話」
「そんなに面白い話なんてないよ」
「なんだって良いさ。エルの話は主君が喜びそうだからな」
アレクに話すのか。
何かあったかな……。
「あ。研究会のレシピが薬学図鑑に載るかも」
「図鑑に?研究会って、立ち上げたばかりじゃなかったのか?」
正式な活動が始まるのは高等部一年になるポアソンからだから、まだ立ち上がってすらいないんだけど。
「用意してもらった研究室の設備が充実してるんだ。今回、申請したレシピは会長が推薦してくれたレシピだから確実に載るよ。新しいレシピだって、これからどんどん開発していけると思う。楽しみにしててって伝えて」
「わかった。良い土産話が出来たぜ」
そんなところかな。
「お。着いたぜ。ここだ」
ここ?
サウスストリート沿い、イースト側にある店。
なんだか店っぽくないな。屋根に看板は乗ってるけど、客寄せをするような装飾は一切ない。
それに、扉には閉店の札がかかってる。
「シャルロの言う通り、閉まってるんじゃ……」
急に扉が開いて、ツァレンが俺を庇うように前に出た。
現れたのは、頭から足元まですっぽり覆う造りの全身ローブを着た人物。大きめのフードは顔の上半分を隠しているし、口元もベールで覆っていて手袋まで着けてるから、中身は全く見えない。
「ふふふ。そう警戒するものじゃないよ」
声の感じは、女性?
男性でもおかしくないけど。
「今の時間は裏口を使ってくれるかい。待っているよ」
そう言って、占い師が扉を閉めた。
鍵をかける音が響く。
……開けたなら、正面から入れてくれても良いのに。
「裏口に行くか?」
「行く」
家と家の間の隙間を通って行くと、裏口らしき扉を見つけた。
何も書いてないな。
鍵はかかってないのか?
ノックをしてドアノブを握った瞬間、勝手にドアノブが回って扉が開く。
「!」
そのままドアごと引っ張られるようにして屋内に入りかけたところで。
「エル」
ツァレンに引き戻された。
「おや、残念」
……危なかった。
部屋の中に引きずり込まれるところだった。
「用があるのはこの子だけなんだけどねぇ」
「護衛対象に手出しはさせません」
「全く。余計な真似をするものだ。さぁ、お入り」
ツァレンと一緒に中に入る。
薄暗い部屋だ。
「はじめまして、エルロック。私はポラリスだ」
「なんで、名前……」
「そりゃあ知っているさ。私がお前を占いたくてアレクシスに頼んだのだから」
え?
ツァレンを見上げるけど、何も言わない。
「アレクシスは、お前が王立図書館に行く予定など知らないよ。この騎士への指示は、ある意味、私が出したようなものなのさ」
そんなはずはない。
「アレクがお前の言う事を聞いたって言うのか」
「いいや。あれは誰の命令も聞かない。私が占った通りのことが起こるのか試したかっただけだろう。その結果が、今。銀朱の騎士よ。主君に伝えてやると良い」
ツァレンは何も言わない。
警戒してるんだろうな。
でも、この占い師が話してることが事実なら、これから起こることが正確に解るってことだ。
「なんで、俺を占いたいんだ?」
「お前の未来に興味がある」
「未来?」
「そう」
「そんなの、俺が居なくてもわかるんだろ」
「いいや。直接、占わないと見えないよ」
「俺がここに来るのは見えたんだろ?」
「それは私の未来であって、お前の未来ではない」
俺と会う未来だけが見えたらしい。
「さぁ、こっちの部屋においで。騎士は入っちゃだめだよ。邪魔が入ると上手く占えない。この部屋で大人しく待ってるようにね」
「エル。どうする?」
怪しいけど、アレクが俺に会わせても良いって考えた相手だ。
「大丈夫。待ってて」
「何かあったら呼ぶんだぞ」
「わかった」
ポラリスと一緒に奥の小部屋に入る。
丸い水晶が乗った小さなテーブルと、向かい合うように置かれた椅子。
それだけで、他には何もない部屋。
「座ってくれるかい」
水晶を挟んだポラリスの向かいに座ると、ポラリスが水晶に両手をかざした。
深く被ったフードのせいで顔が全く見えない。けど、肩幅は狭いし、手袋も細身だ。やっぱり女性?小柄な男性と言えなくもないけど……。
「まだ、未来を選びかねているようだね」
未来?
「卒業後の進路のこと?」
「そう。まだ、いくらでも自由に選ぶことが出来る段階だ」
そんなの当たり前だ。
まだ何も決めてないし、決めなくちゃいけない時期でもない。
「どうにも先が見えないな。確定された未来が少ない。特に、お前の感情の揺らぎも多い。……私は諦めることを推奨するがね」
諦める?
諦めるって、どういう意味だ。
まさか、フラーダリーのこと?
……何を知ってるって言うんだ。
俺がフラーダリーを好きなことに気づいてるのはキアラだけで、他には誰にも話してない。アレクにだって。
「良いねぇ。その調子だ」
何が。
気味が悪い。
一体、何が見えてるって言うんだ。
透明な水晶には目で見えるものしか写っていない。占い師からしか見えない何かでもある?
心を見透かすような仕掛けでもあるのか?
……まさか。有り得ない。
魔法を使っているようには見えないけど……。
「もう少し、未来をイメージしてごらん」
未来。
卒業後の進路は自分で決めるつもりだ。いくつか思い描いてるものはあるけど、誰にも話してないことなんて当てられるはずがない。
それに、フラーダリーへの想いを諦めるつもりはない。例え、気持ちの置き場がなかったとしても、諦めることも区切りを付けることも不可能だってわかったから。この感情が自然に消える時まで待つつもりだ。
「やはり、そうか」
……何が。
「では、お前の運命を伝えよう」
運命?
「あなたは、大きな力を得る代わりに大切なものを失う運命。あなたは周りを不幸にする人間。いつか、悪魔に列せられる魂」
え……?
『なんなのよぉ。エルが悪魔になるわけないでしょぉ!』
「ふざけるな」
立ち上がって、占い師を睨む。
「大きな力なんて要らない。得ようとも思わない。誰かの不幸を願ったりなんかしない。悪魔にだってならない」
「そうだね。お前はそう生きている。けれど、運命はそうではないらしい」
「決まった未来なんかない」
「その通りだ」
……は?
「言ってることが矛盾してる」
「していないよ」
どこが?
「良いかい。強過ぎる力は人間にとって毒なんだ。その力で誰かの死を招けば魂が穢れてしまう。そうすれば悪魔になる」
「だから、俺は悪魔になんか、」
「お前は、自らの力が恐ろしいと思わないのかい」
なんで……。
なんで、知ってる?
「恐れる気持ちは大切だ。自らを正しく把握している証拠だからね。しかし、知ろうとしなければ何も始まらない。次にお前がやるべきは、正しく向き合うこと。つまり、力を上手く使えるようになることだ」
「俺は、魔法なんか使わない」
「弱虫め。その力は、一生、お前から離れることはない。守りたいものがあるんだろう。正しく扱えなければ後悔することになるぞ」
後悔……?
―変わりたいと願うなら、恐れずに行動すること。
―受け入れること。
―向き合うこと。
この力と、向き合う?
―行動しなければ失敗も変化も起こらないが、成功も経験も生まれない。
何もできなかった。
……あの時。
―大丈夫だよ。
―何度も転びながら転ばずに歩く方法を学んできたんだ。
―誰もが先に進む方法を知っている。
正しく知っていれば。
正しく扱えたなら。
……進める?
「ふふふ。良い子だ。悪魔になったら必ずここに来るんだよ」
「ならない」
「お前が悪魔になったなら、私が必ず食ってやる」
「は?」
『……』
『何よ、それぇ……』
悪魔を、食う?
「私がお前に会いたかったのもそれが理由さ。悪魔の魂は私の好物なんだ」
「お前……。人間じゃないのか」
「見たままだよ」
メラニー、どう?
『人間には見えないが』
『こんなの、人間なわけないでしょお』
『精霊に感知させない仕掛けをしている可能性もある』
「ふふふ。なかなか賢い精霊じゃないか」
俺と契約してる精霊の言葉が聞こえてる?
そんなことが出来るのは王族ぐらいじゃないのか?
でも、違う。
絶対に違う。
こいつは、人間ではない何かだ。
「答え合わせをするつもりはないよ。私は、ただの占い師だ」
今すぐ、このローブを引っ剥がしてやりたい。
……けど、意味はないだろう。
どうせ、中身は人間だ。見た目を暴いたところで何の意味もない。
「大きな力を得たら、またおいで。悪魔になりたくないのなら助言をやろう」
「助言なんかなくたって、俺は悪魔になんかならない」
「ふふふ。待っているよ」
小部屋から出ると、扉のすぐ脇に居たツァレンが俺を見下ろした。
「大声を上げてたみたいだが、大丈夫か?」
「……平気」
「そうは見えないけどな」
ツァレンが俺の顔を覗き込む。
「顔色が悪いぞ。歩いて帰れるか?」
「帰れる」
「養成所より、フラーダリーの家の方が近いな。家まで送るか?」
帰ったところで……。
「どうせ居ない」
フラーダリーは忙しいから。
「んー。居ると思うぜ?」
「居るわけ、」
「これから話すこと、俺が話したって言うなよ?」
内緒の話?
「わかった」
「魔法部隊が、ベリエから正式に軍属になる予定なんだ」
「正規軍に……」
ようやく、認められた。
フラーダリーの努力が、夢が。とうとう認められることになったんだ。
「フラーダリーはヴェルソの末に魔法研究所を退職し、ポアソンから部隊の発足準備にとりかかる。でも、本格的に始まるのは来月からだから、引き継ぎだけの今はそこまで忙しくないんじゃないか」
知らなかった。
今すぐ、お祝いに行きたい。
でも……。
「今日はやめておく」
「行かないのか」
理由は色々ある。
「今、行ったら、ツァレンから聞いたって説明しなくちゃいけなくなるから。フラーダリーからの連絡を待つよ」
ツァレンが俺の頭を撫でる。
「お前は大人だな」
大人。
「当たり前だ」
もう、子供じゃない。
※
ツァレンに送って貰って、養成所に帰る。
……あの占い。
―あなたは、大きな力を得る代わりに大切なものを失う運命。
もし、大きな力が俺の魔力が高いことを指しているのなら。大切なものが母親を指しているのなら。これは、すべて事実だと言える。
俺は母親を殺して産まれてきた。
高い魔力を保持する子供を産むことは人間には不可能なものらしい。人間は強過ぎる力に耐えられない。いくら母胎で安定して育ったとしても、赤ん坊は、産まれる瞬間に必ず母親を殺すのだ。
俺は、高過ぎる魔力を得る代わりに母親を失う運命だった。
―あなたは周りを不幸にする人間。
その結果、俺は産まれると同時に父親の愛する人を奪った。それどころか、精霊戦争が起きて、生まれ育った都市も消滅してしまった。生まれてからずっとそこにあった何もかも。俺に関わったほとんどすべてが消えてなくなった。
俺は、周りを不幸にした人間だ。
―いつか、悪魔に列せられる魂。
でも、悪魔にはなっていない。
俺は誰かの死を願ったりなんかしないし、殺すことだってない。
絶対に。
運命がなんだ。
最初の二つはもう終わってる。
後は、俺が悪魔にならなければ良いだけ。
悪魔になんかならない。
運命なんか信じない。




