03-1 Bibliothèque royale
王国暦六〇二年 ヴェルソ二十日
王立図書館。
ここには何度か来たことがある。一生かかっても読み切れないほどの本がある場所だ。
そういえば、前に借りようと思ってた本が……。
「おい」
カミーユが俺の肩を掴む。
「何しに来たと思ってるんだ。勝手に消えるな」
「カミーユ。ちゃんと捕まえておきなさいよ」
「お前たち、図書館で騒ぐな。カウンターに行くぞ」
「はい」
皆で返事をして先生に付いて行く。
今回の目的は、禁書の間。
先生が申請してくれていた禁書の間の利用許可が、ようやく降りたのだ。
「王立魔術師養成所より来ました薬学研究会です。館長はいらっしゃいますか」
「はい。伺っております。こちらの奥にお進み下さい」
カウンターの奥の部屋?
案内された通りに進んだ先にあったのは、関係者以外立入禁止と書かれた部屋。
先生がノックをする。
「王立魔術師養成所の薬学研究会です」
「どうぞ」
許可を得て、中に入る。
事務スペースと応接スペースがある部屋。奥には、魔法陣のような図柄が描かれた扉がある。
……なんだろう。あれ。
眺めていると、机で事務作業をしていた館長がこちらに来た。
「お待たせいたしました。王立図書館の館長を務めているアルチュールです。皆さまのご訪問を歓迎致します。禁書の間を見たいとのことでしたが、目的の資料はございましたか?」
「ドラゴン王国時代の錬金術について書かれた本を閲覧したいと思っています。他にも……」
「珍しい本ならなんでも」
館長が笑う。
「その言い方だと、案内してもらえないかもしれません」
「どういう意味?」
「禁書の間は、現在、精霊が管理しています」
「え?」
「精霊が?」
精霊が、人間にしか必要のない本の管理をしているなんて。
「先に、禁書の間における禁止事項をお話しておきましょう。魔法の使用厳禁、持ち出し厳禁。武具の使用及び戦闘行為厳禁、本を直接傷つける行為厳禁、火気厳禁……。簡単に言えば、禁書の間を荒らす行為や精霊を怒らせる行為はすべて禁止です」
怒りっぽい精霊じゃないと良いけど。
「火気厳禁って、中は明るいんですか?」
「真っ暗ですよ。しかし、目当ての本の場所に、精霊が明かりを灯して案内してくれます」
つまり、それ以外の方法で明かりは頼れない。完全に精霊の監督下にある。
「だから、具体的な希望を伝えなきゃいけないってこと?」
「その通りです」
「わかった」
読みたい本……。
何にしよう。
「武具は、使用しなければ持ち込んで良いんですか?」
「構いませんが、武具に手をかける行為だけでも精霊が攻撃行動とみなす場合があるということをご承知おき下さい」
なら、持ってくるんじゃなかったな。
「資料の目録はありますか?」
「禁書の間に保管されています」
目録も中か。
「ご質問は以上のようですね。禁書の間に入る方法をご説明します。中に入るには、鍵と呪文が必要です」
「呪文?」
「通常は、お教えしないことになっておりますが、会長から何度もお使いする可能性のある方々と伺っておりますから。呪文もお教えしておきます。メモなどに決して残さず、この場で覚えて下さい」
記録しちゃダメらしい。
館長が咳払いをする。
「しんえんのこ、しょうけいのとも。きのみもとざすでんどうのいん、ようようみちながるこじょうのかなめ。つがいよ、なんじをひらけ」
……汝を開け?
扉を見たけど、何も起きていない。
「この鍵を差し、呪文を唱えることで開きます。やってみたい方は?」
「やる」
館長の前に行く。
「お名前は?」
「エルロック」
「では、エルロック。扉の前へ」
鍵を貰って、扉に鍵を差し込む。
「深遠の庫、憧憬の友。木の御許座す伝導の印、漸う未知流る孤城の要。番よ、汝を開け」
手元が光る。
「鍵が回るようになっていますよ」
鍵を回すと、扉がゆっくりと開いた。
不思議な仕掛けだ。
「では、中に入りましょう。ちなみに、中に入る場合は必ず鍵をお持ち下さい」
「俺が持ってて良い?」
「構いません。私も一つ持っていきます。では、皆様、中へ」
真っ暗な部屋の中に皆で入る。
「何も見えないな」
「光がすべて吸収されてるみたいだ」
『闇の精霊の気配がする』
闇の精霊の支配があるらしい。
「中は、このように真っ暗になっています。ここで、もう一つ別の呪文を唱えます」
まだ、呪文があるらしい。
「たんきゅうのもり、ぼうけんのとも。かいめいのいんしずめ、げんようのようてらせ」
周囲が明るくなる。
面白い。
精霊の姿はどこにも見えないけど、これは、光の精霊の魔法だ。
「明かりを灯したら、扉を閉じます」
館長が扉を閉めて、鍵をかける。
すると、扉に浮かび上がった魔法陣が輝く。光が収まった後も、魔法陣の形は残ってるみたいだ。
「魔法陣が扉に刻まれてる?」
「魔法陣のレリーフになっています。これで、扉に鍵がかかりました。入った後は、第三者が勝手に入らないよう、必ず扉を閉め、鍵をかけて下さい」
「開ける時は、また呪文?」
「内側からなら、鍵を回すだけで開きます」
だから、必ず鍵を持ってないとダメなのか。
「では、ここからはご自由に閲覧なさって下さい。私はここの事務所で皆様の帰りを待ちます」
館長が宙を見上げる。
「資料の整理を行いたい。事務所へ案内してくれないか」
明かりが道を照らす。
「目録は、そちらにありますか?」
「ありますよ」
「じゃあ、私はそっちを見てくるわ」
「俺も」
セリーヌとカミーユが館長に付いて行く。
「俺は古い錬金術の資料を見たい」
ノエルが言うと、明かりが灯った。
「すごいな」
「僕も行くよ」
ノエルとアシューが歩いて行く。
「ここには、アルファド帝国時代の法律書はあるか?」
また、明かりが灯る。
「見てくる」
シャルロが歩いて行く。
「ってことは、ドラゴン王国時代の数学書もあるのか」
シャルロが向かった方が更に明るくなった。
「こっちだな」
ルードが歩いて行く。
皆、興味のある本を探しに行った。
残ったのは、俺と先生だけ。
「どうするんだ?」
どうしようかな。
とりあえず……。
「アシューとノエルが行った方を見てくる」
「わかった。俺は館長と一緒に居る。時間になれば迎えに行くから、無闇に動き回らないようにな」
「ん」
明かりの照らされた道を歩いていく。
階段まであるらしい。
かなり広い場所なんだな、ここ。
王立図書館の構造的に、図書館の中央部分にある感じか?
照らされていない本棚を見上げる。
「綺麗に並んでる。精霊が片付けてるのか?」
明かりがわずかに揺らめいたような気がする。
光の精霊と闇の精霊が居るのかな。
『エル。精霊の気配は感じるか?』
精霊の気配……。
目を閉じて、集中する。
「感じる。自然が豊富な場所みたいに気持ちが良い空間だよ」
『そうか』
どうしようかな。
あっちには何があるんだろう。
「探求の守り、冒険の友。階名の音静め、幻妖の揺照らせ」
指を差して唱えると、道の先に明かりが灯った。
楽しい。
知識の森を精霊と一緒に冒険してるみたいだ。
「こっちの本棚を見せて」
明かりが付く。
すごい。
こんなに本に囲まれた場所に居られるなんて。
『エル、迷子にならないようにねぇ?』
大丈夫。
道は常に照らされてる。
どこまでも本棚が続く。
どこを見ても本。
これだけの量の本に、なんで閲覧制限がかかってるんだ?
古い資料は稀少価値が高い上、劣化や損傷が激しいから制限がかかるのは解る。
アシューとノエルが見に行った古い錬金術の本もそうだろう。ドラゴン王国時代の稀少本だとすれば、読める状態の本がどれだけあるか解らないレベルだ。
さっき見かけた平置きされていた本だって、本来なら閲覧時に司書が同伴し、これ以上、劣化させないよう監督する必要がありそうだったけど。自由に見せてくれるみたいだよな。
……雑に扱えば精霊が怒るから?
ここの精霊にとって、禁書の間に保管されているものは守るべき価値のあるものと認識されているのは間違いない。
『まだ本に手を出してないなんて珍しいな』
「劣化の激しい本は触らないようにしてるんだ」
『錬金術関連のものはボロボロだものねぇ』
ここにある本は、ずっと未来まで継いでいかなければならないものだから。
「本当に自分に必要だと思った時にだけ読ませてもらうつもり」
興味はあるけど。今のところ、読まなければならない明確な理由はない。
後で、皆が読んだ本の話を聞こう。
ルードが探しに行った数学書も面白そうだ。初版本、あるいは直筆のメモなんかが残っているかもしれない。数式の解を導く為の試行錯誤を見るのは面白そうだ。
……でも。
希少価値が高いだけで閲覧制限があるとは思えない。他にも理由があるはずだ。
例えば、難解過ぎて解明されていない数式なんかは、ある意味、宗教じみた構造をしてるから閲覧制限がかかる……。とか。
シャルロが見に行ったアルファド帝国時代の法律書もそうだ。帝国の法は選民思想が強く、洗脳的な表現が多いことから、原書には閲覧制限がかかっている。俺たちが勉強に使ったのも、原書から表現が変更されたものだった。
ただ、原典の正確な写本は各地の図書館に保管されていて、手続きを経れば閲覧可能な資料になっているって聞いてる。それでも、未成年は見られないんだろうけど。
洗脳的と言えば……。
あった。
宗教関連の本もあるみたいだ。
ラングリオンは信仰の自由はあるものの、過激な宗教は宗教と認めていない。生贄をはじめ、信者に対し危害、虐待、洗脳を行うことを禁止している。あるいは、暴力や破壊等、市民の安全を脅かす行為も禁止で、過度な勧誘や退会の自由を認めないことも禁止だ。
以上のような禁止事項を強制、あるいは信仰の基幹とする宗教は、如何なる理由によっても、ラングリオンでの宗教活動を禁じている。
特に、悪魔信仰で見られるようなことがこれに当てはまる。
この辺にないかな。
……あった。
悪魔に関する資料が収まった本棚。
なんて良い並びの図書館なんだ。
近似分野がこんなに近くに揃ってるなんて。
悪魔とは、魂の穢れた元人間。
精霊のような強い力を持つ存在と取り引きして得た大きな力を、他者の命を奪うことだけを目的に行使した場合、魂が穢れ、悪魔に堕ちるとされている。
そして、強過ぎる力を持つ悪魔は魔王と呼ばれ、世界に強い影響力を持つ存在となる。
所謂、英雄譚で語られるものだ。
どんな魔王も、最後は勇者に打ち倒されて平和になる。こういう話はラングリオンの歴史でも習う史実であり、誰もが好きな物語らしい。
ただ、穢れた魂は死者の世界へ行けない。肉体が滅びたとしても、魂は永遠に現世を彷徨う存在になるのだ。
そこに目をつけた悪魔崇拝者たちが編み出したのが、悪魔召喚。魂を呼び寄せ、悪魔を復活させる儀式を行うのだ。
ここの本棚には、悪魔ごとの召喚方法が載った本も保管されてるらしい。
……興味ないな。
歴史的価値のある稀少な資料。
学んだことのある知識の原典となる資料。
洗脳的、あるいは現代の倫理に過度に反する内容の資料。
内容が危険過ぎて発行禁止になった資料。
こう考えると、閲覧制限が必要な本はかなり多いのかもしれない。
かなり奥まで来た。
ここには、現代文字だけじゃなく古い文字が書かれた本も収まってる。
「錬金術?」
『目録があるわねぇ』
この本棚に関する目録か。
えっと……。
現在、発禁処分になっている錬金術関連の資料だ。現代錬金術もあるけど、アルファド帝国時代のものが一番多いらしい。
目録を戻して、本を一冊取って、めくる。
……これは。
これは、人体実験の歴史。
明らかに危険と解る実験の数々。
こんなことが、本当に許されていたのか?
こんなことを、本当に平然とやっていたって?
実験の対象にされたのは、奴隷や捕虜、身分の低い者。実験への同意を得ることなく行われたんだろう。名前すら掲載されていない被験者は、明らかに帝国の支配によって搾取された者たちだ。人権という概念のない時代。命を命とも思っていないおぞましい扱い。
見上げた本棚には多くの本が収められている。
この本と同じ内容のものが、一体、どれだけ記録されているんだ。
『大丈夫ぅ?』
「……あぁ」
目を背けられない錬金術の歴史。
古代から続いてきた錬金術の歴史は、一時的に衰退し、その後、アルファド帝国時代に再注目を集め、帝国の庇護の元に発展した歴史を持つ。
ユールの持つ古い知識は、現代錬金術の歴史には残っていないもの。つまり、ドラゴン王国時代に存在していたであろう知識で、今となっては失われた錬金術だ。その目的は自然への理解や解明、自然現象の再現などに主軸に置かれていたと考えられている。
一方で、現代錬金術は、古代から掘り起こされた一部の知識を発展させたアルファド帝国の錬金術を基礎としている。この時代以降の錬金術は、人間の為の錬金術と言われ、人間の生活の利便性を上げるものはもちろん、人間にとって毒にも薬にもなる研究が多い。
俺が学んだ錬金術の歴史は好意的な発展について書かれるものが多い一方で、倫理を捨てた研究が含まれていたことを示唆する内容も多かった。
ここに、その根拠となる資料が収められてる……?
『エル。戻った方が良い』
「……平気」
本棚が高過ぎて、見上げた時に少し目眩がしただけ。
この道を進むのなら、知らないままではいられない。
※
「……ようやく見つけた」
「カミーユ?」
カミーユがため息を吐いて、天井を見上げる。
「皆を帰り道に案内してくれ」
周りの明かりが一方向を除いて、すべて消えた。
「本っ当に、図書館に来るとすぐにこうだな。もう帰るぞ」
『あんまり散らかしたらぁ、精霊たちに怒られるわよぉ』
「何を読んでたんだ?」
だめ。
カミーユが取った本を取る。
「まだ、読んでる途中」
「もう片付けなきゃいけないんだよ」
「ちゃんと片付けて行くから、先に行ってて」
「お前が一人で片付けるって?無理に決まってるだろ」
『そうだな』
『そぉねぇ』
でも、ここにある本をカミーユに読ませるわけには……。
「エルロック、カミーユ」
「先生」
「先生」
「探したぞ。こんなに散らかして……。カミーユ。先に戻って、皆に知らせてくれ」
「本の片付けは?」
「俺が手伝う。館長と一緒に待っていてくれ」
「了解」
カミーユが戻って行く。
……良かった。
「あ」
読みかけの本を取り上げられた。
「まだ途中なのに」
「エルロック。こんな本を読ませる為に連れて来たわけじゃないぞ」
先生が本を本棚に戻す。
目録も見ずに戻すなんて?
拾った本も、次々と本棚に戻していく。
本の位置を知ってる?
「先生も、ここの本を読んだのか?」
「学生には早い」
「薬学の分野だ」
「お前たちの参考にはならないぞ。アルファド帝国で行われていたような実験は、すべてラングリオンでは禁止されている」
「もしかして、ラングリオンで薬学が敬遠されているのは……」
「王家が積極的に推奨しない理由の一つではあるだろうな」
やっぱり。
ラングリオンが薬学に積極的にならないのは、この歴史のせいだったんだ。
帝国によって搾取された人々の解放を行ったラングリオン初代国王にとって、この分野は人々の苦しみの歴史に映ったに違いない。
「ここには発禁レシピも含まれている。発禁レシピを作れば錬金術師の免許は剥奪だ。錬金術師になれないぞ」
「解ってる」
発禁レシピの研究や製作には許可が必要で、勝手に作ることは許されない。
「お前が作りたいのは、こんな薬じゃないだろ?」
薬は誰かの犠牲の上に成り立つようなものでも、誰かの苦しみや不幸を願うようなものでもない。
「薬は誰かを救う為にあるものだ」
薬効はもちろん、研究や製造過程に至るまで、すべて。
「それで良い」
ただ、歴史と学問を直結させて考える訳にはいかない。
「やっぱり、ここにある資料は避けて通れない」
「……何故だ?」
「研究を行う上での倫理的なルール作りも俺たちの研究会が行わなければならない課題だから」
こんな研究方法なんか取らなくても、いくらでも倫理的に正しく進める方法はある。
「俺は、自分が正しいと思える方法の模索を諦めたりなんかしない」
ここにある本は全部、読まないと。
その上で皆に相談しよう。
「エルロック。お前は、俺の専門が何か知ってるか?」
「亜精霊学」
「そうだ。俺は亜精霊の生態、特に、植物の亜精霊の専門家だ。……だから、亜精霊の毒には詳しい」
「亜精霊の毒?」
「植物の亜精霊には特殊な毒を持つものが多いんだよ」
「じゃあ、ずっと毒の研究をしてたってこと?」
「そうだ」
ようやく、腑に落ちた。
どちらかと言えば魔法科の分野に入る亜精霊の専門家にも関わらず、先生が錬金術にも造形が深かった理由。
それは、毒の専門家だったからなんだ。
「教えて」
「なら、亜精霊学の応用、植物型亜精霊と毒について、高等部一年の授業に入れて貰えるよう、会長に掛け合っておく」
「今から?」
もう、新年度の授業選択が終わる時期なのに。
「どうせ、講義を聞きたがるのはお前たちぐらいだろう。今年度の内容なんてどうとでも出来る」
「それって、亜精霊学の基礎を取ってたら誰でも取れる?」
「あぁ」
「錬金術学科でも魔法学科でも?」
「亜精霊学はどちらの分野にも跨がるからな」
「なら、クラスメイトは皆、聞きたがると思う」
「お前たち全員の選択授業を見直せって言う気か?」
「その準備をしてた方が良いよ。セルジュも受けるなら、授業は朝一か四時間目だ」
一晩中起きてるセルジュの場合、寝ないで受けるか、早めに起きて受けるかの二択になる。
「全く。お前たちは、すぐに俺の仕事を増やす」
先生に手を引かれて立ち上がる。
初等部一年からずっと、俺がこの道に進む為のあらゆる知識を教え続けてくれたのは先生だ。
「先生が俺の先生で良かった」
先生が咳払いをする。
「そういうことは、無事に卒業してから言え」
「はい」




