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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅷ.研究会と弱者
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04-1 Évènement de charité

王国暦六〇二年 ヴェルソの二十三日


 今日は、イーストエンドのアリス礼拝堂でチャリティーイベントを行う。

 ……んだけど。

「なんで、幌馬車?」

「寄付が思った以上に多かったんだもの。荷馬車がなきゃ運べないわ」

 マリーが用意したのか。

 荷馬車として用意した幌馬車らしい。

「これも積んで良い?」

「えぇ。何でも持っていけるわ」

 ユリアが調整してくれたおかげで、研究会のメンバーだけならグラッツ孤児院を訪問して良いことになった。だから、子供向けの絵本やお菓子も用意することにしたのだ。

「藤の会のメンバーは連れて行けないけど、私とユリアは手伝いに行くわ。クラスメイトにも声をかけたから、来れる人は来てくれるんじゃないかしら」

「助かるよ」

 男子もラウルたちが手伝ってくれるって言っていたから、人手は足りそうだ。

 ……広いな。

「俺も乗って行って良い?」

「構わないけど……。荷馬車よ?人が乗るようなものじゃないわ」

「良いよ」

 荷物と一緒に行った方が早い。

 先生は守備隊との打ち合わせの為に先に行っているから、到着次第、準備を始められるだろう。

「じゃあ、俺も乗ってく」

「えっ?」

「俺も」

「皆、乗るの?」

「私も乗って行くわ」

「セリーヌまで?」

 結局、薬学研究会の全員が馬車に乗る。

 流石に、この人数だと少し狭いかも。

「マリーはぁ、私と一緒に行こぉねぇ」

 オルロワール家の令嬢には、荷馬車に乗るなんて無理だろう。

「じゃあ、後でねぇ」

「ん」

 

 馬車が動き出した。

 後ろの布は限界までしっかり閉じたけど、まだ隙間が開いている。

「顔を出すなよ」

 制服を見れば養成所の学生だってバレてしまう。貴族が乗ってるなんて知られない方が良いだろう。

 閉じた布の影になる両サイドに分かれて座って、隙間から外を眺める。

 良い天気だ。

 

 養成所を出て、学生通りを進んでウエストストリートに入り、中央広場を抜けてサウスストリートへ。

 

 中央から遠ざかるにつれて馬車の揺れが大きくなってきたように感じる。道の整備具合に差があるからだろう。

 ……貧富の差は至る所で感じるな。

 途中で馬車が東に曲がった。

 もうすぐアリス礼拝堂に到着する。

 

 ※

 

 礼拝堂。

 時を告げる鐘楼を抱える大きな建物は、広場に面した王都のあちこちにある施設だ。

 市民活動の拠点としての役割はもちろん、結婚式や葬儀といった宗教的な行事を行う場でありながら、特定の宗教に染まらず、どんな信仰対象への祈りでも届けてくれる場所らしい。

 ……まぁ、外から来た俺からすれば、充分、ラングリオン流の宗教施設に見えるんだけど。

 その理由は、この特徴的な建物にある。

 正面扉の両端には、柱に巻き付く蔦の模様が描かれている。この模様は、ラングリオンの墓石にも彫られるメジャーなレリーフだ。扉は死者の世界との境界を意味する古代語で、古代語は精霊が扱う言葉でもあるから、これは精霊信仰の名残と捉えることが出来るだろう。

 また、正面扉の上には、金色の丸を中心にした六枚翼の絵が描かれている。これは、左翼が上から黄色、金、黒。右翼が上から青、金、緑と、色が細かく決まっているらしい。

 金色は月の女神を、他の翼の色は精霊を表してるんだとか。もしくは、翼のモチーフが死者の神を表すとも。

 総合すると、精霊信仰をベースにした月の女神を崇拝する宗教施設に見えるけど。なんとなく、死者の神との繋がりが深い印象がある。

「ほら。ぼーっとしてないで運べよ」

「ん」

 カミーユが馬車から出した荷物を受け取って、中に入る。

 

 アリス礼拝堂の正面扉から中に入るとすぐに、天井の高い広い空間が現れる。祈りのホールだ。

 明るく広い空間に並ぶ椅子には何人か人が座って、お喋りをしている。広く一般に開放されてるだけあって、人の出入りが多いらしい。

「アリス礼拝堂に来たのは初めてだわ。綺麗なステンドグラスね」

「俺もここのは初めてだ」

 正面入口から真っ直ぐ絨毯が伸びた先には祈りの祭壇があり、そこから見上げる高い位置には上下に二枚のステンドグラスが飾られている。

「ステンドグラスって、礼拝堂によって違うのか?」

「デザインは作った人によって違うわ」

「でも、モチーフは同じだ。上の円は月で、下の扉の中が大樹って決まってる」

「確か、扉の形が大事なんだろ?」

「あの扉を通して、ここでの祈りをあらゆる神に届けてくれるわけだからな」

 大樹が描かれた半円アーチ型のステンドグラスは、扉を模したものらしい。

 そして、その上にある円形のステンドグラスが月を模したもの……?

「なんか、ガレットデリュヌに似てる」

「当然よ。ガレットデリュヌは月を模したものだもの」

 そうだった。

「お前たち、こっちだぞ」

 先生が左手の扉から俺達を呼ぶ。

「はーい」

 今回は、祈りのホールから見て左手にある活動室を医療ボランティア用のスペースとして借りている。礼拝堂は、ホールの外周にも色んな部屋があるらしい。

 

 ※

 

 荷物を運び、医療活動を行うための準備を終えて外に出ると、広場の前で学生服を着た学生たちがチャリティーイベントの準備をしていた。クラスメイト以外にも手伝いに来てくれた学生は多いらしい。

 バザーに出す品を並べるテーブルも、演奏で使うピアノも、礼拝堂から借りたものだ。礼拝堂は、あらゆるイベントに対応出来る様々な道具を持っている。普段から貧困者への炊き出しも行っているから、料理道具も揃ってるんだとか。

 本当に何でもあるな。

「エル」

「ラウル。準備は順調か?」

「順調だよ。そっちは?」

「こっちも、もう整ってるよ」

「良かった。じゃあ、忘れる前に、蓄光塗料のレポートを渡しておくね」

「もう調べたのか?」

「うん。面白かったから」

 ラウルから貰ったレポートをめくる。

「エルの予想通り、色を混ぜると発光力は落ちる傾向にあるね。光を吸収する力も弱まると思う。色による違いは書いてある通りだけど……。結論としては、そのまま使うのが一番だね」

「汎用性は高くないな」

「そんなことないよ。これもあげる。暗いところで見てみて」

 手のひらサイズの額に入った花の絵。

 普通の絵に見えるけど……?

「わかった。夜に見てみるよ」

「じゃあ、バイオリン頑張って」

「ん」

 ラウルが向こうの準備を手伝いに行った。

 花の絵は仕舞っておこう。

「エル、順調か?」

「ガラハド」

 王都守備隊三番隊隊長。

 アレクが連れてきた元傭兵だ。髭のせいで年齢がいまいち解らないけど、大陸中で有名なことを考えると、相当年上なんだろう。

「なんで、守備隊の隊長なんかやることにしたんだ?」

 ガラハドが笑う。

「随分、唐突な質問だな。まぁ、大人には色々あるんだよ」

「傭兵の方が稼げるんだろ?」

「金の為に仕事してるんじゃないさ」

 答えるつもりはないらしい。

「準備は順調だよ。三番隊の隊長が、こんな所に居て良いのか?」

「学生の見守りは立派な活動だろ?貴族の護衛があちこちに紛れてるし、こっちも仕事してるってところを見せとかなきゃな」

 周りを見渡す。

『外では、知っている人間を探すのは難しいぞ』

 マリーが来るからオルロワール家の護衛も来てるんだろうけど。

 闇の精霊は、屋内みたいに空間の区切られた場所に居る人間は解っても、屋外では近くまで来ない限り解らないらしい。

 ……というか。

 広場は、たくさんの屋台が並んで賑わってる。こんなに賑わってるなら、チャリティーをやるまでもなかったかも。

「礼拝堂前の広場って、いつもこんな感じなのか?」

「まさか。普段は、ここまで賑わったりはしないぜ。イベントをやるって聞きつけた連中が屋台を出して、祭りにしてるんだよ」

 聞きつけたって。

「計画は三番隊にしか知らせてないだろ」

「守備隊の連中は祭り好きだからな」

 リークしてるのは守備隊かよ。

「貴族が来るって情報をバラすなんて」

「主催まではバラしてないさ。要らん仕事は増やしたくないからな」

 本当に?

 ……どちらにしろ、これだけ目立った行動をとっていれば、もう目はつけられているか。

 何もなきゃ良いけど。

「バイオリンを弾くんだろ?殿下がエルの演奏はすごいって褒めてたんだ。楽しみにしてるぜ」

 ガラハドは、アレクのことを必ず殿下って呼ぶ。

「俺たちの警護に来てるんじゃないのかよ」

「のんびりやるさ」

 ガラハドが手を振っていく。

 あんなので仕事してるって言えるのか?

 持っているレイピアに手をかける。

 ……駄目だ。

 背を向けてるのに全く隙がない。

 自分の攻撃が入るイメージが全くつかない。

 一歩踏み込んだだけで、すぐに斬られそうな感覚。

 冷や汗が出る。

 こんなの初めてだ。

 遠ざかる背を目で追う。

『エル、メラニー』

『ナインシェ』

 レイピアから手を離して、声の方を見上げる。

『もうすぐ、マリーとユリアも到着するわ。ジュリアーノ、アンジェリクも一緒よ』

「ん。わかった」

 アンジーも手伝いに来たのか。

 皆が来るなら、そろそろバイオリンを鳴らしておこう。

 背負っていたケースからバイオリンを出して、音を響かせる。

『何か弾くの?』

「んー」

 何にしよう。

 無伴奏の曲……。パルティータの第三番にしよう。

 バイオリンを構えて、音を鳴らす。

 

 軽やかにバイオリンが歌い、ソロとは思えないぐらい豊かなメロディを奏でる曲だ。バイオリンは室内で演奏することが多いけど、外の演奏も楽しいな。

 

 曲を終えると、拍手が鳴り響いた。

「いつも勝手に始めちゃうんですから」

 ジュリアーノが俺の隣に並ぶ。

「いつでも大丈夫だよぉ」

 ユリアもピアノの前に座ってる。

 準備は出来てるらしい。

「じゃあ、始めよう」

「うんっ」

「わかりました」

 二人と視線を合わせて、合図を送って。

 奏でる。

 

 恋は野の鳥。

 

 ※

 

 集客は上々。

 手伝いに来てくれたクラスメイトが積極的に声かけしてくれるから、礼拝堂内の臨時無料診療所にも相談者が集まっていて、診療も捗っている。

 基本は風邪の診療のみで、細かい診断が必要なものは、先生の名前で錬金術研究所を紹介してもらうことにした。こういう機会に相談したいことのある人も多かったんだろう。

 ……やって良かった。

「エルが言ってた通り、かなり風邪が流行ってるな」

「もっと薬を用意してくるんだった。軽い症状の奴は少ないぞ」

「次の休みも来た方が良いかな」

「そうね。患者が減っているか確認しに来た方が良さそうだわ」

「バザーなしで人が集まるか?」

「来よう。薬で症状が軽くなったなら、もう一度、来てくれるはずだ」

「そうだな。継続して同じ患者を診れる可能性は高いだろう」

「先生、良い?」

「俺が何を言おうと、お前たちは来るんだろ?計画書は早めに作れよ」

「はい」

 もう一度、来れる。

「すみません、病気を診てもらえるって聞いて……」

「こちらへどうぞ」

 患者が来た。

 

 ※

 

「エル、交代だ。休憩に行って来い」

「わかった」

 丁度、追加の薬を作り終えたところだ。

 ランチに行こう。

「エル。ユリアも連れて行ってくれる?後で、もう一曲やれるか相談してきて欲しいの」

「了解」

 

 礼拝堂を出て、バザー会場へ。

「ユリア」

「エル。いらっしゃぁい」

 会場は賑わってるし、どの品も順調に売れてるな。

 ……あれ?

「カメオが全然、売れてない」

「売れてるんだよぉ?でも、たっくさんあるんだぁ」

 ユリアがテーブルの下から出した箱には、たくさんのカメオが入ってる。

「なんで、こんなに?」

「えぇ?それを私に聞くぅ?」

 なんで、聞いちゃダメなんだ。

「私が説明しますよ」

「アンジー」

「あ、覚えてくれたんですね。嬉しい」

 あれだけしつこければ、嫌でも覚える。

「カメオのポーラータイは恋人の証なんですよ。好きな人と交換するんです。でも、別れたらタイの紐を切っちゃうから、カメオだけ残るんです」

 つまり、別れた恋人の数だけ不要品としてバザーに出されてるのか。

「エルロックさんは交換しないんですか?なんなら、私と交換しません?」

「要らないし、カメオなんて持ってない」

「えー?残念」

『カメオ、ねぇ』

 持ってるけど。

 すっかり忘れてたな。ポーラータイのカメオの意味。

「あ、じゃあ、真珠はどうですか?」

 しつこいな。

「宝石なんて持ってない。……ユリア、休憩に入ろう」

「わかったぁ」

「なら、私も……」

「駄目だ。俺はユリアと次の曲の打ち合わせがあるんだよ」

「えー」

「アンジーちゃん、売り子さんよろしくねぇ」

「はぁい」

 

 ユリアと一緒にバザー会場から抜け出す。

 どこに行こうかな。

 この辺で適当に買っても良いし、レストランを探しても良さそうだ。

「エル。あの子に刺されないようにねぇ?」

「は?」

「鈍感なんだからぁ」

 鈍感じゃない。

「ちゃんと断っただろ」

「え?気付いてたのぉ?」

「あそこまであからさまに言われたら気づく」

 それに。

 一つ一つ貝の中で育まれる真珠は、愛の象徴だ。プロポーズの時に真珠の指輪を贈るのは、ラングリオンを含めたこの地域の伝統でもある。

「成長したねぇ」

 というか。

 今回の不用品募集だけで、あんな量のカメオが集まるわけないだろう。

「あのカメオを売るために藤の会が出来たんじゃないだろうな」

「んー。カメオはぁ、藤の会でずーっと扱ってるものではあるよぉ」

 やっぱり。

 だから、理由を言いたくなかったんだ。

「エルも後で見てみたらぁ?お気に入りが見つかるかもよぉ」

「欲しいカメオでもあるのか?」

「え?」

「ユリアが欲しいなら買う」

 渡せなかったから。

「欲しいわけじゃ、ないけどぉ」

「なら、見る必要はない」

 興味ないし。

「そぉいうとこ、直した方が良いよぉ?」

「……どこ?」

 何を指してるかわからない。

「クレープガレットのお店に行こっかぁ」

「……ん」

 質問に答えて貰えないことには、もう慣れてる。

 

 イーストのミモザ通りにある、クレープガレットの店・オリゾン。

 クレープとガレットだけを扱う専門店だ。専門店は、パン屋のような特定のものしか扱わないような形態の店を指す。

 と言っても、オリゾンは甘いクレープから食事系のガレットまで幅広く扱っているから、選べるものは多い。

 

 おすすめのメニューとコーヒーを注文して、席につく。

「もう一曲、頼まれたんだ。何にする?」

「スケルツォ・タランテラはぁ?」

「良いよ」

「決まりだねぇ」

 久しぶりだ。

 後で少し練習しよう。

「エルはぁ、音楽系の会に入ってるぅ?」

「入ってないよ。課外活動は燕の会だけ」

「カミーユの手伝いしてるんだっけぇ?」

「違う。カミーユの手伝いをやってるのはジョゼだよ。俺は、ロランが出した名簿に署名させられただけだ」

「えー?そぉなのぉ?」

 ユリアが笑う。

 ロランの次のリーダーは、カミーユに決まった。そのサポート役として、サブリーダーにジョゼが付いている。

 ジョゼは中等部以降、俺と一緒にレイピアを学んでいる。女子の剣術は選択科目で、好きな種類を選べるのだ。

 相変わらず剣の腕はカミーユが一番だけど。取りまとめなどの実務を担当してるのはジョゼだから、燕の会のリーダーはジョゼと言って良い。

 そして、次期リーダー候補としてサブリーダーに決まったのがアンジーだ。

 アンジーもカミーユ同様、騎士の家系で、元から剣の腕が高い。

「じゃぁ、椿の会に入らない?」

「椿の会?」

「私が作った音楽の会なんだぁ」

「音楽系の会って、他にもなかったっけ」

「大きいとこが解散命令出されてから、乱立してるって感じかなぁ」

「解散命令?何したんだ?」

 課外活動を行う会は、養成所に申請し、許可が降りたら正式な会として認められる。

 大抵は、要件を満たせば認められるって聞いたけど……。

「活動趣旨に反した行動をしたって聞いてるよぉ」

「どんな?」

「んー。なんだろぉねぇ……。大きくなり過ぎると組織の力が強くなっちゃうから、悪質な支配体制でもあったんじゃないかなぁ?」

 悪質な支配?

「アルファド帝国末期の話みたいだな」

 ユリアが笑う。

「そぉそぉ。そんな感じだと思うー」

「ユリアは入ってなかったのか?」

「私は、私のピアノと一緒に遊んでくれる人が居たらそれで良かったからぁ」

 会に入ると色々面倒なんだろう。

 燕の会も稽古への参加が推奨されてるけど、俺はほとんど参加してない。せいぜい、カミーユを朝練の為に叩き起こす役目があるぐらいだ。

「俺もユリアとの演奏は楽しいよ」

「じゃあ、入らない?椿の会は、皆で一つの曲の完成を目指すんじゃなくて、お互いの技術を高め合うことを目標にしてるんだぁ。ジュリアーノ君が、エルに教わりたがってるんだよねぇ」

「俺は人に教える方法なんか知らないし、研究が忙しいから、どこかに所属するつもりもない」

「そっかぁ」

「でも、たまに一緒に演奏するのは良いよ。ジュリアーノとも」

「本当ぉ?伝えておくねぇ」

 今日の演奏も楽しかったし。

 たまに遊ぶのは良いだろう。

「お待たせ致しました」

 料理が運ばれて来た。

 相変わらずユリアが食べるものは甘そうだ。

「食べるぅ?」

「要らない」

「相変わらずだねぇ」

 甘いものが食べられなくたって一つも困らない。

 

 

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