01-2 Peinture lumineuse
夜。
夕食後に少し寝てから、作ったばかりの薬品を蓋付きのバケツに入れて持ち歩いてると、荷物をたくさん持ったセルジュに会った。
「セルジュ」
「エル。こんばんは」
「こんばんは。そんな荷物を持って、どこ行くんだ?」
「校舎の屋上だよ」
「屋上?もうすぐ消灯時間なのに?」
「研究の為なら夜間でも校舎への出入りが自由なんだ」
「本当に?」
「高等部からは、あまり制限されないんだってさ。研究に没頭して深夜になるってことも良くあるみたいだね」
知らなかった。
これからは、深夜まで研究してても怒られないのか。
「手伝うよ。一人じゃ大変だろ」
「そのバケツを持って?」
「平気」
セルジュが抱えている資料を持つ。
「セルジュは、天文学の研究会を作るのか?」
「研究会っていうか……。僕一人でやる予定だね。今日から毎晩、天体観測をする予定」
「毎晩なんて、体は持つのか?」
「大丈夫。しばらく昼夜逆転生活をする予定だから。さっきまで寝てたし、一晩中起きてられると思う。……エルもそうじゃない?」
ばれてる。
俺も、ベルベットに行く予定だったから、さっきまで寝てた。
「エルは薬学研究会だっけ」
「あぁ。カミーユとシャルロ、ルード、ノエル、アシュー、それから、セリーヌ」
「賑やかだね。そのバケツは、皆の研究?それとも、いつもの悪戯?」
「んー……」
どっちだろう。
「やりたいことがあって。その答えを出すのを、皆が手伝ってくれたから、思ってたよりもあっという間に出来たんだ。だから、皆の研究成果でもある」
「歯切れが悪いな」
誰の研究かと問われたら、研究会のものだって言うだろう。
でも。
「これで怒られることになっても、皆の責任には出来ないだろ」
「あぁ、そういうことか」
セルジュが笑う。
「よく、セリーヌが手伝ったね」
「セリーヌは、役に立つって説き伏せれば何とかなる」
本当は、あれこれ実験するのは好きみたいだし。
「それに、これはセルジュの役にも立つよ」
「僕の?」
「あぁ。効果は使ってみないと解らないけど」
※
セルジュは天体観測。俺は自分の研究があるってバケツを見せただけで、寮の外に出して貰えた。
夜の校舎は暗い。
バケツの蓋を開く。
「明るい。何?それ」
「錬金術の蓄光石を応用した蓄光塗料。あちこちに塗っておいたら、夜間に歩く時の目印になる」
「面白い」
「だろ?日中、光の当たるところに塗っておけば、一晩中明るいはずだ。これがあれば、手元に明かりがなくても階段までの道が分かるように出来る。目印になるように、あちこちに塗っておくよ」
「こんなの勝手に塗ったら、怒られない?」
「役に立つことなら怒られないだろ」
たぶん。
「色はこれだけ?」
「色?蓄光塗料の?」
「色んな色があった方が楽しそうじゃない?」
「確かに」
考えてなかったな。
でも、これが一番発光に適した調合だから、何かを加えるなら発光力が弱まりそうな気はする。
「ラウルに相談してみる」
絵の具に詳しいだろうから。
「今日は一晩中、それを塗ってるの?」
「まさか。適当なところに塗ったら、出かけるよ」
「出かける?……流石に、校舎の外に出る許可は降りないよ」
「バレないように出るから良いんだよ」
許可なんて要らない。
※
養成所を抜け出して、キアラの家に寄ってベルベットへ。
ここは、いつ来ても賑やかだ。
今は酒の注文も自由に受けられるようになったし、給料も少し上げて貰えた。
カウンターに常連客が来る。
「何か適当に……」
喋ってる途中で、客が咳き込み始める。
「大丈夫か?」
「タダの風邪だ」
「薬は?」
「こんなんで薬なんか飲んでられるかよ」
……薬は高級品だから?
違うな。
バーに来て飲む余裕があるなら、薬だって買えるだろう。
「なんか作ってくれ」
「風邪なら酒は飲まない方が良い」
「わかってないな。こういうのは、飲んだ方が良くなんだよ」
逆効果だ。
でも、それを細かく説明すれば、その知識をどこで得たのか不審に思われるかもしれない。
なんて言うかな……。
「すっきり辛いのが良いな。あぁ、マティーニを頼む」
絶対に風邪に良くないのに。
「ん」
注文を受けたから作るしかない。
風邪なら味も分からないだろうし、混ぜものでも増やして度数を下げるか?
でも、あまりにもいつもと違うとバレそうだ。
……あ。このピクルスは風邪に良いかも。
いつもより辛めに仕上げたマティーニに、オリーブではなく小粒玉葱のピクルスをピンに刺して出す。
「お?なんだこりゃあ」
「玉葱は、風邪に良いって聞いたことがあるから」
「なんだよ、そのおばあちゃんの知恵袋みたいなやつはよ」
笑いながら客が酒を飲む。
おばあちゃんの知恵袋?
変な言い回し。
確か、知恵袋だけでも知恵や知識が詰まったものって意味じゃなかったかな。
「おお。面白いな」
客が小粒玉葱をかじる。
このピクルスは、店長が自前で漬けてるやつだ。
「おい!エルが面白いマティーニを作ったぜ」
客が寄って来た。
「何食ってるんだ?」
「ピクルスだよ。風邪に効くんだって」
「おぉ。なら、俺にも作ってくれ」
「俺も」
「皆、風邪引きなのか?」
「エンドで流行ってるからな」
流行ってるのか。
確かに、あちこちで咳をしてる客が居る。
小粒玉葱だけでどうにかなると思えないけど……。
「店長、これ、たくさん使って良い?」
「あぁ。良いぜ」
じゃあ、作ろう。
※
閉店した店の掃除をする。
店で話を聞いた感じだと、半月ほど前からエンドで風邪が流行ってるらしい。長引く咳が特徴で、肺炎を起こして病院に運ばれるケースも出てきている。
……まずいな。
感染力も強そうだし、このまま放置するのは危険だ。
かと言って、俺に何が出来る?
「エル」
「店長。……何?」
「マティーニのバリエーションを見せてやろうか」
「見たい」
箒を持ったままカウンターへ行く。
店長が酒を用意して、手際良く次々と計量、ステアする。
ベルモットをスイートベルモットに変え、砂糖漬けの桜桃を飾ったレシピ。
「あら、美味しそうね」
キアラがマティーニを飲む。
「甘い?」
「良い香りよ」
キアラが向けたマティーニの香りを嗅ぐ。……結構、通常のマティーニと違う気がする。
「ほら、次だ」
店長がシェイカーを用意してる。
マティーニなのに?
ジンに少量のベルモット。それに、オリーブの漬け汁を少し足してシェイクし、少し濁りの出たマティーニにオリーブを三つ刺して飾る。
「三つも?」
「ガーニッシュでバリエーションを分けてるのよ。ジンをウォッカに変えてステアしたバリエーションは、うちではオリーブ二個で出してるわ」
通常のマティーニはオリーブ一個だけ。バリエーションは、どれも初めて見るものだ。
「最初に渡されたレシピには載ってなかった」
「客のオーダーに合わせて作ってあげるのもプロの仕事よ。今日のエルみたいにね」
キアラが飲み終えたグラスを置いて、シェイクしたマティーニを飲む。
キアラは酒が強い。
たまに客から奢られてるけど、酔っ払ったところは見たことがない。
続けて、ジン、ドライベルモット、スイートベルモットのマティーニ。これには、オリーブを一個と、くるくるとねじれたレモンピールを飾ってる。
「どうやって切ったんだ?」
まだ、切り方を教わってない。
「今日は見せるだけだ。細かいレシピは今度、教えてやる」
「レシピは覚えたよ」
店長が計量していた量はすべて。
「技法は練習しないと無理だけど」
「お前の手首は酒を作るのに向いてる」
「手首?」
店長が手首を回す。
「酒を作るには、手首の柔軟性が欠かせないからな」
柔軟性なんかあるかな。
店長がやっていたように手首をまわす。
……何かに似てる。
箒を持ったまま手首を動かす。
レイピアの扱いに似てるかも。特に、俺の剣術のスタイルに似てる。
「学生を辞めたくなったら、いつでも雇ってやる」
「あら」
「辞めないよ」
「そいつは残念だ」
「エルのこと、随分、気に入ったのね」
「飲んだこともない癖に、新しいバリエーションを開発したからな」
あれは開発した内に入るらしい。
でも、飲まなくても味の情報はキアラが教えてくれるし、出来上がる酒はどれも香りや色が違って面白い。
こういった細かい配合の違いで結果が変わるのは錬金術に似てる。
「店長とキアラは風邪引いてない?」
「仕事は健康が第一だ」
「私も気をつけているわ。……でも、今、流行ってる風邪は良くないわね。声に影響するもの。私も薬を買ったわ」
「薬?この辺に薬屋があるのか?」
「まさか。薬屋なんて、中央に行かなきゃないわ。この辺は医者だってろくに居ないもの」
「じゃあ、この辺の人たちは風邪を引いたらどうするんだ」
「治るのを待つのよ」
「え?」
……それだけ?
「あまりに酷い時は研究所の連中が医療ボランティアで来るが。この程度なら来ないだろう」
放置して良い状態なんかじゃない。感染の広がりを止めなきゃいけないのに。
「エル。変なことなんて考えちゃダメよ?」
「そうだぞ。お前は中央の人間だ。エンドの事情も知らない癖に首を突っ込むのはやめろ」
エンドでは薬を使わないのが当たり前だから?
「自分の身も守れないのに誰かを守ることなんか出来ないわ」
「わかってる」
エンドは危険だって。
子供が一人で歩いてるだけで、捕まって引きずり回されるリスクがあるって。
……ラングリオンは子供の誘拐が多過ぎる。
キアラが俺の頭を撫でる。
「今、出来ないことを嘆く必要なんてないわ。出来ることは、これからどんどん増えていくのだから」
出来ること……。
「じゃあ、マティーニのバリエーションをもっと教えて」
「お前なぁ。何でも駆け足で学ぼうとするな。少しずつ覚えろって言ってるだろ」
店長が俺を小突く。
教えてくれない。




