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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅷ.研究会と弱者
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01-1 Créer un groupe d'étude pharmaceutique

王国暦六〇二年 ヴェルソの十七日

 

 高等部に入ると完全に錬金術専門科と魔法専門科に分かれ、クラスは解散になる。中等部で卒業を選ぶ学生が居るのもその為だ。今後は各自で立ち上げた研究会で、専任教師と共に、より専門的な研究活動を行っていくことになる。

 だから、中等部のヴェルソで研究会設立の申請を行うんだけど……。

「すまない。お前たちの研究会を担当出来る教師が探せなかった」

「え?」

 俺、カミーユ、シャルロ、そして、アシュー、ノエル、ルード、セリーヌで立ち上げる予定の薬学研究会。

「作れないってこと?」

「相談役として俺が付くから、研究会は作れる」

「相談役?」

「専任じゃないってこと?」

「専任は無理だ。専門外だから指導出来ない」

 中等部までのクラス担任の先生は、幅広い知識を持ってるけど、専門は亜精霊学だ。

「薬学の先生は?」

「お前たちに教えることはもうないって言ってたぞ」

 やっぱり、駄目だったのか。

 中等部の二年間、授業以外にも勉強に付き合ってくれた先生。俺たちからも、研究会の専任教師になってくれって頼んでいたんだけど。同じように言われて断られていた。

「医学専門の先生は?」

 薬学と最も近い分野だ。

「お前たちが目指してるものとは分野が違うと断られた。相談には乗るが、面倒は見きれないそうだ」

「全員?」

「どの先生も?」

「薬学の近似分野どころか、あらゆる教師に声をかけてみたが、お前たちの面倒を見てくれる教師は探せなかった」

 セリーヌがため息を吐く。

「あんたたちが普段から悪いことばっかりしてるから、こうなるのよ」

「関係ないだろ」

「どうしよう。研究会に付き合ってくれる先生が一人も居ないなんて……」

「こういうケースって、これまでにあったのか?」

「俺が教師になってからは見たことない。掛け持ちしてでも、専任教師を付けるのが通例だからな」

 ロヴィみたいに一人で研究をやってる場合は、別の研究会を受け持ってる教師が掛け持ちすることも多いって聞いている。

「というか、現在、錬金術研究所に存在しない部署の発足を目指して研究会を立ち上げようなんて学生は、お前たちが初めてだ」

 だって、ラングリオンは薬学の分野が発達していないから。

 医者は患者の症状を正しく把握し、既存の薬や魔法の力で治療を行う。魔法があれば薬学の発展なんて必要ないというのが、現在のラングリオンのスタンスだ。

 現在、流通している薬や古い文献に残るレシピがあれば、これ以上の研究開発なんて必要ないという考えらしい。

 でも、俺の声のように、治療薬も治療方法も確立されていない分野もある。

「俺たちが目指してる研究会は、新しい薬を開発する為のノウハウの下積みだ。危険な病が流行った場合の備え。……指導者が付かない状態では進められない」

 少なくとも、これから行う実験や研究の危険性について指導する専門家が不可欠だ。

「まず……。薬学におけるお前たちの能力は、すでに研究所レベルに達していると言って良い。ラングリオンでは専門家を名乗れるレベルだ。せいぜい経験が足りないぐらいだろう」

「学生なのに」

「ラングリオンには、それだけ専門家が居ないんだよ。……お前たちがこれからやろうとしていることは、本来なら研究所が行うべき分野なんだ。だから、誰も指導に付くことが出来ない。わかったか?」

 まさか、ここまでラングリオンが薬学の発展に興味がないなんて。

「ここが、ラングリオンの最先端ってこと?」

「それは言いすぎでしょ」

「いや。その考えで良い。どうせ、この研究会が研究所に入ればそうなるんだから、変わらないだろう」

 今のところ、どこかの下部組織として編入されるか、独立した研究室になるかは決まってないらしいけど。研究会を作ることだけは報告してある。

「錬金術研究所の研究員には、定期的に指導に来てもらえるよう打診している。他にも、薬学に詳しい卒業生を探しているところだ。しばらくは自主的な活動を中心に行うことになる」

 自主的か。

「やりたいことがあるんだろ?好きなだけ出来るぞ」

 やりたいこと……。

 そっか。

 普段やってるようなことを堂々と出来るようになるってことか。

 ユールが教えてくれる実験も捗りそうだ。

「専任の教師は居ないが、お前たちが使う研究室は第七実験室に決まった」

「第七?」

「七って、どこだ?」

 初等部の時から使ってる実験室は、第三実験室だ。

 あの廊下沿いには、第五実験室までしかない。

 ロヴィが使ってた研究室は第五実験室の隣にあったけど。あそこは元々、実験準備室として使われていた部屋で、俺たちには狭過ぎる。

「第六実験室以降は特殊な場所にある。場所は、会長に聞くんだ」

「会長に?」

 

 ※

 

 先生に言われた通り、会長室へ。

 職員室と警備員室の間にある窓のない廊下の先だ。

 廊下沿いには、いくつか部屋が並んでいる。……何の部屋かわからないけど。

「天井が明るい」

「蓄光石だな」

「蓄光?明かりがないのに?」

 蓄光石は、光のエネルギーを吸収して発光する錬金術の技術で作られた石だ。窓がない廊下じゃ、吸収する明かりがない。

「でも、蓄光石で間違いないと思うぜ」

「私もそう思うわ。どういうことかしら」

『そんなのぉ、光の精霊が居れば充分よぉ』

「ここ、光の精霊が居るのか?」

『居る』

 居るらしい。

「光の精霊か。確かに、それなら蓄光石も光りそうだな」

「蓄光石って、どうやって作るんだっけ?」

「さぁ?調べればすぐに見つかるんじゃないか?」

 後で調べてみよう。

 廊下の先に進むと、セリーヌが扉をノックした。

「薬学研究会です」

 扉が開く。

「こんにちは、諸君」

 会長だ。

「早速、君たちの研究室に案内しよう」

 会長が廊下を歩いて、廊下沿いにある部屋の一つの鍵を開けた。

「ここが、君たちの研究室。第七実験室だ」

 ここが?

 会長に促されて、皆で実験室に入る。

 カーテンの閉まった薄暗い部屋。

 第三実験室より広いな。

 薬品棚も充実してる。機材も色々、揃ってそうだ。書棚もある。

 あ。知らない本……。

 取ろうとしたところで、腕を掴まれた。

 カミーユ。

「そういうのは後にしろ」

 ……仕方ない。

「諸君、こちらへ」

 実験室の入口から見て左側にある扉の前に会長が居る。

 奥に続く部屋があるらしい。

 会長が扉に触れると、何かが浮き上がった。

「魔法陣?」

「魔力を流すと浮かび上がる仕組みだ。一人ずつ、手で触れてくれ」

 言われた通り、順番に魔法陣に手で触れる。

 全員が終わると、会長が短剣を取り出して、突然、自分の指を少し切った。

 そして、赤い血が浮かんだ指を魔法陣に近づける。

 え?

 今、魔法陣に血が吸い込まれたように見えたけど……。

「これは、闇の魔法を応用した技術だ。人間の血液と魔法陣には特殊な関係がある。詳しい解説は魔法研究科の分野の為、省くが、認証された者しか安全に通れないギミックだと思ってくれ」

 どういう構造になってるんだ?後で魔法科の誰かに聞いてみないと。

 でも、会長の説明だと……。

「無理矢理通ろうと思えば可能ってこと?」

「その通り。万能ではないが、発動した魔法の回避方法は少ない。強力な眠り等の魔法の餌食となり、警報によって警備員がすぐに駆けつけるだろう」

 警報のトラップもついてるらしい。

 会長の部屋はすぐそこで、廊下も職員室と警備員室両方の監視がある場所だ。鍵のかかった第七実験室は、そう簡単に入り込めない場所にある。

 なのに、更に、魔法陣を使ったトラップで厳重に管理する部屋があるなんて?

 会長が扉を開く。

「この部屋には、特殊な薬品や貴重な素材が保管されている」

 ひんやりする部屋だ。

 中に保管されてる薬品は……。

 え?

「硝石だ」

「まじで?」

 養成所にはないと思ってた。

「ここには、君たちの研究に役立ちそうな薬品や、植物などの素材を揃えている。ここにあるものは、使用記録を明確に残すこと、第七実験室から外に出さないことを条件に、好きに使って構わない」

「好きに?」

「ここにあるの、全部?」

「かなり珍しい薬品もある」

「見たことない植物だ」

「やばいな」

「扱ったことないのばかりだね」

「これ、薬の原料に使えるの?」

「見たことねーな」

 すごい。

『なかなか良いセンスねぇ』

 ユールも褒めてる。

「実験室には、薬学に関連した本を揃えている。もし、手に入らない本を探すなら、王立図書館の館長を頼ると良い。話は通してある」

「館長を?なん……」

「わかりました」

 遮るようにシャルロが答える。

 後で聞こう。

「君たちの研究会発足までに教師を用意できなくてすまない。必要なものがあれば、出来る限りこちらで用意しよう」

「この他にも?」

「そうだ。私も個人的に君たちの研究を応援したいと思っている。助力が必要な場合は、いつでも言ってくれ」

「会長も相談役になってくれるってこと?」

「その通りだ」

 会長がサポートしてくれるなら、準備は整ってるって言って良い。

「あの、一つ、良いですか?」

「何かな」

「専任教師が居ない場合、誰が研究会の評価を行うんですか?」

「私が行う予定だ」

「会長が?」

「まず、研究会の評価はテスト形式ではない。会の活動レポートと、個人のレポートによって行われる。活動レポートは教員と共に作成する為、どの研究会の評価も、元々、私が行っている。個人レポートは専任の教員によって評価されるが、君たちの場合は、私が担当しよう。テーマや形式については相談役を頼ると良い」

「わかりました」

「質問は以上かな」

 質問……。

「第六実験室の場所は?」

「教師が管理する薬品庫だ。学生の出入りは禁止されている」

 入れない場所らしい。

「ここは、君たちの為に新しく作られた実験室だ。他に質問は?」

 周りを見回す。

 なさそうだ。

「ありません」

「では、この部屋の鍵を渡そう。人数分用意してある」

 会長がテーブルに鍵を並べる。

「今からこの部屋は君たち研究会のものだ。活動を始めてくれたまえ」

 そう言って、会長が部屋から出て行った。

 やった。

 何をしようかな。

 ……と思ってたのに、あちこちからため息が聞こえた。

「会長が評価するのかよ」

「知らなかったな」

「手探りの研究会なのに、これかぁ」

「文句を言っても仕方ないわ。設備は充実してるし、色々、やりましょう」

 まずは、本。

 見たことのない本が並んでる。

 図鑑もあるな。

 蓄光石のレシピも探せるかな。

「そういえば、図書館の館長に相談しろって、どういう意味?」

「禁書の間に入れてもらえるってことだろう」

「えっ?」

「禁書の間って?」

 図書館にそんなところあったっけ?

「帯出禁止、閲覧制限のある資料が保管された場所だ。国宝級の貴重な資料や、内容が危険過ぎて発禁処分された資料などが保管されている。図書館のどこにあるのかも公開されておらず、歴代の館長が厳重に管理している場所だ」

「行きたい」

「お前なぁ……」

「遊びで行けるような場所じゃないのよ。正式な手続きを行った上で、きちんと許可がないと入れない場所なの」

「入ったことあるのか?」

「ないわ」

 周りを見渡すと、首を振ったり、肩をすくめたりしている。

 誰も入ったことがないらしい。

「図書館は後だ」

「そうよ。もう少し、この部屋を知っておきたいわ」

 蓄光石のレシピが載ってそうな本は……。

 これかな。

 本のページをめくる。

「そういや、研究会のリーダーは誰にするんだ?」

 そんなの決まってる。

「カミーユ」

「カミーユだ」

「えっ?俺っ?」

「賛成」

「俺は、お前たち三人の誰かなら文句ないぜ」

「そうだね。僕も賛成」

「私も異議ないわ」

「なんで?」

「一番、適任だろう」

 カミーユしかいない。

「まとめ役ならシャルロだろ」

「俺は卒業後、錬金術研究所に入るつもりはない。薬学の研究室を作る予定なら、今から室長をやる前提で進めるべきだろう」

「は?」

「そうね。その方が良いわ」

「頑張れよ、室長」

「待て待て。そもそも、錬金術の技術ならエルの方が上だろ。エリクシールも作ったんだし」

「嫌だ」

「嫌だじゃねーよ」

「俺は自分の研究を進めたいから、まとめ役なんて無理」

「お前なぁ……」

「反対してるのはカミーユだけだぞ」

「多数決で決まりだ」

「おい、」

「決まりね。鍵は各自保管で良い?」

「あぁ」

「わかった」

 鍵を仕舞う。

 これだけ充実した場所が好きに使えるなんて。

「エル。今度、エリクシールの作り方を見せて貰っても良い?」

「良いけど、なんで?」

「ちょっと上手く行かないところがあって」

 アシューが出したレポートを見る。

 特に工程にミスはなさそうだ。

「材料持ってくる」

 早速、薬品庫の扉を開く。

 ……闇の魔法の気配を感じる。

 認証されていない者は通さない仕組み、か。

 薬品庫の中で、エリクシールの材料と、ついでに蓄光石の材料と追加の材料を持ってくる。

「何、余計なもの持ってきてるんだよ」

「ちょっと作りたいものがある」

「お。何やるんだ?」

「やめてよ。研究会発足早々、悪戯なんて」

「あったら便利なものだよ」

「本当に?」

 たぶん。

 棚を調べて道具を準備する。

 セリーヌは、悪戯にしかならないようなものは怒るけど。何かに役立つって説明すれば、あまり怒らなくなった。

 花火だって、卒業祝いだって言ったら咎められなかったし。

 材料も道具も揃った。

 さて、やるか。

「まずは、エリクシールから」

 

 


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