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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅴ.光の花と贈り物
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07-1 Disparu

王国暦六〇〇年 ヴェルソ十五日

 

「フラーダリー!」

「エル。久しぶりだね」

 フラーダリーが微笑む。

 今日はアレクの卒業式だ。

 卒業式は校舎と宿舎以外の施設が一般開放されているから、フラーダリーがアレクの卒業式を見に来てる。

「元気だった?」

「見ての通り。元気だよ」

 会ったら必ず聞かれる。

「三日の花火は私も見たよ」

「本当?」

「綺麗だったね」

 フラーダリーも見てくれたんだ。アレクから聞いたのかな。

「一緒に講堂に行こう」

「やることがあるから、先に行ってて」

 今日は、講堂には行けない。

 卒業式が終わって卒業生が講堂から出てきたら、花火で祝砲を打ち上げる予定だから。

「また三人で面白いことでも考えているのかな」

 流石、フラーダリーだ。

「そんなとこ。今夜も空を見上げていて」

「ふふふ。楽しみにしているよ」

 花火は夜にも打ち上げる予定だ。

 今度は三人で計画を立てたから、前よりも上手くやれるだろう。

 でも、シャルロとカミーユが居ない間にやっておかなくちゃいけないこともある。

「立春の長休みには帰って来るかい」

「新入生歓迎会の準備があるから、帰れない」

 劇の演目は、眠り姫と七人の小人に決まった。

 ユリアと一緒に音楽係になったけど、他の作業も手伝ってる。

「残念だな」

 そんな顔……。しないで。

「ポアソンの十五には帰るよ」

 去年も、その日に帰ったから。

「本当?楽しみにしているよ」

 ……喜んでる。

「じゃあ、アレクの卒業式に行くね」

「いってらっしゃい」

 フラーダリーを見送る。

『用件はそれだけだったのか?』

「そうだよ」

 会いたかっただけ。

 でも、会ってわかった。

 すごく会いたかったって。

 会いに来てくれて、すごく嬉しかったって。

 なんでだろう。

 別に、何か用事があったわけでもなんでもないのに。

 ……次に会えるのはポアソンの十五日。

 花を買って行こうかな。

 花をプレゼントすると喜んでくれるから。

 

 走って、講堂の裏に回る。

『校舎に戻るんじゃなかったのか?』

 今日は、教室で劇の道具製作を手伝っている。

 けど、戻る前に、ちょっとやっておきたいことがある。

「魔法陣を描く。周りには誰も居ない?」

『居ない』

 小枝を拾って、足元に炎の魔法陣を描く。

「温度を上げる神に祝福された炎の精霊よ。熱気の眷属よ。我に応え、その姿をここへ。……ロジェ。居るなら応えて」

『名指しで呼ばれちゃったら断れないね』

 ロジェが目の前に現れる。

「ありがとう」

『僕に用事?』

「今日の夜に、花火の点火を手伝ってもらいたいんだ」

『花火って、アレクの誕生日にやってたのかな』

 頷く。

『点火の仕方はわからないよ』

「時限式の花火を用意するから大丈夫。導火線に火を点けていくから、その火が消えないように見ていて欲しいんだ」

 炎の精霊に見守りを頼むことはシャルロとカミーユには言ってない。

『つまり、火の番をして欲しいんだね』

「お願いできる?」

『良いよ』

「代償は何が良い?」

 ロジェが笑う。

『難しいことを覚えたね。前は聞かなかったのに』

「……知らなかったから」

 魔法陣で呼び出した精霊にものを頼む時は、精霊のお願いを聞かなくちゃいけないって。

『良いんだよ。火の番ぐらいやってあげる』

「そんなの駄目だ。精霊の力は奇跡なんだ」

『心配要らないよ。花火を上げるってことを教えてくれただけで十分だ。養成所で火事が起こったら大変だからね。火の番なんて、エルが頼まなくってもやってあげることだよ』

『エル。これ以上の問答は不要だ。人の気配が近づいてる』

 誰か来る?

「わかった。ロジェ、お願い」

『契約成立だね』

 ロジェが顕現を解く。

『花火の点火まで、僕は君の傍に居るよ。用事があったら話しかけてくれれば良いからね』

 頷くと、誰かが走って来るのが見えた。

「エルロックだよね」

「誰?」

 見たことのない女の人。

 何故か、バイオリンケースを二つ持ってる。

「初対面じゃないんだけどな。アレクと同じクラスのパメラだよ」

「知らない」

 もしかしたら、会ったことがあるのかもしれないけど。名前を聞いたのは初めてだ。

「失礼ね。あぁ、のんびりお喋りしてる暇はないのよ。急ぎのお願いがあるの。音楽室からアレクのバイオリンを取って来て」

 そう言って、パメラがバイオリンケースの一つを開く。

「中身が空っぽなの、これ。もうすぐ演奏会が始まる。私の演奏の後にアレクの演奏があるから急いでね」

「アレクのバイオリンがどれかなんて……」

「ケースなしで置いてあるのなんてアレクのだけだから大丈夫。……はい、頼んだよ。急いでね」

 無理やり俺に空のバイオリンケースを押し付けて、パメラが走って行く。

『急ぎの用事みたいだね』

『行くのか?』

「行かないと」

 走って校舎を目指す。

 アレクのバイオリンなら、きっとみんな聞きたいだろう。

 ……でも。

 アレクは演奏するなんて言ってなかったけどな。

 

 ※

 

 音楽室の中に入る。

 何故かカーテンが全部閉まっていて、部屋の中が薄暗い。

 それに、甘ったるい匂いがする。甘いケーキに使われる香料みたいな。

 なんで?

 バイオリンを持って、早く音楽室を出よう。

 机の上にある楽器の傍に行く。

 違う。これ、バイオリンじゃなくてビオラだ。

 アレクのバイオリンはどこだ?

 間違えてビオラケースに入ってる、なんてことはないと思うけど……。

『エル?どうした?』

「なんか、気持ち悪い」

『大丈夫かい?』

「大丈夫」

 甘い匂いのせいで、少しくらくらするだけ。

 窓を開こう。

 窓際に行ってカーテンを開くと、何か粉が舞って、思わず咳き込む。

「何……、こ……れ……」

 くらくらして……。

『エル?』

『エル!』

 閉じる。

 

 ※

 

 ……熱い。

 

 息が苦しい。

 体が動かない。

 うっすらと目を開いた先に見えたのは、暗闇の中で燃え盛る炎。

 すぐ傍が燃えている。

 自分に燃え移りそうなほど、すぐ近くが。

 なのに、俺の体に直接当たる炎は一切ない。

 目の前に炎の壁でもあるみたいに。

 不思議だな。

 一体、何が……?

 ゆらめく炎の流れの元を辿る。

 熱い……。

 何かが、居る。

 そうか、ここが発生源だったんだ。

 炎を放っているのは……。

「!」

 この、声!

 暗くなると同時に音が響く。

 あの日聞いた……。


 声にならない声。

 耳を塞いでいても、聞こえる音。

 

 ずっと耳に響き続ける精霊の断末魔の叫び。

 

 なんで……?

 頭がぐるぐる回るような、落下するような感覚。

 反芻し続ける音。

 何をしても逃げられない音。

 忘れることができない音。

 ずっと、ずっと鳴り響いて止まない、みんなの……。

 

 違う。

 記憶に残ってる声と違う。

 この声は一人。

 叫んでいるのは、一人。

 誰?

 

 頬に、ひんやりとした雫が落ちる。

 

 雨……?

 

 光が射し込んで。

 誰かが俺を見下ろす。

 その瞳……。

「…イリ…?」

 

 会いたかった。

 

 



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