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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅴ.光の花と贈り物
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06-2 Avoir un rencard

「お前たち。一体、あれをどこで手に入れたんだ」

 朝のホームルームの前に、説教部屋に呼び出された。

「何の話ですか」

「昨日の夜に花火を上げたのはお前たちだろう」

 ばれてる。

 ……実行犯は俺だけだけど。

「証拠がありますか?」

 俺は何も言うなって言われてる。

 夜更かしをしたせいで少し眠いし、シャルロに任せておこう。

 っていうか、打ち上げたのは日付変更後だから、やったのは昨日の夜じゃない。今日の深夜だ。

「木炭と硫黄を使用した理由は」

「硫黄は痒み止め軟膏の作成、木炭は水質浄化実験です」

 水質浄化実験?

 何?それ。

 痒み止め軟膏は作ったことがあるけど……。

 先生が大げさなため息を吐いた。

「もし持っているなら、あれは絶対に養成所の外には持ち出さないこと。危険な実験はしないように。以上。支度をしたら、早く教室に行くように」

 硝石を持ってることもばれたけど、没収はされないらしい。

 先生が先に説教部屋から出ていった。

 あれ?

「課題と補習は?」

「ばればれの割に、何もなかったな」

「証拠がないからな。硝石の保管にさえ気をつけてれば問題ない。……わかってるのか?エル」

「持ってるけど」

 今日も実験をすると思ったから、ポケットに入れてある。

「持ち歩くなよ」

「しばらく実験は休みだ」

「なんで?」

「硝石は学生が扱って良い薬品じゃない。教師の見回りが強化されるはずだ」

 つまり、実験は出来ない。

 硝石は隠しておいた方が良さそうだ。

 でも、一回、成功したから、次の花火製作は、そこまで時間をかけなくても出来るだろう。

 説教部屋を出て廊下を歩く。

「木炭の水質浄化実験って何?」

「ナルセスの論文だ。読みたいなら図書館にある」

 ナルセスの専門は水の研究だっけ。

 それに関連した論文がいくつもあるんだろう。

「じゃあ、今日はそれをやる?」

「いや。少し計画を練り直す必要がある」

「練り直すって?」

「昨日と同じ方法を使えば、打ち上げ直後に捕まる可能性が高い。時限式の打ち上げ方法を考えた方が良いだろう」

「時限式なら、一度にたくさん打ち上げられる?」

「たくさんって」

「それも含めて、考えておけ」

「ん」

 花火は多い方が楽しい。

 

 ※

 

 一日の授業が終わって、午後のホームルームが終わる。

 結局、花火を打ち上げたことに対する説教はあれだけで、課題も補習も出なかった。

 しばらく実験は休み。

 今日は何をしようかな。

「エル、口開けてぇ」

 ユリアだ。

 口を開く。

 ……あ。

「美味い」

「本当ぉ?」

「何?これ」

「キャラメルノアのサブレだよぉ」

 この前のはケーキで、今日のはサブレ。

 こっちの方が好き。

「まだある?」

「うんっ」

 ユリアがくれた包みに入ってるサブレを食べる。

 良い匂い。

 そんなに甘くないし。

「美味しい」

「ふふふ。大成功だねー」

「大成功?」

「だってぇ。エルに甘いもの食べさせたかったんだもん」

「甘いものは食べないって言ってるだろ」

「これは甘いものだよぉ」

 ユリアの口にサブレを入れる。

「甘いか?」

「んー。ちょっと物足りないかなぁ」

「だと思った」

 ユリアが食べてるものは、すごく甘いものばっかりだから。

「みんな!そのままで良いからちょっと聞いてくれる?」

 教室の前方にマリーが立つ。

「新入生歓迎会についてよ。今回も劇をやろうって話が出ているの。どうかしら」

「良いんじゃねーか?」

「賛成」

「劇だと、また、皆にたくさん手伝ってもらうことになっちゃうのだけど、良いかしら」

「良いよー」

「どうせ暇だから手伝うぜ」

「今年は何やるの?」

「今から始めれば去年より余裕がありそうだな」

 サンドリヨンの劇は、卒業式の日から準備を始めたせいで、ばたばたしてたからな。

「楽しそうだねぇ。エルはどうするのぉ?」

「手伝うよ。面白そうだし」

 今年は何をやるんだろう。

 マリーが何か喋ってるけど、騒がし過ぎて何を言ってるか聞こえない。

 シャルロがマリーの側に行く。

「全員聞け!賛成多数で話を進めるぞ」

 皆が賛成の返事をして静かになった。

「演目は?」

「いくつか上がってて……」

 シャルロが黒板に演目を書いて行く。

 演目なのか?あれ。

 眠り姫と七人の小人はともかく。ラプンツェルって食べ物の名前じゃなかったっけ。それから……。

「マーメイドって亜精霊じゃないのか?」

 教科書にも載ってた気がするけど。

「そっちのじゃなくてぇ、お姫様の方だよぉ」

「お姫様?」

「知らないのぉ?」

「どの話も知らない」

「えっとねぇ。マーメイドは海に住んでるお姫様で、ラプンツェルは塔の上に住んでるお姫様で、眠り姫は森で七人の小人と住むお姫様だよぉ」

 全部、お姫様の話なのか。

 でも。

「説明になってない」

 内容がわからない。

「どれが良いか、意見がある人は言ってちょうだい」

「はーい!」

 ユリアが手を上げる。

「マーメイドはちょっと悲しいお話しだし、ラプンツェルは塔を作るのが大変だと思うよぉ。だからぁ、眠り姫が良いと思うなぁ」

「そうね。ほかに意見のある人は居ない?」

 マリーに進行を任せて、シャルロが黒板に意見をまとめていく。

「悲しい話って?」

「マーメイドは悲恋なんだよぉ」

「ひれん?」

「恋した王子様と結ばれずに終わっちゃう失恋のお話しなのぉ」

 悲恋に失恋。

 似たような悲しい意味なのかな。

「子供向けの話なのに幸せじゃない話があるのか」

「んー。同じお話しばっかりじゃ、飽きちゃうから、かなぁ?」

「飽きるから悲しい話を作るのか?」

「えっとぉ……。ほら、音楽も楽しいのとかぁ、悲しいのとかぁ、色々あるでしょぉ?それと同じ、かなぁ?」

「確かに」

 バリエーションが豊富な方が楽しめるのは何でも一緒か。

「ふふふ。エルって面白いねぇ」

「なんで?」

 面白いこと言った覚えないけど。

「今度の劇でも音楽使うかなぁ」

「使うんじゃないか?音楽がないとつまらないし」

「ね、また一緒に音楽係やろぉ?」

「良いけど。俺が弾ける曲なんてそんなにないぞ」

 バイオリンの授業で教えてもらった曲だけ。

 アレクが卒業してしまうから、前みたいに教えてもらえないだろう。

「大丈夫だよぉ」

 ユリアならたくさん曲を知ってるから何とかなるのかもしれないけど。

「エルって、バイオリン続けるのぉ?」

「あぁ。音楽も勉強したいから、音楽史も取るつもり」

「だったらぁ、楽典も取った方が良いよぉ」

「楽典?」

「音楽理論の授業ぉ」

 そんなのあったっけ。

 鞄の中から、授業選択の用紙を出す。

「わぁ。いっぱいだねぇ」

 中等部一年の授業計画は、ヴェルソの個人面談までに考えておくように言われているものだ。

 いくつかルールがあるものの、中等部は自由に授業が組めて楽しい。

「楽典は早めに取っておいた方が良いからぁ……。ここの授業をずらしてぇ……。こっちを入れ替えてぇ……。こんな感じ?」

「そうすると後期にこれが取れなくなる」

「それじゃあ……」

 また組み直さなきゃいけないな。

 

 ※

 

「エルは錬金術を中心に取るんだねぇ」

「錬金術専門科に行くからな」

 高等部の専門科に進む為には、進む先の必修科目を取らなければいけない決まりだ。

 中等部は専門科に分かれてないと言っても、実質、中等部で進む先を選ばなければいけないことになる。

 まぁ、中等部が一番自由に授業を組めることに変わりはないんだけど。精霊学みたいな魔法学の授業を学べるのも中等部だけのはずだ。

「わからないこと、教えてもらえなくなっちゃうなぁ」

 ユリアは魔法専門科を目指すから、同じ授業を受けることは減るだろう。

 でも、まだクラスで受けなければならない必修授業もある。その一つが数学。

「数学なら教えられるよ」

 ユリアは数学が苦手だから。

「でもぉ、魔法でわからなかったことがあっても聞けないなぁ」

「魔法のことなんて、精霊に聞けば良いだろ」

「そっかなぁ。精霊が知ってることばっかりじゃないよぉ」

『人間の使う魔法と精霊の使う魔法が同じものとは限らない』

「魔法の出力が違うっていうのは知ってるけど」

「それもあるけどぉ。精霊って魔法のこと、そんなに知らないと思うなぁ」

「なんで?」

「自分で使う魔法が世界にどれぐらい影響を与えてるかなんてぇ、精霊は考える必要ないでしょぉ?だって、精霊は自然そのもので、何をしても自然の現象なんだもん」

「確かに」

「でもぉ、人間が魔法を使うってことは、どう考えても自然なことじゃないよねぇ?それって全然違うことだと思わない?」

「……そうだな」

 本来、精霊と人間が関わるのは良くないんだ。

 精霊が精霊らしく生きれば、精霊が傷つくこともないし、自然が破壊されることもない。

「エルは魔法学に興味ないのぉ?」

「ない。魔法を使いたいと思わないし」

「魔法学は魔法を使うための学問じゃないよぉ。魔法学って、人間と精霊がどう付き合っていくかって学問だと思うんだぁ」

「人間と精霊が?」

「魔法使いは精霊を使役してるとか自然を破壊するとか言われちゃうこともあるけどぉ。精霊と人間を繋ぐことが出来るのは魔法使いだけなんだよぉ。私たちは精霊や魔法、自然のことをもっと知りたいって思ってるでしょぉ?きっと、精霊も私たちのことをもっと知りたいって思ってるんじゃないかなぁ」

「あぁ。それはわかるかも」

 人間に興味のある精霊はたくさん居る。

「ね?魔法学ってぇ、お互いのことをもっと知って、前より仲良しになろうって学問だと思うんだぁ」

 精霊と人間が仲良くなる為の学問……?

「それ、すごく良い」

「え?」

「ユリアの話を聞いて、初めて魔法学も面白そうって思った」

「本当ぉ?じゃあ、一緒に魔法専門科を目指そぉよ」

「それは駄目。俺は魔法の専門科になりたいなんて思わないから」

「そっかぁ」

 それよりも、魔法に頼らずに、魔法と同じ効果を出そうとする錬金術の方が興味がある。

「だから、俺の知らないことはユリアが教えて」

「ふふふ。それじゃあ、今度は私が先生だねぇ」

 ユリアが先生ならきっと楽しい授業になりそうだな。

 ユリアが教室を見回す。

「皆、帰っちゃったねぇ。劇って何に決まったのかなぁ?」

「さぁ?」

 ずっとユリアと一緒に授業を組み直していたから、周りの話は聞いてなかった。

 いつの間にか教室には誰も居なくなってるし、黒板には何も書いてないから分からない。

 後でシャルロとカミーユに聞いてみよう。

「そこは何にするか決めたのぉ?」

「ん……」

 一通り組み直した授業。

 もう一つ、選択科目が取れそうなんだけど。何にしようかな。

「じゃあ、これで完成っ」

 ユリアが勝手に書き込む。

 大陸史?

 まぁ、良いか。きっと面白いだろう。

「こんなに授業を取ったらテストが大変そうだねぇ」

「取りたくないのを除けばもっと取れるんだけど。必修だからな」

 礼節もダンスも必修じゃなければ選ぶことなんてない。剣術も必要ないのに、何故か男子だけ必修だ。

 中等部からは扱う武器を選べるようになったから、レイピアを選ぶことにした。護身術ぐらいなら身につけておいても損はないだろう。

「エルって、本当に勉強が好きなんだねぇ」

「好きだよ」

 知らないことを知ることは楽しい。

 知っていることが理論的に説明できる現象であることを知るのも楽しい。

「私も、好きだなぁ」

 ユリアが微笑む。

「可愛い」

「可愛いって、なんのことぉ?」

「ユリアだよ」

 ユリアの顔を指すと、ユリアが俯く。

「それは……。ちょっと、予想外、かもぉ……」

 予想外?

「だって、甘いもの食べてる時よりも可愛い顔だったから」

「何?それぇ……」

「女の人って甘いもの食べてる時の顔が一番可愛いだろ?」

「……だよねぇ」

 ユリアが脱力して、机に突っ伏す。

「疲れたのか?」

「……うん」

「何か食べに行った方が良いな」

 ユリアは、甘いものを食べたら元気になるから。

「エル、甘いものなんて食べるのぉ?」

「食べるわけないだろ」

「だよねぇ」

 養成所のカフェならコーヒーも美味しいし、ユリアが食べるものもあるだろう。

 荷物を鞄にしまって、ユリアの顔をつつく。

「いつまでそうしてるつもりだよ」

「え?」

 ユリアがようやく顔を上げる。

「早く行こう」

「……うんっ」

 その顔も可愛い。

 

 ※

 

「……でねぇ。王子様がお姫様にキスをすると呪いが解けるんだよぉ」

「また、真実の愛の証明?」

「そうだよぉ」

 どれも似たような話ばっかりで、どれがどの話だったのかも忘れた。

 俺がコーヒーを一杯飲み終わるまでに二つケーキを食べ終えたユリアが、三つ目のケーキにフォークを入れる。

「はい」

 差し出されたケーキを一口食べる。

「甘い。……良くこんなのを三つも食べられるな」

「どれも違う味だよぉ」

「味が違うのはわかるよ」

 全部味見したから。

「フレジェの方が好みだった」

「わかるぅ。ここのフレジェは絶品だもんねぇ。……私のコーヒー、飲む?」

「もらう」

 ケーキを飲み込んで、ユリアのコーヒーを飲む。

「甘い。……なんで?」

「砂糖入れてるからねぇ」

 ユリアが角砂糖の壺を指す。

 角砂糖を入れるところなんて見てなかった。

 なんだか甘いものばっかりだ。

「今日食べたのではユリアの菓子が一番良い」

 さっきより甘くなった口の中に水を入れる。

「また今度作って」

「うんっ!まかせてぇ」

 女の人って、甘いもの食べると本当に元気になるんだな。

「エルってぇ、前は甘いもの食べてなかったっけぇ?」

 あの薬を飲むまでは平気だったんだけど。

「気のせいじゃないか」

「そっかぁ」

 この話をすると、俺が喋れなかったことの話もしなくちゃいけないから面倒だ。

 っていうか、無理。

「大丈夫?エル」

「これ以上は無理」

 胸焼けする。

 もう一度水を飲む。

「エルが甘いもの大丈夫になる日って来るのかなぁ」

「別に、甘いものが食えなくて困ることなんてないよ」

「幸せが半減しちゃいそうだよぉ」

「そんなの、目の前で美味しそうにものを食べてくれる人が居れば十分だろ」

 ユリアは、本当に美味しそうに食べるから。

「そうだねぇ」

 ユリアがカップを両手で持って、コーヒーを飲む。

「あのねぇ」

「ん?」

「今日、すっごく楽しかったよぉ」

 なんだかのんびりできたし、俺も楽しかったな。

 でも。

「まだ残ってる」

 皿の上に残ってるケーキをフォークで刺す。

「口開けて」

 ユリアの口に、残っていたケーキを入れる。

「ふあ……」

 案外、ユリアの口って小さいんだな。

 ユリアが口の端についたクリームを舌で舐める。

「美味しかったぁ。ごちそうさまでした」

 やっぱり、女の人は甘いもの食べてる時の顔が一番可愛い。

 

 


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