07-2 Michael
目を開く。
ここは……?
『気が付いたか』
メラニー。
ここは……。
俺の部屋?
『長い間、気を失っていたんだぞ』
長い間……?
なんだか、くらくらする。
なんで、ここに居るんだっけ?
何をしてたんだっけ?
ベッドの上で体を起こして、灯りのある方を見る。
「シャルロ。カミーユ」
二人が机の傍に居る。
「起きたのか」
シャルロが俺の傍に来る。
カミーユは机に突っ伏して寝てるみたいだ。
暗い。
「今って、夜?」
「そうだ。何があったか覚えてるか?」
何があったか……?
上手く思い出せない。
どこからどこまでが、夢?
「今日は、教室で劇の手伝いをしていただろう」
そうだ。
劇の手伝いをしていて。
「教室から、フラーダリーが来たのが見えて。会いに行って……」
それから……。
「他に、誰に会った?」
会ったのは……。
「パメラ」
「パメラ?知っている奴だったのか?」
「覚えてない。けど、アレクと同じクラスだって」
「ルルー家の令嬢か」
ルルー家。
どこかで聞いたような……。
―うちと同じ、ラングリオンの音楽一家。
そうだ。ユリアが言ってた。
「オリヴィエ公爵と縁が深い、音楽家の家系?」
「あぁ。そうだ」
合ってた。
自分の記憶を辿る。
まだ、夢でも見てるみたいな感覚だ。
上手く思い出せない。
「何の用だったんだ?」
「音楽室に、アレクのバイオリンを取りに行ってって頼まれた。アレクが演奏するからって」
それから、音楽室に行って……?
「音楽室のカーテンに眠りの粉が添付されていた」
「え?」
眠りの粉?
「なんで?」
「お前は騙されたんだよ。香水が撒き散らされていたから、薬品の匂いに気づかなかったんだろう。眠りの粉のせいで、今まで寝てたんだ」
あの甘ったるい匂いは香水だったのか。
騙されたってことは……。
「アレクは演奏してない?」
「元々、演奏なさる御予定などない」
良かった。
「その後、倒れていたお前を俺とカミーユが発見し、部屋まで運んだんだ」
じゃあ、俺は、あの後ずっと寝てたってこと?
アレクの卒業式が始まる前から、日が暮れるまで、ずっと?
本当に?
眠りの粉の効果って、そんなに長いっけ?
……何か、変だ。
何か忘れてる。
そうだ。
「ロジェ」
声をかけて、辺りを見回す。
返事がない。
「ロジェ、何処に居るんだ」
「何故、ロジェがここに居ると思うんだ」
「約束したんだ。俺の傍に居るって。呼ぶだけで答えてくれるって。メラニー、ロジェはどこに行ったんだ」
『ロジェは今、人間と契約している。呼び出すことは出来ない』
「契約?誰と?」
『他人の契約については語れない』
「ロジェは養成所を守る精霊なのに?」
誰かと契約するなんて……。
それに、俺との約束だってあるのに。
ロジェがそんなことすると思えない。
なんだ、この違和感。
まだ夢でも見てるみたいな。
……夢?
夢の中で見た炎の精霊。
あれは、ロジェだった。
間違いない。
だったら、俺が聞いたあの悲鳴は……?
まさか。
「メラニー、ロジェは生きてる?」
『……生きている』
じゃあ、あれはやっぱり夢?
でも、あの叫び声は?
シャルロがため息を吐く。
「仕方ないな。……ロジェ。出て来てくれ」
「え?」
『この姿は、あまり見られたくなかったな』
目の前で炎の精霊が顕現する。
「ロジェ!」
全身から発してるはずの精霊特有の光が明らかに減少している。
それに、体の一部から一筋の赤い糸が垂れて揺れている。
「これは?」
『ロジェは怪我をしているんだ』
「怪我って、一体何が……」
「顕現している時に大きなダメージを負うと、精霊も死に至る傷を受ける。ロジェは、顕現している時に大量の水を浴びたんだ」
「水?なんで、」
「一から説明してやるから聞け。お前は誘拐されそうになったんだよ」
「誘拐?」
俺が?
なんで?
「お前はフラーダリーの子供だ。魔法部隊に反対してる連中の嫌がらせだよ」
魔法部隊に反対してる人が居るっていうのは聞いたことがある。
フラーダリーは、国の為に魔法部隊を作ろうとしてるだけなのに……。
「もしかして、パメラって人も?」
「パメラが、どういう意図で、どこまで関わっているかは不明だ。実際にお前を運んでいた奴はパメラじゃないし、もう捕まっている」
パメラは、俺を音楽室に呼び出しただけらしい。
「パメラは、アレクシス様と一緒に中等部二年で卒業した。巻き込まれたくなければ、もう王都を出てるだろう」
中等部で卒業する貴族も、結構、居るんだっけ。
「眠りの粉で意識を失ったお前が箱詰めされて誘拐されると気づいたロジェは、お前と一緒に箱の中に入ったんだ」
ロジェは、俺の傍に居てくれるって言ったから。
「そして、近くに味方がいることをお前の精霊が感知し、ロジェが箱を燃やして、俺たちに知らせた」
じゃあ、あの炎は……。
あの熱さは夢じゃなかったんだ。
「火の手が上がった箱に気づいた俺とカミーユは、炎を消すために水の玉を使った。それでロジェは致命傷を負ったんだ」
「水……」
精霊は自然の摂理に逆らわない。
炎の精霊であるロジェは水に弱いんだ。
「ごめん、ロジェ。俺のせいだ」
「お前には直接関係ないことだ」
「でも、ロジェは俺を助けるために……」
『良いんだよ。養成所の子を守るのは僕の役目。エルが無事で良かった』
精霊はみんな優しい。
「痛くない?」
赤い糸に触れる。
死に至る傷。
ここから魔力が自然に流れ出てるんだ。
『平気だよ』
「このまま魔力が出続けたら……」
精霊は魔力を失うと死んでしまう。
『大丈夫。シャルロが契約してくれたからね』
「人間と契約すれば、精霊は魔力を安定的に補給できる術を得る。時間はかかるが、その傷が癒える見込みがあるらしいな」
「傷を治す方法は?」
「精霊の傷を治せるのは神の力だけだ。これが、今出来る最善の方法なんだよ」
神の力……。
窓際に置いてある月の石を見る。
「あ……」
淡く輝いてる。
青白い光。
昔、俺が見たのと同じ。
「エル?」
ベッドから出て、窓を開く。
満月。
……出来るかもしれない。
あの精霊がやっていたように。
その場に跪いて、祈る。
「月の女神よ。どうか祈りを聞いてくれ。……傷ついた精霊を癒す為に、その力を分けて欲しい」
天上で輝く月から、一筋の光が月の石に降りる。
そして、煌めく月の石から、輝く一輪の花が芽吹く。
咲いた……。
月の石を持って、ロジェの傍に行く。
「ロジェ、これを」
ロジェが首を横に振る。
『エル。これは炎の神の力ではないね』
違う。
これは、月の神の力。
『僕は炎の精霊だから、炎の神からしか力を得ることは出来ないんだ』
だめなのか……。
「エル、この花は何だ?」
「誰にも言わないって約束してくれる?」
「カミーユにも?」
机に突っ伏したままのカミーユを見る。
まだ起きないのか。
「カミーユは良いよ」
「わかった。約束しよう」
二人なら大丈夫。
少しぐらい昔のことを話しても。
「これは、砂漠に咲く月の花」
月の精霊の秘密。
「満月の晩に月の石から咲く、精霊を癒す特別な花なんだ。……でも、ロジェの傷は癒せないって」
月の花で癒せるのは月の精霊だけらしい。
「月の花……」
シャルロが月の花に触れると、月の花が崩れる。
「人間が触れても意味ないんだ」
これ、月の渓谷で見たものとは違う花なのかな。月の精霊が俺にくれた花は、触れても形が残ったはずなのに。今のは崩れてしまったから。
やっぱり月の精霊が祈らないと……。
『あ……』
「え?」
「ロジェ?」
ロジェが光ってる?
『力が……』
『ロジェの傷が治っていく。どういうことだ?』
治ってる……?
「これは、賢者の石なのか?」
「賢者の石?」
「触れた者の魔力を回復することができる魔力の結晶。精霊の傷を癒すと言われている、今では失われた錬金術の知恵だ」
錬金術の……?
「これは、そんな石じゃない」
アレクが砂漠から持って来た、ただの月の石。
でも……。
「もしかしたら、月の花は人間の魔力も回復してくれるのかも」
人間は常に自然から魔力を得られる存在だ。けれど、人間が一度に貯めておける魔力は限られている為、余剰分は自然に発散されてしまう。
一方で、神の居ない精霊は魔力を回復する術をほとんど持たない存在だ。
だから、人間の余剰分となる魔力を精霊に渡し、精霊の属性の魔法を使わせて貰うというのが、人間と精霊の基本的な契約になっている。お互いに、無理することなく利益を得られる関係だ。
『違う神の力が、人間を通して精霊を癒す魔力となったということか』
炎の精霊特有の温かい赤い光。
さっきの赤い糸は、もう消えてる。
『あぁ。なんて気持ちが良いんだろう。とても温かい魔力で満ちてるよ』
「本当に、元気になった?」
「傷が癒されたのか?」
『そうだよ。奇跡だ。本当に、君たち人間は素晴らしいね。精霊には不可能なことをやりとげるんだから』
人間が間に入ることで、精霊を救うことが出来るなんて。
『ありがとう。シャルロとエルは僕の恩人だよ』
「ロジェこそ、俺の恩人じゃないか」
誘拐されそうになった俺を命がけで助けてくれたんだから。
ロジェが、くすくす笑う。
『エルは良い子だね』
良い子?
『ところで、君たちは今日やることがあったんじゃないのかい』
「やること?」
今日は……。
「エル。そろそろカミーユを起こして仕上げをするぞ」
「仕上げ?」
「昼に祝砲を打ちそびれたからな」
そうだ。今日はアレクの卒業式。
「今、何時?間に合う?」
「間に合う」
急ごう。
「カミーユ!起きろ!」
大きな声を上げたのに、全く起きる気配のないカミーユを蹴る。
「起きろ!」
「いってぇ……。何すんだよ」
「いつまで寝てるんだよ」
寝ぼけたまま顔を上げたカミーユが、俺の顔を見て驚く。
「エル、気が付いたのか?……ロジェ?なんで顕現して……」
「説明は後。花火を上げに行くぞ」
「……はいはい。わかったよ」
欠伸をしながらカミーユが大きく伸びをして、立ち上がる。
カミーユは、いつもこうだ。
シャルロもそう。
二人とも、何も聞かずに傍に居てくれる。
そういうところが……。
「ブレスト、顕現してくれ」
『あー?なんだよ』
目の前に紫の精霊が顕現する。
「何?この精霊」
初めて見る。
『どいつもこいつも。俺様が何の精霊か知らないなんてどうかしてるぜ』
「雷の精霊か」
シャルロは知ってるんだ。光の精霊の亜種かな。そんな感じがする。
「初めて見た。カミーユの精霊なのか?」
「そうだよ。名前はブレスト」
『雷の魔法でも見せてやるか?』
「見たい」
「やめろ。お前の魔法は被害がでかいんだよ」
「見たいなら、魔法研究室にでも行け」
「魔法研究室?」
「魔法を使っても平気な部屋だ」
今度、見せてもらおう。
そうだ。
「メラニー、顕現して」
『了解』
メラニーが顕現する。
シャルロはロジェのことを教えてくれたし、カミーユもブレストを紹介してくれたから。
「闇の精霊のメラニー。すごく優しい精霊なんだ」
ラングリオンに来て良かった。
人間と精霊は、上手く付き合って行けるものなんだって、知ることが出来たから。
そして……。
「カミーユ、シャルロ」
「何だ?」
「何だよ」
……言わなくても、良いか。
「何でもない」
「変な奴」
「ほら、仕上げに取り掛かるぞ」
「ん。一緒に行こう」
二人の腕に自分の腕を絡める。
一緒に居てくれてありがとう。
二人とも、大好き。
※
花火の仕掛けを闇の魔法で隠して、メラニーに周囲にトラップを作ってもらう。
後のことは精霊に頼んで、三人で校舎の屋根の上に登る。
ここが一番、見晴らしが良い。
「ブレスト、来い」
カミーユがブレストを召喚する。
契約関係にある精霊は、契約者がいつでも召喚可能だ。
『順調だぜー』
カミーユがブレストを呼んだタイミングで、ロジェが花火に点火する。点火の仕方はシャルロが教えていて、ロジェなら安全に上手くやってくれるらしい。
夜空に打ち上げ花火が上がる。
「一つ、二つ」
「三つ、四つ」
「五つ、六つ……」
そして、最後の一つ。
夜空の高い位置で、三重の輪を交差させた花火が上がる。
碧色の輪が二つと、紅色の輪が一つ。
「成功だ」
アレクとフラーダリー、見てるかな。
「ロジェ、おいで」
シャルロがロジェを召喚する。
『後は、メラニーに任せて来たよ』
花火が打ち上がった場所を見ると、水があちこちで噴き出しているのが見える。
水の玉をメラニーに渡して、事後処理を頼んであるのだ。
メラニーは器用に何でもできる。
「さっきの花火、名前つけようぜ」
「名前?」
「俺とシャルロの碧眼に、エルの紅の瞳。俺たちのサインにぴったりだろ」
……紅、か。
「頭文字を取ると、El、Ca、Chaか?」
Camille
Charlot
Elroch
良い組み合わせは……。
「カミーユはMiにして、Mi、Cha、Elは?」
「ミカエルか」
「おー。かっこ良いし、それにしようぜ」
Michael。
「警備員が集まって来たな」
「そろそろメラニーも呼んだ方が良いんじゃないか?」
「ん。メラニー、来て」
メラニーが俺の前に現れる。
『順調に終わった』
「ありがとう」
今回も楽しかった。
眼下で、設置した闇の魔法のトラップが発動してるのが見える。
「なんか、倒れてないか?」
「何をしたんだ?」
「眠りの魔法。……そんなに強くかけてないんだけど」
『エルの魔法は強過ぎるんだろう』
力加減が難しい。
「あー。また明日も説教だな」
「証拠は残してないのに?」
「今頃、俺たちの部屋を探しに来てるだろう」
今日は部屋に居ないから、怒られるかもしれない。
……まぁ、良いか。
「今度は何しようかな」
次にやることは、まだ考えてない。
「また、図書館に錬金術の本を漁りに行くか」
良い案だ。
「その前に。中等部の選択授業は決めたのか?」
「決めたよ」
もう出来てる。
「俺も決めたぜ。錬金術と騎士の授業を取る」
「錬金術?カミーユも?」
「何だ、その選択の仕方は」
「これで良いんだよ」
「シャルロは?」
「俺の専門は法律だ」
法律は養成所のコース選択と関係ない。
「じゃあ、錬金術も取って」
「もともと、そのつもりだ」
やった。
皆で錬金術を勉強すれば、もっと面白いことが出来るに違いない。
「さて、見つかる前に帰るか」
「ん」
「了解」
明日も、楽しみ。




