03 Intérieur et extérieur
王国暦六〇〇年 カプリコルヌ二十四日
「中等部からは選択授業が増える。自分が将来進みたい道を考え、教科を選ぶように。魔法専門科、錬金術専門科、それぞれに進むためのモデルは別紙で配った通りだ。各自、個人面談の時までに作成しておくこと」
初等部の二年間が終わると、次は中等部に入る。
中等部は授業を自由に組めるのが特徴だ。
錬金術のモデルは……。好みじゃないな。好きなのを組もう。
また、剣術が必修になってる。でも、中等部からは剣のタイプが選べるみたいだ。何にしようかな。
「カミーユ。放課後、面談室に来い」
「え?俺一人?」
カミーユだけ?
なんで?
「面談室は説教部屋じゃないからな」
なんだ。説教じゃないのか。
「以上」
※
カミーユは先生と一緒に行ってしまった。
シャルロと一緒に実験室に行こうとすると、ユリア、マリー、セリーヌがついて来た。
「シャルロ。もう一回、勝負しなさい」
「勝負?」
「チェスの勝負だよぉ」
「チェスなんて、いつやってたんだ?」
「授業中よ」
「セリーヌがこれを回してきたんだ」
シャルロが俺にメモ用紙を見せる。
棋譜だ。
一手目は譲るって書いてある。
白がシャルロで、黒がセリーヌ。
勝者は白。あっけないな。白のナイトが場を荒らして終わり。
クイーンサイドでキング、クイーンとルークを狙ったフォークの後に、キングサイドでキングとルークを狙ったフォーク。
白は、クイーンとルークを全く使わずに中央でチェックメイト。あまりにも弱いから、セリーヌにハンデを与えながらやったってところか。
「誰かが評価してる」
棋譜の横に、良い手、悪い手のマークがついてる。
「私とマリーも見てたんだぁ」
順番に回してたのか。
「俺もやりたかった」
「あんたはサボってたでしょ」
「古代語の時間?」
「そうだ」
授業は最低限の出席回数さえ確保していれば問題ない。だいたい、どの授業も五回ぐらいはサボれるって解ったから、暇な授業はサボることにした。
「先生が補習を出すって言ってたわよ」
無断欠席は補習の対象になる。
この前は出されなかったけど、連続の欠席は良くなかったらしい。
「どこ行ってたのぉ?」
「図書館」
書庫や資料室は人が来ないからサボるのに適してる。誰か来たとしても、単に情報を探しに来ているだけだから静かなものだ。
何より、資料室には卒業生のレポートが豊富に揃ってる。
アレクの卒業祝いに使えそうなものも見つけた。
「また悪いことを考えてるの?」
いつも、二言目にはそれだ。
「別に、俺が何しようと勝手だろ」
「また外出禁止が伸びるわよ」
「今は外出禁止令は出てないし、外に行く予定もない」
「本当に懲りないわね」
別に、悪いことなんかしてない。
※
実験室に入るなり、セリーヌがチェスボードを出してチェスを並べ始めた。
セリーヌもチェスボードを持ってるらしい。
この分じゃ、実験は出来ないな。図書館で調べた実験をしたかったけど、マリーとセリーヌは文句を言うに決まってる。
「せっかくだから賭けをしましょう」
「賭け?」
「そうよ。私が勝ったら、何でも一つ言うことを聞いて」
「その類の話には乗らない」
「逃げるの?」
「その取り引きがどれだけ危険かは習っているだろう」
「精霊との取り引きでは絶対に言っちゃだめなやつだねぇ」
『エルも知っていたのか』
「皆、知ってるわ。内容は具体的じゃないといけないって」
『エルって頭良いのに、たまにダメダメよね』
『精霊と人間の感覚が同じだと考えない方が良い』
それは解ってるけど……。
「じゃあ、何にしようかしら」
「良いこと考えたぁ」
「何?」
「エルに甘いもの食べさせるっていうのはぁ?」
「俺は関係ないだろ」
「却下だ」
「負けるのが怖いの?」
「他人を巻き込む勝負をする気はない」
「もう」
「シャルロが勝ったらどうするの?」
「俺が勝ったら髪を切れ」
「冗談じゃないわ」
「ひどぉい」
「女の子に髪を切れなんて失礼ね」
髪を切るって、そんなに酷いことなのか。
「嫌なら賭けはなしだ。はじめるぞ」
「わかったわよ」
セリーヌがクイーンの前のポーンを動かし、向かい合う黒のポーンをシャルロが動かす。
……あぁ。これは。
クイーンとナイトによるダブルチェック。しかも、ナイトはルークとキングを狙う位置。また序盤でルークを失った。セリーヌの力量じゃ、この戦力差からの逆転は無理だろう。
見ていてもつまらないな。
「エル、今日は何するのぉ?」
それを考えてるんだけど……。
「決めてない」
「それなら、シャボン玉しよぉ?」
「シャボン玉?」
「うんっ。面白いの教えてあげるからぁ、シャボン液作ってぇ?」
面白いの?
新しい実験?
「いつものシャボン液で良い?」
「良いよぉ。たくさん作ってねぇ」
「わかった」
いつも通り準備をして、材料を計量して。シャボン液を作る。
「慣れてるねぇ」
「良く作ってるから」
ミーアが喜ぶから、今でもたまに夜に遊んでる。最近は、ミーア以外の精霊も遊びに来てせがまれることもある。
出来た。
ストローに切り込みを入れたものを二つ作って、一つをユリアに渡す。
「ありがとぉ」
「何をするんだ?」
「ふふふ。シャボシャボン玉を作るんだよぉ」
「シャボシャボン玉?」
「シャボン玉の中にぃ、シャボン玉を作るのぉ」
シャボンの球体の中に、シャボン玉?
「大きいシャボン玉を作ってくれるぅ?」
シャボン玉を吹く。
「もっと大きくしてぇ」
「ん……」
シャボン玉にゆっくり空気を入れて、膨らませる。
「良い感じに膨らんできたねぇ。……あっ」
割れた。
「もっと優しくしてねぇ?」
「してるよ」
もっと大きくしなきゃいけないらしい。
もう一回、シャボン玉を膨らませる。
ゆっくり息を吹き込んで……。
「うん。その調子」
大きくなったシャボン玉が浮遊する。
「ちゃんと見てねぇ?」
ユリアがシャボン玉に向かって息を吹きかける。
「おぉ」
シャボン玉の中に、小さなシャボン玉が浮かんだ。
二重のシャボン玉。
「ほら、次はエルの番だよぉ」
浮かんでいるシャボン玉に息を吹きかけると、内側に向かってくぼみができて……。
弾けて割れた。
「吹きっぱなしはだめだよぉ。今度は私がやってあげるねぇ?」
ユリアがシャボン玉を膨らませる。
さっきのユリアのやり方は……。
吹きかけるって言うよりは、一瞬だけ強く吹くって感じだったかも。
ユリアが作った大きなシャボン玉に向かって、息を吹く。
「できた」
俺がそう言った瞬間、実験室の扉が乱暴に開いた。
カミーユだ。
「お前ら、何やってるんだ?」
「見て分かんないのかよ」
大きなシャボン玉の中に小さなシャボン玉が浮かんでいる。
成功。
「ふふふ。もっと、いっぱい入れてみよっかぁ」
「じゃあ、もっと大きくしないとだめなんじゃないか?……あ」
割れた。
「じゃあ、外でしよぉ?」
「良いよ」
「え?待ってよ、私たちも行くわ」
シャルロとセリーヌは、まだチェスをやってる。
「チェスが終わってからでいいよ。針金で輪っかを作るから」
針金を使えば、もっと大きいシャボン玉を作れる。
「シャボン玉も、もっと作らないとねぇ」
「そうだな」
針金は……。あった。
「カミーユ、作って」
「わかったよ」
針金をカミーユに渡して、シャボン液を作る。
「手伝うねぇ」
ユリアがレシピを見る。
「このレシピ、優秀だよねぇ」
「なんで?」
「シャボン玉ってぇ、もっと割れやすいんだよぉ」
十分、割れやすいと思うけど。
※
風が冷たい。
外は、すっかり冬の気温だ。
「上着を持ってくるんだったわ」
確かに。制服だけだと少し寒い。
『大丈夫?マリー』
「えぇ」
『無理しないでね』
「寒くなったら帰るわ」
「くっついてたら、あったかいよぉ」
ユリアたちが遊んでる。
実験室から持ってきた平らな容器にシャボン液を入れると、早速、カミーユが針金をシャボン液に浸して引き上げた。
「おぉ」
針金の後を追うようにシャボン玉の膜が張る。
「エル、動くなよ」
動くな?
言われた通りにしていると、カミーユが針金の輪を俺の頭上から足元に向けて降ろした。
シャボンの膜の中。
「きれい」
この膜から、新しいシャボン玉は作れるかな。
ユリアに教わったやり方で息を吹きかけると、シャボンの膜が一瞬で消えた。
「寒いから割れやすいのよ」
本当にあっさり消える。
「見てな」
カミーユがシャボン液に浸した針金を振り回して、大きなシャボン玉をたくさん浮かべる。
今度は、割れないように……。
シャボン玉の一つに息を吹きかける。
「できた」
『上手く行ったな』
もっとやろう。
「エル。ストローで小さなシャボン玉をたくさん作れ」
「わかった」
シャルロに言われた通り、小さいシャボン玉をたくさん吹く。
「カミーユは、それを掬え」
カミーユが言われた通りにすると、大きなシャボン玉の中に、小さなシャボン玉がたくさん入ったものが出来た。
「わぁ、いっぱいできたねぇ」
『見て、メラニー。面白いよ』
『そうだな』
「綺麗ね」
「初めからこうしてれば良かったじゃない」
「室内では無理だ」
シャボン玉は外でやった方が断然楽しい。
「カミーユ、もう一回」
「私もやるー」
ユリアと一緒に小さいシャボン玉をたくさん出す。
『あ、正門の方から誰か来るよ』
正門?
「誰かしら」
あれは……。
『ナルセスだ』
イベントでもないのに部外者が養成所に来るなんて珍しい。
何しに来たんだ?
「ナルセス!」
ナルセスの方に行くと、ナルセスが気づいた。
「エルロック。久しぶりだな」
「久しぶり」
「その後、変わりないか」
「見ての通りだよ。何しに来たんだ?」
ナルセスが遠くを見上げる。
「給水塔を見に来たんだ」
「給水塔?なんで?」
「仕事だ」
仕事の割には、何も持ってない。
「道具もないのに?」
「部外者は私物を持ち込めないからな」
そういうルールらしい。
給水塔に向かうナルセスに付いて行くと、皆も付いてきた。
「エル」
「誰なの?」
「錬金術研究所のナルセスだ」
シャルロは会ったことあるのか?
「シュヴァインの坊やはなんでも詳しいな」
初対面っぽいな。
「俺もお前たちのことは知ってるぞ。養成所の不良三人組、エルロック、カミーユ、シャルロと、マリアンヌ、セリーヌ、ユリア」
「同列に扱わないでくれる?私たちは悪いことなんてしてないわ」
「悪いことをしてるのか。エルロック」
「してないよ」
「しょっちゅう説教を受けてるんだろう」
「そうだけど」
何でも詳しいのはナルセスの方じゃないか。
「錬金術と魔法、どっちを極めるか決めたのか」
「錬金術一択だよ」
「えっ?そうなの?」
「なんでマリーが驚くんだよ」
「魔法専門科を目指すのだと思ってたわ。だって……」
俺が魔法陣を描けるから?
「魔法は好きじゃない」
「フラーダリーは魔法研究所だよねぇ?」
「そうよ。フラーダリーを手伝うんじゃないの?」
「エルロックが錬金術研究所に来るなら大歓迎だ」
「先のことなんて、まだ決めてない」
別に、研究所に入る為に勉強してるわけじゃない。
「そうだな。お前が何を目指すのか楽しみにしておこう。今、私が一番欲しい人材はカミーユだからな」
「え?俺?」
俺の声を取り戻す薬を作ったのは、カミーユだからな。
「カミーユは騎士になるのよ。錬金術なんて勉強するわけないじゃない」
初等部一年からずっと、ロニーと勉強してるのに。
「君が入ってくれると助かるんだが。考えておいてくれ」
※
「ここは立ち入り禁止だ」
給水塔の前に警備員が居る。
なんで?
「錬金術研究所のナルセスだ。鍵を預かってる。給水塔に入っても良いか?」
「はい。聞いております。ただし、学生を入れることは出来ませんからね」
駄目らしい。
ナルセスが振り返る。
「お前たち、何かしたのか?」
「夏にやってた虹作りのせいでしょ」
「虹?」
「虹を作ろうと思って。給水塔に登って水をばらまいたら怒られたんだ」
「それだけじゃないわ。エルは上から落ちそうになったのよ」
「命綱はちゃんと付けてた」
「本当、馬鹿なんだから」
「相変わらず面白いことをやってるじゃないか」
「悪いことばかりよ」
「でも、きれいだったよねぇ」
「そうね」
上からは全然だったけど、下からはちゃんと見えたらしい。
あの後、虹を作る実験はやってない。
「水の実験をしたいなら、これをやる」
巾着袋?
中身は……。
「魔法の玉?」
水色に着色されてる。
「水の玉が入ってる。割ったら水が大量に出て来るんだ。気をつけて使え」
「わかった」
これ、あの実験が失敗した時にも使えそう。
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
持っていたメモを出してナルセスに見せる。
マリーたちが来たせいで出来なかった実験。
「材料を揃えるのは難しいぞ」
「養成所でも?」
「そうだ」
ナルセスがレシピの一つを指す。
これ、そんなに特殊な材料なのか。
「作りたいのか?」
作りたい。
「準備が必要だ。聞きたいことがあるなら俺に手紙を寄越せ」
「わかった」
用意してくれるらしい。
後で手紙を書こう。
「中を見ていくか?」
「見たい」
「ナルセス様。学生は……」
「中に入らなければ良いんだろう?お前たち、入口から覗くだけなら良いぞ。約束出来るか?」
「出来る」
「ちゃんと見張ってるわ」
「なら、安心だな。参考文献をやる」
資料を俺に向かって放り投げて、ナルセスが給水塔の入口のドアを開いて中に入って行った。
暗い。
採光窓があるとはいえ、かなり暗い。
ナルセスが杖に光の玉を当てると、周りが明るくなった。
梯子と、長いパイプやらバルブやらが見える。
「こうなってたのか」
「面白いねぇ」
「案外、空っぽなのね」
「資料の通りだ」
「へぇ」
「ちょっと、押さないでよ」
「見えないんだから仕方ないだろ」
「下のパイプって、どこに繋がってるの?」
「資料には……」
「浄水施設から水を引いてる」
「男子寮の地下に、浄水池があるの?」
「みたいだねぇ」
「一番上が水が入ってるタンク?」
「水、出せるのか?」
「下からは無理じゃないかなぁ」
「タンクだからな」
「やっぱ上からか」
「給水塔で遊ぶのはやめなさい」
遊んでたわけじゃない。
やっぱり、中に入ってみたかったな。
ここから観察出来る内容は少ない。
浄水施設だって、学生は立入禁止の場所にあるから見学は出来ない。
「確かぁ、校舎の屋上にもタンクってなかったっけぇ?」
「雨水の貯水槽があるはずよ」
「屋上か……」
「馬鹿なこと考えないでよ」
そこも、行ったことのない場所だ。
でも、屋上は立入禁止じゃないから、行こうと思えば行ける場所だ。給水塔よりも安全に実験が出来たかもしれないな。
……まぁ、同じ実験をするなら部屋から水を撒く方が手っ取り早いし、貰った水の玉を使った方が無難だろう。
何より、虹は何度か見られたから、もう満足してる。
ラングリオンは雨が良く降る場所だ。




