04 Coloration
王国暦五九九年 ベリエ十四日
「それ、色は付けないの?」
「付けないよ」
鉛筆画だから。
「絵の具を貸してあげようか」
「絵を塗るなら、ちゃんと絵画を習ってからにする」
桜が満開になった一昨日からずっと、ラウルは放課後に桜の絵を描いてる。
見る度にどんどん描き込まれていくのが面白くて眺めてたら、今日は鉛筆と画用紙を渡されて鉛筆画を描くことになった。
鉛筆デッサンは習ってるから、まぁまぁ出来るけど。絵の具の使い方は習ってない。
次の芸術は水彩画か油彩画を選んでも良いな。もしくは、風景模写。
芸術の授業は、バイオリンや鉛筆デッサンのように一年以上継続して受けられる授業もあれば、本の装丁のように一年で終了する授業もある。
初等部二年の後期から新しい授業を選択するのだ。
「エルは勉強が好きだね」
「好きだよ。ラウルだってそうだろ?」
「僕は勉強は好きじゃないよ」
「ずっと絵の勉強をしてるのに?」
ラウルが笑う。
「これは、趣味だよ」
「趣味?芸術の勉強と何が違うんだ?」
「んー」
ラウルが少し悩んだ後、笑う。
「変わらないかもね」
やっぱり。
「エルにとっては何でも勉強で、何でも好きなことなんだね。嫌いな勉強はないの?」
「書き取り」
「あぁ。図書館の手伝い?」
「あれは、好きでやってるんじゃない」
ラウルが、また笑う。
あれは面倒くさい。
……あ。
「芸術の授業なら外に出られたかもしれないな」
「何の話?」
「外出禁止令が出ても外に出られる方法を探してるんだ。授業の一環なら外に出られるだろ?城を描くとか、養成所の外にしかないものをモチーフにすれば外に出られる」
「学生が外に出る行事は少ないからね……。でも、写生会をするにしても、モチーフは養成所の中のものにするよう言われるんじゃないかな。校舎は歴史的な価値もある立派な建物だし、養成所は自然に溢れてる。動物を描くなら馬も飼育しているからね」
これも駄目か。
「悪戯をしないのが一番だけどね」
「俺は悪いことなんかしてない」
「僕もそう思うよ」
「だろ?」
怒るのは先生だけだ。
……この先は、どうしようかな。
「見て」
途中まで描いた鉛筆画をラウルに見せる。
「良いね。エルには、桜がこういう風に見えてるんだね」
「ラウルは違うのか?」
「見え方って、気持ちによって変わるから。他の人の絵を見ると新鮮な気持ちになるよ」
ラウルの絵には、そんな違和感は感じない。
絵画鑑賞の授業は受けたんだけどな。
時代による絵画の技法の変化や特徴。絵の具の発明によって表現が花開いた時代もあるし、技法の発達によってリアリティーのある絵画が追求された時代もある。
また、絵画には思想や歴史的な背景が反映されることも多く、象徴として描かれるアイテムもあり、ストーリーを持つ絵も多い。
分かりやすいのは剣と花だ。剣に花が絡んだモチーフが絵画に現れれば、それはラングリオン王家を表す。意味は、王家への忠誠や信頼、賛美など様々だ。
ただ、結局は、自分の感じたことをどう言葉で表現するかだって先生が言っていた。
「俺はラウルの色使いが好きだよ。桜っぽい柔らかくて優しい雰囲気が出てて」
「僕も、エルのバイオリンが好きだよ」
「バイオリン?」
「バイオリンも、演奏する人によって表現が変わるから」
あぁ、そういうことか。
同じ楽譜に同じ楽器を使っても演奏者によって仕上がりは変わる。
絵画もそれと同じで、同じモチーフを使って同じ技法を使っても仕上がりが変わるってことなんだろう。
その理由は、個人の個性だけじゃなく、個人の気持ちもある。
……気持ちか。
自分で描いた桜を見る。
「休みに出かけられなくて残念だったね。保護者に頼んでみたら?」
マリーと一緒に出かけることは、クラスメイトには内緒だ。
「あ」
「どうかした?」
「フラーダリーから手紙が来てたんだ」
外出許可を貰ったこと、マリーに話すの忘れてた。
「まだここに居る?」
「夕方までは描いてるよ」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃい」
軽く荷物を片付けて、中庭を出る。
まずいな。
外出許可を貰ったって言わないと、グラム湖に連れて行って貰えない。
フラーダリーからは、オルロワール伯爵を保護者代理としてグラム湖までの外出許可を出すという書類を作って貰っている。それから、オルロワール伯爵に宛てた手紙も。
早く渡さないと。
タイミングを見て渡そうと思ってたから、ずっと鞄の中に入れてたんだけど。全然、二人きりになれなかったから渡せてない。
どこに居るんだ?
せめて、ユリアかセリーヌが見つかれば何か聞けるのに。
あ。ユリアならピアノの練習をしてるかもしれない。
ピアノ室へ。
ピアノ室はいくつかあるけど、扉に小窓が付いていて、中に誰が居るか分かるようになっている。
ユリアは……。
居た。
誰かと演奏してるみたいだ。
ノックをして、扉を開く。
「ユリア」
気付いたユリアが、ピアノを止めてこちらを見る。
「あー。エルだぁ」
「マリー知らないか?」
「マリーもエルのこと探してたよぉ?男子寮に行くって」
「わかった」
「おい、ちょっと待て!」
出て行こうとしたら、呼び止められた。
「ユリア様の演奏を邪魔しておいて、それだけか?」
邪魔したらしい。
「邪魔してごめん」
「ふふふ。良いよぉ。今度、また一緒に演奏しよぉねぇ」
「良いよ」
「ユリア様、」
「またねぇ」
ピアノ室の扉を閉めて、男子寮へ。
女子寮は男子禁制なのに、男子寮へ女子が入るのは自由だ。
と言っても、入れるのは共用スペースの二階部分だけ。
とりあえず、食堂に行くか。
食堂にも何人か人が居る。
「エル」
「ルシアン。マリー来なかったか?」
「あぁ、来たぜ。エルに用があるって。めっちゃ怒ってたけど、お前、何かしたのか?」
してないけど、詳しいことは話せない。
「どこに行ったか解るか?」
「ラウルと一緒に中庭に居るはずだって伝えておいた。っていうか、途中で会わなかったのか?」
すれ違ったらしい。
「行ってくる」
中庭へ。
ようやく見つけた。
「マリー」
「エル!探したのよ」
ラウルと一緒に居たマリーが俺の方に走って来る。
「ちょっと、こっちに来て」
マリーに引っ張られて、ロビーの隅に行く。
周りには誰も居ない。
「フラーダリーからの書類は届いた?」
「届いたよ」
書類をまとめてマリーに渡す。
「もうっ。遅いんだから。明日は、お兄様たちと一緒に正門に来てね。朝食後に食堂で合流して貰うように伝えておくから」
お兄様たち?
確か……。
「アルベールとレオナール?」
「そうよ。正門前に迎えの馬車が来ることになってるの」
二番目の兄には会ったことがないな。
「それから、グラム湖では私と一緒に光の洞窟に行って欲しいの」
「光の洞窟?」
「詳しいことは、明日、話すわ。まずは、お父様に手紙を書かなくっちゃ。明日は絶対に遅刻しないでちょうだいね。準備を整えてから食堂に来て。お兄様たちに迷惑をかけちゃ駄目よ」
早口で言って、マリーが校舎から出ていった。
これから事務所で手紙を送るんだろう。養成所の事務所には郵便屋が居るから。
とりあえず、間に合ったみたいだ。
中庭に戻ろうとしたら、ロビーにユリアが来た。さっきの奴も一緒だ。
「エル、マリーに会えたぁ?」
「あぁ」
「良かったぁ」
本当に。
「紹介するねぇ。この子は初等部一年のジュリアーノ君。ティルフィグンから来た留学生でぇ、バイオリンが得意なんだよぉ」
「はじめまして。エルロックだ」
「はじめましてじゃない。寮の食堂で演奏を聞いてる」
俺にとっては、はじめましてだけど。
「それならぁ、愛の悲しみも聞いてるよねぇ」
「え?」
ん?こいつ、カノンの演奏後に俺につっかかって来た奴か?
「歓迎会の舞台で演奏してたのは、エルだからぁ」
「えっ?だって、あれはマリアンヌ様じゃ……」
「マリーはバイオリン弾けないよぉ」
「えっ?でも、こいつ、男ですよ?」
「そうだよ。俺は舞台になんか出てない」
「えぇ?そぉくるー?」
ユリアが笑う。
舞台に出てたのは、マリーだって思わせておけば良い。
「エル、この後、暇ぁ?」
「暇じゃない。今、ラウルと一緒に中庭で桜の絵を描いてるんだ」
「見に行って良いぃ?」
「良いよ」
「待って下さい、ユリア様」
付いてくるらしい。
ラウルのところに戻る。
「おかえり、エル」
「ただいま」
「ユリアと……?」
「ジュリアーノ君だよぉ」
「はじめまして」
「新入生かな。はじめまして、ユリアのクラスメイトのラウルだよ」
ラウルが俺を見る。
「エル。マリー、すごく怒ってたけど大丈夫だった?」
「あぁ」
「何かあったのぉ?」
なんて言うかな……。
「頼まれてたものがあって。ずっと、渡すのを忘れてたんだ」
「あー。それで怒ってたんだぁ」
ユリアが笑う。
「桜の絵、すごく綺麗だねぇ」
「うん。一番綺麗な時期を描いておきたかったんだ。エルも、これで完成にする?」
桜の鉛筆画。
「わぁ。上手だねぇ」
どうするかな……。
「絵ってさ、なかなか完成しないよね」
描き込もうと思えば、いくらでも描き込むことはありそうだ。
「でも、どこかで区切りを付けて、自分で完成を決めるしかないんだよね」
決めるのは自分。
「ラウルは、どうやって完成を決めてるんだ?」
「光が閉じ込められた瞬間、かな」
「閉じ込められた?」
「それまで生き生きとして動いていた映像が、キャンパスの中で停止した瞬間。僕は、僕が描きたいものすべてを描き終えたんだって思うことにしてる」
ラウルの絵画を見る。
「俺には、逆に見えるよ」
「逆って?」
「今にも風がそよいで花びらが舞いそうな感じがする」
「わかるぅ。満開の桜の良い香りがする感じぃ」
「そう。穏やかな風の香り」
「ぽかぽかしててぇ」
「ラングリオンの春を感じる」
「うんっ」
ラウルがくすくす笑う。
「二人は、本当に息がぴったりだね」
ユリアと顔を見合わせる。
「愛の悲しみも良かったよね。また、二人の演奏を聞かせて」
曲か。
「演奏会って名目なら、外に出られるかもしれない」
「まだ養成所を抜け出す方法を考えてるの?」
「だって、桜は今しか見られないんだろ?」
グラム湖の桜は見られるけど、まだ、フラーダリーと一緒に見る方法がない。
「チャリティコンサートなら、外じゃないと出来ない活動だねぇ」
「慈善活動か」
良い案だ。
「一緒に企画してみるぅ?」
「ユリア様。こんな不良に付き合うことないですよ」
「えぇ?」
「エルは不良って呼ばれてるけど、成績は常にトップの優秀な学生なんだよ」
「トップ?だって、初等部二年には、中途入学した上に満点以外取ったことがない天才が居るって……」
「エルのことだね」
「エルのことだねぇ」
「俺は天才じゃない」
天才っていうのは、カミーユみたいに、不可能を可能にするような人物を指すんだろう。
「でも、だって、こいつは吸血鬼ですよ」
……吸血鬼。
「違うよ。エルは僕たちの友人だ。滅んだ種族と一緒にしないでくれるかい」
「そうだよ。私たちの大切な友達。ジュリアーノ君は、もっと勉強した方が良いねぇ」
「だって、」
「これ以上、言うなら、私、許さないから」
ユリアが怒るなんて。
「帰って」
「……はい」
ジュリアーノが中庭から出ていく。
「エル。ごめんねぇ」
「別に、良いよ。何も間違ってない」
俺がブラッドアイなのは事実だ。
あぁいうのが当たり前だって知ってる。
「エルがそう思ってても、私は許せない」
「僕も」
そういう考えの人間も居るってことも知ってる。
ただ……。
「大丈夫ぅ?」
「俺の為に怒る必要なんてない。……喧嘩しないで」
ユリアが背伸びをして、俺の頭を撫でる。
「エルは優しいねぇ」
優しいわけじゃない。
もう争いの原因になりたくないだけだ。
「そうだね。エルは、この桜みたいに優しいよ」
「ふふふ。わかるぅ」
桜の鉛筆画。
二人には、そう見えるらしい。




