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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅳ.桜と精霊
31/100

03 Floraison

王国暦五九九年 ベリエ十二日

 

 ランチの時間に食堂に行くと、完成したサンドイッチがたくさん並んでいた。

 珍しい。サンドイッチは自分で作らないといけないのに。

 しかも。

「全然人が居ない」

 ランチの時間だと思えない。

「皆、外だな」

「俺たちも中庭に行こうぜ」

 中庭?

 

 サンドイッチとオランジュエードを持って、カミーユとシャルロと一緒に中庭へ。

 中庭は人でいっぱいだ。

「ほら、満開だぜ」

 満開……?

「あ」

 昨日までは、そんなに花が咲いてなかったのに。

 一気に花の色に染まってる。

「あれが、満開」

 ピンク色の塊だ。枝の茶色も、葉の緑も何もかも覆い隠すほどの強くて優しいピンク色。

 皆が言ってた意味が解る。

 これは本当に特別な色だ。

「すごく綺麗」

 これが、皆が見せたがってた桜。

「ほら、花見をしようぜ」

「はなみ?」

「桜を見ながら食事をするんだよ」

 だから、皆、サンドイッチを持って外に出てたのか。

「エル」

「アレク」

 振り返って、出入口に居るアレクの方へ行く。

 グリフとロニーも一緒だ。

「桜、すごく綺麗」

「良かった」

 アレクが微笑んで、俺の頭を撫でる。

「近くで見てみたかい」

「まだ。でも、アレクとフラーダリーが見せたかったのがわかるよ。きっと、グラム湖も綺麗なんだろうな」

「良く知っているね」

「今度、桜を見にマリーとグラム湖に行くんだ」

「グラム湖に?」

 頷く。

 楽しみだ。

「良かったね。グラム湖は桜がたくさんあるんだ。満開の桜が咲き乱れる光景は見ごたえがあるよ」

 あれがたくさんあるなんて。楽しみ。

「おいで。向こうで一緒に食べよう」

 向こう?

「アレク!こっちだよ!」

 中庭の奥の方で、誰かが手を振ってる。

 何人かで集まってランチを食べてるみたいだ。

 あそこなら桜も良く見えそう。

 アレクに付いて行く。

 

「あ。初等部の不良三人組だ」

「不良三人組?」

 なんだそれ。

「三人とも有名人だからね」

 俺、シャルロ、カミーユが?

「ねぇ、声を変えるスプレーのレシピ、教えてー」

「なんで知ってるんだ?」

「ロヴィから聞いたのよ」

 そういえば、ヴェルソまでの実験レポートは、全部、ロヴィに見せてたっけ。

 ロヴィは、ここには居ないけど。

「カミーユが改良してドロップにしたんだ」

 持っていた瓶からドロップを出して、口に入れる。

「あー」

 女声を出すと、周囲から声が上がった。

「すごーい」

「ドロップの方が、スプレーよりも持続時間が安定するから」

 何度も食べたせいで、この声にもかなり違和感がなくなってきた。

 それに、ドロップは爽やかな香りで美味しい。

「可愛い」

 急に、後ろから抱きつかれた。

 ロニーだ。

 振りほどこうとするけれど上手く行かない。

「本当、可愛いよねぇ」

「女の子みたい」

 誰が、女だ。

 ドロップを噛んで飲み込んで、オランジュエードを飲む。

「これで元通り」

「便利ね」

 そう。便利になった。

 シャルロが、もう少し安定的に使えるようにした方が良いって言って。カミーユがドロップに改良したから。

「いい加減離せ」

「しょうがないな」

 ロニーがようやく俺を離す。

 アレクに言われる前に離れるなんて珍しい。

 ……あれ?

 グリフとロニーが居るのに、アレクが居ない。カミーユとシャルロも。

 どこに行ったんだ?

「一個頂戴」

「私も欲しーい」

 女声はあまり変わらないと思うけど。

 持っていたドロップを、周りの人に配る。

「こらこら。下級生にたかるなよ」

「グリフも食べてみたら?」

「俺が女の声になったら気味が悪いだけだろ」

「グリフは似合わなそうだよねー」

 居ない……。

 人が多すぎて探せない。

「ほら、ランチにしよう。のんびりしてたら食事の時間が終わっちゃうよ」

「エルは食うのが遅いからな」

 俺が食べるのが遅いんじゃなくて、周りが早いだけだ。

 仕方ない。食べてから探そう。

 包みを開いて、サンドイッチを食べる。

「ドロップにしたなら誰かを騙しやすいかもね」

 騙す?

「ドロップをあげるって言えば良いんだからさ」

 女声にしたら面白い相手……。

「あ、アレクが来たわ」

 アレク。

 でも、カミーユとシャルロは一緒じゃない。

「エルは、いつもそのサンドイッチだね」

 だって、ハムとサラダを挟んだサンドイッチが一番美味しい。

 持っていたドロップの瓶をアレクに見せる。

「食べる?」

 どうかな。

「一つもらおうかな」

 アレクが瓶からドロップを一つ取って、口に入れる。

 食べた。

 周りの皆が急に静かになったのを見て、アレクが首を傾げる。

「どうしたのかな」

「え?」

 あれ?

 声、変わってない。

 アレクの頬は動いてるから、ドロップは舐めてるはずなのに。

 なんで?

「エル、口を開けてごらん」

 アレクがしゃがんで、俺に近付く。

 変だな。ドロップを舐めてるなら、爽やかな香りがするはずなのに、アレクからはドロップの香りがしない……?

 そう思ってたら、口に何か入ってきた。

「!」

 なにこれあまい!

 慌ててオランジュエードを飲む。

 これ、ショコラだ。

「エル。人を騙す時は、もう少し上手くやらなきゃいけないよ」

 笑うアレクの口の中にドロップはない。

「なんで?」

 アレクが、くすくす笑う。

「自分の口に入れるものぐらい気をつけているよ。ほら、口を開けて」

「次は何?」

「ほら」

 口を開けると、アレクがまた何か入れた。

「エルは素直だね」

 なんだろう、これ。

「美味しい」

「カカオの配合が高いショコラだよ。これならエルも食べられると思ってね」

 すごく香りが良い。

 アレクが一箱俺の前に置いた後、他の箱を皆に向ける。

「皆も食べるかい」

「食べたーい」

「やったぁ」

「アレクが作ったショコラは美味しいよね」

「ねー」

 え?

「これ、アレクが作ったのか?」

「もちろん。食品の加工は錬金術に通じるものがあるからね」

「俺にも作れる?」

「エルには無理じゃないかな」

「なんで?」

「甘い匂いに耐えられるなら、教えても良いよ」

「無理」

 甘い味もダメだし、甘い匂いも気持ち悪くなる。

「相変わらずだね。でも、そんなにのんびり食べていたら昼休みが終わってしまうよ」

「あ」

 そうだった。

 まだ一口しか食べていないサンドイッチを食べてると、シャルロとカミーユが歩いて来た。

「まだ食ってんのか」

「相変わらず食べるのが遅いな」

 オランジュエードでサンドイッチを流し込む。

「どこ行ってたんだよ」

「花見だよ。桜の近くまで行って見て来たんだ」

「俺も行く」

「食ってからにしろ」

「昼休みが終わるぞ」

 急いで食べないと。

 そうだ。

 アレクがくれたショコラの箱をシャルロとカミーユに向ける。

「ショコラか」

「お前、ショコラは平気なのか?」

「これは大丈夫なやつ」

 二人がショコラを食べる。

「美味いな」

「おぉ。美味っ」

「どこのショコラだ?養成所のじゃないだろう」

「確かに。こんなに甘くないのは食ったことないな」

 サンドイッチを食べながら、アレクを指す。

「アレクが作ったやつ」

 二人が口を抑える。

「お前っ、それを先に言え!」

「アレクシス様、頂いてよろしかったでしょうか」

 アレクが笑う。

「もちろん。エルのはかなり甘さを抑えたものだから、こっちをあげるよ」

 出されたショコラを二人が食べる。

「甘くて美味しいです」

「香り高くて別格です」

「喜んで貰えて良かった。今、ショコラを作るのに凝っていてね。これは君たちにあげるよ」

「ありがたく頂きます」

「ありがとうございます」

 二人共、ずっと、アレクに敬語だ。

 ようやく食べ終わった。

 残っていたオランジュエードを飲み干す。

「桜を見に行こう」

 立ち上がって、飲み干した瓶をゴミ箱に向かって投げ入れて、桜の方へ。

 

 満開の桜のまわりは人で溢れてる。しかも、背が高い人間ばかりで良く見えない。

 もう少し離れた方が見えてたかも。

「おい、後ろ」

 前に居た二人組が振り返って、こちらを見る。

 思わず身構えたけど、相手は笑った。

「あぁ、初等部か。悪かったな。見えないだろ」

「ここからの眺めは良いぜ」

 そう言って、二人が場所を空けてくれた。

 ここからは桜の木の全部が見える。

「きれい」

 こんなに良い場所を譲ってくれるなんて。

 隣で見てるカミーユとシャルロも楽しそうだ。

 楽しい。

 やっぱり、フラーダリーとも見たいな。

 

 


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