02 Bourgeon floral
王国暦五九九年 ベリエ八日
「やっぱり、外に行くなら自然観察じゃないか?」
「植物学や昆虫学の授業は中等部の選択科目だ。自然観察だけでは許可が下りないだろう」
「春に、外じゃないとできないこと……」
朝からずっと、図書館で先生を納得させられそうな話題を探してるけど。ちっとも見つからない。
そもそも、今、受けている授業は外に出る必要がないものばかりだ。
「桜を見に行きたい、じゃだめかな」
「中庭の桜で我慢しろって言われただろ」
中庭の桜の木には、今にも花開きそうな蕾がたくさんついていた。
開花が始まったら一気に満開を迎え、後は散るだけ。グラム湖の桜も同じ時期なら見られずに終わりそうだ。
「また何か悪いこと考えてるの?」
「マリー」
一人で居るなんて珍しい。
「悪いことじゃないぜ。養成所を抜け出す方法を考えてるんだ」
「十分悪いことじゃない」
どこが?
「今日はアシューは一緒じゃないのか」
歓迎会の後、マリーはアシューに愛の告白をして恋人になった。
だから、最近は良くアシューと一緒に居たのに。
「ほっといて」
「え?もう別れたのか?」
「別れた?」
「恋人関係を解消した」
え?
「ご丁寧に説明しなくても結構よ。養成所を抜け出すなんて、警備隊に喧嘩を売るつもり?」
「売らないよ。グラム湖に桜を見に行くだけだ」
「なら、行けば良いじゃない」
「外出禁止令があるんだよ」
「馬鹿ね。普段から悪いことばっかりやってるからそうなるのよ」
悪いことなんてやってない。
「エルは桜を見たことがないんだ」
「え?そうなの?」
頷く。
「だから、エルをグラム湖に連れて行く方法を……」
「そういうことなら、連れて行ってあげるわ」
「どういう意味だ?」
「毎年、ベリエの十五日は家族でグラム湖に行っているの。エル一人なら、お父様にお願いしても良いわ」
「なんで、エル一人?」
「家族の行事だから誰も誘わないことになってるの。でも、エルには借りがあるわ」
借り?
「だから……。劇のこと。たくさん助けて貰って感謝してるわ。だから、エルは特別よ」
「でも、十五日なら外出禁止は解けてないぞ」
「もちろん、外出許可もお父様にお願いしてあげるわ」
外出許可まで頼んでくれるらしい。
でも、フラーダリーが一緒じゃないのに……。
「行ったらどうだ?オルロワール家の花見なら、グラム湖でもかなり良い場所に行くはずだ」
「そうだな。グラム湖の桜は見た方が良いぜ」
アレクとフラーダリーが見せたいって言ってくれた桜。
シャルロとカミーユまで、そんなに見せたいと思うものなのか。
なら。
「見に行きたい」
マリーが笑顔で頷く。
「決まりね。でも、皆には内緒よ?」
「皆って?」
「クラスの皆。家族の行事だから、いつも誰も誘ってないんだもの」
「ユリアとセリーヌも?」
「そうよ。二人にも内緒にしてね」
「わかった」
クラスメイトには内緒らしい。
「それから、未成年が王都を出るには保護者の許可が必要なの。保護者代理をお父様にするようフラーダリーに伝えて、書類を作って貰ってね」
「ん」
後で、フラーダリーに手紙を書こう。
「オルロワール家が出かけるなら、近衛騎士もついて行きそうだな」
「えぇ。使用人も家族のようなものだもの。皆で行くのよ」
「移動は馬車か」
「もちろん」
「なら安心だ」
「安心?」
安心って?
「いや、ほら、フラーダリーは過保護だからさ。安全が確保されてないとエルを王都の外には出さないだろうと思って」
そういえば、ラングリオンに来てからずっと王都に居たから。王都の外に出るのは初めてだ。
「うちの騎士は優秀な人ばかりよ。それに、お父様もお兄様たちも光の精霊と契約する魔法使いなんだから。何を心配するって言うのよ」
マリーの父親であるオルロワール伯爵は国の書記官だ。国王の右腕で、国を動かす立場の人物。
オルロワール家は、皆、光の魔法使いらしい。
「噂には聞くけど、フラーダリーって、そんなに過保護なの?」
「過保護だ」
「エルは信じられないぐらい甘やかされてるぞ」
甘やかされてる。
それは、良く解る。
「アレクシス様もエルには甘いものね」
アレクも優しい。
なんでもしてくれる。
二人共、傍目から見ても解るぐらい俺を大切にしてくれてる。
「良い?フラーダリーの許可がないと外には出られないから。書類が届いたら、すぐに教えてちょうだいね。くれぐれも皆には内緒よ」
「わかった」
書類は、クラスメイトにばれないように渡せってことだろう。
「当日は、朝食を食べたら正門に集合よ。養成所から家に行って、家族と合流してから出発するの。王都の外に出るから身分証とマントを忘れずにね」
「わかった」
「詳しいことは近くなってから話すけれど……。他に聞いておきたいことはある?」
ようやく話が一区切りついた。
「なんで、アシューと別れたんだ?」
マリーが驚いた顔で固まる。
「マリー、行って良いぞ」
「エルって、本当に無神経ね!」
マリーが怒って去る。
「エル。そういうことを堂々と聞くな」
「なんで?恋人関係って、そんなに簡単に解消されるのか?サンドリヨンと王子も?」
「何もかもをごちゃまぜにするな」
「マリーはアシューを嫌いになったのか?」
「そんなのマリーに聞いてみないと、」
「カミーユ」
「いや……。聞かない方が良いんだけど」
「どっちだよ」
そんなにマリーに聞いちゃいけないことなのか。
「聞けばマリーを怒らせて、グラム湖に行けなくなるぞ」
それは困る。
すでに怒ってたけど。
「それに、マリーがアシューを嫌いになったってことはないだろう」
「付き合ったからって、相手が運命の人とは限らないだろ」
「運命の人?」
どういう意味だったかな。
「だから、」
「生涯の伴侶となるかは今の時点ではわからないってことだ」
つまり、特別な人。結婚する相手。
マリーとアシューはそうじゃなかった。
愛の告白をしたのに?
相手が運命の人と思ったのは、勘違い?
愛を誓うほど好きだったはずなのに?
あれ?
「ロランがマリーの運命の人?」
「あれはただの婚約者だろ」
「今は考えるな」
結婚する予定の相手なのに?
「カミーユは?」
「え?」
「婚約者は居る?」
「居ねーよ」
「シャルロは?」
「居ない」
居ないのか。
「じゃあ、誰かと付き合ったことある?」
「……ないよ」
「ない」
二人共、ないのか。
「好きな人はいる?」
「いない」
「カミーユは?」
「……いるけど」
「じゃあ、好きだって言って恋人になって」
「は?」
「だめなのか」
「な、に、ばかなことっ」
なんで、そんなに焦るんだ。
「そして別れて、その気持ちを教えろって言うんだろう」
別に、そこまでは思ってないけど。
「エル、そういうことは自分で体感しないとわからないぞ。感情的なものを言葉だけで学ぼうとするな」
怒られた。
「カミーユに謝れ」
「なんで?」
「謝れ」
「嫌だよ」
なんで、何も悪いことしてないのに謝らなきゃいけないんだ。
「自分はどうなんだ」
「俺?」
俺が好きな人間は、アレクとフラーダリー。
それから。
「カミーユもシャルロも好きだよ。でも、そういうのとは違うんだろ?」
あの音楽。
ユリアが弾いてくれたペトリューシカ。
きっと、誰かを好きになったら、あぁいう音楽が流れるに違いない。
「それだけわかってれば十分だ。ほら、片付けてランチに行くぞ」
もうそんな時間か。
「俺、今日はいいわ」
「カミーユ?」
「気分じゃない」
そう言って、カミーユが席を立つ。
「あ、片付け、」
終わってないのに。
カミーユを追いかけようとしたところで、シャルロに腕を引かれる。
「具合でも悪いんだろ。放っておけ」
そういえば、顔が赤かった気がする。
※
「エル」
呼ばれて、振り返る。
「一人?」
「一人だよ」
持っていた本を見せる。
「今日までの本を返しに来たんだ」
養成所の貸出システムは厳しくて、返却期限日を過ぎると超過日数の期間だけ本が借りられなくなる。三日延滞すれば、その後、三日間借りられないといった具合に。
だから、一日も超過するわけにはいかない。
「中庭の桜は見た?」
「見たよ。一昨日」
「さっき、花が咲いてたよ」
「本当?」
後で、見に行ってみよう。
「グラム湖の桜も咲いてるかな」
「グラム湖?」
「今度、マリーと一緒に行くんだ」
「いつ?」
「十五日」
楽しみだな。




