01 Restrictions de sortie
王国暦五九九年 ベリエ六日
「……それから、外出禁止期間を三日間延長する」
いつも通りシャルロとカミーユと一緒に呼び出され、いつも通り先生の説教を聞き流し、いつも通り課題と補習の説明書を受け取る。今回は、外出禁止令も追加で出された。そんなに悪いことをしたつもりはなかったけど、駄目だったらしい。
すでに出されてる外出禁止令に三日追加すると……。
「十六日まで?」
「そうだ」
「まじかよ。桜の季節だってのに」
桜?
そういえば、ラングリオンに来た頃、フラーダリーとアレクが言っていた気がする。
―エルにも桜を見せてあげたかった。
―とても綺麗なんだよ。
って。
「桜は、ラングリオンでベリエの短い期間にだけ咲く花だ」
「見に行こうぜ」
「中庭の桜の木で我慢するんだぞ」
「えー」
そんな特別な木、中庭にあったっけ?
「いいか、お前たち。妙なことは考えるなよ。外出禁止令を破ったら、禁止の期間が倍になるからな。補習は明日の放課後。さぁ、帰れ」
「はーい」
「ん」
「はい」
いつも通り先生のため息を聞きながら、三人で説教部屋を出る。
先生と個人的な面談を行う面談室は、もう説教部屋という名前で定着してしまった。
今回の原因は、俺が作ったゲル状の半固体物質だから、シャルロもカミーユも関係ないはずなのに。一緒に連れてこられた。
「あれ、何が原因でゲルに戻ったんだ?」
「エルが作ったのは、ダイラタント流体だろう。時間が経てば戻る」
ダイラタント流体は、弱い力の中では流体なのに、強い力を加えた時は固体になるという面白い性質を持った物体だ。
「結局、取れたのか?画鋲」
「さぁ?」
「天井にはなかったぞ」
「じゃあ、成功なのかな」
今回の発端は、天井に画鋲が刺さったことだ。
誰かが遊んで吹き飛ばしたらしいけど、経緯は知らない。
天井は机を重ねても簡単に届かないし、単純に取るのもつまらないから、この前の補習で作った粘着液を応用してみることにした。
目的のものに張り付いて、引っぺがす性質を持った粘着物。
完成したゲル状の半固体物質を画鋲が刺さった天井目がけて投げて付けて、張り付いたまでは良いんだけど……。
全然、落ちてこなかった。
金属にくっつく性質の粘着液を加えたから、画鋲にだけ強く張り付いて固まり、ゲルに戻った時は画鋲と一緒に天井から落ちてくるはずだったのに。思ったより固まり続けてる時間が長かったらしい。
複数のものを混ぜると物質が変化して予想外の結果になる。もっと考察が必要だ。
ちなみに、そのゲル状の半固体物質は授業中に突然、先生の頭に落ちてきた。先生が絶叫を上げながら教室から出て行き、それを見聞きした他のクラスも騒ぎになった。
それが原因で説教されたのが、今。
「また補習かぁ」
補習は楽しみだ。
でも、課題は古い時代の文献の書き取り。書き取りは好きじゃない。
「外出禁止令って、何が理由で出されるんだろうな」
「授業を中断させたのが悪かったんだろう」
「あんなに騒がなくても水で流せば簡単に落ちるのに」
「でも、お前の髪に落ちたら洗うのが大変そうだな」
確かに、くせ毛だと絡まりやすいかもしれない。
「ほら、桜の木、ここからも見えるぜ」
「どれ?」
窓から中庭を見下ろす。
広い中庭は木々が生い茂り、色とりどりの花が咲いている。
「いつも昼休みにアレクシス様が居るところなんだけどな」
じゃあ、あのベンチのところかな。
「放課後に行ってみるか」
出された課題をやらなくちゃいけないけど、それぐらいの時間はあるだろう。
※
春は一年で一番、色んな色の花が咲く。
中庭の花壇の花は、赤、白、黄色、ピンク、青、紫。色とりどりだ。
色んな色のチューリップ。
こっちはビオラ。薄紫色の菫は、アレクの右の瞳と同じ色だ。
「この青い花は?」
初めて見る。
「アヤメだ」
空に向かって、まっすぐ伸びる花。
凛々しくて綺麗。
「どこかの国では虹の御使いの化身と言われているらしいな」
「虹の御使い?」
「そういう物語があるんだよ。花言葉は愛のメッセージ。好きな人に、他の花と混ぜて贈るんだ」
何かある度に花を贈るのは、水や花に恵まれたこの国らしい風習なんだろう。
フラーダリーに花を渡した時も喜んでくれたっけ。
ラングリオンは、砂漠では考えられないぐらい瑞々しい花で溢れていて、花が手に入りやすい。
「ほら、これが桜の木」
これが?
他の木と大した差はなさそうだけど。
「満開になると、すごく綺麗だぜ。ピンク色の花なんだ」
「ピンク?チューリップみたいな?」
チューリップを指すと、カミーユもシャルロも首を横に振った。
違うらしい。
「もう少し優しい色だな」
「花も可愛いんだぜ」
優しくて可愛い花?
どんな花だろう。
「蕾があるな。もうすぐ咲きそうだ」
「どれ?」
「あれだよ、あれ」
あれ?
確かに、先の方がピンク色になってる小さな蕾が、固まっていくつか付いている。
「一つ咲いたら、一斉に咲いて満開になるんだ」
「開花が始まったら三日ぐらいで満開になる。満開の見頃は、四、五日ってところか」
「四、五日……」
あっという間だ。
「咲くのは、この木だけじゃないぜ」
「え?」
「王都中の桜が満開になって、一面ピンク色になるんだ」
「この辺の桜が咲く時期は同じだからな」
じゃあ……。
「王都中で一斉に咲いて、四、五日で一斉に散るってこと?」
「そうだ」
「そういうことだ」
つまり、下弦の休みには花は散ってる。
中庭の桜はアレクと見られるけど、フラーダリーとは見られないんだ。
―来年は皆で見ようね。
約束したのに……。
「抜け道を探してみるか」
「抜け道?」
「養成所を抜け出す方法があるかもしれない」
抜け出す方法……。
カミーユが壁を見上げる。
「あの壁を越えるって?」
「あれを越えるのは無理だ」
養成所は高い壁に覆われていて、出入り口は正門と、その横にある事務所だけ。
「門番を脅かすとか?」
「正門を守っている奴らが子供だましにひっかかるわけがないだろう」
出入り可能な場所には、昼夜を問わず常に見張りが居る。
「外出届を偽造するとか」
「やめろ。養成所で扱う文書はすべてホログラムが使われた公文書。公文書の偽造は重大な犯罪だ」
シャルロの言う通り。カミーユの案はどれも駄目だ。
養成所の重要書類には、養成所の紋章のホログラムが使われている。もちろん、外出届にも。
紋章は、交差した杖とフラスコに蛇が巻き付いたデザインだ。杖は魔法を、フラスコは錬金術を、蛇は知恵を象徴しているらしい。
「じゃあ、どうするんだよ」
「それを今から考えるんだ」
養成所を出る時は、必ず正門脇にある事務所で外出届を書かなければいけない。
宿泊する場合は外泊届も。
門番は外出届のない学生を絶対に通してくれない。
……本当に?
養成所から出る為に必要なことを、もう一度、確認してみよう。
「ちょっと行ってくる」
「どこに?」
「正門の事務所」
※
ホログラムは、公文書の正当性を証明する特別な技術だ。
ラングリオンの公文書にはホログラムが必ず入っている。身分証や学生証にも。
……そういえば。
俺の砂漠の身分証には、俺の出身は砂漠のオアシス都市・ニームと書かれている。本当は違うのに、ニームで再発行された時には何故かそうなっていた。更に、何故か俺を保護してくれた人が保護者として登録されていた。
保護者の居ない未成年者は孤児になってしまうから、その人がなってくれて助かったんだろうけど。どういう経緯で認められたのかは知らない。
砂漠は各都市が独立しているから、ニームの役人に頼めば発行して貰えそうな気はする。あんなことがあった都市の生き残りの証明なんて、俺の保護をした人も嫌だったんだろう。
そして、その保護者が俺の保護者をフラーダリーに指定したから、俺はフラーダリーの養子になる……。はずだったのに。ラングリオンでは、年が近過ぎるという理由でフラーダリーと養子縁組は出来なかった。そのせいで、ラングリオンの市民証は取得出来ていない。
ただ、王立魔術師養成所の学生証は、ラングリオンの剣花の紋章のホログラムと養成所の紋章のホログラムが入ったもので、正当な身分証として使えるものだ。これには、俺がラングリオンの保護下にある留学生であること、後見人がフラーダリーであることが明記されている。
つまり、俺のラングリオンでの身分は砂漠出身の留学生でしかない。
……今は、こんな状態だけど。
養成所を卒業すればラングリオンの市民権を得られる予定だ。
※
正門へ行って、門の横にある事務所に入る。
「外に行きたいんだ」
事務所の人たちが驚いた様子で俺を見る。
「エルロック・クラニス。君には外出禁止令が出ているわ」
「もう終わったと思うけど」
受付の事務員が苦笑する。
「おかしいわね。今日、三日延長の知らせを受けたばかりよ?」
「その書類、間違ってるんじゃないのか」
「見てみる?」
事務員から書類を受け取る。
カミーユ・エグドラ
シャルロ・シュヴァイン
エルロック・クラニス
上記三名の外出禁止期間を三日間延長する。
同じ書類が他にも三枚。残り十一日間の外出禁止令だ。
どの書類にも養成所の紋章を描いたホログラムがある。
こんなの、偽造なんて無理。
「外出届を見せて」
「見たところで何も変わらないわ。外出許可は出せないもの」
外出届の用紙を見る。
名前と外出の日付、出かける時間、帰る予定時間、行き先と目的、備考欄。そして、養成所の認可印と受付した事務員のサインを書く場所。
判子とサインの偽造も難しそうだ。
そもそも、外出届にも公文書の証であるホログラムが使われているし、手触りも特殊な上等紙だから適当な紙で誤魔化すことも不可能。
普段は気にしてないけど、思った以上に厳しく管理されてる。
「桜が綺麗な場所って、どこ?」
「桜?桜と言ったらグラム湖よ」
グラム湖。
森の中にある湖で、ラングリオン初代国王が神の啓示を受け、聖剣エイルリオンを託されたラングリオンの聖地だ。
王都からも近いはず。
「桜が満開になるのはいつ?」
「毎年十三日辺りが満開ね」
「じゃあ、十五日か十六日に出かけても良い?」
事務員が手元の資料に目を通す。
「外出禁止は十六日までね。残念だけど、許可はできないわ。どうしても行きたいなら、君の保護者に頼んでみたら?」
フラーダリーには頼めない。
外出禁止になってしまったのは自業自得だ。こんなことでフラーダリーに迷惑はかけられない。
「他に方法はない?」
「かわいそうだけど、決まりは決まりだからね」
決まり……。
「外に出なきゃいけない決まりっていうのはない?」
「変わったことを聞くのね。うーん……」
ある?
「研修旅行ぐらいじゃないかな」
アレクがスコルピョンに行ったやつか。
「授業や勉強の一環なら許可されるってこと?」
「そうね」
「ん。わかった」
何か考えよう。
「また何か悪戯をする気?」
「そのつもり」
「君たちは本当に懲りないのね」
「だって、悪いことなんかしてない」
「授業に支障をきたすことをしているじゃない。学生が学ぶ機会を邪魔しているわ。今回だって、先生に悪戯をして授業を妨害したんでしょう?」
先生の頭に落とすつもりなんかなかった。
結果として、そうなっただけで。
でも、そんな言い訳を並べたところで結果は覆らない。
「怒るのは先生だけだ。本当はみんな、楽しんでるんじゃないのか?」
事務員が微笑んで、少し俺に顔を寄せて小声で言う。
「ちょっとだけ、ね」
やっぱり。
俺だって楽しいんだから、きっとみんなも楽しいはず。
「君たちが次に何をするか楽しみにしてるわ。でも、怪我はしないようにね」
「ん。わかった」
※
事務所を出る。
あ。
「カミーユ、シャルロ」
「エル」
二人も、外に出る方法を考えに来たんだろう。
二人が居る門の方へ行く。
「何か面白い話でも聞けたか?」
「授業や勉強の一環なら外に出られる」
「研修旅行のことか?」
「違う。何か、外に出ないと出来ないような授業を考えよう」
「養成所の中では出来ない授業か……」
今のところ、全然思いつかないけど。
「グラム湖に行きたいんだ。桜が綺麗な場所だって」
「そりゃあ、あそこは別格だけど……」
「誰に聞いたんだ?」
「事務所の人に」
「お前、俺たちがこれから何かやるってばらして来たのかよ」
ばらすも何も。どうせ何かやるって思われてた。
それに。
「楽しみにしてるって言われた」
「誰が?」
「何を?」
「事務員の女の人が、俺たちの悪戯を」
「は?」
「は?」
だから、楽しいことをやろう。
「とにかく。まずは図書館だ」
「お。作戦会議か」
「違う。課題をやりに行くんだ」
そうだった。
最近の書き取りの課題は、図書館の手伝いだ。
図書館で貸出できない資料は、原本のコピーを作って貸し出すことになっている。俺たちは、その貸出用資料の作成の為、古い時代の文献の書き取りを行うのだ。
「エル。絶対に図書館を荒らすなよ」
「荒らしてなんかいない」
「お前、書き取り途中で気になることを見つけたら勝手に本を探しに行くだろ」
「だって、参考文献は追記して良いって」
「なら、一冊持って戻ってくれば良いだろ。なんで、本に埋もれてるんだよ」
気がついたら、そうなってる。
「今回は参考文献探しは禁止だ。大人しく書き取りだけやれ」
書き取りは好きじゃないけど、見せて貰えるのは貴重な本ばかりだから面白い。でも、内容が難しいから解らないことを調べに行ったら……。
「装丁の授業でも、本を取りに行って帰って来なかったらしいじゃないか」
「お前、良くそれで満点取れたな」
後期の成績のこと?
芸術の授業も一般の授業同様に期末評価が存在していて、知識を問う期末テストや実技のテスト、課題で評価される。
と言っても、芸術の授業は後期から始まって次年度の前期まで続くから、他に比べると変則的な授業になっている。
「授業は全部出席してるし、期末テストも満点だった。装丁も本の補修も上手いって褒められてる」
「司書の試験だったら絶対に落ちてるぞ、お前」
「司書の授業なんて受けてない」
芸術の授業だ。
ちなみに、装丁の最後の課題は本の表紙の作成だ。
好きな本を選んで良いって言われたから、フラーダリーから貰った魔法陣の本を選ぶことにした。古い表紙を外して、自分でデザインした新しい表紙を装丁するのだ。
これもすごく面白い。
養成所は、本当に色んなことを学べて楽しい。




