07 Vérifier la réponse
王国暦五九九年 ポアソン十五日
「エル!アレク!おかえりなさい」
「姉上、お久しぶりです」
「ただいま」
「元気だった?」
頷く。
そんなに喜んだ顔をされると、ずっと帰らなかったことを後悔する。
「新入生歓迎会の日、私も見に行ったんだよ。素晴らしい劇だったね。とても楽しかった。君のバイオリンを聞くことが出来て良かった」
なら、バイオリンを持ってくるんだった。
それに……。
「今、コーヒーを淹れるから待っていて」
あ……。
「姉上、」
「なんだい」
台所に行きかけたフラーダリーが振り返って。アレクが俺を見て、フラーダリーの視線が俺に向く。
言わなくちゃ。
帰ったら、フラーダリーに言おうと思ってたこと。
「来てくれて、嬉しかった」
言えた。
フラーダリーが笑顔になる。
「私も。嬉しかったよ」
そして、鼻歌を歌いながら台所へ行った。
すごく喜んでる。
嬉しかったのは俺なのに。
「チェスでもやろうか」
「ん」
リビングへ行って、チェスボードを出して駒を並べる。
なんで、言葉に詰まったんだろう。
言いたかったことなのに。
……なんで、言いたかったんだろう。
わざわざ言う必要なんてないことなのに。
少し、落ち着かない。
帰って来るのが久しぶりだから?
最後に帰ったのは後期の期末テストの後だから、一月以上経っている。
「いつも二人と遊んでるのかな」
二人って、シャルロとカミーユのこと?
「皆でやってる」
「皆って?」
「クラスの皆。夕飯の後に集まったりしてる」
「流行ってるんだね」
貰ったチェスボードを使って、消灯後も誰かの部屋に集まって遊ぶことがある。
「シャルロが強いんだ。すごく冷静。カミーユは、すごく面白い手を使って来る」
「面白い手?」
「思ってもみないところからビショップが飛んでくる」
「棋譜は覚えているかい」
「書くから待ってて」
ノートを出して棋譜を書く。
カミーユは白、俺は黒だった。
俺のノートを見ながら、アレクが盤面を再現していく。
「あの後、ロランとは会ったかい」
「会ってないよ」
初等部は元々、他のクラスとの交流がほとんどないから、謝罪された後は会ってない。
もしかしたら、寮の食堂で顔を合わせてるかもしれないけど。食堂は広いし、いつもクラスで集まってるから気付かない。
「薔薇はすぐにダメになったけど」
「切り花は長持ちしないからね」
毎日、砂糖水を入れ替えてたんだけどな。すぐに枯れてしまった。
それにしても……。
これ、どこから詰んでたのかわからない。キャスリングされた時点で詰んでたってことはないよな?
キャスリングは、一手で二つの駒を動かせる特殊なルールだ。
条件さえそろえば、キングを二コマ隣に移動させ、ルークをキングの真横に持って来れる手だ。端に居るルークを一気に中央に出せる手なんだけど……。
アレクと一緒に棋譜の通りに駒を動かす。
……ここから、一気に場が動く。
「ビショップのチェックから逃げたと思ったら、もう一つのビショップでチェックされたんだ。後は、クイーンで追い詰められて、ポーンがクイーンになってチェックメイト」
「面白いね。エルからは、本当にビショップが飛んできたように見えただろうね」
ビショップが、あんなに自由に動き回れるラインを残していたなんて。
俺のビショップは完全に潰されてるのに。
「カミーユは早い段階で駒を中央に出してる。エルも、もう少し早い段階で手前の駒を前に出して良かったかな」
中央に出るのが遅れたのはある。
「カミーユは、相手の手を良く見ているよ。エルはクイーンを気に入ってる割りに使い方が下手だからね」
あんなになんでも出来る駒なのに、失うリスクの方が高いから困る。
「この前、シャルロにも言われた。クイーンを使いこなせないなら、プロモーションはルークにした方が良いって」
「それも良いかもね」
アレクが、くすくす笑う。
「二人とも。今日のお菓子はパルミエだよ」
フラーダリーがコーヒーとお菓子を持って来てくれた。
ハートの形をしたパイ。これが、パルミエ?
「美味しい」
サクサクしてて。
「良かった」
フラーダリーが微笑む。
これも、俺が食べられるものを考えて作ってくれたんだろうな。
「明日は、クレープガレットにしようか。甘くないクレープもあるんだよ」
ガレットは養成所でも食べたことがある。
でもきっと、フラーダリーが作るのは違う味で美味しいんだろう。
フラーダリーを見上げると、フラーダリーが微笑む。
「皆で食べると美味しいね」
あぁ。
それは間違いない。
※
夜。
お風呂から出て、キッチンを見回す。
フラーダリーが居ない。
リビングにも誰も居ない。
アレクは先に部屋で勉強してるって言ってたけど。フラーダリーは?
タオルを被ったまま二階に上がると、バルコニーの方から明かりが漏れているのが見えた。
半開きの扉を開けると……。
居た。
「エル」
気づいたフラーダリーが振り返る。
フラーダリーの方に行くと、フラーダリーがタオル越しに俺の頭を撫でた。
「ちゃんと乾かさないと風邪をひいてしまうよ」
こうして貰う為に来たわけじゃないんだけど。
「俺は、そんなにひ弱に見える?」
「うん」
酷い言われようだ。
「風邪なんて、ずっと引いてないのに」
フラーダリーが笑う。
「子供の心配をするのは親の特権だからね。心配させて」
「心配するのが特権?」
「そうだよ」
変な特権。
……あれ。
聞いてみようかな。
「フラーダリー、手に入った瞬間要らなくなるものって?」
「手に入った瞬間に要らなくなるもの?」
なんて答えるかな。
「もともと不要な物だったら、手に入れても要らないかもしれないね」
「それまでは、すごく欲しいと思っていたもの」
「すごく欲しいと思っていたのに要らなくなるの?エルには、そういうものがあるってこと?」
「ない」
「じゃあ、それが答えだろうね」
これが答え。
「手に入った瞬間要らなくなるものは、ない?」
「うん」
少し、ほっとした。
……なんでだろう。
最近、自分でも良くわからないことが多い。
「もしくは、そもそも絶対に手に入らないものかもしれないね」
「どういう意味?」
「例えば……」
フラーダリーが空を見上げる。
「夜空の月。今日は綺麗な満月だよ」
満月。
道理で、こんなに明るいはずだ。
「あれは絶対に手に入らないものだ」
月に向かって手を伸ばす。
遠い。
「もし、手に入ったら?」
「え?」
「もし、月が手に入ったら?」
「面白いことを言うね」
フラーダリーが笑う。
「そうだね。もし、月が手に入ってしまったら。私は、すぐに手放すよ」
「なんで?」
「月は独り占めしてはいけない。皆のものだから」
絶対に手に入らないものが手に入ってしまったら、手放す?
もう一度、月を見上げる。
「俺は、離さないよ」
欲しいもの。
俺の欲しいものは、もう二度と手に入らない。
俺のせいで生まれてこなかった。
会いたかった。
愛しいアンジュ。
「エル」
フラーダリーが、後ろから俺を抱きしめる。
「私は何よりも君が大切だよ。だから、エルも自分のことを大切にして欲しい」
アレクもそう言っていた。
―だから、エルのことを好きな人の為に自分を大切にするんだ。
フラーダリーもそれを望んでる。
―エルが元気で居るだけで幸せになれる人が居るってことを忘れないで欲しいんだ。
どうして、そこまで俺なんかを。
だって、俺は……。
「大丈夫だよ、エル」
大丈夫?
「過去は戻らない。あの時、あの時点では不可避だったんだ」
どれだけ考えたところで今から出来ることは何もない。
何も助けることは出来ない。
「さぁ、全部忘れて」
だから、忘れるしかない。
「前だけを見るんだ」
振り返らない。
「大丈夫」
全部、捨てて。
「一緒にやり直そう」
やり直す。
大丈夫。
フラーダリーが居てくれるから。
01-1 Planifier
「企画」
01-2 Invoquer l'esprit
「精霊召喚」
02 Plaisir d'amour et Chagrin d'amour
「愛の喜びと悲しみ」
03 Devinette
「なぞなぞ」
04 Répétition
「リハーサル」
05-1 Canon en Ré
「Canon in D」
05-2 Chacun est différent
「みんな違う」「人それぞれ」
06-1 Cendrillon 1
「サンドリヨン前編」
06-2 Cendrillon 2
「サンドリヨン中編」
06-3 Cendrillon 3
「サンドリヨン後編」
07 Vérifier la réponse
「答え合わせ」




