03 Devinette
王国暦五九九年 ヴェルソ二十三日
「そんなに甘いものばっかり食べて、良く嫌いにならないな」
「えー?美味しいよぉ?食べてみたらぁ?」
ユリアが、スプーンに乗せたプリンをこっちに向ける。
「嫌だ」
食べたくない。
「ここのプリンは、毎日違う味なんだぁ。一番お勧めはぁ、和三盆プリン」
「和三盆?」
「砂糖の種類だよぉ」
同じようなのでも砂糖の種類が違うらしい。
「使う材料や作り方によって、全然味や舌触りが変わるんだぁ」
それは何となく覚えがあるな。
硬く仕上げるか、滑らかに仕上げるかで違うって。
「エルは全然食べないねぇ。本当に、お腹いっぱいになったぁ?」
「十分食べた」
っていうか、この小さい体のどこにそんなに入るんだよ。
デザートだけでも三品目だ。
「付き合いきれない。もう帰る」
「うん。じゃあ、また明日練習しようねぇ」
まだ、プリンは半分以上残ってるのに。
……仕方ない。
「食べ終わるまで待ってる」
一人で食事するのは、つまらないから。
「ふふふ。エルは優しいねぇ」
ユリアたちが、ランチの時間ずっと食堂に居続けられる理由がわかった気がする。
いつ行っても、ユリア、マリー、セリーヌの三人組は、だいたい同じ席でずっと食べてるか喋ってる。
もう二人でランチに来るのはやめよう。
「ユリア、エル」
「やっほぉ」
セリーヌだ。
「エルに、ちょっとお願いがあるの」
お願い?
セリーヌが、俺に?
「菓子なんて食べないからな」
「違うわよ」
この前、菓子を食えって追いかけ回したのは誰だよ。
「エルって、マリーと同じ身長でしょ?」
身体測定の時に誰かに言われたな。
同じだって。
「だから、サンドリヨンの衣装合わせに付き合って欲しいの」
「そんなのマリーに頼めば良いだろ」
「マリーが見つからないから頼んでるんじゃない」
見つからない?
「マリー、居ないのぉ?」
「ずっと、シャルロと稽古してるみたいなの」
そういえば、最近、シャルロとマリーを見かけてない。
どこで練習してるんだ?
「実際に着てみないと解らないこともあるのよ。お願い」
「エル、手伝ってあげたらぁ?」
仕方ない。
「ユリアが食べ終わったら」
「助かるわ」
「ちょっと待っててねぇ」
ユリアが残りのプリンを食べて、コーヒーを飲んで手を合わせる。
急がせるつもりはなかったのに。
「ごちそうさまでした。エル、付き合ってくれてありがとぉ。また明日、練習しようねぇ」
「あぁ」
「ユリアは来ないの?」
「もうちょっと、ピアノ弾いて来るぅ」
「そう。頑張ってね」
俺も、後で今日やったところを復習しておこう。
※
「胸に詰め物して」
「ちょっと細過ぎよ」
「これぐらい盛れば良い?」
「ウエストは?」
「サイズは……。後で直せば良っか。足元どう?」
「少し直す。エル、動かないでね」
「レースのバランス変えて」
「今から?リボンでごまかせない?」
「だめ。完璧に作らないと」
「ここの刺繍、ずれてるー」
「あっ。ボタン外れちゃったわ」
「もう一着作った方が早いんじゃない?ほら、同じベースの、もう一個用意してあるじゃん」
「これは失敗ね」
「エル。着替えて」
立ってるだけっていうのも結構しんどい。
もう一着の方に着替える。
「パーツの仮止めするわ」
「動いたら刺すわよ」
刺すなよ。
これ、いつまで続くんだ?
※
「エル、もう一回着替えて」
「また?」
「ほら、お願い」
「これで最後?」
「えぇ。まぁ」
まぁってなんだ。
さっき失敗したって言ってた方に着替える。
「さ、化粧しましょうか」
「化粧?なんで?」
「いいからいいから」
座らされて、化粧をされる。
「いてぇ」
何、これ?
「じっとしてて」
「痛いって言ってるだろ」
「もう痛くしないから」
当てにならない。
なんか、目の周りにやたらと塗られてる。
これが本当に化粧?
「エルは目が大きいわね」
「睫毛も長いし、良い感じ」
「こっちの色の方が良くない?」
「えー。ピンクのドレスなんだから、こっちでしょ?」
いつまでじっとしてれば良いんだ。
「あ、カミーユ。ちょうど良いところに来たわね。これ、合わせてくれない?」
「衣装か」
カミーユも捕まったのか。
「良い感じね。でも、これって背中を丸めると恰好つかないから、舞台上では姿勢良くしててね」
「わかったよ」
カミーユの着替えは楽そうだ。
「カミーユ、ちょっと待ってて!」
「なんだよ?」
「ほら、並んでみて」
カミーユの前に立たされる。
「何、やってるんだよ」
カミーユが俺を見て驚いてる。
「しょうがないだろ。マリーと同じ身長なんだから」
好きでマリーの衣装を着てるわけじゃない。
それに、化粧だって。
「やっぱりリボンもつけて良さそうじゃない?きっと邪魔にならないわよ」
「そうね」
カミーユが俺の顎を持ち上げて俺の顔を眺める。
「何だよ」
そんなにじろじろ見るな。
「女みたいだな」
ふざけんな。
じっとしてるのが、どれだけ大変だと思ってるんだよ!
思い切り殴りかかる。
「同じ手を二回も受けるかよ」
簡単に避けられて、逆に腕を掴まれた。
「ちょっと!暴れないでよ!」
誰のせいだと思ってるんだ。
「うるさいな。もう脱いで良いだろ?」
「もうちょっと着てて」
「いつになったら解放されるんだ」
「ケーキ奢ってあげるから我慢して」
「甘いものは嫌いだって言ってるだろ」
「そうだったっけ?」
「そうだよ」
なんで、すぐ忘れるんだ。
「ね、ティアラもつけよっか」
「リボンとどっちが良いかな」
「両方試してみようよ」
「あ、あの大きい帽子もかぶせてみない?」
「三角帽?劇では使わないと思うけどね。せっかくだからかぶせてみようか」
全然終わらない。
「お前、バイオリンの練習はどうしたんだよ」
「今日の練習は、もう終わった」
「どこまで弾けるようになったんだ?」
「愛の喜びも悲しみも一通り弾ける」
「え?もう出来るようになったのか?」
「アレクが弾いて教えてくれたから」
「俺も聞いてみたかったぜ、それ」
「頼めば良いだろ」
「頼めるわけないだろ」
カミーユはアレクに弱い。
そうだ。カミーユにも聞こう。
「カミーユ」
「ん?」
「手に入った瞬間、要らなくなるものってなんだと思う?」
「なんだそれ。なぞなぞか?」
「なぞなぞ?」
謎謎?
「言葉遊びかって聞いてるんだよ」
あぁ、そういう意味か。
頷いておく。
「夢」
「夢?」
「叶ったら、夢じゃないだろ?」
叶った瞬間、夢が現実になるから?
好きな人は、手に入ったらもう好きな人じゃなくなる?
「で?答えは何なんだ」
「答え?」
「なぞなぞの答えだよ」
なぞなぞには答えがあるものらしい。
「知らない」
「は?」
「可愛い!」
え?
「何これ、すごい舞台映えするじゃない」
「エリザ」
「可愛いわぁ。これなら十分、女の子に見えるわね」
「誰が女だ」
「ほら、あれないの?ジョゼに使ったスプレー」
冗談じゃない。
「もう良いだろ?」
っていうか、これ、どうやって脱ぐんだ。
「ちょっと、引っ張らないでよ」
「カミーユ、脱がして」
「は?」
自分じゃ脱げない。
「駄目よ。丁寧に扱わなきゃ衣装が破れちゃうわ」
「大人しくして」
なんで。
「じゃあ、俺は先に行くからな」
「えぇ。手伝ってくれてありがとう、カミーユ」
先に着替えを終えたカミーユが俺を置いていく。
逃げやがって。
「今、脱がしてあげるから待ってて」
いつまで大人しくしていれば良いんだ。
「エリザ、そっちは上手く行ったの?」
「もちろんよ。クラリスがばっちり、ショコラのサブレを仕上げてたわ。っていうか、何をどうしたら、あんな砂糖の塊が出来るのよ。ちゃんとレシピ見た?」
砂糖の塊。
「レシピ通りにやったのよ」
なんで、同じことを言ったのにエリザはセリーヌに殴られないんだ。
ようやく着替え終わった。
置いてあったバイオリンを取る。
「もう帰る」
「え?待ってよ。その顔で帰る気?」
「もう俺に構うな」
もう何もされたくない。
※
バイオリンを持って、カミーユの後を追いかける。
居た。
誰かと話してる。
見たことない奴だ。
「カミーユ、エル!」
後ろから聞こえるのはジョゼの声。
……嫌な予感がする。
走ってカミーユの方に行って、カミーユの背に隠れる。
「エル?」
「なんで逃げるのよ!」
「お前、また追いかけられてるのか?」
何もしてないのに。
「今日こそ食べてもらうわよ」
「お。良い匂いだな」
ショコラの菓子の匂いだ。
「クラリスが焼いてくれたのよ。えっと……」
ジョゼが、カミーユと居た相手を見上げる。
「ロラン先輩だ」
「こんにちは」
ロラン。
去年、剣舞を披露した公爵の三男?
「ロラン先輩、はじめまして。カミーユのクラスメイトのジョゼットです」
「はじめまして」
「剣舞の相談に乗って貰ってたんだ」
「そうだったの」
一つ上の先輩で間違いないらしい。
「それは、新入生に配るお菓子かい」
「はい。自信作ですよ。お召し上がりになりますか?」
「待て待て、まずは俺が味見をする」
「えー?なんでよ」
カミーユがサブレを食べる。
「おぉ。美味い」
「当然でしょ。クラリスはお菓子作りが上手なんだから」
この前はクラリスが居なかったから失敗したのか。
「ロラン先輩、どうぞ」
「じゃあ、頂こうかな」
先輩がサブレを食べる。
「美味しい。上手だね」
成功らしい。
「エルも食べてよ。今度は成功よ」
「エルは甘いものは食わないって言ってるだろ」
「エルって……」
ロランと目が合うと、驚いたような顔をされた。
あ……。
逃げないと。
廊下を走る。
「エル!」
……忘れてた。
そういう反応をされるってこと。
そういう反応が自然だってこと。
※
結局、部屋まで戻って来てしまった。
そういえば、化粧をされっぱなしだ。
顔を洗う。
……あれ?
鏡を見る。
化粧が取れてない。
なんで?
どうしよう。
こういう時は……。
※
「あら。……どうしたの?」
「化粧が、洗えなくて」
先生が笑う。
「そんな相談で医務室に来たのは、あなたが初めてよ。いらっしゃい。化粧落としを貸してあげる」
化粧を綺麗に取る為には、専用のものが必要らしい。
先生に手伝って貰って、化粧を落として、顔を綺麗に洗う。
ようやく、すっきりした。
借りたタオルで顔を拭く。
「どうして、こんなことになったか聞いても良い?」
「劇の衣装合わせの代理をしたら、化粧もするって言われたんだ」
「女の子用の衣装合わせだったの?」
「そう」
「それは災難だったわね。でも、嫌なことは嫌って言って良いのよ」
嫌って言うか……。
「化粧が、こんなに面倒なものだなんて知らなかったから」
先生が笑う。
「そうね。知りたいなら、化粧について教えてあげましょうか」
「化粧の勉強?」
「そうよ」
「俺が使うことなんてある?」
「学んで損になることなんて一つもないわ」
本当に?
「俺は貴族じゃないから、貴族の教養は必要ない」
「そうかしら。あなたが卒業後に所属する研究所は貴族が多いのよ。教養は必須ね」
養成所の卒業生は、基本的に錬金術研究所か魔法研究所に所属することになってる。でも、養成所みたいな雰囲気の場所なら、教養なんて必要なさそうだ。
「もしくは、アレクシス様の元で働こうと思うなら、尚更よ」
「アレクと?」
王族と一緒に働く?
「まだ、働くというイメージは湧かないかしら。将来、好きな道を選べるよう色んなことを学ぶと良いわ」
先のことは、まだ決まってない。
でも、出来ることが増えれば増えるほど、色んなことに挑戦できるのは知ってる。
「わかった」
先生を見る。
「化粧を教えて」
「えぇ。良いわよ」




