04 Répétition
王国暦五九九年 ヴェルソ三十日
今日は午後から講堂を借りた全体練習の日。
存在感のあるマリーは、広い舞台に一人で立っているとは思えないほど輝いていて、すごく綺麗だ。
でも。
「あぁ、もう、また間違えたわ」
マリーが首を振って肩を落とす。
「あれ、何回目だ」
「全然進まないな」
マリーは、第一幕の独白シーンをずっとやっている。
何も間違えてないのに、何故か違うとか間違えたと言って同じシーンを繰り返しているから、全然進まない。
暇だな。
楽譜を眺めて、バイオリンを演奏するイメージをしながら頭の中で音楽を奏でる。
良い曲。
愛の悲しみの方が好きかな。
何となく、こっちの方が喜びも悲しみも詰まっているような気がする。
※
「次、ラストの歌をやるぞ」
あれ?
「え?順番に通し稽古じゃなかったの?」
「そこで遊んでる連中も入れ」
シャルロが最後の合唱のメンバーを呼ぶ。
俺もバイオリンをやらなければ歌う予定だ。
「エル、入れよ」
気分じゃない。
「聞いてる」
ユリアの伴奏が始まった。
そして、シャルロの指揮で合唱が始まる。
……合唱?
前に皆が練習してたのと全然違う。
男声はちっとも上手くないし、ばらばら。
女声も全然、綺麗に響いてない。
一つだけ飛びぬけて綺麗な声がマリーだ。
これなら、マリーが一人で歌った方が良い。
「ちょっと待ってよ。滅茶苦茶だわ。練習してなかったの?」
「してただろ?音程外した覚えはないぞ」
「そういう問題じゃない。女子の方が少ないのよ。もう少し考えて歌って」
「バランスが悪いって言ってるの」
「はぁ?歌うなってことかよ」
なんで喧嘩してるんだ?
上手く行かなかったから?
「落ち着けよ、みんな」
「落ち着いてるわ」
カミーユの言葉に、ジョゼが応える。
落ち着いてるようには見えないけど。
「だから……。男子は人数が多い分、少し抑え気味で歌って。で、女子はその分、声を張り上げて頑張ってくれれば良いと」
「抑えろって、どうしろって言うんだよ」
「十分、気を付けてるよ」
「これ以上、声を出せって言うの?」
皆、機嫌が悪いな。
「おい、エル!そっちにはどう響いてた?」
響くも何も。
「男子はそろってない。下手。女子はマリーの声しか綺麗じゃない」
ちゃんと聞いた通りのことを言ったのに、何故か女子から睨まれる。
シャルロもカミーユも頭を抱えてる。
男子連中は、もう合唱に飽きてるみたいだ。
「はぁい!注目ー!」
ピアノの場所からユリアが声を上げる。
「発声練習やろうよぉ」
「お。良いな。頼むぜ」
「行くよぉ」
発声練習なんてやったら、余計に男声が目立つんじゃないのか?
っていうか。
なんで前より下手になるんだよ。意味が分からない。
※
「……以上、今度の練習の時までにやっておくこと。マリーとカミーユは残れ。他は解散」
舞台の大道具の位置と、場面ごとの役者の立ち位置の確認だけ終えて、みんなが帰って行った。
歌の練習はばらばらなままだし、剣舞だってやってないのに。
講堂に残ってるのは、シャルロ、カミーユ、マリー、それから、ユリアだけ。
もう夕方だ。
講堂を借りられるのって、いつまでだっけ。
「第二幕。出会いのシーン」
マリーが舞台中央に立ち、カミーユが左手から登場。
「あぁ、なんて清々しい日だ。森の空気も気持ち良い。遠出した甲斐があったというものだ」
役者って、別の人間になりきるんじゃなかったっけ?
あれは口調を変えただけのカミーユだ。
マリーがカミーユに気付いて口を開く。
「あれは誰?この森に人が来るなんて。……話しかけてみる?いいえ。人間と関わってはいけない。あぁ、でも、あのお方。なんて美しい人」
すごい。
まるで歌うように言葉が出てて気持ち良い。
あれは、別人。
サンドリヨン。
「おや。あんなところに人が……?おかしいな。この森の、こんな最奥に人が居るなんて」
カミーユがマリーの居る中央に移動し、気付いたマリーが振り返って、二人がお互いの顔を見続ける。
「なんか、全然だめだねぇ」
駄目?
何が?
「ここは二人が恋に落ちるシーンだよぉ?」
恋に落ちる……。
好きになるって意味だっけ?
「なんかこう……。ばばーんと。こんな感じ?」
突然、華やかなピアノの音が鳴り響く。
なんて明るくて楽しい曲なんだ。
これが恋に落ちる音。
誰かを好きになる音。
音が花開いてる。
曲が盛り上がって来たところで、ユリアが演奏をやめてしまった。
「ペトリューシカか。上手く演技に合わせて使っても良いな。……続けろ」
ペトリューシカ。
すごく良い曲だ。
今度、弾いてもらおう。
舞台上のカミーユとマリーが演技を続ける。
「なんて美しい人なんだ」
「なんて素敵な方でしょう」
二人が距離を縮める。
「どうか、御名前をお聞かせください」
二人が手を取り合う。
「私の名前は、サンドリヨン。あなたの御名前を伺ってもよろしいかしら」
「私はこの国の王子です。この国の方ならば、私の顔にも見覚えがあるのではないでしょうか」
「王子様……?」
マリーがカミーユの手を離し、後ずさって俯く。
表情が二転三転する。
普通じゃ有り得ない仕草だけど、きっと劇では必要なんだろう。
「そんな高貴な方とは露知らず。どうかご無礼をお許しください」
「いいえ。身分などどうでも良いのです。私はあなたの虜になってしまった。どうかその顔を見せて下さい」
カミーユが近付くと、マリーがゆっくり顔を上げる。
綺麗。
「あぁ、これぞまさしく運命の出会い。私はあなたに会う為に生まれて来たのでしょう。私の心は今、愛の炎に燃えている」
「あぁ、まさしく私も同じ想いです。燃え盛る炎よりも煌々と熱い愛。これが、愛の炎。私は今、あなたの炎を感じている」
歌うように声高に話した後、マリーが俯く。
「けれど、この感情に私が支配されても良いものなのか……」
「愛しい人、どうか迷わないで。この気持ちを証明する手段は用意しています」
カミーユが跪いて、マリーに何か渡すような仕草をする。
「愛しています、サンドリヨン。どうか、私の愛の証を受け取ってください」
「私が受け取ってもよろしいのでしょうか」
「はい。愛しい人に贈り物をするのは我が国の慣習なのです。受け取ってくれますか?」
マリーがカミーユの手に乗ってるものを、大事そうに両手で受け取る。
「はい。喜んで」
可愛い。
普段も、ああいう顔すれば良いのに。
マリーは怒ってばかりだけど、笑うとあんなに可愛いんだから。
「このブローチには、もう一つの意味があるのです」
渡したのはブローチなのか。
「なんでしょう」
「これは、自分の妻となる方に贈るものなのです」
「嬉しい。では、代わりに私は……」
そこで、手を叩く音が二回鳴る。
シャルロだ。
「カミーユ、マリー。間違えてるぞ」
間違えてる?
「はい。喜んで。……の後に、サンドリヨンの告白シーンがあるだろ。まだサンドリヨンの気持ちを聞いてない。ブローチを婚約の証にして、サンドリヨンから靴をもらうのは二幕のラストだ」
「あー」
また、劇が中断した。
本番まで、通しで見られることはなさそうだ。
「もう一度、始めから」
そうだ。聞いておかないと。
「シャルロ」
「なんだ」
シャルロが俺の方を向く。
「二幕をペトリューシュカ?にするなら、俺のバイオリンは要らないよな」
「練習はしておけ」
さっきのユリアの曲の方が良いと思うけど。
「カミーユが下手だから悪いのよ」
「俺のせいだって言うのかよ」
「もう少しセリフに気持ちを込められないの?全然、愛されてるって感じないわ」
「なんで演技にそんなに感情込めなきゃいけないんだよ。だいたいマリーだってそうだろ?」
そうかな。マリーの演技はすごかったと思う。
「私はちゃんとやってるわ。……カミーユを好きな人だと思って」
「どう考えても、そう思ってないだろ、今の発言」
「お前たち」
「何よ」
「何だよ」
カミーユとマリーがシャルロを見る。
「あまり仲が悪いようだったらキスシーン入れるからな」
「はぁ?」
「嫌よ!」
「なんで嫌なんだ?」
二人が驚いた顔で俺を見る。
「シャルロが言ってるのは、口を合わせるキスのことだからな。そんなの恋人にしかしない」
「サンドリヨンと王子は恋人じゃないか」
「何言ってるのよ!エルって、どうして、そう変なこと言うの?いくら演技だからって、私にだってキスの相手を選ぶ権利ぐらいあるわ!」
「俺だってそうだよ」
そこまで別人にはなりきれないらしい。
「二人とも、落ちついたらぁ?」
「最初からやり直しだ」
次は、最後まで見られるかな。
マリーの演技はすごく楽しい。
きっと、すごく勉強して練習してるんだろう。




