58話 その後2
ジュディ王国 王城 執務室
机を強く叩く音が響いた。
「なぜっ、私が野獣ごときに感謝の意を述べなければならんのだっ! どうなっているっ!」
「王よ、落ち着いてください」
執政官になだめられると、王は鼻息荒く座った。歯ぎしりをする王に、執政官が言う。
「あのカイザーと言う冒険者は、ミスチェル王国では有名なようで、小国と言えど・・・」
「野獣の話は後回しだっ! それより、ベヒーモスはどうしたのだっ! どこへ行ったっ!?」
「・・・・・・不明でございます。サリア様が周辺で、『魔女の箱庭』を使ったとの報告が上がっておりますので、討伐されたのかもしれません」
「封印から目覚めたばかりとは言え、ベヒーモスはS級冒険者にさえもやられんはずだっ!」
「確かに。それに、ベヒーモスの死体は見つかっておりませんので、ティーラル大森林の方へ向かってしまった可能性も十分考えられます・・・・・・」
「王城の地下で封印していた、虎の子のベヒーモスに、いざという時のために先祖から受け継がれていた、巨大な火の魔石、更には、秘宝とされていたドラゴンの骨まで使ったと言うのに・・・・・・、失敗しおってっ! あの死霊魔術師めぇ!」
「宮廷魔導士扱い、ヌーノは行方を眩ませました。追手を放っております」
「ひっ捕らえて、俺の前に連れてこい! 死刑はその後だ!」
ジュディ王は、両の拳を振りかぶると、同時に机に打ち付けた。
「何故だ・・・・・・。どうしてこうなった・・・・・・。邪魔な魔法学院を潰すために、ベヒーモスを放って英雄サリアと院生達を北に引き付け、無防備になった魔法学院を、ドラゴンゾンビのポイズンブレスと、火の魔石で、人と物を破壊し尽くす。どこでこの計画が狂ったんだ・・・・・・?」
「我が国を訪れていた、アスカ国勇者達を、罠に嵌める計画までは成功していました」
「タイミング悪く、アスカの勇者とジュディ王国の使者が来たので、手を組む前に、罠で戦力を削いだ。しかしまさか、ジュディからの使者だけで、ドラゴンゾンビを倒すとは・・・・・・。あのカイザーと言う男・・・・・・」
「最近、Aランクに上がったばかりの冒険者と言う事で、その・・・・・・大した事が無いと考えていました。もしかすると、あっと言う間に駆け上がる、英雄候補かもしれません」
「あんな不遜で下品な男が、英雄だと? あり得んっ! ドラゴンゾンビの核に使った素材の品質が悪かったんじゃないのか? ヌーノめ、王家が用意したA級魔獣の素材を断りよって!」
「いえ、ヌーノがドラゴンゾンビの核に使った素材は、最近 闇の取引を賑わせている、レッドインセクギリー、S級魔獣の外殻でした。どこから仕入れたのやら・・・・・・」
「くっ・・・・・・、なら、あのカイザーと言う野獣の力を、認めなければならんと言う事かっ!」
「しかし王、そのカイザーが先に持参した親書をお忘れですか? あの野獣は、これから味方となる男です」
「そう・・・・・・だったな。ついに、レイモンド国が動くか。さらに、ミスチェルとスピツの二小国を率いて動いてくれるなら、こちらの戦力は十分だ。魔法学院の件は、一旦後回しで良いか・・・・・・」
「そうです。最大の敵は、アスカ国です。ヌーノの存在から、我らの思惑がサリア様に悟られたかもしれませんので、一旦、今回の件を忘れてください。王よ、どうか冷静に」
「アスカ国を滅ぼした後、王軍の強化を図る。ふっ・・・・・・、アスカ王、そしてサリアよ、それまでの間、ゆっくりと眠らせてやろう。わーっはっはっは!」
ジュディ王は上機嫌となり、執務室を出て行った。廊下を歩き、自室へと戻る。
ガチャ
「・・・・・・・・・・・・ん?」
王城最上階の一室、王の部屋には、強い風が吹き込んでいた。王の髪がバサバサと揺れる。
「や・・・・・・やね・・・・・・屋根が・・・・・・?」
ベッドとテーブルが置いてあり、その上の屋根が、綺麗に取り払われている。ちょっとした、オープンカフェのようになっていた。
「な・・・・・・な・・・・・・なんだこれはぁぁぁ! 誰がやったんだっ!」
屋根が無い部屋から、王の怒声が響いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
森の中を走る、小さな影があった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・、どうして失敗したの・・・・・・?」
その影は、大木のそばまで来ると、木の幹に背を付けて大きく息を吐く。
「いくら学院長でも、ベヒーモスとドラゴンゾンビを、連戦で相手に出来るはずが無い。魔力が尽きるはずよ。一体誰が協力したの・・・・・・? 学生? 院生? いえ、戦力は上手く分断出来ていたはず。魔法学院に残っていた二年生と三年生にしても、絶対にドラゴンゾンビは倒せないのに」
ベヒーモスを相手にする場合、学院長と一年生50人、院生40人、であれば、戦力は十分なのだが、院生と学生は北側に広範囲で散っていたので、ベヒーモスをすぐには倒せないはずだった。
そして、ドラゴンゾンビを相手にする場合、二年生50人と三年生50人ならこちらも戦力的には十分だが、指揮を取る経験十分な者がいないため、最初のドラゴンブレスで生徒達の過半数を失ってしまい敗北する計算だった。
結局、ドラゴンゾンビは倒されてしまったのだが、この女は遠方で死霊魔術を使っていたため、何があったのかは分からないままだった。大計画が失敗に終わったため、王城へ戻れば死罪が待っている。
「信じられない・・・・・・。学生全員が、一人も犠牲者を出す事無く、生き残ったなんて・・・・・・」
魔術師のような黒い姿の女は、唇を噛んで俯く。脳裏には、学生たち相手に自分が授業をしていた景色を思い出した。
「良かったのよ。・・・・・・そう、良かった」
魔術師の女は、再び走り出した。
「あんな小さな村じゃ、分からなかったの。この世界では、上に上がろうとすればするほど、人を殺さなければならないなんて。宮廷魔術師なんて、目指すべきじゃ無かった・・・・・・」
女は、涙を流しながら、走った。
「欲張ったの。魔法学院の教師を選ぶべきだった・・・・・・」
女は、袖で涙を拭った。
「いえ、違う。ナンの村から、出るべきじゃなかった」
ガッ
「あっ・・・・・・」
枝に足を引っかけ、女は激しく転倒した。
「あなたの好意を利用して、人殺しをしようとした罰ね。ガワ、ごめんなさい・・・・・・」
立ち上がった女は、東へ東へと走った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おい委員長、どうしたんだ?」
「・・・・・・えっ?」
和田義春から声を掛けられた前原香織は、驚いたように顔を上げ、きょろきょろと馬車の中を見回す。向かいに座っている和田と、本条がじっと前原を見ていた。
「あ、ごめん。何か私 変だった?」
「いやよ、馬車に乗ってから、いくら何でも喋らなすぎだからよ」
和田がそう言うと、前原の隣に座っている加藤と川上が、じとっと和田を見る。
「和田が委員長を狙ってて、草ぁ!」
「お前が委員長に相手にされるかぁ。この巨チチは、私らのもんだよワラぁ!」
そう言って川上が前原の右胸を一掴みするが、それを前原は慌てて払った。
「ちょっ、ちょっとぉ!」
「ご利益、ご利益っと!」
そう言って川上は、前原の胸を掴んだ掌を、自分の胸と、隣の加藤の胸に、ぽんぽんと当てた。
向かいの席に座っている和田は、顔を赤くして立ち上がる。
「なっ・・・何 言ってんだ! 俺は、傷を治してもらったから、ちょっと・・・こう・・・気を使っただけだ!」
すると、向かいの加藤と川上は、二人揃って肩をすくめる。
「あらあら、狂戦士化しちゃって、草ぁ」
「私達が近い時、狂戦士化すんなっていつも言ってんだろ? 私達も被害を受けそうだからさぁ、ワラぁ!」
「どっ・・・どこが狂戦士化してんだよっ!」
和田が加藤と川上に一歩近づくと、加藤が口角を上げて、和田の下半身を指差す。
「きゃぁ! 狂戦士状態の狂戦士がいるわぁ! 誰か助けてぇ!」
これには、和田がこめかみに血管を浮かびあがらせながら言う。
「てめぇらっ! いっつも下品なんだよっ! 表に出ろっ! ぶった切ってやるからよっ!」
「きゃぁ! 時代劇! 江戸よっ! 急にどうして? 草ぁ!」
「あれじゃね、暴れん坊将軍と掛けてんじゃね? ワラぁ」
「てっ・・・てめぇらぁぁぁ!」
ぎゃあぎゃあと煩い馬車の中で、本条が向かいに座る前原に尋ねる。
「前原さん、本当にどうしたんだい? 忘れ物を取りに行った時、王都で何かあったのかい?」
本条は、馬車で王都から逃げ出そうとした時、前原が馬車に皆を待たせて、一旦王都へ戻った事を思い出す。和田もその時には、容態は安定していた。
「あ、ううん。本当に、なんでも無いの」
「ジュディ王国の人には申し訳無いけど、ドラゴンゾンビを放置した事を、あまり気にしない方が良いよ。この世界じゃ、他国の人を助けないのはよくある事だしね。それに、僕も助けたかったけど、僕達の今の力じゃ、全滅は間違いなかったし・・・・・・」
本条は、他のクラスメート達より情は多い方だ。そんな本条でさえも、この世界では、小を犠牲にして大を取る選択に頻繁に出会う事を、諦めと共に理解してきた。
「ううん。ドラゴンゾンビは・・・・・・もう大丈夫だとおもうよ」
前原がにっこりと笑うと、本条も、溜息の後、苦笑いをする。
「あそこは魔法学院があるからね。王城側の騎士団も合わせて、確かに今頃は討伐出来ているかもしれない。・・・・・・市民や兵士に、多大な犠牲を払ってね」
すると、前原は馬車の中で見上げるようにして、本条に言う。
「意外に、犠牲者は出て無かったりして?」
「それは・・・・・・無いよ。ドラゴンゾンビは、確かポイズンブレスと言う、広範囲に影響を及ぼす技があるはずだ。防げるのは、高位の聖職者、例えば、聖女である君とかくらい・・・・・・」
そこまで言うと、本条は一度首を傾げた後、前原に聞く。
「もしかして、王都へ戻って人々を毒から守りに? ・・・・・・いや、君と言えども、毒無効可範囲は、数メートルだから無理か」
すると、前原は、上げていた瞳を下ろして本条に言う。
「正義の味方が、すぐに倒しちゃったから」
「正義の味方? ・・・・・・ははは。・・・・・・クラスメート(ぼくたち)以外に、そんな人がいるのかい?」
「・・・・・・ううん。クラスメート(わたしたち)の中に、いたりして?」
真っすぐな目で言われた本条は、体を仰け反らせて、馬車の幌に背を付けた。
「前原さんは・・・・・・たまに難しい問題を出すよね。ジュディ王国に来ているのは、ここにいる五人しかいないはずだし・・・・・・。とんちかい?」
「・・・・・・いいえ。ミステリーかな?」
「ミステリー?」
「知らない? 最初に殺された犠牲者が、実は犯人なの」
「へぇ・・・・・・。日本に戻れたら、是非そのミステリー本を貸してもらいたいね」
「良いよ。でも、その時には・・・・・・謎が解けてるかもしれないけどね」
「君は本当に、時々分からなくなるよ・・・・・・」
「ふふっ・・・・・・。今日みたいな時だけね・・・・・・」
前原と、本条は笑った。
追放オタはチートでも慎ましく ジュディ王国編 完
次章 レイモンド王国編 お楽しみに!




