56話 田渕敗北
「田渕君っ!」
大家のドローンは高度を下げ、うつ伏せに倒れている田渕の側に着陸した。
「まさか、ワタシの次に逃げ足の速い田渕君が、逃げられなかったのかお・・・・・・?」
大家はしゃがみ、田渕の肩を揺するってみると、田渕は少し目を開いた。
「生きていたのかおっ田渕君!」
「お・・・・・・大家さん・・・・・・、逃げるんだ・・・・・・、あのドラゴンは・・・・・・」
その時、風向きが変わった。
「田渕君を置いて逃げる訳には・・・・・・ん? なんだか・・・・・・?」
大家のたいして大きく無い目が、美少女の如く開かれた。同時に、大家は口元を両手で覆う。
「こっ・・・・・・これはっ・・・・・・うごごっ・・・・・・」
大家の瞳が、側に倒れている田渕へ向く。
「た・・・・・・田渕君、これを食らって・・・・・・」
「そ・・・・・・そうなんだ大家さん・・・・・・:
大家は、しゃがんだまま体を仰け反らせ、悲鳴のような大声を上げる。
「くぅっっっせぇぇぇぇぇぇ」
そのまま背骨を反らし、大家は地面で後頭部を打った。
「いってぇくっせぇ! マジかおっ! この臭さぁぁぁ!」
後頭部を手で押さえ、すぐにまた鼻を押さえ、結局、右手で後頭部、左手で鼻を押さえ、そんな見た事が無い姿で、大家は地面を転がった。
「お・・・・・・大家さん・・・・・・あのドラゴン・・・・・・めっちゃ臭いんだ・・・・・・」
「はっ・・・はっ・・・鼻がもげるおぉぉぉ!」
大家は涙目で立ち上がると、最後の力を振りしぼり、ドローンを出して掴まり、フックを田渕に服に引っかけると、上空に飛び上がる。
「おえぇぇぇ! 嗅いだこと無いけど、生肉を半年放置していたような臭いだったお!」
「悪臭で眩暈がする事ってあるんだね・・・・・・おぇぇぇ!」
五十メートル程に距離をとった田渕と大家は、二階建ての建物の上に着陸していた。
ちなみに、冷蔵庫がなく衛生管理が悪い異世界人は、腐った肉は当たり前の事だし、討伐された後に放置された魔獣の死体も良くあることから、このような臭いに耐性があるようだった。
「あそこで倒れている冒険者が、せっかくあと少しまで追い込んでくれたのに・・・・・・」
田渕が見ている方向を大家が見ると、体格の違う二人組の冒険者が、うつ伏せで倒れていた。ドラゴンゾンビはと言うと、ようやくその場所から、また西へ、田渕達の方角へ、ゆっくりと歩きだした。
「確かにボロボロで、あのドラゴンは半分死んでいるような状態だお」
「でも、ダメなんだ。殴る前に、鼻がもげちゃうんだ・・・・・・」
「うむむむ・・・・・・。はっ! そうだおっ!」
大家は何か思いついたようで、慌ててタブレットをスワイプする。
「あったお! 『OVAガイグダン スターを出してめっさ追いかけて死ぬ』 の第三話で、シンママ・ガラハムが使ったガスマスクだおっ!」
「大家さんっ! ナイスっ!」
大家が出した、ゴーグル一体型防毒マスクを田渕は慌てて被った。顔の全面を覆ったマスク内で、田渕は何度か深呼吸をしていると、ようやく落ち着いてきた。
「臭いはここまで届いていないはずだけど、精神的に楽になれたよ。ありがとう大家さん、いや、アニー」
二人は、マスクなどで顔を隠した時は、偽名で呼び合う事をルールにしている。大家は『アニー』で、田渕は『ドール』だ。『アニオタ』と、『ドルオタ(アイドルオタ)』から来ている。
「ドール、あれをみるお」
同じくガスマスクを被った大家が、ドラゴンゾンビとは反対方向、田渕達のいる場所から東に百メートルの場所を指差した。田渕は、そこに建っているお洒落なお店に気が付く。日本のケーキ屋さんを思い出す店構えだ。
「・・・・・・あれはまさか・・・・・・学院長のスイーツ店じゃない?」
「恐らくそうだお。このままドラゴンが進んだなら、あのお店が破壊されるお。されなくても、あの異臭で、スイーツは全部ダメになるお」
「そんなっ! 僕達が貰えるエクレアが・・・・・・」
「そうだお。学院長は、個人経営している自分の店舗から、エクレアを三十個 ワタシ達にくれるって言ったお。あの店の中のエクレア三十個は、すでにワタシ達のモノだお」
「これ以上 お店に近づけさせれないね」
すぐにでもドラゴンゾンビへ向かおうとした田渕だったが、その場で自分の体に視線を向けて言う。
「なんか変な汁が体に付いたらどうしよう。僕、臭いが取れるまで、ずっとガスマスク生活になるかもしれない・・・・・・」
「安心するお。ワタシもエクレアを食べてる時、隣の田渕君が臭かったらたまらんお」
そう言った大家は、ビニールに似た素材で出来た、防護服を出した。『OVAガイグダン スターを出してめっさ追いかけて死ぬ』にて、シンママ・ガラハムが毒をコロニーに散布する際に身に付けていたガスマスクとセットになった物だ。
「やったぁ! これなら何を掛けられても大丈夫だ!」
田渕はさっと防護服を着こんだ。
背中のチャックを絞めてあげながら、大家は言う。
「気を付けるんだお。この防護服は、戦闘を想定していないお」
「少しでも破れたら、防護服の中が僕のリバースで地獄絵図になるね。攻撃は全て避けないとだね」
同じようにして大家も防護服を身に付けた。
田渕は地上から、大家は空中から、ドラゴンゾンビへと向かう。
バシュンッ ドォーン
挨拶がてら、大家が空からロケットランチャーをぶっ放した。
ドラゴンゾンビの胸で爆発するが、その爆発の煙は、紫の瘴気が食うように覆って消えた。もちろんドラゴンゾンビは無傷で、紫の瘴気のせいで衝撃は届かなかったようだった。
「鼻もげドラゴンめぇ・・・・・・。あと一発だと言うのに、さすがドラゴンだお」
「任せてよアニー」
地上を、超スピードで田渕が走って接近する。だが、デリケートな防護服を破いてはいけないので、いつもより遅い。
ブンッ
「わっ!」
ドラゴンゾンビの振り下ろした爪が、地面に突き刺さった。田渕は爪から三メートルの余裕を持って避ける。万が一でも防護服が傷ついてはならないため、紙一重で避けるような攻めた攻撃が出来ない。
「こうなったら ♪好きな男子の行動を、まねまね・・・・・・、あっ! ダメだ」
田渕の手は光り始めたが、その手をぶんぶんと振って光を払った。
田渕はアリアからパクった『神拳 竜炎剣』を使い、両腕に顕現させた巨大な光の剣にて射程がある攻撃を行おうとしたが、それをすると掌付近の防護服が吹き飛んでしまって、鼻がもげる。
「攻撃が出来ない。これがドラゴンの力・・・・・」
ちなみに、ドラゴンゾンビは数多くのゲームに登場するが、臭さを売りにはしていない。
「あっ! なら、これだっ!」
田渕は、両手を胸の前で合わせた。
「♪恋のぉ・・・・・・波動砲♪」
両手を押し出すように開くと、田渕の両の掌から青白く光るエネルギーが放出された。これは、手の平から数センチ離れた所にエネルギーを集めて放出するので、防護服は破れない。
ズ・・・・・・・・・・・・ドンッ
紫の瘴気に突き刺さった波動砲は、ドラゴンゾンビの体に達し、そのまま貫通した。どうやら、ドラゴンゾンビに効果のある攻撃のようだった・・・・・・が・・・・・・
バカンッ
離れた場所で、何かが崩れたような音がした。
田渕が通りを少しずれてドラゴンゾンビの背後を見ると、遠くに見える王城の、最上階の一室の屋根が粉々に砕けたように見えた。
「・・・・・・大変な事をしてしまったような。街中じゃ、撃つ角度を考えないと」
「ドール! 鼻もげドラゴンの口を見るお!」
大家の声で田渕が顔を上げると、ドラゴンゾンビは口に何かを入れているようだった。肉が削げ穴が開いた頬から、赤い何かが見える。
「・・・・・・タン? どうしてタンだけあんな新鮮なんだ?」
「すぐ食べ物につなげるんじゃないおっ! あれは石のように見えるおっ!」
ドローンの高度を下げ、ドラゴンゾンビの頭部を横から見る大家には、赤い魔石がはっきりと見えた。
「もしかしたら、鼻もげドラゴンの動力源かもしれないお!」
ガァンッ ガァンッ
大家が、拳銃を撃った。放たれた弾丸は、紫の瘴気の間をすり抜け、ドラゴンゾンビの口の中へと迫るが、ドラゴンゾンビが頭を下げた事で、頬に跳ね返された。
腐っているとは言え、元はドラゴンなのでまだかなりの防御力が残っているようだった。
だが、大家の銃撃は牽制で、その隙に、田渕がドラゴンゾンビの懐に入り込んでいた。
「♪波動砲♪」
ドラゴンゾンビの顎の下から入った青白い光は、口の中の魔石を貫通して、ドラゴンゾンビの頭頂部から抜けた。その瞬間、魔石が光を放った。
ドワッ ボォォォォォォン
ドラゴンゾンビの頭部が、大きな、大きな炎に包まれた。その大きさは、付近の建物よりも遥かに大きく、王城や、魔法学院程のサイズだった。
「♪チャラ男からの口撃をぉ……完全防御ぅ♪」
いつの間にか飛び上がっていた田渕は、大家をキャッチしていた。
二人は、結晶体のような物に包まれ、熱の影響を受ける事無く、二階建ての建物の屋根に着地する。大家が乗っていたドローンは、プロペラが溶解し、そのまま墜落した。
付近の建物は、特に燃え上がるような被害は受けてないようだった。どうやら、ドラゴンゾンビの紫の瘴気が、下方向への熱を遮って更に跳ね返したようで、全て上空へとエネルギーが放出されたようだった。
「危なかったね。エネルギー源だから爆発しそうだったけど、予想以上だったね」
「これで、さすがに鼻もげドラゴンも死んだお」
燃えていた頭部だったが、余りの火力ですぐに燃え尽きたのか、炎が収まった。
「ぎゃぁぁぁ! 骸骨ぅぅぅ!」
「お・・・おばっ・・・おばっ・・・けっけっけぇぇぇ!」
頭部は完全に燃えて、頭蓋骨だけになっていた。だが、その状態で、腐っている首から下が、動き出した。完全に、ホラー映画の領分だ。くどいようだが、田渕と大家は、幽霊やお化けに非常に弱い。
「今死んで、こんなに早くお化けになるものなのアニー!」
「・・・・・・いや、あれを見るおドール」
紫の瘴気が、骨だけになった頭部に纏わりつく。すると、表皮が再生を始めた。
「もしかすると、さっきの口の中の赤い石はエネルギー源じゃなかったのかお?」
「じゃあ何? 飴ちゃん?」
「飴ちゃんは爆発しないと思うが、相手はドラゴン、あの、パチパチする飴みたいな感じのドラゴン飴だったのかもしれないお」
「異世界にもあるんだね、あの飴」
ドラゴンの頭部は、まだ七割方頭蓋骨が露出しているが、足を動かし、通りを前進し始めた。
「さっきの炎の件からして、あの紫の煙は、魔法に対して強い防御力が備わっているお。ここは、やっぱりドールに頑張ってもらうしかないお」
「そう言われても、いかんせんリーチの違い・・・」
「ドール、あれを見るお」
田渕の言葉を遮り、大家がある場所を指差す。そこには、大柄の冒険者の側に落ちている、二メートル程の大剣がある。
「あれをパクるお」
「なるほどっ! 後でそっと返しておくね!」
田渕は屋根から飛び降り、ドラゴンゾンビの横を抜け、カイザーの大剣を拾い上げる。重量が五十キロはあると思われる大剣を、田渕はおもちゃの剣のように持ち上げ、構えた。
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