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55話 嫌な予感


ガキンッ


 カイザーは、万歳のような姿で体を仰け反らしながら、後ろへ吹き飛ばされた。だが、地面で足を滑らせながら、転ばずに体勢を立て直す。


「肉が殆ど無ぇってのに、なんつー力だ!」


 カイザーは、ドラゴンゾンビに向かって不敵に笑うが、傷だらけの頬を冷や汗が流れる。


「あれっす! 瘴気のような物が、筋肉の代わりをしてるっすよ兄貴っ!」


 ドラゴンゾンビの体は、紫がかった霧のような物体で覆われていた。どうやらこれが、ドラゴンを操る死霊術の魔力のようであった。


 カイザー達は、じりじりと通りを後ろに下がる。それが見えているのか、見えて無いのか、ドラゴンゾンビはカイザー達が射程から外れると、まるで戦っていた事を忘れたように、通りを無造作に進もうとする。


「兄貴ぃ、もう放っておきませんか? どうやらこいつは、街を破壊する気が無いようで? 帰巣本能で、どこかにある巣に戻ろうとしていんじゃねーっすか?」


「待てスネイル。あれは何だ?」


 カイザーが指さすのは、ドラゴンゾンビの頭部だった。朽ちた頬から、赤い物がチラチラと見えている。


「ありゃ、なんすっかねー? 色は火の魔石に似ているような・・・・・・? そうだったとしたら、見た事無いくらい、巨大な魔石っすけど」


「火の・・・・・・魔石ぃ?」


 カイザーは、アスカ国の勇者達の話を思い出した。


 死臭がする少女の口から炎が吐き出され、直撃を受けた聖騎士が重傷を負ったとの事だった。


 スネイルは、手をポンと打ってカイザーに言う。


「巨大な火の魔石を原動力に、奴は動いているって事っすか?」


 しかし、カイザーは首を横に振る。


「いいや。確か死霊術ってのは、希少魔獣の素材をバイカイにするとかなんとか・・・・・・。ってことは、あの火の魔石は・・・・・・攻撃用っつーことで・・・・・・」


 カイザーは大通りを振り返った。遠くに、魔術学院が見える。


「王城と魔術学院は仲が悪いっつー話だったなぁ。俺にも、うっすら何かが見えてきたぜぇ」


「王側の魔術師が、操って学院を攻撃しようとしてるって事ですかい? 大がかり過ぎやしませんか?」


「それほど気に食わねぇか、もしくは、もっとでかい目的があるってとこかぁ?」


「あの火の魔石の攻撃力は、どのくらいになるんでしょうねぇ? 家庭用の火の魔石は、爪の先ほどの大きさで、一か月は料理が出来ますが・・・・・・」


「ガキの口に収まる魔石で、アスカの勇者が重傷だ。あのサイズなら、魔法学院がまるごと料理出来るんじゃねーかぁ?」


「魔法学院は確か、生徒が三学年で百五十人程いるっすね」


「男はどうでも良い。だが、半分の七十五人の女子が、危機的状況って事じゃねーか!」


 カイザーは、頭上で大剣を回してから、中段に構えた。カイザーの肩の筋肉が、大きく盛り上がる。


「七十五人も助けりゃぁ、五十人は俺に告白してくんだろ!」


「兄貴ぃ! あっしにも、良い子を紹介して欲しいっす! 生意気そうなのが好みっす!」


「おう。生きて帰れたらなっ!」


 カイザーが笑う後ろで、スネイルは背から弓を出した。それに、矢をつがえる。


「あっしの隠し玉、鍛冶屋で使われるサイズの火の魔石を埋め込んだ魔石矢っす!」


「張り込んだなぁ、スネイル。一発いくらだぁ?」


「金貨二枚っすよ! 彼女が出来るなら安いもんっす!」


バシュッ


 スネイルの矢は、紫の瘴気を抜け、ドラゴンゾンビの肩口にに突き刺さった。数メートル四方の、大きな炎が上がる。


「ぬぅぅぅおっしゃぁ!」


 炎を嫌がるそぶりをするドラゴンゾンビの懐に、カイザーが潜り込む。そこで、大剣をぶん回すと、ドラゴンゾンビの腐った腹の肉に大きな裂け目が出来た。だが、そこからは血のような物は吹き出さない。


「気持ちわりーなぁっ!」


 腹にもう一撃を食らわせようとしたカイザーだったが、野生の勘で上に目を向ける。そこには、振り下ろされてくるドラゴンゾンビの腕があった。


ガッシュッ


 カイザーの大剣と、ドラゴンゾンビの爪が交錯する。


 ドラゴンゾンビの三本の指の内、二本が切断された。


 ・・・・・・だが、紫の瘴気が手を包むと、切断された二本がすぐに再生する。


「兄貴ぃ! こいつらは不死身ですかい?」


「死霊術師の魔力が飛んでもねーか、バイカイにした素材が飛んでもねーかだな。だが、どっちにしても、限界はあるはずだぁ! それまでボコるぜぇ!」


 カイザーは斬って斬って、斬りまくるが、次から次へと、ドラゴンゾンビの体は再生をしていく。


 カイザー達にとって幸運なのは、ドラゴンゾンビは一番の目的が魔法学院らしく、カイザー達の事は二の次で、体にまとわりつく蚊程度にしか思っていない事だった。


 だが、さすがに何度も斬りつけるカイザーに、ドラゴンゾンビは足を止めた。


ブンッ


 ところどころ朽ちて肉が剥がれた尾を、ドラゴンゾンビは振り回した。大剣でそれを受け止めようとしたカイザーだったが、軽々と弾かれて吹き飛ばされた。カイザーの全身の骨から鈍い音がした。


 民家の壁に背を打ち付け、白目を剥いて膝を突くカイザーに、ドラゴンゾンビは爪を振り下ろそうとした。だが、その爪はぴたりと止まる。どうやら、スネイルがいつの間にか張り巡らせたロープが、ドラゴンゾンビの片腕を固定したようだった。


「兄貴ぃ! 立ってくだせぇ!」


「・・・・・・お、おおう!」


 カイザーの目に色が戻った。


 カイザーは大剣を地面に突き刺し、それを杖のようにして立ち上がる。


「あぶねぇ、あぶねぇ。余裕がありすぎて、つい眠っちまったぜ!」


 立ち上がったが、カイザーの足元がふらつく。


「なんだこりゃ・・・・・・。体がなにか変ぐぅっ、ぐふっ」


 カイザーが口から何かを吐き出した。それは、真っ赤な鮮血だった。


「ちっ・・・・・・。瘴気か? ありゃ、吸っちゃ駄目だったんだな・・・・・・」


 さっきドラゴンゾンビの懐に潜り込んだ時、カイザーはたっぷりと紫の瘴気を吸い込んでしまっていた。


瘴気の事をスネイルに伝えようとしたカイザーが顔を上げると、屋根の上では、スネイルが同じように血を吐いていた。こちらも毒の瘴気を十分に吸い込んでしまったようだった。 


「時間がねぇなぁ。もう少し弱らせてからにしようと思ってたが・・・・・・」


 ドラゴンゾンビの腕が動いた。スネイルが貼ったロープを、引きちぎる。


「うわぁぁぁ!」


 ロープにしがみついたスネイルが振り回される。そして、ドラゴンゾンビの腕からロープが完全に外れると、スネイルはロープと共に飛ばされ、民家の壁にぶつかった。


 スネイルが動かなくなったのを見届けたドラゴンゾンビは、カイザーに目を向ける。すると、カイザーがどすどすと、ドラゴンゾンビに向かって剣を振り上げて走って来ていた。


 ドラゴンゾンビの鋭い爪がカイザーに振り下ろされる。


 それに対し、カイザーは大剣を右腕一本で握り、空いた左腕を、ドラゴンの爪に向かってかざす。


ガッ 


 カイザーの掌が、巨大なドラゴンゾンビの爪を受け止めた、


「幻騎士盾ならぬ、幻騎士盾掌(しょう)! どうだぁ!」



 幻騎士盾掌 

 カイザーのオリジナルスキル。大剣騎士の上位スキルである『幻騎士盾』を更に圧縮し、掌に収めるサイズに昇華したスキル。防御範囲は狭くなるが、正面以外からの攻撃にも対応出来る上に、強度が格段に上がる。おまけに、掌の中に隠せるので、スキルを使った事を敵に悟られないメリットもある。



「うぉぉぉ! 重唐竹割りぃ!」


 カイザーは右腕一本で大剣を振りかぶり、垂直に振り下ろす。その大剣は、ドラゴンゾンビの右腕の、肘から先を切断した。


 ドラゴンゾンビは、腕が無くなった事でバランスを崩し、右によろめき民家を崩した。切断された右腕の傷を紫の瘴気が包むが、不思議と腕は再生されなかった。


「げっへっへ。今日の所は、腕一本で勘弁しておいてやらぁ・・・・・・」


 にやりと笑うカイザーの頭上に、ドラゴンゾンビの左腕が降って来る。


ズドーンッ


 カイザーは、その巨大な手に叩き潰された。


「あ・・・兄貴ぃ・・・・・・」


 民家の側に伏せていたスネイルは、虚ろな目で立ち上がって、ピクリとも動かないカイザーの元へ近づいてきた。そして、ロープをカイザーの足首に巻き付けると、引きずってドラゴンゾンビから遠ざかろうとする。


 すると、うつ伏せで引きずられるカイザーの指が、ぴくりと動いた。


「す・・・スネイル・・・・・・。ちょっと・・・・・・休ませろって・・・・・・」


「兄貴・・・・・・。奴は案外・・・・・・防御が弱い・・・・・・っすね。スキル・・・・・・を使ってダメージを与えれば・・・・・・魔力阻害で回復が遅く・・・・・・」


「わーってる・・・・・・。だけどよ・・・・・・もう体が動かん・・・・・・」


「魔法学院から・・・・・・応援は来ないんすかねぇ・・・・・・。多人数で囲んで、魔法を当てれば・・・・・・」


「すまねぇえな・・・・・・、俺が・・・・・・もうちょっと強ければ・・・・・・」


「いいえ。あっしが・・・・・・兄貴の背を預かる程 強ければ良かったんですが・・・・・・」


 そんな二人に向けて、ドラゴンゾンビが口を開く。


ゴワァァァァァァ


 ドラゴンゾンビの口から何かが吐き出された。それは、ドラゴンゾンビの体を取り巻く瘴気よりも色が濃い、更に強い毒のブレスだった。


「ぎゃぁぁぁ! 兄貴ぃ!」


「ぐぉぉぉぉ!」


 あまりの強毒で、カイザーとスネイルの皮膚が黒く変色していく。二人の目や鼻、耳の穴から、血が滲み出た。


ドサッ


 スネイルは、その場に突っ伏した。カイザーも、うつ伏せのまま、何も言葉を発しなくなった。





ブゥゥゥンッ


 そこに、風切り音が聞こえて来た。ドラゴンゾンビの羽音では無いし、何よりドラゴンゾンビの翼はボロボロに朽ちているので羽ばたけない。


 現れたドローンから地面に飛び降りた田渕は、ドラゴンゾンビを見上げる。


「うわぁ・・・・・・。あれがドラゴンかぁ。大きさは黒牛と同じくらいだけど、強いんだろうなぁ。でも、体がボロボロだな。どうして・・・・・・?」


 田渕は、大通りの向こうでうつ伏せに倒れているカイザーとスネイルを見つけた。


「冒険者だ。そうか! 冒険者が戦って、ここまでドラゴンにダメージを与えたんだな。さすがだなぁ」


 ドラゴンゾンビは、田渕を一瞥もしないが、通りを近づいて来る。


「逃げ・・・・・・、うーん・・・・・・。いや、もしかして、このドラゴン、あと一発で倒れちゃったりして・・・・・・」


 田渕は、ゲームセンターでの出来事を思い出した。


クレーンゲームにて、推しのフィギュアがあと少しずらすだけで獲れると言うのに、財布のお金が尽きて諦めざるを得なかった時の事だ。


「取り敢えず、百円だけ・・・・・・じゃなくて、一発殴って見よう」


 田渕は拳を振りかぶり、足にぐっと力を込めた。



     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



 魔法学院から、ドローンが上昇する。それにつかまった大家は、魔法学院を見下ろしながら、うんうんと感心したように頷く。


「魔法学院の生徒達は、教育が行き届いているお。ワタシの中学や高校の避難訓練は、皆 半笑いでダラダラと避難をするお。困ったものだお」


 学院から出た生徒達は、押し合う事無くお互いの距離を守って避難を始めていた。しかも、周囲の人々に声を掛け、自分達と一緒に北へと避難をする。その誘導指示をするのが、黒ネクタイの院生達だ。


「意外とあの黒ネクタイのヤンキーが頑張ってるお。イベントで張り切るのがヤンキーなのは、どこの世界でも同じだお」


 だが、院生の殆どは課外訓練に駆り出されているため、学院には十人程度しかいないようだった。この人数では、誘導指示を出すので手一杯で、街に出現した魔獣を倒しに行く人員的余裕は無かった。


 大家は、田渕の戻ってくるのが遅いのが気になった。ドラゴンを一目見てすぐ逃げたなら、もう学院へ戻ってきている時間だった。


「嫌な予感がするお・・・・・・」


 大家は、ドローンの進路を東に向け全速力で進んだ。




次話は 4/16 本日18時投稿です

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