47話 巨大魔獣
「食らえ! 火弾! ……とぅ!」
魔獣は、最後の「とぅ!」と同時に田渕のパンチを食らい、木の幹にぶつかって息絶えた。やはり魔法が出ないので、最終的には目前に迫った魔獣を殴りつけたのだ。
「うーん。そもそも魔法って、昨日始めた僕達でも使えるような物なのかな? こんなに簡単に入学して、簡単に魔法が使えるようになるなら、一学年がたった五十人で収まるはずが無いような気がするなぁ?」
特待生であるドナの紹介だとは言え、鈍感な田渕でも何か変だなと思い始めていた。
「まあとりあえず、魔法で魔獣は倒して無いから、僕のポイントはまだ0かな。大家さぁーん、そっちは…」
ガァンッ ガァンッ
銃声が聞こえて来た。
「大家さんもダメか……」
ふーっと溜息をついてから、田渕はてくてくと歩く。どうやらこの辺りの魔獣は、Eランクのゴブリンにも届かない、Fランクの魔獣しかいないようだなと田渕は思った。
恐らく、ゲームの聖水のような、結界魔法のような物が効いているのだろうなと、田渕は感心した。
「そう言えば、どこまでが課外訓練の範囲なんだろう? フィオナさんは、決められた範囲から出そうになれば、すぐに分かるって言ってたけど……」
田渕達は、フィアナの提案で、指定範囲内では出来るだけ南東の、ティーラル大森林の近くぎりぎりまで来ているはずだった。大森林に近づけば近づく程、魔獣が出没しやすいので、ポイントを稼げるとの事だった。
「……んん? 魔獣……?」
木々の隙間から、横たわっている何かが見えた。だが、毛皮では無く、服を着ているようだった。
「えっ? 人間? 僕達より先で狩りをしている人がいたのかな?」
駆け寄ると、やはり田渕達と同じ制服を着ているので、魔法学院の生徒のようだった。話しかけても反応は無いが、息はしているようだ。
「大家さぁーん!」
田渕は声と共に、側にあった大木を片手で前後に揺する。太い枝が上下左右に動き、ガサガサと、騒がしい音を出した。すると、それを察知して、すぐに大家が現れた。
「どうし……、ん? 生徒がやられたのかお?」
「でも、見覚えの無い人なんだよ。大家さん、知ってる?」
「うーむー。さすがに昨日会ったばかりの五十人の顔を、完璧に覚えてはいない、……ん?」
大家は、倒れている生徒の、ネクタイを指さした。それは、田渕達と色が違う。
「黒いネクタイだお。黒なんて、無かったはずだお?」
「僕達一年生は白で、二年生は青、三年生は赤だったよね」
「制服が全く同じだから、他の学院とは思えないお。なにより、周辺の国々には、他に学校は無いはずだお」
「なんだろう? ネクタイ 真っ黒に汚れちゃったのかな? シャツは綺麗な白だから、それは無いか……?」
田渕の言葉に、大家はぱちんと手を打った。
「それだお! こいつらは、自分で黒く染めたんだお!」
「えっ? どうして?」
「決まってるお。目立つためだお。つまり、こいつらは、学院の、ヤンキーなんだお!」
「そ……そうか! ヤンキーって、黒が好きだよね!」
「そうだお。そして、こんなに綺麗に黒く染めるには、青や赤のネクタイでは難しいお。つまり、こいつらは、元は白ネクタイをしていた、一年生のヤンキーだお!」
「すごい推理だよ大家さん!」
「そう考えると、顔に見覚えが無いのも納得だお。ヤンキーだから、昨日の授業には出て無かったんだお」
「でも、今日の課外訓練は、さぼらずに参加したってこと?」
「いや……この場所、課外訓練場の端っこで、弱い魔獣ばかりの穴場スポット、つまり、ここは校庭の端っこみたいなもんだお。となれば、こいつらは、授業とか関係無く、ここでたむろしてたんだお」
「なるほど! ここはヤンキーの溜まり場だったんだね! じゃあ、どうして倒れていたのかな?」
「ふむ。恐らく、ヤバいポーションでもキメてたに違いないお」
「そうか! さすがヤンキーだね! じゃあ、大家さん、あれは?」
田渕が指刺した場所を大家が見ると、森の奥の木々が派手に倒れ、地面には何か大きな物体が付き進んで行ったような痕跡があった。
大家は、少し体を仰け反らせて言う。
「す……凄いお。多分、喧嘩だお。ヤンキーと言えば、喧嘩しかないお」
「そうかぁ。さすが魔法学院の生徒だね。ちょっとした喧嘩で、こんなになるんだ」
「フィオナさんも、ワタシ達に魔法を教えようと弱い魔法を使っているだけで、実際は無詠唱で、見えている範囲を荒野に出来るはずだお」
「本当に、この世界の人達は、冗談みたいな力を持っているよね……」
「あのゴブリンでもEランクなんだから、この世界は、良く地形や自然が保たれているものだと感心するお……」
とりあえず、田渕は倒れていたヤンキー? を肩に乗せた。そして、倒されている木々の先を追ってみる事にした。
すると、しばらく進んだその先に、また同じ黒ネクタイのヤンキーが倒れていた。田渕は、首を傾げながら、またヤンキーを回収した。その先にも、またヤンキーが倒れている。その先にも、その先にも・・・・・・。
「どうなっているんだろう?」
「ヤンキー決定戦でもやっているのかもしれんお」
これで田渕の左肩には、ソバ屋の配達のように、もう五人のヤンキーが重ねて詰みあがっている。
「大家さん、何か……聞こえない?」
「唸り声・・・・・・みたいのが・・・・・・。でもそれより、どこからか視線を感じるような気がするお」
田渕達は、倒れている木々の先を見る。すると、森の中で、大きな赤い目が二つ光った。
グゥオォォォン
大きな鳴き声が響く。どうやら、巨大な魔獣が潜んでいたようだった。
「しまった! 大家さんっ! Dランク魔獣かもっ!」
「ヤンキー抱えている時に、間が悪いおっ!」
バキバキと木が倒れる音がする中、田渕は五人のヤンキー達を下ろす。大家はそのヤンキーのベルトを、タブレットから出した巨大ドローンの足に引っかけた。すぐさま、大きなプロペラ音を立てて、五機のドローンが飛び上がった。
「自動操縦で、ここから二百メートル離れた場所に…田渕君っ、危ないお!」
ドローンを見上げていた田渕が大家の指さす方向を見ると、田渕の体よりも巨大な灰色の角が迫っていた。
田渕は、右腕を振り上げる。
ガッ ドカッ
右腕で角を叩き折ろうとした田渕だったが、角はびくともせず、田渕は吹き飛ばされた。そして、飛ばされた先の大木にぶつかるかと思われた田渕だったが、左腕でその大木を叩き折り、反動で体勢を立て直す。
「全治癒!」
田渕が右腕に全治癒をかけた。つまり、右腕が動かなくなるほどのダメージを負ったと言う事だった。
ズガァンッ ズガァンッ
大家がマグナムを撃った。木々の隙間を縫って、魔獣の体に食い込んだが、よほど浅い場所で止まったのか、血すら流れない。
「ゴブリンでもマグナムでダメージはあったお。こいつは、ゴブリンより上、やはりDランク魔獣だお」
大家はマグナムを仕舞い、田渕の所へ駆け寄った。大家は心配したが、田渕の右腕は、問題なく動くようだった。
グゥオォォォン
魔獣がまた叫び、体を前に動かす。すると、木々が左右に割れ、田渕達の前に、魔獣の全体像が露になった。
体は、深い紫とも、黒とも言えるような恐ろしい色をしていた。
体長はおよそ二十メートルで、頭の横に人間程のサイズの灰色の角が生えている。背には漆黒のたてがみが生えているが、体つきは牛のようだ。
しかし、田渕達が知っている牛とは違い、上半身の筋肉が異常とも言える程に発達している。一番近いのは、動物では無く、怪獣のようだった。
「つ…強そう。これがこの訓練場所での最強の魔獣、Dランク魔獣か……」
「こ…こんなのが闊歩していると言うのに、フィオナさんはもちろん、一般生徒さえも、全然ビビッて無かったお。さすが魔法学院だお……」
「これは……無理だよ。さっきの一撃もすごくて、多分骨にひびが入っちゃったもん」
「逃げるしかないお。ワタシ達がDランクを相手にするのは、まだ早いお」
田渕と大家は目を合わせて頷き、逃げる機会を探る。幸いな事に、魔獣はまるで起床したばかりかのように、動きが緩慢で、すぐに攻めて来る様子では無かった。
「じゃあ、黒牛魔獣が、次に横を向いた時、一斉に逃げよう」
田渕が言うと、大家は「ん?」と、指に顎を乗せる。
「黒牛魔獣……。黒い牛……。なんか、黒毛和牛みたいだお。味はどうなっているのかお……」
大家がぽつりと言った。その瞬間、田渕の動きが止まった。
黒牛魔獣が横を向いた。田渕がさっき言った通り、大家は後ろへ逃げようとしたが、当の田渕が、正面を見据えたまま動かない。
「どうしたんだお、田渕君?」
「黒毛和牛って、あのテレビでしか登場しない高級肉だよね?」
「いや……スーパーでも売ってると思うお。でも、百グラム千円以上するお」
「僕が食べているお肉の……五倍の値段……」
田渕は足を開き、やや前傾姿勢になった。
「食べてみたい。黒毛和牛、どうしても食べてみたい……」
「なんか……グルメバトル漫画みたいな展開だお……」
そうは言う物の、大家も黒毛和牛食べ放題には非常に食欲をそそられた。二十メートルの黒毛和牛を手に入れたならば、可食部はどれくらいあるか想像が付かない。仮に魔獣の重さが百トンだとすれば、ステーキがニ十トンは楽に取れるだろう。
「大家さん、よだれ出てるけど」
「最初は塩胡椒だけでいってみたいお」
大家もやる気になった。
ベヒーモス
海に生息する魔獣リヴァイアサンと、対を成す陸の魔獣。牛に似た姿だが、筋肉が異常発達している。角からは雷を放つので、複数PTでも苦戦は必至。S級魔獣でも上位であり、SS級だとも言われる。
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