46話 野外訓練
翌朝、ジュディ王都、北側城壁の外、森林の手前の平地に、約五十人の同世代の子供が集まっていた。もちろん全て魔法学院の一年生で、教諭による課外訓練の説明を受けている。受け持つ教諭は複数人で、田渕達の知り合いであるガワの幼馴染、ヌーノ教諭の姿もある。
「……大丈夫。Dランク以下の魔獣しか出ないので、安心してください」
課外訓練は、ここから始まる森林、その東部を広範囲に使い、本物の魔獣を相手に狩りの訓練をする。苦戦すれば、予め渡された魔力紙を用い、付近の教諭を呼び寄せる事が許されている。教諭は、『院生』の人選から漏れた元学院生だが、それでも現役の生徒達より基本的には実力は上だ。
この辺りは、悪名高きティーラル大森林からそう遠くない場所なのだが、何故Cランク以上の魔獣が出現しないかは、元からそうなのか、結界魔法のような物を張ったからか、田渕と大家には分からなかった。
ようやく訓練が始まると言う時になって、田渕達に計算外の事が起きた。
課外訓練時のPTは三人組で、各々好きな人を選んでPTを組めるはずだった。少なくとも、ドナが今まで受けた同授業はそうだった。しかし、何故かドナは教諭に呼ばれ、他のクラスメートと三人PTを組まされた。
「えっ・・・えぇぇぇ!」
「嫌な記憶がよみがえるお・・・・・・」
田渕と大家は、二人取り残された。そう、学生時代に何度も味わった、あれだった。今回は一人では無く二人だが、皆から発せられる同情と憐れみの視線が痛い。
教諭に意見をしに行ったドナだったが、田渕達の所へ、首を横に振りながら戻って来た。
「ダメ。そう決まってるとしか・・・・・・。先生が全く聞いてくれないの」
すると、そこに髪の長い金髪の生徒がやってきた。委員長であるフィオナだった。
「タブチとオーヤは、私と組みます。二人の魔法力を鑑みて、このような結果です」
「あなたが?」
ドナとフィオナの目が合う。ほんの数秒だったが、妙な空気だった。
「タブチとオーヤは、まだ魔法の初心者ですわ。委員長である私と組んで、少しでも戦闘能力を上げた方が良いと・・・・・・言われています」
「そう・・・・・・ね。仕方がない・・・・・・か」
ドナは引き下がった。何故か、田渕と大家と、視線を合わせない。
「では、よろしくお願いしますわ」
田渕と大家に、フィオナが右手を差し出した。田渕は、「これでまた大家さんの人見知りがリセットされて、何もしゃべらなくなるな」と、思いながら握手を返す。その後ろでは、大家が空を見上げ、握手に気が付かない振りをしていた。
課外訓練が始まった。
三人一組のPTで、魔獣の討伐数を競う。ポイント上位には些少な賞品があるのだが、皆はそれより、今回の順位は成績に直結するので、必死だ。上位の成績を維持し、出来れば『院生』になるのが、ドナで無くとも全員の理想だった。
「僕達の普段 狩ってる魔獣って、どのくらいの強さだろう?」
「弱いから、Eランクとか、Fランクじゃないかお?」
「ここは、Dランクまで出るらしいから、怖いよね……」
そんな事を話しながら、田渕と大家は歩く。その後ろは、フィオナが無造作にスタスタと歩いている。特に周囲を強く警戒している様子はないので、フィオナにはDランク魔獣は問題では無いと思われた。
「フィオナさん、魔獣によってポイントは違うんですか?」
田渕が振り返って聞くと、フィオナは首を横に振る。
「ありませんわ。DもFも、同じ一ポイントです。運も実力の内と言う事ですわね」
「そっかぁ……。上位五組までに貰える、副賞のスイーツ三種盛りは無理かなぁ……」
田渕と大家は、実力的に自分達が貰えないのは当然だが、フィオナを巻き込んでしまって申し訳ないなと思った。恐らくクラスで一番実力があるフィオナなら、田渕達以外の誰と組んでも、上位は確実だったと言うのに、と。
「ごにょごにょごにょ」
大家が、田渕に耳打ちした。すると、田渕はフィオナに尋ねる。
「あの、ゴブリンって、ランクはどのくらいなんでしょうか?」
田渕と大家は、一応冒険者なのだが、ナンの村の寂れたギルドで登録してから、まともに冒険者活動はした事が無い。
ナンの村の冒険者ギルドも、食堂を経営しているフドーが兼業でやっているくらいなので、所属冒険者は皆無だ。普通は、北に三十キロの場所にあるアスカ王都ギルドに所属する。
「ゴブリン? ゴブリンにも種類があるけど、キングはBランクだったかしら?」
「えっ!? Bランク? 凄いよ大家さん! Bランクを倒したんだ!」
「ふっふっふ。苦労したお。一匹だけで現れてくれて助かったお」
「……え? 一匹? ゴブリンキングなら、群れの中心にいるはずだから、一匹ではうろうろはしないわ。はぐれゴブリンなら、Eランクよ」
がっくり
と、大家はうな垂れた。
「そう言えば、自分の事を『はぐれ』だとも言ってたお。ワタシとした事が、DQNのように、調子に乗ってしまったお……」
「ど…ドンマイだよ大家さん!」
拳を握って励ます田渕の後ろで、フィオナは小首を傾げた。
「ゴブリンが・・・・・・喋った? ……まあ、カタコトなら喋る事も……個体によってはあるって聞いたかも……」
ちなみに大家が倒したのは、魔族でも上の中くらいの位置の魔族なのだが、この様子だとまだまだ気が付く事は無いだろう。もちろんだがゴブリンは、キングだったとしても、あんなに流暢に言葉を話せない。
「さあ、正面に行きましたわよ! 撃って!」
フィオナが魔法で逃走経路を狭め、魔獣を誘導する。鹿くらいの大きさの魔獣は、田渕に向かって一直線に走って来る。
「火弾っ!」
ドカッ
「ほんぬらぁ!」
妙な声を上げながら、田渕は跳ね飛ばされた。やはり魔法は、一ミリたりとも出ない。
「田渕君! パワーアップ使って無かったのかお!」
大家が駆け寄ると、田渕はむっくりと起き上がった。
「今は魔法の修行だからね。でも一応 怪我しないように、『熱湯に耐える江戸っ子爺さんの皮膚は厚い』って歌詞をつかって、防御力だけちょっと強化しているよ」
「……そんな歌詞があるハニハウにドン引きだお」
結局フィオナが魔獣を仕留めた。これでPTには一ポイント入る。ちなみにポイントは自己申告制なのだが、嘘を付けば退学になるので、胡麻化す生徒はいない。
首を切り落とされた魔獣を見ながら、田渕は言う。
「これ……鹿かな? 馬かな? 馬なら、美味しいかも?」
「ナンの村周辺では、見た事が無い魔獣だお。鹿っぽいお」
田渕と大家は、首から血をどくどくと流す魔獣をじっと見ている。
異世界に来て数か月魔獣を狩っているので、田渕達はグロにはかなりの耐性を獲得していた。
「これは、青魔鹿ですわ。お肉に筋が多くて、余り好まれません。角も未発達なので、素材としての魅力も薄いと聞いていますわ」
そう言う事で、魔獣は放置して行く事にした。そもそも、魔獣を回収して時間を浪費すれば、ポイントで他のチームに負けてしまうだろう。
「美味しいと言えば、戦闘馬がとても美味なのですが、私も中々口にすることができませんわ」
「戦闘馬かぁ。馬系の魔獣は、まだ遭遇した事ないんだよねぇ。ナンの村周辺にいるので一番おいしいのは、僕は黒魔猪かなぁ」
田渕が言うと、大家も頷いた。それを聞いたフィオナは驚く。
「黒魔猪を食べた事があるのですか!? かなり希少で、私も噂しか聞いた事がありませんわ」
「え? そうなんだ。ナンの村周辺では結構獲れるんだけどなぁ。でも確かに、多少 森の深くまで行かないといないけど」
黒魔猪は実はBランクの魔獣で、狩れるPTが限られている。おまけに、日本の黒豚に匹敵する美味しさで、狩った冒険者達が自分達用にして食べてしまうのだ。なので、貴族と言えど、黒魔猪指定の討伐依頼を出さない限り、中々口にすることが出来ない。
「牛が期待外れなんだお。まるで外国産の牛肉みたいに、脂がくどくて……」
そう呟く大家を、田渕は鋭い目で睨んだ。
「それって、安い牛肉しか食べてない僕を知ってて言っているの? まあ、僕が日本で食べていた牛肉よりも、更にこっちの肉は硬いけども」
「うっ……そうだった。田渕家は、食費に金を掛けない家だったお」
田渕家の名誉のために補足するが、田渕家はそこまで貧しい訳では無い。
ただ、一人息子がアイドルオタクで、その息子の楽しみのために毎月の小遣いとして五万円を捻出しているので、しわ寄せが食費に来ているのだ。高校生になればアルバイトをするつもりだった田渕だが、異世界に放り込まれてしまって今に至る。
「確かに、牛型魔獣は、評価が低いですわね。私もあの硬さが苦手ですわ」
フィオナもそう答える。
地球では恐らく一番に好まれる牛肉だが、異世界ではあまり良い品質の物が無いらしかった。
その後も、田渕が結果的に囮になり、フィオナが狩ると言うスタイルで、着実にPTはポイントを稼いでいった。だが、他のPTのポイントがどれくらいなのかは分からないので、上位かもしれないし、最下位かもしれなかった。
「お…大家さんっ! 早くっ!」
「ふんっ! ふんっ!」
とっくに呪文の詠唱を終えた大家は、すぐ前を走る魔獣へ両手をぶんぶんと振るが、何も出ない。
「フィオナさーん! たすけてぇー」
田渕が叫ぶが、フィオナはずっと後方だ。
魔獣に追いかけられる田渕、追う魔獣、その魔獣の背中へ魔法をぶつけようと追走する大家、この一団に、フィオナは全く付いていけない。
「ふ…風刃っ……」
フィオナがようやく放った風の刃は、射程距離ギリギリだったのか、魔獣の首を落とした瞬間に消滅した。
「大丈夫フィオナさん? 負担を掛け過ぎて、魔力切れになったんだ……」
(ち…違う……。た…単純に体力が……。あなた達、体力は……あるのね……)
と、言いたいフィオナだが、木に両手を突き、肩で息をするのがやっとだった。
今、田渕は体力に関してはスキルを使っていない。
異世界をあちらこちらと旅をし、しかもあえて歩いたり泳いだりして遊びながら回っている田渕と大家は、十代としてはトップレベルの体力をいつの間にか持っていた。
二時間程休みなしで狩りをしていたため、フィオナはここで休憩にすることにした。使用していたのは低級魔法だけだったが、さすがに数を撃ったと言う事で、体力回復も兼ねて三十分程小休止だ。
ちなみにだが、魔力の全回復には一晩かかるので、三十分程度休んだからと言って、魔力の方は十パーセントも回復しない。
フィオナは木陰に座りながら、周辺を散策に行ってしまった田渕達の事を考える。
「防御力も体力もあるし、近接職って事かしら? でも、武器を一つも持たずに旅をする近接職なんてありえないですし……? そこに、彼らの謎があるって事……?」
二人で散策に行くのは危険だと、フィオナは止めた。だが、本当に危なくなったら、奥の手があると言うので、行かせてしまった。その奥の手もフィオナは気になった。
フィオナは、空を見上げた。木陰の隙間から、真っ青な青が覗いている。
「簡単な魔法も……使えない……なんて、情けないって思いましたけども……」
フィオナは子供の頃から、魔法の英才教育を受け、親が言うままに真っすぐに生きて来た。だが、楽し気に生きる田渕達の様子を見ていると、少しくらいよそ見をするのも、悪くないかとも思った。
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