45話 お化け
午後の授業。魔法学院地下にある、訓練用ダンジョンの散策。
五十人の生徒達は、二列に並び、ある程度幅のある階段を下りて行く。
このダンジョンは、階段もあり、壁も綺麗で、洞窟と言うより地下迷宮と言う感じだった。だが、とにかく暗かった。
「お・・・大家さん、いる? いるよね?」
「た・・・田渕君こそ、そ・・・そこに本当にいるのかお?」
いる、いないと言い合っているが、二人はお互いの肩に手を置き合い、橋を作りながら横歩きをしている。おかげで、田渕達より後ろでは大渋滞が起こっている。
先に進んでいたドナが戻ってきて、田渕達に言う。
「タブチ、オーヤ、もうちょっと・・・・・・早く進めないかな?」
「む・・・む・・・無理だよ! 絶対出るもんっ!」
「って言うか、もっと明るくするんだお! 本気を出せ! 者どもっ!」
大家が人見知りを忘れて声を出す。それ程、このダンジョンが暗くて怖いようだった。
生徒達は、光の魔石が付いた杖を、一人一本ずつ持たされていた。だが、この光の魔石は、魔力が空の訓練用の物だ。自分達の魔力を注入して光らせるのだが、わざと粗悪な魔石を使用しているため、魔力の変換効率が低く、一年生の生徒達では、豆電球の如く弱い光しか出せない。
ちなみに、田渕と大家の杖は、洞窟に入ってすぐ、物音に驚いた二人が放り投げ、どこかに飛んで行ってしまった。
ドナが、自分の杖に付いた光の魔石を田渕達に近づけながら言う。
「まあ、これは魔石を使う訓練も兼ねてて・・・・・・。もし光の属性魔法を使える人がいれば、すっごく楽なんだけどね」
「田渕君っ! つるぼんを呼んで来るおっ!」
「落ち着いて大家さんっ! つるぼん校長はここにはいないよっ! それに、つるぼん校長の頭は、そこまで光らないよっ!」
「はっ・・・・・・取り乱してしまったお」
『つるぼん校長』とは、田渕達が通っていた高校の校長先生である。頭がつるっとしており、体がぼんと膨らんでいるので、陰でそう呼ばれていた。尚、生徒思いで優しい良い校長である。
「大家さんっ! もうロケットランチャー撃ちまくって、炎で明るくしようよっ!」
「田渕君、落ち着くお。それはただの地獄絵図だお」
「はっ・・・・・・取り乱してしまった」
結局、田渕と大家のせいで予定の三分の一も進めず、戻る道中で学級委員長であるフィオナが、静かに切れていた。
その晩、ドナの家から、笑い声が聞こえる。話題が、訓練用ダンジョンの事になったからだ。
「あの二人の歩き方・・・・・・あはははっ!」
「もう、あのお化け屋敷は絶対に行かないからねっ!」
「二時間 体を硬直させてたから、完全に筋肉痛になったお」
テーブルを囲んで座る三人だが、ドナは、腹を抱えて額をごんごんとテーブルに打ち付けて笑っている。
田渕達がこの家にいるのは、翌日の授業のためのミーティングをしにやってきたからだ。明日の授業は、魔法の課外訓練で、朝から夕方までを使って屋外での訓練となっている。
これは、三人一組になって魔獣と戦うと言う物で、事前に戦闘時のフォーメーションや合図を決めておくのが一般的だ。
「あーお腹痛い。でさ、『お化け』ってなんなの? 何が怖いの?」
ドナが、半笑いで田渕達に聞く。
「お・・・お化けだよ? 知らない? 幽霊とか、怖いでしょ?」
「幽霊? レイスって言う魔獣の事をそう呼ぶ人もいるけど、あそこにはいないから、怖く無いでしょっ?」
「いるかもしれないから怖いんだおっ!」
「あははっ! だからいないって! それに、じゃあレイスより強いドラゴンとかいた方が、より怖いんじゃない?」
「ドラゴンより、幽霊の方がこわいんだよっ!」「・・・だおっ!」
田渕と大家の声は重なった。
「ああ、もうっ! 訳わかんないっ! あははは!」
ドナは、ばんばんと机を叩いて笑った。
どうやら、幽霊の怖さは、異世界人には伝わらないようだった。
「ほんとタブチ達の印象 変わったなぁ。最初はこんな人達だとは思わなかったし」
「それって、しっかりしているように見えたって事?」
「なんでだお?」
田渕と大家は、目を合わせて首を傾げた。
「それはタブチ達が・・・・・・」
そこまで言うと、何故かドナの表情は少し強張った。
「んーと、ごめ・・・・・・、えっとね、んー・・・・・・」
何度か口ごもってから、ドナは言う。
「私とずっと友達でいてね。いつか謝ったら、許してね」
「えっ? いつかって・・・・・・、ドナは悪い事をするの? 魔法学院を卒業してから?」
「連邦軍・・・悪の組織にでも就職するのかお?」
「いや、そうじゃないよっ! そんな事はしないよっ! 私は卒業したら『院生』になりたいなっ!」
「院生?」
田渕と大家は、知らない職業にぽかんとする。
魔法学院は、卒業する生徒達の中から、主席やそれに準ずる生徒など、特に優秀な者だけが学院にのこり、学院の警護や防衛をする。この魔法兵士達は『院生』と呼ばれ、実力は騎士団員以上だと言われる。
次に人気があるのは、騎士団と同格とされる宮廷魔導士だ。ジュディ王国はもちろん、周辺国の宮廷魔導士は、殆どが魔法学院の卒業生である。
残念ながら、宮廷魔導士にも漏れた卒業生は、冒険者となる。その際、魔法学院の卒業生だと言えば、上位ランクのPTにスムーズに加入できる。それほど、魔法学院は確固たる地位を築いている。
「院生って言うのはね・・・・・・」
言いかけたドナは、テーブルのそばで遊んでいた妹のステフに視線を遣る。自分達が盛り上がっていたあまり気が付かなかったが、一人で人形遊びをしているステフの表情は曇っており、元気が無かった。
「……どうしたの? ステフちゃん」
田渕が、床に座っているステフに声を掛ける。
右手と左手、一体ずつ人形を持って遊んでいたステフは、右手の人形を振って見せながら田渕に言う。
「あのね、きょう……ポニーちゃんがいたって、おともだちが言うの」
「ポニーちゃん?」
「うん。ポニーちゃんは、おととい、死んじゃったの」
「…………うん??」
田渕は、大げさに体全体を使って傾げて見せる。すると、ステフはにっこりと笑い、田渕の真似をして体を傾げる。
「ポニーちゃんって、体が弱くて、あまり外に出て遊べなかった子よね?」
ドナが聞くと、ステフはこっくりと頷いた。
「一昨日、お姉ちゃんと一緒に、お葬式に行った家の子が、ポニーちゃんだよね?」
またドナが聞くと、ステフは頷く。
「ポニーちゃんは、死んじゃったんだから、今日はいなかったんじゃない?」
「でも……おっきなお道で、ポニーちゃんがお花をもってたって……おともだちが見たの」
ドナ、田渕、大家は、黙って視線を合わせる。
「どう思う、大家さん」
「ふむ。……ん? もしかして、蘇生させる魔法とかあるのかお?」
大家と田渕がドナを見るが、ドナは首を横に振る。
「人を蘇らせる魔法は、無いはずだよ」
すると、大家がステフには届かない声で、田渕とドナに言う。
「死亡確認が甘かっただけじゃないかお? 医学が遅れて……じゃなくて、まあその昔は、いろんな国であった話で、この世界ならまだまだありそうな事だお」
その言葉に田渕は一つ頷いて、ステフに元気よく言う。
「ポニーちゃんは、かくれんぼしてたのかも! 明日 お母さんと一緒に、もう一度 ポニーちゃんのお家に行ってごらんっ!」
するとまだ五歳のステフは、謎が解けたような気がして笑顔になった。そして、また人形遊びを始める。
「まあ、悪い方に転がったとしても、あの歳の子は気にしないよね」
「正直、誤診よりも、目撃者の見間違いの線が濃厚だと思うお」
田渕と大家は、明日の野外訓練の場所の地図を確認する。
その二人の顔を、じっと見ながらドナは呟いた。
「どうして・・・・・・このタイミングで? 本当に偶然?」
意味の分からない事を言うドナに、田渕と大家が視線を向けると、ドナは真剣な表情を解き、慌てて首を横に振った。
「あっ! 何でもないよ! えっと、皆は、北に行きがちだから、穴場は・・・・・・」
そうして、母のパメラが帰って来る二十一時ごろまでミーティングをし、田渕と大家は宿へと戻った。
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