44話 悪人
田渕と大家がシュークリームを笑顔で頬張っている頃、その魔法学院区画とは対を成す区画、ジュディ王都、王都区画を歩く一行があった。
「高校があるんじゃなかったのか? 魔法学校だっけ? それっぽい生徒いねーなぁ」
大きな戦斧を背にかつぐ、髪を金髪に染めた男が言った。
「パリポタみたいに、空を箒で飛びまくってる訳じゃないんだぁ。つまんない!」
魔法使い風のローブを纏った女が、空を見上げながら言う。
「魔法学院は、西の区画にあるらしいよ。来る時の馬車からは建物が見えてたんだけどね」
盾を持った戦士がそう答えると、もう一人の魔法使い風の女が笑い声をあげる。
「真菜は寝てたからぁ!」
「どうせ美香も寝てたくせにぃ!」
「あ、バレた! 草生えるぅ!」
「ワラワラぁ!」
狂戦士の和田義春、聖戦士の本条太陽、二属性魔導士の加藤美香と川上真菜、そして、最後尾を歩くのは、聖女である前原香織で、アスカ国が誇る勇者PTの一組だ。
「まあ、この世界の魔法使いは、普通 空は飛べないらしいよ」
本条がそう言うと、加藤と川上は、肩をすくめて変顔をする。
「知ってるけどぉ。聞いた時はショックだったぁ。私達、せっかく魔法使いなのにぃ」
「ワラえねぇ~!」
何故かゲラゲラと腹を抱えて笑い出す加藤と川上に、後ろから前原が言う。
「でも、魔女の職業を与えられた人だけ、飛べるって聞いたよ。世界でも唯一無二の職業で、現在の所、このジュディ王国の魔法学院、学院長しか確認されてないみたい」
「何それぇ! 私達、魔女っ娘コンビを差し置いて、腹たつぅ」
「吹き飛ばすぅ?」
そう言うと、川上は手の平を空に上げ、そこに火の玉を作り出す。
「ちょっと、川上さんっ!」
その前原の声に気が付き、PTのリーダである本条も振り返るが、その前に川上の手から火の玉が発射された。
バッシュウ ジュゥゥゥ
少し離れた場所にあった噴水に火の玉は当たり、蒸気と共に消えた。
「慌てちゃってワラぁ! 誰もいない水くみ場だから、大丈夫だってぇ!」
「焦った聖女の顔、大草原不可避ぃ!」
加藤と川上は、またお腹を抱えて笑い出した。その二人を見ながら、前原は気付かれないように静かにため息を付く。前原は、この二人が苦手なようだった。
「ちょっと君達、国際問題になるような事はあまり…」
リーダーである本条が言うが、加藤は舌打ちして言い返す。
「どうせこのジュディ王国は、アスカ王国の下につくんでしょぉ? そのために私達が来たんだから、これくらいやった方が、ビビっって良いって!」
「手下じゃん! ザコ国ぅ!」
川上が合いの手を入れる。
この傍若無人な様子に、先頭を歩くクラス一のヤンキー、和田義春も、さすがに頭を抱えた。
「まったく、バカ女は手に負えねーぜ……」
「ああっ! 和田っ! 私達より偏差値低いくせに、よく言うぅ!」
「それに、あんたの方が、あの状態になったら時、迷惑かけまくるくせにねぇ!」
興奮する加藤と川上を、本条がなだめている時、少し離れた場所にある酒場の扉が開いた。
「兄貴ぃ! ほんと兄貴が起きるまで、居心地が悪いったらありゃしなかったですぜ! 店が閉店どころか、開店の準備まで始めたもんで……」
「ちょいと……飲み過ぎたな……。もう昼かよ……」
二メートル越えの身長、そして傷だらけの顔、西の小国所属とは言え、A級冒険者のカイザーは、その容貌から店主に文句を言われる事は無かった。
「ジュディ王国の珍しい酒と飯を十分にかっくらったから……そろそろ帰るぜ」
「まあ今の時間からでも、次の街には暗くなる前に着けると思いまずぜ」
王都の正門へ向かうカイザーは、近くでギャーギャー騒いでいるPTの声が耳に入り、こめかみを押さえる。
「うるせーな。なんだこいつら? 真っ昼間っからよぉ?」
それが聞こえた加藤美香は、振り返る。
「なんだこのっ……ぉ……」
睨みつけるように見た加藤の、口が徐々にぽかんと開いて行く。
「ま……魔獣ぅ?」
「魔獣だとぉ? おいおい、体つきはそうかもしれねーが、顔をよく見ろって。ナイスガイだろ?」
そう言うカイザーの顔を見て、全員が「どこがだよ」と、口をパクパクさせて突っ込んだ。さすがの金髪ヤンキーである和田も、半歩後ずさる。
カイザーは、身長が二メートル二センチ、体重が百六十キロある。それに対し、和田は身長が百七十五センチしかなく、クラス一の高身長である本条でも、身長は百八十三センチだ。体重に関しては、この二人を一緒にしたとしても、足りない。もはや、種族が違うと言っても過言ではない。
しかし、何か閃いたような顔をした和田は、カイザーの目の前に立って言う。
「よく考えたら、魔法王国の戦士かよ。なら、普通の国の戦士より、弱いんじゃねーのか? 見掛け倒しだろ?」
「ああ?」
そう声を出した後、カイザーは丸太のように太い腕を組んで考える。
「……確かに……そうだな。ジュディ王国の騎士のレベルって、どんなもんだぁ? もしかして、今 俺は、この王都で最強なんじゃねーか?」
自分相手にまったくビビらないカイザーに、和田は眉間にしわを寄せながら言う。
「その言い草って事は、てめぇ、他国の冒険者か? 俺らはアスカ国の勇者だ。でかい面してんじゃねーぞ?」
「アスカ国の勇者ぁ? ああ、お前らが、噂の大量に湧いて出た勇者共か。噂と違って、弱そうだなぁ」
カイザーは、ニヤリと口元を緩ませる。しかし、隣にいたスネイルが、カイザーの袖を引く。
「兄貴、今 アスカ国と問題を起こすのは、ちょいとまずいかもしれませんぜ」
スネイルの言う通り、今はミスチェル王国とジュディ王国が同盟を結ぶかもしれない大事な時なので、ここでアスカ王国と紛争を起こすのは、僅かなりにもそれに影響を及ぼすかもしれないので、どう考えても避けるべきだ。
・・・・・・しかし、Aランク冒険者であるカイザーの頭脳は、Fランクである。
「なんでぇ? アスカ国は関係ないだろ?」
「さすが兄貴っ! 深い考えがあるんすねっ!」
スネイルに称えられながら、カイザーは、背中の大剣を抜いた。その長さは、カイザーの身長と同じ二メートルはある。
「せっかく剣を新調したんだ。お前らで試してみるかぁ?」
「ちっ……、ダメだこいつ。脳みそまで筋肉かよ……」
アスカ国の名前を出せば周辺の国々は怯むと言うのに、カイザーには通じず、和田は舌打ちをした。その和田の肩を、本条が掴む。
「和田君、こんな大通りで戦うと、被害が出るよ」
「……分かってる。俺は加藤や川上よりは、良識があるからな。けど、こいつ・・・・・・」
「あっ! ひっどぉーい! 和田のくせに、私達をバカにしたぁ! 草生えるぅ!」
「いいじゃん! 五人でこの化け物 シュンサツしちゃおーよー」
しかし、そんな乗り気の加藤と川上の手を引き、前原がカイザーから遠ざける。
「そう言えば、あっちに可愛いアクセサリー屋さんがあったよ! 髪留めとか!」
「ええ、髪留めぇ? ……ちょっと見たいけど」
そして本条は、和田の両肩を後ろから掴み、和田の方向を変える。
「和田君! ほら、あっちにお土産物屋さんがあったよ! 木刀とか!」
「木刀!? マジで? ちょっと気になるな……」
和田はカイザーにガンを飛ばしながらも、カイザーから離れて行く。
「ふーん。あれがアスカの勇者か……」
カイザーは、ぶんと大剣を振り上げて肩に担ぐように乗せると、本条達を見送った。
「鑑定眼持ちがいりゃぁ、奴らの強さが分かるんですがねぇ」
スネイルが言うと、カイザーは鼻を鳴らす。
「ふん。そんなもん無くても、大体わかる。ありゃ、Bランクがやっとだな」
「でも、職業がレアですからね。本音を言うと、化ける前に殺っときたいですがねぇ」
「職業つーのは、そこまで気にしなくていいぜ。ほら、ビズ国の……なんとかってババアが証拠だ」
「ああ、ビズの拳聖、その師匠っすね。魔族を一対一で倒したとかいう……」
そうしているカイザー達を、路地から見つめる小さな目があった。
その少女は、かごに詰めた花を持って、カイザー達へ走り寄って来る。
「は……花は……いかが……ですか……」
カイザーは、くんくんと鼻を少し引くつかせたかと思うと、肩に担いでいた大剣を、地面に突き刺した。
バンッ
少女は、刀身の側面に体をぶつけ、仰向けにひっくり返った。かごから、花が散らばる。
そして、その貧民と思われる薄汚れた服を着た少女を鋭い目で見下ろしながら、カイザーがドスを利かせた声で言う。
「臭ぇんだよガキがっ! 近づくんじゃねぇ!」
隣にいるスネイルも、ニヤニヤと笑う。
「は……花は……いかが……ですか……」
五歳くらいだと思われる少女は、仰向けのまま、か細い声を出す。その眼前で大剣を地面から引き抜いたカイザーは、少女へ向かって大剣を振り上げる。
しかし、そこで声がした。
「おい! 何してんだてめぇ!」
和田だった。戻って来た和田は、すでに背中の戦斧を抜いている。
和田に、カイザーはにやけた目を向けて言う。
「ああ、臭ぇガキだったから、ちょっと躾をな」
和田以外にも、本条や前原、加藤と川上と、全員が走って戻って来た。
「こんな小さい子に暴力とか、こいつ悪人じゃん! 草っ!」
「このキモ男なら良いよね! 燃やす口実が出来てワラワラぁ!」
加藤と川上は、懐から杖を出した。
杖は、熟練した魔導士なら不要だが、未熟な者には、魔法の投擲速度と威力が上がる道具だ。
「待て! 待つんだ!」
和田達とカイザーの間に、本条が割って入った。その横で、前原が地面に膝を突き、少女を抱きかかえる。
「本条、このおっさんを庇う気かよ!」
「幸い、この子は怪我をしていない! それに、ここで戦えば、この子が一番に巻き込まれてしまう!」
「ちっ……」
和田は舌打ちをすると、二歩下がり、カイザーと距離を取った。
カイザーはと言うと、前原の胸の中にいる少女をじっと見てから、大剣を背に戻した。
それを確認すると、本条は前原に立ち上がるように合図を送り、少女と共に全員で後ろへ下がる。
「この世界が多少乱暴なのは、仕方がない事だよ。行こう!」
本条の言葉で、勇者PTは大通りを駆けて行く。和田だけは何度か振り返り、カイザーにガンを飛ばしていた。
「ふん。臭ぇガキだったな」
そう言うカイザーの後ろで、スネイルが地面に散らばる花を、数本拾い上げた。
「兄貴、これを」
カイザーは渡された花を摘まみ、目の前に数本並べてじっと見る。茎の長さは同じで、茎の切断面は鋭かった。
「とても、ガキが出来る作業じゃねーな。本物の花売りから、籠ごと買ったか」
「兄貴、それに、あの臭い……。あれは……」
カイザーは、後ろに花を投げ捨てると、スネイルに言う。
「ああ。……死臭だ。あの勇者共は、ろくに死臭を嗅いだことがねーんだろうな」
「けど、なんで死臭なんかが? あのガキ、武器を隠し持っていたとしても、人を殺せるような腕力がある歳とは思えませんぜ。五歳くらいっすかね」
本条達が消えた道を見ながらしばらく黙っていたカイザーだったが、ゆっくりと口を開く。
「闇魔法……死霊術ってのは聞いた事があるなぁ」
「……あの、『ぞんび』とか言う……死んだモノを生き返らせるってのでしたかい?」
「ここは魔法大国だ。それを使える奴がいても不思議じゃねぇ。しかし、問題は……」
カイザーは、鼻の下を指で擦りながら、少女が出て来た路地を見た。
「俺達を狙ったのか、それとも、勇者共を狙ったのか……だな」
「ぞんびってのは確か、知能が低下するって聞くから、複雑な命令はできねーんですよね。なるほど、勇者を狙っていたが、より近くにいたあっしらを間違って狙ってしまったとかっすか?」
カイザーは、踵を返すと、元来た道を酒場に向かって歩き出した。
「スネイル、ここにもう一泊するぜ」
「へへっ! さっすが兄貴! なんだかんだで、なんだかんだなんだからっ!」
「勘違いするんじゃねぇ。今晩、俺がするのは、ナンパだ! うまい飯は食ったが、ジュディの女はまだだったぜっ!」
「兄貴っ! そっちの連敗記録をまた伸ばす気ですかいっ!?」
ばこんっ
頭を小突かれたスネイルは、地面に額をぶつけた。
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