43話 学院での授業
翌日の早朝、田渕達の泊まる宿へ、ドナがやって来た。ドナの姿は、田渕達に非常に馴染のある、日本の高校生が着るブレザー制服とほぼ変わらなかった。異世界だと言うのにこんなに似ている事に、田渕と大家は驚いた。
「ネクタイもあるんだね。締め方も同じだ……」
「なんと言うか、別の進化の道を辿ったはずなのに、似通った姿と味になってしまったタラバガニとズワイガニみたいだお……」
「カニカマも、違う進化の道を辿ったのに、カニみたいな味がするって話?」
「それはちょっと違うお……」
「あのね、聞いてる? だからネクタイの色は、白、青、赤、以外にもあって…」
ドナが言うには、どうやら魔法学院は三学年あって、学年によってネクタイの色が違うと言う事らしいのだが、田渕達の通っていた高校も、学年によって上履きの色が違ったので、そう珍しい話では無く、軽く聞き流していた。
それよりも、異世界と日本の、ネクタイや制服の収斂進化の方が驚きであった。
収斂進化
別の進化系統を進んだ物が、同様の地位についた時、類似した姿になっている現象。
魔法学院の正門に近づくにつれ、田渕達はじろじろと見られるようになってきた。学生服だらけな少年少女の中に、村人風の姿をした二人がいるので、余りにも目立ってしまう。
「ドナ様、その方々はどなたですか?」
ついには、金髪の生徒に尋ねられた。その生徒は、顔立ちは端正で、威厳と気品を兼ね備えたような少女だった。
「あ、あの……フィオナ様……。タブチとオーヤと言って、私を助けてくれた人達です。ま……魔法に自信があるらしいので、学校の紹介を……」
ドナは、おどおどしながらそう答えた。「魔法に自信がある」なんて一言も話していない田渕と大家は大慌てだ。
「……そうですか。では、早く購買部で制服を揃えてください」
そう言うと、フィオナと言う少女は、くるりと背を向けて学院の中へ歩いて行ってしまった。ネクタイの色はドナと同じ白色だったので、一年生のようだった。
ドナは、はぁっと大きく息を吐いた。
「良かったぁ。今のは一年生の学級委員長で、公爵令嬢のフィオナ様なのよ。許可をくれたみたい……」
田渕と大家は、小声でひそひそと話す。
「購買部とか、委員長とか、日本とそっくりだね」
「それよりも、セキュリティーがゆるゆるなのが気になるお……」
三人は、建物の中へと入っていった。
田渕と大家は、購買部で制服を手に入れた。価格は、驚きの無料だった。どうやら、実技の授業で燃えたり傷んだりするので、無料で交換が出来るシステムになっているようだった。
田渕と大家は、トイレにて制服にさっと着替えた。男女の制服の違いは、スカートとズボンと言うだけで、上半身は全く同じだ。慣れた制服に五分で着替えて来た田渕達に、ドナは驚いた。
「すごいね! 普通、ネクタイには手間取るはずなのに……?」
ドナは不思議そうにしながら、田渕達と教室へ向かった。
ドナの説明では、先ほど学校へ登校してきていた生徒達は、王都に住む貴族のご子息、ご令嬢と言う事だ。では、地方に住む貴族の子供達はと言うと、この魔法学院の中にある、居住区画にて、二人一部屋で住んでいるらしい。
「おはようございます、ドナさん。その方々は?」
「おはよう。この二人は、お試しで少しの間通うのよ」
「えっ……。まあドナさんがそうおっしゃるのでしたら……」
意外にスムーズに、田渕達は受け入れられた。軽く見学する程度のつもりだったのに、まさか生徒として授業を受けられるなんて、田渕達は驚いた。だが、異世界の授業がどんなものかと言うのは確かに興味があったので、意気込んで授業に臨むことにした。
しかし……二時間後、
キーンコーンカーンコーン
「どうだったタブチ、オーヤ、魔法の授業は?」
終了のチャイムと共にドナに尋ねられた田渕達は、はっとした。
いつもの癖で、授業が始まった瞬間、田渕はアイドルの事を、大家はアニメの事を考えて過ごし、気付けば授業が終わっていた。パブロフの犬のような、恐るべき生活習慣病だった。
「しまった……貴重な魔法の授業を……」
「義務教育時代の刷り込みが、自分でも恐ろしいお」
頭を抱える二人を見て、授業が少し難しかったのかなと解釈したドナは、にっこりと笑って言う。
「まあ……次の二時間は、実技だから頑張ろうね!」
そうして、午前の授業の後半部、中庭訓練場による実技授業へ、三人は向かう。
魔法学院は、二時間を一コマとして、授業が行われるようだった。つまり時間割は、午前中が二コマ、午後が一コマとなる。
日本とは違うが、これは単純に、授業が『魔法座学』と、『魔法実技』の二種類しかないので、一時間ごとに入れ替えて授業をすると効率が悪いため、当然とも言える措置のようだった。
例えば、国語、体育、国語、体育、とするより、国語、国語、体育、体育、とすると言う事だ。
中庭訓練場は、丁度日本の体育館程の広さだろうか。
一年生と言う事で、、十メートル程に離れた木の的に魔法をぶつけるという、初歩的な授業だった。取り敢えず一クラスの半分である二十五人が横並びになり、木の的を魔法で狙う。
「いい? 魔法って言うのは、火、風、土、水、の四つが基本で、特殊な素質のある人、もしくは種族だけが、光と闇、そして雷、を扱えるの。
それ以外にも、女神様だけが操れるって言う属性もあるらしいんだけど、その話しは置いておいて、普通は、今言った属性の内、一人が一つの属性だけしか使えないかな」
「ふむふむ……」
授業を全く聞いていなかった田渕と大家に、ドナが簡易授業を行う。
「魔法はイメージで、詠唱をする事によって、イメージを強固にするの。更に詠唱には、周囲から魔素を選別して集め、威力を強化する長所もある。
無詠唱魔法はよっぽど熟練した魔法使いが急いで魔法を使う時だけで、普通は詠唱するの。はい、これ」
ドナから教科書を渡された田渕と大家は、前列の生徒と場所を入れ替わり、的に向かって、教科書に書かれている呪文を読み上げる。
「えぇっと、燃え上がれ豪炎、赤から紫となり、全てを焼き尽くせ」
「唸れ暴風、とばせ鉄拳、ロケットパンチ……ん? 唸れ暴風、飛べ真空、ロケット……ん? 唸れ暴風、飛べ真空、二つに切り裂け」
呪文を終えた田渕と大家は、手の平を木の的へ向ける。
「豪火炎!」
「ロケットパンチ!」
お察しのように、二人から魔法の欠片も出なかった。ドナが田渕と大家に近づき、人差し指を振りながら言う。
「タブチ、もう少し弱い魔法からにしようよ。『火弾』とかね。オーヤはなんだか取りつかれたように、ろけっとぱんち? とか言ってるけど、『風刃』でしょ?」
「確かに、火弾の方が、薪に火をつけるのに便利そうだ」
「呪文って概念が無いから、すぐアニメの歌に繋がってしまうお……」
だが、仕切り直した所で、二人から魔法は一ミリも出なかった。属性を変えて見ても、同じだ。
「どうして? 二人とも、本気でやってるの?」
ドナが何やら、訝し気な表情を浮かべながら聞く。田渕は、はぁっとため息をついて答える。
「いや、もの凄く本気なんだけどなぁ……。僕達にやっぱり魔法の素質は無いみたい」
田渕の言葉に、大家はうんうんと頷いて同意する。
「……あなた達、自分の職業は知っているの? 判定の石板とかで調べた事ある?」
そう聞くドナに、田渕は、「吟遊新人と絵師だよ」と、答えた。ドナは、ひどく驚いたようだった。
「まさか? 本当に? じゃあ、どうして……?」
「どうして? ってなんの話?」
じっと田渕に見られている事に気が付いたドナは、笑顔を作り、なんでもなかったかのように、また魔法を教える。だが、それから二時間近く経っても、やはり田渕と大家は魔法を出せなかった。
授業が終了する時間が近づいてきた。それに従い、何やらドナはそわそわとし始める。しかも、それはドナだけじゃなく、他の生徒達も、時計を気にしているようだった。
「この後、何かあるの? お昼?」
聞く田渕に、ドナは首を大きく縦に何度も振る。
「あのね、今日の学食のデザートが、シュークリームなの! シュークリームって知ってる? 中にカスタード、生クリーム、って言う物が入っているふわふわのお菓子っ! デザートはいつも限定百個だから、シュークリームじゃなくても、遅く行くと売り切れちゃうのよっ!」
「シュークリームぅ!?」
田渕と大家の口はあんぐりと開き、よだれが並々と溜まる。異世界に来て数か月が経ったが、甘いお菓子は一度も食べていなかった。
キーンコーンカーンコーン
「じゃあごめんっ!」
授業終了のチャイムが鳴った瞬間、ドナは近接職のようなスピードで、食堂へ向けて駆けて行った。
田渕と大家も後を追おうとするが、制服の首根っこをむんずと掴まれた。二人が振り返ると、そこには学級委員長であるフィオナが立っている。
「あなた達、一度も的を破壊していないですよね? 居残りですわ」
田渕と大家の顔が歪む。
「あっ、あのっ! フィオナさんは、シュークリーム食べに行かないんですかっ?」
「そんなもの、お屋敷でいくらでも食べられますわ。販売しているお店がありますので」
「そ…そうか……。フィオナさんは、確か公爵家の人……」
中庭から、全ての生徒がいなくなってしまった。残っているのは、フィオナと、田渕と大家の三人だけだ。
「大家さん! なんとか魔法を絞り出してよっ! 三学年で学院の生徒は約百五十人、シュークリームは限定百個だよっ!」
「そもそも、絵師と吟遊詩人には魔法とか無理なんじゃないかおっ! この機会を逃したら、スイーツを食べるのはいつになるか分からんおっ!」
田渕と大家はわちゃわちゃと騒ぎながら、時折、的に向かって手の平を突き出してみるが、やはり何も起きない。
その様子をしばらく見ていたフィオナだったが、首を横に振りながら背を向けて呟いた。
「やはり何かの……、ふぅ」
「♪パワーアップ♪」
バキャッ
しかし、フィオナが溜息をついたと同時に、後ろから音が聞こえた。
驚いてフィオナが振り返ると、粉々になった田渕の的があった。そして、その的の向こうでは、拳ほどの石が転がっている。
「石弾の……魔法? を出したのですか?」
そう言ってフィオナは田渕に目を向けるが、すでに田渕の姿は無かった。そして、隣にいた、大家の姿も無い。ふと校舎を見れば、中へと消えて行く田渕と大家の背があった。
フィオナは慌てて呼び止める。
「お待ちなさいっ! オーヤ、あなたの方の的はまだ…」
ドガーンッ
突然、大家の的が、炎と共に吹き飛ばされた。根元から折れて飛ばされた的が、燃えながら空から落ちて来た。大家が投げた、手榴弾の爆発だった。
「なっ……何が? 破裂する炎? それに、無詠唱による石弾? いえ……その前に、確か……『ぱわーあっぷ』って聞こえましたわ。聞いた事も無い詠唱……」
フィオナは、胸に手を置いて自分を落ち着けると、ぽつりと言う。
「まさか本当に……あの二人は……?」
フィオナは、食堂とは別の方向へ、歩いて行った。
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