42話 平民の少女
お待たせしました。始まります。
広い部屋の一室で、円卓を囲んでいる者達がいた。
皆、身分の高そうなしっかりとした身なりで、王様のような男もいる。
静かな部屋で、王が、円卓の向かいに座っている女性に口を開く。
「意見はあるか?」
「……我々は防衛します」
すると、王は机を少し強めに叩いた。
「何故だ! 我が国の命運が掛かっているのだぞ!」
「防衛も重要です。王都を空にする訳には参りません」
「背後はクラブ連邦だ! 我が国を攻めるはずが無かろう!」
「果たして、彼らはそれほど脅威なのでしょうか?」
「もちろんだ! お前だからこそ、良く分かるだろう!」
「まだ何もしておりません」
「始めれば、手遅れだ!」
女性は、考えを巡らせるように視線を下げて、一息つく。その女性に、王は言う。
「スピツ騎士団に入り込んでいた、魔族の事は聞いているか?」
「ええ……、もちろん」
「その魔族を倒したのが、奴らの内の一人だと言う話だ」
「……まさか。彼らに、それほどの力はありませんよ」
王は側近に合図をすると、その側近が円卓を回り、女性に紙を手渡す。
「……これは!? まさか、魔族との戦闘跡!?」
「スピツ領に近い、ミスチェル北の森林地帯、そこに突如現れた荒野だ。直径で百メートルの森林が吹き飛ばされていたとの事だ」
「こんな……クレーター……が?」
女性は、手書きで書かれた風景画を見ながら、唾を飲み込んだ。
女性の様子を確認した王の側近が、口を開く。
「この地面跡を作り出したのが魔族の仕業だとしたら、ミスチェルはそのまま魔族の手に落ちているはずです。しかし、ミスチェルは無事で、姿を消したのは魔族です。
となると、これは、魔族が負けた痕跡だと考えるのが自然です。それで、こんな事が出来る力のある者とは、一体誰でしょうか? 現在把握されているS級冒険者達の仕業では無い事の、裏付けは取れています。そして、ミスチェル王国の騎士団には、S級並みの力がある者はいない。
そうなれば、これは新しい実力者による力の跡と考えられる。当時、ミスチェルには入国制限が掛けられていたので、他国の者が入り込んだとしたら、少数です。これは、その少数による破壊跡です」
「……しかし、彼らがミスチェルに行き、魔族を倒す理由が無い」
女性がそう言うと、王は、ゆっくりと首を縦に振る。
「その通りだ。そして、彼らが出国した形跡も無いのだ。霧のように現れ、霧のように消えた。目的は不明。……だからこそ、私は恐ろしい」
腕組みをし、指に顎をのせて目を瞑っていた女性だったが、その目がぐっと開かれた。
「三十八……?」
「ん? なんだ?」
肘を机に突き、視線を下げていた王が顔を上げた。
「彼らの総数は、三十八人です」
「……ああ、そんな事は、当然にこちらの諜報部も掴んでいる」
「なぜ、三十八なんでしょう? 切りの良い四十では無く、三十八……」
「はぁ……? それを言い出せば、切りの良い五十でも無いが?」
「いえ、五十はあり得ないのです。ただ、四十だと決まっている訳でも無い。三十八もあるし、四十二もある」
「お前、何を言っているのだ……?」
王が側近に顔を向けると、側近は目を閉じて首を横に振る。
女性は、すぅっと息を吸ってから、静かに言う。
「ただ、今回は……四十から二を引いた、三十八な気がするのです」
王は、側近へ向かって肩をすくめて見せた。側近も、聞こえないように溜息をつく。
女性は、立ち上がってから王に言う。
「気にかかる事があります。我らは、もう少し情報を集めたい」
そのまま女性は、足早に部屋を出て行ってしまった。
「無礼な……」
王の側近はそう呟いたが、王は片手を上げてそれを静止する。
「いや……奴にだけ分かる、何かがあるのだ。法則なのか、決まりなのか知らんがな……」
女性が抜けた円卓では、そのまましばらく話し合いが行われた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュディ王都 魔法学院区画
大家は、両手に肉串を持って、右、左、と、交互に食べながら夕暮れの街を歩いた。
「ミスチェルのテリマヨも良かったけど、この燻製バジルみたいな香りづけも美味しいお」
「この国から東のティーラル王国まで森林地帯が続くから、香草とかが豊富なのかな?」
田渕と大家は、すでにナンの街の住人へのお土産は買い終えて、全て大家のタブレットの中に収納している。
「明日、近くの森で、これに使われているようないい香りの薬草でも採取して帰るかお?」
「うーん。でも、ここはティーラルの大森林の近くだよ。多分、魔獣が強いよ。それこそ、ゴブリンもいるかも?」
「あれが複数いたら、とても手に負えんお。それに、この間のゴブリン一体に大量の爆薬使ってしまって、また爆薬の絵を描くのちょいとめんどかったから、それを鑑みてもゴブリンはごめんだお」
「でもまあ、街の側なら大丈夫かな?」
肉串を平らげた田渕達は、食欲をそそる匂いを漂わすスープを扱う露店を見ながらふらふらと歩く。
ドンッ
「……ごめんなさい!」
特に人通りが多い訳では無かったが、大家に、同い年くらいの黒髪の女の子がぶつかった。女の子は目線を合わせずに謝ると、そそくさと行ってしまう。
大家は、大きく首を傾げながら、ポケットに手を突っ込む。
「ガイグダン十三話で、カイ=デンシがスリに遭った時に状況が似て……、あっ! 無いっ!」
ポケットに入れていた一枚の金貨が無くなっていた。この金貨で本日の宿代を支払い、翌日の朝食を購入しなければならなかった。
「ちょっ、待てよっ!」
大家は、少女を追ってタッタカ走り出す。田渕はそれに続きながら大家に言う。
「今のモノマネ? 余裕だね大家さん」
「戦闘職でも無い町人が、Fランク冒険者であるワタシ達から逃げきれるはずがないお」
スリと、田渕達の追いかけっこが始まる。
スリは若い女の子で、スタミナは大人の男性と同じくらいはありそうだったが、なんせ田渕は、歌の技術で体力回復出来るので、田渕と大家の走るスピードは一向に落ちない。
「はぁ……はぁ……もう……駄目……」
息も絶え絶えになった女の子は、街の端にあるくたびれた家の前でついに倒れた。その横に立った田渕は、手のひらを差し出す。
「さあ、僕達のお金を返して。今なら……そうだなぁ、モノマネ……か、変顔、もしくは
、一発芸で許してあげるよ」
「はぁ……はぁ……お金が……はぁ……はぁ……薬代……はぁ……」
むにっ
大家は、少女の頬を横にひっぱり、少女の目を糸のように細くする。慌てて田渕が大家の肩をぽんぽんと叩く。
「ちょ…ちょっと大家さん、変顔 早いよ。この子、何か言っているよ」
「はが……ふが……おはあさんの……ふすりだいは……」
どうやら少女は、目の前にある貧しい作りの家の子のようだった。
事情を聞き、家に招き入れられると、ベッドに母親らしき年齢の女性が寝ており、側に、五歳くらいの妹と思われる女の子がいた。
この平屋の間取りは、やや広めのこの部屋一室だけで、ワンルームのようだった。
スリの少女は、ドナと名乗った。歳は田渕達と同じ十六歳。そして、五歳の妹はステフで、母親はパメラと言う名前だった。
母親のパメラは寝込んでいたが、田渕が『全治癒』をかけてあげ、お土産に買ってあった肉串などを食べさせると、すぐに上体を起こせるまでに快復した。
ただ、元から顔色もそれほど悪い訳じゃ無く、体も痩せこけていると言う程でも無かったので、原因が栄養失調だったのかどうかは、不明だった。
とりあえず、元気になった母親の姿に、妹のステフは喜んだ。
「がっこうへ行けるね おねえちゃん!」
ステフは、飛び跳ねながら手を叩き、姉のドナに言った。
異世界に、学院や学校と言う物は非常に少ない。田渕は首を傾げながらドナに尋ねる。
「学校って、もしかして……?」
「うん。魔法学院に通っているの。学費は特待生枠で免除なんだけど……」
学費は掛からないが、母親が病気で働けなくなって家計に使う収入が無いとの事情で、ドナはしばらく魔法学院へ行けていないようだった。
「平民でも、魔法の素質がある子には、学費免除で魔法学院に通う事が出来るって事? さすが魔法大国と言われるジュディ王国だね」
田渕の言葉に、大家もうんうんと頷く。
ドナも一つ頷いてから、田渕達に言う。
「良かったら、明日、魔法学院 見に来る?」
「え?」
思いがけない言葉に、田渕は気の抜けた声を出した。
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