38話 やらせ? 出来レース?
闘技場では、イケメン副団長が、見る影も無くなっていた。髪はざんばらで、息も絶え絶えだ。槍を杖のようにし、ようやく立っている。
舞台の外にいるドランから、檄が飛ぶ。
「もう良いだろう、ジンバ! そろそろ決めろ!」
「はぁ……はぁ……。俺がこんなになっているのに、なぜ幻覚魔法が解けないんだ……。もしかして、これは現実なのか……?」
技術発動の元になる魔力が切れたようで、ジンバは激しい眩暈と頭痛に襲われていた。おまけに技術を使い過ぎた反動で、全身の筋肉が悲鳴を上げている。
「どうする……このまま負けては、余りにも格好悪い……」
ふんと気力を振り絞ると、ジンバは体の隅々にまでに力を漲らせる。そして、しゃんと立った。
「タブチ……、君は中々才能がある。勝ちを譲ろう。是非、二回戦でも頑張りたまえ……」
「えっ! 良いんですかっ! 一般人が、二回戦に上がっても? ……あれ?」
田渕に返事は返ってこなかった。ジンバは、すでに倒れて白目を剥いている。
「しょ……勝者……、た……タブチっ!」
審判からコールがあった。審判も、騎士であるジンバが勝つのが台本だと思っていたので、驚いている。
「やったよ! マリーさん!」
田渕は、主賓席にいるマリーに、大声で言った。そのマリーは、隣にいる騎士に、肩を押さえられ、座るようにと怒られているようだった。
「マリーさん、上位冒険者を目指しているだけあって、本当に戦いが好きなんだなぁ。あちゃぁ、興奮しちゃって、よだれも出ちゃったのかな?」
マリーは、隣の皇后である母親に、首元をハンカチで押さえられているようだった。ハンカチに滲む血の染みは、この距離では田渕には見えなかった。
「えっと、勝者がシャッフルされるから、次の僕の順番は……、えっ?」
舞台の中央にいた田渕は、スピツ騎士団に囲まれていた。人数は、一回戦を勝ち上がった、ドランを含む七人全員だ。
ドランは、田渕に向かって長剣を抜きながら言う。
「まったくジンバの奴、遊びすぎて魔力切れとか、降格も考えなければならんな」
七人が、剣、槍、斧と、自慢の武器を持って田渕ににじり寄る。
展開が理解出来ない田渕は、自分を囲んでいる面々に、きょろきょろとしながら言う。
「ど……どうしたんですか皆さん……。二回戦って、バトルロワイヤルでしたっけ?」
「タブチぃ……」
その時、歓声が一瞬とぎれた間を縫って、マリーの声が聞こえた。
「あ、マリーさん、応援ありがとう!」
田渕はマリーに手を振る。そのマリーは、涙を流しながら田渕に叫んでいるのだが、距離があり、田渕からは熱心に応援しているようにしか見えない。
だが……マリーの願いが天に届いたのか、田渕に、マリーの声がほんの僅かに聞こえた。
「タブチぃ……げてぇぇぇ」
「うん? え? ……げてぇ?」
田渕は首を傾げた。
「げてぇ? ゲテェ? 方言かな? タブチ、げてぇ?」
更に、田渕は考える。
「ゲテェ……。ゲ……ゲ……ゲッチュウ? あはは、それは無いよね。えっと、げてぇ。タブチ……、ゲェ……テェ。タブチ、エッテェ? ん? タブチ、イッテェ?」
そこで、田渕は閃いた。
「タブチ、行ってぇ! って、言ってるのか!? けど、どこに?」
田渕は見回す。北に出口、南にも出口がある。しかしそれより、スピツ騎士団員の囲いが狭くなって来ている。
「……分かったぁ! そうか! 一般人の僕が二回戦に勝ち上がるなんて、可笑しいと思った! これは、マリーさんの、いや、マリー王女の筋書き通りなんだ! マリー王女は、友達の僕に、優勝しろって意味で、「タブチ、いけぇ」って叫んでいるんだ! けど……」
田渕はドランの顔を見ながら呟く。
「い……良いのかな? でも、これはミスチェルのお祭りなんだから、王女であるマリーさんに恥をかかせてはいけない。……多分、僕の演技が下手だから、緊張しないように、筋書きを予めに伝えなかったんだな、きっと」
田渕の心は決まった。出来るだけ、派手なアクションで、面白おかしく戦えばいいのだと考えた。
ドランが長剣を突き上げる。
「そろそろ本隊が闘技場を囲んでいる頃だ! もう遊びは終わりだ! こいつを血祭りに上げ、宣戦布告をするぞ!」
スピツ騎士団が、輪を狭めて田渕に斬りかかる。
田渕は、俯いたまま拳を握り、その拳を、闘技場に打ち込んだ。
ドガンッ
闘技場の石畳に、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。その隙間に、ドランを始め、騎士団員達が足を取られる。その派手な様子に、観客席から、本日一番の、大きな歓声が上がった。
態勢を立て直し、スピツ騎士団の若手が田渕に斬りかかる。大剣騎士の、ボガードだ。
田渕は足元に置いてあった剣を拾うと、ボガードに向かって剣を振る。刃では無く、剣の面でボガードの頬を引っぱ叩いた。
ぐるぐるぐるぐる
竜巻でも突如発生したのかと思う程、ボガードの体は超高速回転で舞い上がっていく。二十メートル程上がると、そこから落下し、石畳に頭から落ちて来る。
「ボガード! うわぁ!」
仲間が受け止めようとして、竜巻に巻き込まれ、二人が石畳に転がった。
慌てて田渕が倒れた二人に駆け寄る。
「大丈夫? ぶつかっちゃった? うーん、全治癒すると、演技的にまずいから、♪恋の魔法 痛いの痛いの飛んでけー♪」
全身の骨が砕けていた二人の騎士だったが、骨折が治り、全身打撲だけの怪我となった。
屈んでいた田渕が立ち上がろうとすると、そこに、大きな盾を持った騎士が、右手の片手剣を振り下してくる。
しかし田渕は、その片手剣を、人差し指と親指で、挟むようにして受け止めた。当然、盾騎士の顔色が変わる。
「防御力強化! そして、上級スキル、硬質化っ! オーガの一撃すらも受け止める、俺のこの盾を…」
バキャンッ
屈んだ状態のままで繰り出した正拳突きが、盾騎士の重厚盾を、木っ端みじんにした。更に胸部装甲と、腹部装甲の破片をまき散らしながら、矢のような速度で、場外にある観客席下の壁に、盾騎士は叩きつけられた。そのまま、うつ伏せに倒れる。
観客席は、大いに盛り上がった。田渕も、スピツ騎士団の演技力に感心している様子だ。だが、スピツ騎士団の面々は、血の気が失せていた。
「何が起こっているんだ?」
「幻覚魔法か?」
「囲んでいた全員に、幻覚魔法は無理だろ」
そこで、ドランが何やら腕を振って、主賓席に合図を送った。それから、田渕へと言う。
「タブチとやら、それ以上暴れると、王族の命は無いぞ!」
これは、ドランが懸念していた、カイザーやギルドマスターが救出に来た時に対する、王族を人質にする策だった。
だが、全てが台本通りだと思っている田渕は、ドランに親指を立てて見せる。
「♪会いに行くわ、逆バンジー♪」
「きゃぁ! やめて!」
マリーは、スピツの騎士に、喉元を片手で握り込まれた。戦闘職の力だと、女性の首を折る事など容易い。マリーも一応戦闘職なので耐久力はあるのだが、まだ冒険者ランクがEランクと未熟なので、騎士が本気になれば、首は簡単に折れる。
「大人しくしろ! お前の代わりは、王に、王妃と、まだ二人もいるんだぞ!」
暴れるマリーに苛つき、騎士は腕に力を込める。だが、その腕に、スピツ王妃であるローラがしがみつく。
「止めなさい! マリーから手を離して!」
「しかしローラ様、これはドラン様からきつく言いつけられており……」
騎士が腕を振ると、ローラは吹っ飛び、転んだ。
「ロ……ローラ姉様に……何……を……ぐ……ぐふっ…」
マリーの顔色が、赤から紫になる。ばたつかせていた手足も、だらりと下がった。
……そこに、超高速で迫って来る物体があった。
「……ンジィ♪」
ズドンッ
スピツ騎士の腹に、田渕の頭突きがめり込んだ。スピツ騎士は、血を吐きながら、腹を押さえてもんどりうった。
田渕は立ち上がると、騎士の演技力に、また感心をする。
「皆、血のりを持っているんだなぁ。スピツ騎士団の装備リストに入っているのかな?」
田渕は、次にマリーを見た。マリーはぴくりとも動かない。
「マリーさん……、迫真の演技だね……。ん?」
そこで、田渕はマリーの首に、切り傷があるのに気が付いた。
「今ので、ちょっと切っちゃった? はい、♪全治癒♪」
マリーの体が光に包まれた。直後、マリーの目は、きょとんとした様子で開かれた。
「マリー! 良かった!」
ローラが、泣きながらマリーを抱き起した。余りの演技力に、田渕はちょっともらい泣きしそうになった。
「えっと、マリーさん、本当に、僕で良いのかな?」
「……えっ?」
「あっ! ごめん! マリーさんが決めたのだから、これで良いんだよね! じゃあ、行って来る!」
田渕が地面を蹴ると、舞台へ向かってすっ飛んで行き、隕石の如く、舞台の石畳に突き刺さった。
田渕は、「優勝は僕で良いのか」と尋ねたのだが、マリーには、何の事だか分からない。当然だ。全ては田渕の早とちりと勘違いなのだから。
ローラが、マリーの頭を撫でながら言う。
「マリー、あなた、プロポーズされたんじゃない?」
「えっ! 嘘っ……そんな……し……死刑よっ!」
「まだその口癖治って無いの? いい加減にしなさい!」
ローラは、マリーの頭をぽんぽんと叩いた。
次話は 8/14 18時投稿です。




