33話 演劇の国?
翌日、田渕と大家は、マリーと共に、ギルドの扉を開けた。
「ほ……本当にやる気? 下手したら死んじゃうわよ。や……やめなさい。さもなくば……死刑よ」
震える声で良く分からない事を言うマリーの横で、田渕が腹から小声を出す。
「か…カイザーさん、……は、いますか?」
ギルドのテーブルに座っている冒険者全員の顔が向く。今日は祭りなので、殆どの冒険者が仕事に行っておらず、ギルド内にたむろしていた。
テーブルの奥に座っていた、熊のような体格をした男が立ち上がり、ビール樽を片手に、近寄って来る。
「俺に何かようかぁ?」
顔中に傷を持つこの化け物は、十七歳で、田渕達の一個上である。
「すいません、人違い…」
踵を返そうとした田渕の体を、大家がぐっと押し留める。
(ワタシの作戦通りにするんだお!)
小声で田渕にそう言うが、大家は人見知りなので作戦には表立っては参加しない。
「えっと、バトルトーナメントの参加権利を賭けて、僕と勝負してください」
純然たる棒読みで、田渕は言った。
ギルド内に一瞬沈黙があった後、「ぎゃはは」と皆が笑い出す。
カイザーは、背を曲げて田渕に目線を合わせると、眉間にしわを寄せて言う。
「はぁ? お前がぁ?」
すると、カイザーの後ろから、田渕より少しだけ背の低い冒険者が現れて、ギルド内に響くように言う。
「ギルド最強の冒険者である兄貴に、このひょうろく玉が挑戦するってぇ? 兄貴は、ミスチェル王国最強の男だぞ! ビズ王国の拳聖ですら、鼻水垂らして逃げ出す程だぁ!」
どっと笑い声が起こる中、カイザーが、照れているのかも読み取れない、いかつい顔で言う。
「おいおい、言いすぎだぜ。この国には、ギルドマスターや、騎士団長のボンド様がいるんだぜ! まあ、どっちもいい年だから、もう俺とはやりたがらないだろうがなぁ!」
カイザーは、背負っていた身の丈と同じくらいの大剣を抜いた。二メートルはある大剣を、片手で地面と平行に構える。
カイザーの腰巾着男は、そのカイザーの雄姿を指さしながら、皆に言う。
「さあさあ、兄貴と、ひょうろく玉、どっちに賭けるんだぁ?」
しかし、冒険者達は一様に首を横に振った。「賭けが成立するかよ!」と、野次も飛ぶ。
冒険者達全員に笑われながら、田渕達とカイザーは、ギルド受付横の扉から、ギルド訓練場へ向かった。
訓練場は、土の地面で、広さは三十メートル四方だった。隅には、丸太やら、木剣やら、藁の束のような物が置いてある。
カイザーは、腰巾着と共に、田渕に向かって立つ。
そのカイザーに、田渕はこそこそとした足取りで近寄ってい行き、小声で言う。
「僕とマリーさんは友達です。僕に譲った方が良いと思いません? よぉーく考えてみてください」
元の位置に戻る田渕の背を見ながら、カイザーは腰巾着に言う。
「スネイル、あいつは何を言ってるんだ?」
すると、スネイルと呼ばれた腰巾着は、腕組みをしながら首を傾げる。
「確かに、バトルトーナメントに出ても、それほど旨味がある訳じゃないっすよね。すでに兄貴の知名度は、かなりのもんなんで」
「だがよ、ボンドとか、武勇で有名なスピツ王国のドランやらを倒せば、更に有名になるだろ?」
「兄貴! それがご法度なのがバトルトーナメントっす! お約束と言うか、一般代表は、騎士団員に勝っちゃいけねぇ。騎士団同士も、騎士序列で勝ち負けが決まっていて、決勝は幹部クラスだけです。あと、相手に怪我をさせるのもご法度ですぜ!」
「ああん!? 誰が決めたんだそれはっ!」
「去年も兄貴は、酒をかっ食らって、闘技場で寝込んでいたしなぁ。昔から暗黙の了解ですぜ」
「そんなもん知るか! 全員をぶっ倒すまでだぁ!」
「兄貴、そうなると、騎士団全員からボコられますぜ……。もしかすると、スピツ王国の騎士団も加わって、さすがの兄貴でも……」
「な……なに? さすがに……そんな人数 相手にできねぇな……」
「ここは、ひょうろく玉にトーナメントを譲って、マリー王女に恩を売っておくのが賢いかもしれませんぜ」
「出ても、一回戦負けで恥をかくくらいなら、そりゃ……そうだな。これでマリー王女に気に入られて、……付き合っちゃったりできるかもしれねーしな!」
カイザーは、よだれを垂らしながら、マリーに向かって背一杯のキメ顔を作った。
「うぷっ……。気分が……」
マリーは、口を手で押さえ、カイザーに背を向けた。それが恥じらった様子に見えたのか、カイザーは、更にキメ顔の口角を吊り上げた。それを見た田渕は、首を傾げる。
「なんだろあの顔?」
「多分、損得を理解して、トーナメント出場権を譲ってくれるって合図だと思うお」
大家に言われて、田渕はようやく肩の力が抜けた。
「良かったぁ。これでバラバラにされなくてすむよ」
「後は多分、相手に任せるだけで良いお。上手く負けてくれるはずだお」
田渕は、「よし!」と言って、前に出た。マリーは、十五メートル後ろの、ギルドの扉の横で見守っている。
カイザーは、近づいて来る田渕を見ながら、何か閃いたように口元を緩ませた。
「そうだ……。何も無料でやる必要はねぇな。ここでぶち負かし、マリー王女に良い所を見せてから、後は、『お前の心意気は分かった』とか、適当な事を言って譲りゃあ良いな……」
カイザーは、背負う大剣を抜いた。剣の幅がニ十センチはあり、細かい傷が無数に刻まれている。歴戦の大剣で迫力はあるが、ある意味手入れがされていなく、カイザーの性格が表れていた。
「さあ……行くぜぇ」
「おうっ!」
田渕の返事を合図に、カイザーは右手一本で握った大剣を、空へ突き刺すかのように、高く抱え上げる。
「くらえ…」
ガツンッ
足元を、目のも止まらぬスピードで何かが横切ったかと思うと、カイザーの体は反時計回りに九十度回っていた。更にそのままもう九十度回ろうかと言う時に、カイザーは慌てて右手を地面に突く。
ドサボキッ
カイザーが地面に横たわる音以外に、何か妙な音が聞こえた気がした。
「ぐっ……っふっふ。や……やるじゃないか……。良い……足払いだった。……なあ、足払い……だったよな? へぇっへっへ……」
カイザーは、何やら妙に手間取りながら、時間をかけて立ち上がった。なぜか、右腕がぷらぷらとしている。
「ビギナーズラックだな。俺を転ばすなんてな……。俺は、ブラックボアの突撃を食らっても、転ばない男だってのによぅ……」
「あはは! ブラックボアの突撃なんかで、転ぶはずが無いですよ! カイザーさんって怖そうだけど、面白いですね!」
田渕が笑うと、カイザーは少し間を置き、「まあな……」と、答えるが、こめかみを汗が流れた。
「ぬぅぅぅん! お前など、利き手など使わずとも、左手だけで充分だぁ!」
カイザーは、転がっていた大剣を拾い上げると、今度は左手一本で振りかぶる。右手は、
余裕なのか、ぷらぷらとしたままだ。
「くらえぇぇい! 角熊をも真っ二つにする一撃、重唐竹割りぃ!」
ズォォォ
ぱしっ
ド迫力の一撃を、田渕は右手で受け止めた。
ピキッ バキバキ バキャンッ
田渕が刀身を掴んだ指に力を入れると、カイザーの大剣は砕け散り、三分の一程の長さになった。
「あっ……壊れた……。すいません……」
田渕は頭を下げると、手のひらに残った銀色の剣の欠片をカイザーに返そうとする。だが、カイザーは、柄と短い刀身だけになった大剣を後ろに投げ捨てた。
「手入れをして無かったからなぁ。寿命だろう。剣がそんなに脆いはずがねぇからなぁ……」
カイザーは、両手を前に突き出し、右腕と左腕を、自分の前でぐるぐると回転をさせる。
「大剣騎士職、上級スキル……幻騎士盾! さあ……打ってきやがれ!」
カイザーの前に、気流が渦巻いた壁のような物が作り出された。
幻騎士盾
大剣職は、両手で大剣を握る攻撃特化職なので、防御力に難がある。だが、このスキルにより、自身の正面に攻撃を吸収する気流の盾を作り出す事が可能。この盾で敵の攻撃を受け止め、大剣による渾身の一撃を打ち込むカウンター戦法は、他の職が羨む攻撃手段となる。
「どこからでも、かかってこい!」
カイザーは、拳に力を溜め、カウンターの機会を伺う。
「じゃあ、行きますよ!」
田渕が腕を振り上げる。それに合わせ、カイザーも腕を振り上げた。
「うらぁ! これが伝家の宝刀、カウンター…」
田渕は、真っすぐに右の正拳突きを出した。
その拳は、そよ風に吹かれながら、カイザーの腹に突き刺さる。
「うぐぼらぼっけぇぇぇん!」
カイザーの体は、矢のような速度で後方にあった丸太を吹き飛ばし、藁束の中にめり込んで消えた。太い足だけが二本突き出して、ぴくぴくとしている。
「あ……兄貴ぃ!?」
スネイルが慌てて駆け寄るが、カイザーは立ち上がらない。
「これで……勝ったって事で良いのかな?」
田渕がおどおどした様子で大家に聞くと、大家は田渕に親指を立てた。
田渕はカイザーに近づくと、声を掛ける。
「ありがとうございました。大丈夫ですか?」
その田渕に、スネイルが鼻水を垂らしなが言う。
「貴様ぁ! よくも兄貴をぉ!」
だが、その時、カイザーの足が動き、藁の中から、カイザーが立ち上がった。
「ぶほっ……。お……おま……おま……お前の……心意気は分かった……。さん……さんか……ごふっ……参加権を……譲ろう……」
目が虚ろでふらふらとしているが、カイザーは何とかそう言い終えた。スネイルは、ほっとした。
「な……なんだ兄貴ぃ! 平気だったんっすねぇ!」
「ありがとうございました!」
田渕はにこやかにそう言うと、大家の元へと走り、マリーと三人で訓練場を出て行った。
スネイルは、今にも倒れそうにふらふらとしているカイザーに言う。
「驚かさないでくださいよぉ。自分で吹き飛んだんっすねぇ。あんなスピードで丸太に突っ込んで平気とは、さすが兄貴! 自慢の大剣も、わざわざ壊して……、ほんと、演技派っすねぇ!」
「……おう。ま……まあな。剣の破片の掃除……頼むぜ……。散らかしていると……ギルドマスターに……どやされるからな……」
「へいっ! もちろん! 兄貴はもう一飲みするんですかい?」
「いや……ちょっと……治療所へ言って来る……」
カイザーはそう言うと、右に左に揺れながら、訓練場から出て行こうとする。その背に、スネイルは言う。
「なるほど! 平気で戻ると、賄賂でも貰ったのか疑う奴とかいそうっすもんね! ちょっとは戦いの痕跡を残すっ! さすが兄貴! 演技プランが細けぇ!」
カイザーは、扉の前に立った。だが、ぷらぷらした右手が全く動かないので、左手でノブを掴み、扉を開けた。
「し……真実味を持たすために、……一か月程 入院してくるぜ……」
「これを機会に、休みを取るたぁ、さすが兄貴! 一石二鳥ですね! ギルドマスターに報告はお任せあれぇ!」
胸を叩くスネイルを一瞥する事無く、カイザーは訓練所から、診療所へ向かった。その道中、気絶したように倒れたカイザーの噂を聞いて、スネイルは「兄貴の演技すげー」と、驚愕した様子だった。
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