27話 アイドルパワー
「……歌……かお?」
その歌は、何かが奏でるリズムに乗っていた。乾いた音で、太鼓などでは無かった。
ダンダンダン
「…………ぁぁぁ!」
ダンダンダン
「…………イラぁぁぁ!」
大家の焦点がはっきりすると、すぐ目前に、巨大ガニの右の爪があった。大家は後ろへでんぐり返しをして避けた。
ダンダンダン ダンダンダン ダーン ダーン
「ぅぅぅレイラぁぁぁ!」
ようやく大家は理解出来た。
聞こえるのは、歌と、木の板を棒でたたく音、そして、オタの合いの手だ。
「どういうことだお?」
大家は立ち上がり、驚いて振り返った。何故なら、近づいて来る足音と、オタの合いの手は、一人分では無かったからだ。
「いやぉぅ! レイラ レイラっ!」
現れたのは、白装束の一団。見覚えのある顔もあるので、間違いなくエンの村人達だった。だが、主に若い男と、中年男で構成されており、女性の姿が無い。
いや、あった。女性の姿があった。踊り狂う男や、木の板をリズムよく叩く男達の中心に、女性の姿があった。女性は、即席のようで雑だったが、色が付いた衣装を着ている。そして、皆より一段高い場所にいるのだ。
「ば……バカな……そんな事が……あるのかお……」
女性は、舞台の上に立って歌っていた。その舞台は男達と共に移動しており、舞台の下には、目を血走らせて支える男達の姿がある。つまり、神輿の要領で、舞台を運んで移動している。
「会長! レッドインセクギリーです!」
「そこで停止! 後は任せた会員ナンバー002よ!」
「いやぉぅ!」
やはり、率いているのは田渕だった。アーサーも、完全に別人格のようになっていた。
「みなぎるっ! みなぎるっ! 漲ってくるぅぅぅ!」
右斜め上、左斜め上と、ペンライトを振りながら田渕は大家へ向かって走って来る。SF桃色戦士ハニーハウス乙とは違うが、数か月ぶりの生ライブと言う事で、田渕のアドレナリンは目や鼻や耳から、吹き出しそうになっていた。
チャージまであと一歩と言う時、田渕の目に、レッドインセクギリーの姿がはっきりと映った。
「か……か……カニ? か……カニだぁぁぁぁぁぁ!」
田渕の体が発光した。強烈な光を放つ。
「漲ったぁぁぁ!」
「最後の一押しがカニとは……。なんて食いしん坊な奴だお……」
大家は、邪魔にならないように道を開けた。後は、田渕の一撃に掛けるしか無かった。
レッドインセクギリーは、男の姿を見れば、ここから去ると思われた。つまり、出会い頭の初手で仕留めるしかない。だから田渕は、移動式の舞台とアイドルを用意し、道中に『漲る』方法を用意した。
目の前を通り過ぎる田渕に、大家は声を掛ける。
「田渕君っ! 波動砲で消滅させたら、カニの身や、カニ味噌がっ……」
「♪好きな男子の行動を、まねまね♪」
「えっ? その歌詞は……?」
大家が不思議に思う前で、田渕の体から白い炎が噴き出した。その炎は、田渕の体を燃やすように包む。
「まっ……まさか……嘘だお田渕君……」
田渕はカニに迫りながら、両手を合わせ、そして空へと突き上げながら走る。
「神拳奥義っ!」
「マジか。動きを真似 出来るって、これも範囲内なのかお……」
田渕の体から空へと炎が伸びて行く。アリアの時は五メートル程だったが、田渕から伸びるそれは、五十メートルには達していそうだった。
「うぉぉぉ! 漲るぅ、竜炎剣ぇぇぇん!」
まるで、白い巨塔が倒れて来るようだった。
巨大ガニは、残った右の爪を横に構えて防ごうとするが、その爪の外郭に白い炎の剣が難なくめり込み、切断した。
ザンッ!
白い炎は、巨大ガニを真っ二つにした。そして、絶えず燃え上がるようにしてオーラを放出する剣は、カニの背後の海すらも割った。海が割れた距離は、二百メートルにも達した。
体の光が収まった田渕は、振り返り、白装束の村人達に大声で言う。
「ふぅ! イっちゃった!」
すると、村人たち全員が「イっちゃった!」と返してくる。
その様子に、大家は顔をしかめて言う。
「はぁ、エロ宗教みたいになってるお……。その労いのセリフ、何とかならんかお……」
ぽりぽりと頬を掻く大家の前で、崖の側に集まった村人達によって、田渕が胴上げをされている。
「皆っ! 魚だ! すごい数だぞ!」
アーサーが、崖の下を指さして叫んだ。その先の海には、海面に魚が腹を上にして浮き上がっていた。どうやら、竜炎剣が海を割った衝撃は周辺に伝わり、近くの海中にいた魚を気絶させたようだった。
食べ物に飢えた村人達が騒ぐ中、衣装に身を包んだレイラが崖の際までトコトコと歩いてきた。そして、魚を確認すると振り返り、頬に手を添えて、笑顔で言う。
「みんなぁ! レイラのために、魚を獲ってきて!」
「いやぉぅ!」
そう叫ぶと、村人達は道なき道を降り、崖を下って行く。そして海に入ると、さながら魚のつかみ取りのような様相となった。その中には、なぜかレイラのたくましい姿もある。
田渕は、崖の上から満足気に皆を見ていた。その隣に、大家も立って皆を見下ろす。崖下の村人達は、魚だけでは無く、巨大ガニの体も集めている。
「しかし、ワタシ達に倒せるとは、村人はレッドなんちゃらを過大評価をしてたのかお?」
「うーん。ビズ王が戦ったのが四十年くらい前らしいから……」
「なるほど。もうお爺ちゃんガニだったのかお! こりゃ勝っても自慢できんお」
レイラは、自分と同じくらいの大きさの魚を抱きつくようにして捕まえた。すると、目を覚ました魚が暴れ出すが、レイラは決して手を離さない。びったんばったんと、レイラはそこらをマグロに似た魚と跳ね回る。
「いいね。これぞ、次世代のアイドルって感じだ。日本でだって売れるよ」
「レイラさんをアイドルに選んだのは、田渕君なのかお?」
「いや、彼女が大家さんのためにやるって立候補したよ。アイドルに一番必要なのは、歌唱力や容姿なんかじゃなくて、やる気なんだよね」
「アーサーや、村の男達も、たった一日でよくオタに仕上げたお」
「一秒も休まず、十時間ぶっ続けでレイラさんの応援させたら、人格から余計な物が消えてね。これがスパルタってやつなのかな? 悪いと思ったけど、時間が無くて」
「それは、洗脳と言うお……」
「けど、一つだけ問題があるんだよね……」
「ん? なんだお?」
「ハニハウの『お助けメカ』みたいに、レイラファンの事をなんて呼ぼうかなぁって。他の歌手には、『信者』とか『武士』とかあるんだけど」
なんだそんな事かと言いたげにため息をついた大家は、ぽつりと言う。
「……じゃあ……村の成り立ちから『船員』はどうかお?」
「おおっ! 『海賊アイドル』に、ファンは『船員』、すごく良い! 決定だ!」
ここに、異世界初のアイドル、海賊系アイドル レイラが爆誕した。
その夜、またもやエンの村でパーティーが開かれた。
一昨日は焼肉パーティーだったが、本日は魚介バーベキューパーティーだ。だが、そのメニューの中に、カニは無い。
「よく考えたら、人を食べたカニの身を、食べられる訳がないお……」
「カニにテンション上がって、うっかりしてたね……」
大家と田渕は、顔を見合わせて苦笑いをした。
巨大ガニの身は、これから作られるエンの村の畑に、肥料として撒かれ、役立てる事にした。そして、カニの殻は、素材として村人の道具に使われ、一部は密かに売却されて村の金とする。
これが、生贄にされて亡くなった人達の、一番の供養になるのでは無いかと、村人達と田渕達が、話し合って決めた事だった。
いつもの事だが、田渕達はレッドインセクギリーの討伐を内緒にした。超希少素材などの行方を追求されても困るからだ。
ビズの国には、今年はレッドインセクギリーが現れなかったと報告し、来年以降も同じ報告をすることになる。今後、周辺の村や街にも被害が起きる事は無いため、問題視される事は無いだろう。
「まあ、カニがいるのは分かったし、次は捕まえて絶対食うお」
「この海に、一匹だけな訳が無いもんね」
そこに、アーサーがやって来た。何やら三十センチ程の細い棒を出し、田渕に見せる。
「村近くで獲れるアヤコ貝の貝殻なんですが、それを砕いて貼り付けました」
田渕は棒を手に取り、かざしてみる。松明の光を乱反射して、きらきらと棒は輝いた。
「いいね! 十分ペンライトの代わりになるよ。これを『船員』の全員に配布よろしく!」
「いやぉぅ! あと、会長、そろそろライブの方が始まります」
「ついにだね。しかしアーサー、舞台を作るために君の実家を解体してしまって、ごめんね」
「いやぉぅ! レイラの為に野宿する事など、容易い事です。悔いなど微塵もありません」
「よし! 行こう! 路上ライブじゃない、これが本当の初ライブだ!」
田渕とアーサーは、肩をぐるんぐるんと回しながら行ってしまった。そして、大家の席から少し離れた所にある舞台から、声が聞こえてくる。
「みんなー いくよぉ!」
「いやぉぅ!」
「♪ドラゴン、オーク、ぴょんぴょこぴょん♪」
「……異世界には、このダセぇ歌しか無いのかお。これで大丈夫なのかお?」
首を九十度まで傾げる大家の視線の先では、村の男達が右に左に腕を突き上げて狂ったように踊り始めた。
大家の予想とは裏腹に、海賊系アイドル レイラは、三か月もかからずにビズ王都まで名前を轟かす事になる。
そしてエンの村は、アイドル文化発祥の地として、異世界で長きに渡り聖地としてあがめられる事となった。
次回予告がすぐUPされます。




