25話 巨大魔獣 レッドインセクギリー
翌朝早く、アーサーが田渕の部屋に来た。今日は驚かす事も無く、小さなノックの後、静かに扉を開く。中では、田渕が土の上に敷いたゴザの上で、腕組みをして座っていた。
「タブチ、まさか寝て無いのか?」
「『彼氏のキッスで、三日くらいなら睡眠無しのガンギマリ』って歌詞があってね、全然 平気だよ」
「オーヤが出発するらしい。まあ、生け贄の崖はそう遠くない場所なんだけど、夕方にレッドインセクギリーが現れるまで、朝からずっと崖上にて待機するんだ」
田渕は頷き、立ち上がる。そして、アーサーと共に、見送りの場に向かった。
村の北側、見送りの場には、村中の人間が集まっていた。
大家を運ぶ棺桶のような木箱があり、その中には花と、少しの果物が詰まっている。その木箱には神輿のように木材で持ち手が付けられており、四人の男性で担ぎ上げ、この場所から五百メートル離れた生贄の崖に運ばれるとの事だった。
大家は、恐らく新品だろうと思われる村人と同じ型の白いワンピースを着ていた。顔には、かなり大げさで、濃い化粧がされている。いつもの眼鏡は外されたようだ。
「大家さん……」
大家の目の前に立った田渕は、続けて口を開く。
「どんなメイクをされても……すぐに大家さんだと分かったよ」
「これだけしても、まだうす味顔だとでも言いたいのかお?」
溜息の後、大家はいつもの眼鏡を掛ける。化粧を少しは気に入っていたようだった。
大家が運ばれていった後、村の入口できょろきょろと何かを探しているようなそぶりをしている田渕に、アーサーが声を掛ける。
「オーヤとの最後の挨拶、あれでよかったのか? 綺麗だとか、嘘でも言ってあげた方が良かったんじゃないか?」
結構失礼な発言なのだが、アーサーに悪気は無い。
田渕は、村の入口に積まれている材木を見ながら、アーサーに聞く。
「これって、僕が使っても良いかな?」
「ん? ああ、生贄の神輿を作った余りだから、好きにして大丈夫だぞ」
すると、近くにいた老人が、田渕とアーサーの元へ歩いてきた。
「アーサー、今朝早くに、ビズ王よりお達しがあった。ミベの街の税務官が裁かれるまで、エンの村の税は免除されるそうだ」
「へぇ! そりゃすごい! ……で、ホーク爺さん、なんで今、俺にそんな事を言うんだ?」
アーサーに聞かれたホークは、背を向け、浜辺へと歩いていく。村の家々からも次々に老人が出て来て、ホークに従うかのように、浜辺へ行く。
「アーサー、税が無いので、わしらだけで今日の分の仕事はこなせる。お前らは、今日一日 好きにすると良い」
ホークは一度振り返ると、そう言った。
「……何が言いたいんだろ? ホーク爺さん、ついにボケたかな?」
アーサーは肩をすくめた。
田渕は、木材を持ち上げてそれの強度を確かめるように拳でこんこんと叩いていたが、アーサーに言う。
「アーサー、協力してもらえるかな? 村の若い人を、全員集めて欲しいんだ」
「えっ? ……ああ、良いけど。どうせ今日は暇みたいだし」
アーサーが駆けだそうとした時、それを田渕が引き留めるように言う。
「あともう一つ!」
「ん?」
振り返ったアーサーに、田渕が言う。
「アーサー、協力してもらえるかな?」
「……なんで二回言うんだ?」
アーサーは首を傾げた。
夕方、生贄の崖の上には、まるでスズメの罠のような物が置いてあった。
木箱を反対にし、それを棒で支えて、作られた日陰に寝転んでいるのは、大家だ。木箱に入っていた花や果物は、その周りにぶちまけてクッションにしている。魔獣に用心されないように、タブレットからは何も出していない。
「暑いお。ワタシは天才的な閃きでしのげたけど、今までの人達はどうしてやり過ごしてたんだお?」
手を伸ばして果物を掴むと、それをむしゃむしゃと食べる。
「異世界フルーツはいまいちだお」
そんな独り言を言っていた時、崖から見える海の雰囲気が変わった。急に波が荒くなり、色も、エメラルドグリーンが深緑になった。
「ついに来たかお……。レッドなんちゃら」
大家は果物を投げ捨てた。そして立ち上がると、ショルダーバッグからタブレットを取り出して構える。
ドッパァァァン
崖に波が打ち付け、そのしぶきが崖上にまで飛んで来た。
「うお……でかいお……」
海のいたる所から、ふじつぼのようなざらついた数メートルもある突起が飛び出した。
ズズズズズズ
海が持ち上がる。その範囲は、ざっと三十メートルだ。少なくともそれ以上の大きさの魔獣が出て来るようだった。
「こいつ……まさか……」
赤い、岩場のような表皮が露出した。溶岩にまみれた赤い島が地底から噴き出してきたと錯覚する。
ついにレッドインセクギリーは姿を現した。巨大な平たい体を持つ魔獣で、その両側からは足が四本ずつ生え、体を持ち上げている。頭のような物は無いが、二本の腕は巨大で、ハサミのように先が二つに分かれている。
「……カニだお」
カニだった。
だが、通常サイズでも素手だともて余すくらい硬いカニなのに、この巨大ガニは大きさが足抜きで三十メートルもある。殻の分厚さは、どのくらいの厚みがあるのか想像が出来ない。岩山を相手にするような感覚に陥る程だった。
ガァン! ガァン!
大家はとりあえず拳銃を撃ってみたが、相手には何の気配も無い。怒る様子も無いので、蚊が刺した程もダメージが無い事が分かった。
大家は武器を変え、ロケットランチャーを担いだ。
バシュンッ ドォーン!
ロケットがカニの背で爆発した。だが、焦げ跡すら無い。どうやら体にあるぬめりと泡で、威力と熱を完全に遮ったようだった。
「これが本物の魔獣かお。ワタシ達が今まで狩ってきたような雑魚とは違うお……。冒険者達は、こんなのを日々 相手にしているのかお……」
巨大ガニが、片腕をゆっくりと高く上げた。
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