24話 いけにえの村
大家がばら撒いた発煙手榴弾の煙に紛れ、田渕と大家は無事に逃げおおせた。
当初は偵察飛行機で逃げる作戦だったが、前原だけでなく、本条や三馬鹿も目を覚ましたことで、大家は計画を変更した。異世界にあるはずが無い飛行機などを見られると、そこから足が付くかもしれないからだ。
田渕と大家は、エンの村に戻って来ていた。
本条やアリアが周辺をうろうろしている可能性もあるので、逆にスタート地点に戻る事で灯台下暗しとなる……と、田渕は考えていた。
だが、大家の考えは違ったようだった。
エンの村は昨日と様子が違った。
もちろん忙しそうに働いている者も多いのだが、数が少なく昨日の半数ほどだ。では残り半数の村人は何をしているかと言うと、家の中で作業をしているようだった。料理や、裁縫、祈りをしている人もいるようだった。
昨晩、パーティーを共にしたことで、田渕の顔を知っている村人達もいるはずなのだが、皆、まるで田渕達がいないかのように、よそよそしい。
村人達と過ごした時間は幻だったのかと思ってしまいそうになった時、田渕達の元へアーサーがやってきた。少し暗い表情でアーサーは言う。
「タブチ、アスカ国の騎士達はどうだった?」
「あ、うん。トラブルはあったけど、海賊達は捕まったと思う」
「えっ!? コクエン海賊団が!? タブチが捕まえたのか!?」
「うーんと、今頃、アスカ国の騎士と、冒険者のアリアさんが、警察みたいなとこに突き出しているだろうから、捕まえたのは彼らかな?」
「そうか。冒険者が来てくれたのか。そりゃ良かった……」
因縁がある海賊団が片付いたと言うのに、アーサーの表情は晴れなかった。
「アーサー、何か……村の様子が変なんだけど。誰か来たの? 兵士とか、また海賊とか?」
「ああ……、いや……」
言葉に詰まった後、田渕達から顔を逸らしたアーサーは、一度田渕達をちらりと見てから、俯き気味に口を開く。
「明日……、あの、儀式みたいなものがあってね。行事とでも言うか……」
そこで、ずっと黙っていた大家が、人見知りを思わせない強い口調で言う。
「生け贄の儀式だお」
アーサーの表情が変わった。少し眉間にしわを寄せている。そんなアーサーに、田渕はきょろきょろと村を見回しながら聞く。
「いけにえ? 何の話なのそれっ!」
すると、アーサーは小さなため息の後に言う。
「まあ、周辺の街には知られている事だから、隠している訳じゃないんだけど……、一年に一度、海の魔獣に……生け贄を捧げる儀式が、この村にはあるんだ。だから、前日ともなると、少し村の雰囲気が……下がるよな」
「生け贄って、まさか、人間じゃないよね!? 誰っ!?」
その田渕の問いには、隣の大家が答える。
「おそらく、レイラさんだお。だから、レイラさんは食事を取らないようにしていた。食料は貴重だから、死ぬ人間には必要無いとかそんな考えだお。ずっと気にかかってたのが、アリアさんの言葉で解けたお……」
「いやっ、違う! 最後だから食べるべきなんだ! だけど、レイラが気を使って……」
すると、田渕がアーサーの両肩を掴んで、真剣な顔で言う。
「問題はそこじゃないよ! どうして人間を生け贄なんて……。そんな野蛮なことっ!」
「野蛮じゃない! これはビズ王が決めた事なんだ! 年に一人、女の子を捧げる事によって、レッドインセクギリーは海辺の街を襲わない。ビズ王が若き日に魔獣と交わした約束なんだ! 犠牲者は、たった一人で済むんだ!」
「そんな勝手な約束っ! それに、どうしてそれがレイラさんなんだ! どうして、エンの村の人間が毎年一人死ななきゃならないんだ!」
「それは昔 海賊だったからだ! 本来なら死刑だったところを、生かしてもらえた! 礼に、その娘や孫がいけにえになるのは当たり前だ!」
「違う! 責任は、罪を犯した者だけが取るはずだ! 子供や孫は関係ない!」
「違わない! ビズ王が恩赦をくれなければ、その子供や、孫の俺達は存在していない! ビズ王が生み出した数百の命から、毎年一人が捧げられたって、結果は大きくプラスだ!」
「数百の命と、一人の命では、多い方を大事にするのは確かに正論だ! だけど、レイラさんの気持ちはどうなるっ! 人生が終わる悲しみは、大小の問題じゃない!」
「じゃあどうすれば良いってんだ! レイラを出さなきゃ、レッドインセクギリーがこの村や、北のミベの街を襲う! そうなれば、死傷者は一人じゃ済まない! おまけに、生け贄を渋ったこの村も、ビズ王に滅ぼされるかもしれない!」
「力を合わせて、そのレッドなんとかっていう魔獣を討伐するんだ! 未来永劫、悲しい思いをさせ続けられるよりずっと良いよ!」
「無茶いうなよ! 四十年前、若い頃のビズ王が討伐出来なかった魔獣だぞ! どうにもならなくて、結局 レッドインセクギリーと生け贄の契約を結んだ程の強力な魔獣だ!」
「なら、僕が戦ってみるっ!」
「Fランク冒険者に勝てる訳無いだろ! それに、生け贄の場に男がいたら、怒ったレッドインセクギリーがそのまま真っすぐにこの村に襲い掛かって来るぞ!」
「ワタシが行くお」
大家の言葉に、田渕とアーサーは固まった。二人とも、ゆっくりと大家の顔を見る。
「しかし……大家さん……。相手は、強い魔獣みたいだし……。大家さんが行くなら、僕も行くから二人でやろう」
「この間のザコ吸血鬼と違って、今回は本物だお。アーサーの言う通り、駆け出し冒険者にも手こずるワタシ達が勝てる相手じゃないお。負けた時、男の田渕くんがいたなら、レッドなんちゃらは暴れ出すみたいだお。でも、ワタシだけなら、一応 女だから食べて満足して帰ってくれるかもしれないお」
「そっ……それは……確かに……そうなのかもしれないけど……」
「勝てないまでも、多少の痛みを与えられれば、もしかすると来年は懲りて来ないはずかもしれないお。アーサー、この作戦でどうだお?」
「今までもレッドインセクギリーを前にして、恐怖で暴れた人はいたらしいから……多少は抵抗しても、周辺の街は襲われないかもしれない……。けど、絶対に勝てる訳がないから、オーヤ……死ぬぞ。死ぬんだぞ?」
アーサーが真面目な顔で言うが、大家はにやりと笑う。
「けど、レイラさんは生きるお。プラマイゼロで、一年間対策を練れる。死ぬのは、ワタシで最後だお」
しかし、田渕の表情は浮かない。
「大家さん、君がいなくなったら……僕は……」
「ワタシ達は、元々ぼっちだお。一年修業して、仇を討ってくれお」
そんな事を三人で話していた時、建物の陰から一人の髪の長い少女が現れ、駆けよって来る。
「オーヤ、私の代わりに生け贄なんて、絶対させない…」
プシュッ
空気が抜けるような音の後、少女の足元がふらついた。慌ててアーサーが抱き留めたのは、レイラだった。
大家は、手に持っている注射器のような物を一瞥してから言う。
「ドラマでありきたりの展開だから、ここはカットだお」
アーサーがレイラを見ると、腕の中で寝息を立てていた。
「それに……ワタシは気付いているお。アーサー、君の気持が、レイラに向いている事を。レイラを大切にするんだお……」
大家はそう言うと、アーサーにウィンクしてみせた。ただ、あまり得意じゃないらしく、片目が半開きで頬がぴくぴくと痙攣した顔だった。
去っていく大家の背を見ながら、田渕がアーサーに尋ねる。
「アーサー、レイラが好きだったのか。そんなそぶりが無かったから僕は……」
「いや……、なんなら、別に気になる娘がいるくらいなんだけど……」
「……なるほど」
丁度日も暮れ、村人達は仕事を終えた。田渕は、本日もアーサーの家に泊る事になった。
大家はと言うと、いけにえとなる者が最後の晩を一人で過ごす特別な家で、レイラの代わりに一晩過ごした。
次話は 5/22 9時投稿です。




