23話 本気
「じゃあ、そろそろ本気を出しちゃおうかなー」
「いや、やめておけ。それより、好きな歌の話でもしないか?」
田渕の提案に、アリアは口元を緩めた。田渕や大家は、本気で物を言えば言う程、冗談に聞こえる。
アリアは足を開き、胸の前で右拳を左拳で包み、全身に力を込める。
「はぁぁぁ! 神拳!」
途端に、アリアの体が白いオーラに包まれた。まるで、白い炎が体を燃やしているかのようだった。
アリアは右拳を後ろに引き、にやりと笑う。
「虎走波っ!」
拳を突き出すと、腕からオーラが放出された。流星のようになって田渕へ向かう。
「♪恋する女の子はぁ~、どうして体がかっちかちになるのぉ~♪」
ドォーン
「うわっ!」
白い爆発が起こると、吹き飛ばされた田渕がでんぐり返しで転がり現れた。ごろごろ転がって、うつ伏せで止まる。
「ドール! 大丈夫かおっ!」
大家が叫ぶと、田渕は腕立て伏せをするように体を起こし、立ち上がった。だが、田渕の鼻からは鼻血が出ている。その鼻に、田渕は右手を被せる。
「全治癒♪ まだまだだ! ……ん?」
田渕がアリアを見ると、アリアは動きを止めていた。両手を合わせ、目を閉じている。
……だが、静かな所作とは対照的に、体を覆う白い炎は、先ほどの三倍程に膨れ上がっていた。
「ドール、でかいのが来るお!」
「オッケーアニー! こっちも本気で行くよ……行くぜ! ♪チャラ男からのぉ……♪」
アリアは、合わせていた両手を、空に向かって突き上げた。頭上に、白い炎が噴き出すように伸びる。
「神拳奥義! これならぁぁぁ!」
アリアは田渕に向かって走り出すと、飛び上がった。そして、田渕の射程外の位置から、五メートル程に伸びた白い炎の大剣を振り下ろす。
「竜炎剣っ!」
「♪口撃をぉ……完全防御ぅ♪」
ガガンッ! ガガガガガガンッ!
すさまじい土煙が舞った。それが田渕やアリアの姿を隠す。
「くっ……」
土煙の中で、一人が両膝を突いた。ぽたぽたと、地面に血がしたたり落ちる。
「師匠……ごめーん。私には、まだ竜炎剣は早かったかなー……」
膝を突いていたのはアリアだった。アリアの両腕はずたずたに引き裂かれており、全ての指を失っていた。
「大丈夫か? アリアさ……アリアとやら」
田渕が近づくと、アリアは地面の上で仰向けに大の字になった。
「私の負けー。好きにしていいよー」
「そうか。……じゃあ、好きにさせてもらおう」
田渕は跪き、右手をアリアの胸の少し上に置く。恥じらいからか、アリアの体がぴくりと動いた。
「♪あなたの笑顔でぇ、私の体はぁ、全治癒よぉ♪」
アリアの体が発光した。痛みが消えたのでアリアが両手を見ると、全ての指は元通りで、腕の傷も完全に無くなっていた。
「うそー。なにこれー。治癒魔法……ううん、治癒魔法はこんなじゃない……」
アリアは、ビズ王の信頼厚い冒険者なので、高度な治癒魔法の使い手にも会った事があった。だが、アリアの知るどの治癒魔法よりも、田渕の全治癒は強力だった。
田渕は立ち上がると、アリアに言う。
「アリア、次会うまでに、竜炎剣を完成させるがよかろう」
「あ……、うん。師匠みたいに湖を割れるようになってから、また挑戦するよー。君こそ、その力を正義に使えばー、いけにえの村を救えるかもしれないのにー」
「いけにえの村?」
首を傾げる田渕の姿を、もくもくと土煙が包んで消していく。
「ごほっ! これちょっと土煙が凄すぎないかなー? どうなってるのー?」
アリアの言葉すらも、煙が包んでいくようだった。視界が完全に無くなる。
発煙手榴弾 煙を大量に出して視界を奪う武器 攻撃力は皆無 ガイグダンでも登場
煙が消えた時、黒装束の二人の姿は消えていた。
アリアは本条達と合流し、捕まえた海賊達を、北にあるミベの町に連れて行く事にした。コクエン海賊団の面々は、牢屋に長期間入る事になるだろうと予想された。
本条や前原、三馬鹿は、アスカ国へ戻る事にした。塩を積んだ馬車が列をなし、その列を率いる先頭の馬車の中で、前原は、はっと顔を上げた。
「……あの二人、もしかして」
それに気が付いた本条が、隣から声を掛ける。
「前原さん、どうかした?」
すると、前原は視線を斜め下に遣りながら、首を横に振る。
「……なんでもないの。でも……多分片方は、女の子だったんじゃないかなって」
「まあ……そうかもしれないね。結局得体のしれない二人組だったけど、アスカ国に戻れば、もう二度と会う事は無いかもしれないね」
「……どうかなぁ」
その前原の言葉は、冗談だと本条は聞き流した。
ビズ国 王都 ナバーン王の間
「ナバーン様、ミベの町より、アリアの報告が入っております」
白髪の側近から言われると、ナバーンはため息をつく。
「エンの村へ行かせたはずだろう? どうしてその北のミベにいるのだ。あの能天気娘め……」
「それが、コクエン海賊団のクロウを捕らえたそうです。おまけに、コクエン海賊団は壊滅だと」
「あのクロウを? 確かにアリアなら勝てるだろうが、クロウが陸に上がって来るとはな……。俺の現役時代の心残りを解決するとは、アリアを褒めてやらねばならんな」
「あと、妙な報告が……。エンの村の税率なのですが、九十五パーセントもの量を吸い上げられていると言っております」
「九十五? エンは、八十のはずだろう? その息子が七十で、孫の代になれば六十で固定となるはずだ。多少高いが、塩が豊富にとれて需要が切れる事無く注文が入るから、孫の代には、かなり余裕が出るようになる」
「エンの村の税は、ミベの街の税務員が担当しております」
「すぐにひっ捕らえ、俺の前に連れてこい。エンの村には、沙汰があるまで税は無しだと伝えろ」
「さすがナバーン様、賢策でございます」
そう言うと、側近は下がった。
ナバーンは大きく息を吐くと、ソファーのような椅子で仰け反り、天井を見上げながら言う。
「クロウを倒したとなると、近隣諸国を含め、名実ともにアリアが最強になったな。アリアにかなう者はいるまい。俺も鼻が高いってものだ。アッハッハ!」
ナバーンは、満足気に笑った。
次話は 5/21 22時投稿です。




