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星の守人たち


陽惺(ようせい)お兄ちゃんから、(たく)されていたものがあるの。きっと(りょう)家の秘密の庭園に、陽惺お兄ちゃんが残したものが隠されているわ。貴方に託すから、明日の朝いちばんに翔貴に渡してほしい』


 耳元で(つむ)がれた言葉を頭の中で何度も繰り返す。


 川のせせらぎのような優しい声は燈惺の全てを包みこむようだったが、胸に苦しくなるほどの切なさを残した。


 まるで、彼女は永遠の別れを告げているのではないかと、あの手を離すことが恐ろしいほど怖かった。去っていく彼女をどうしたら引き止められるか必死に考えたが、星華は明らかに燈惺に大切な何かを託している。それはきっと、兄が命がけで守ったものだ。


 少しの時間も無駄にしたくない。夜の闇に包まれた都の中を冷たい風を浴びなが馬に乗り走り続ける。駆け込むように陵家へと向かった。


 屋敷につくと玄士(げんし)蓮承(れんしょう)が待ってくれていたが、状況の説明だけして、燈惺は真夜中なのも構わず父である泰惺(たいせい)の部屋へ向かった。


 泰惺の部屋はまだ明かりがついている。迷わず部屋の前に(ひざまず)いた。


 父はまだ、燈惺と星華の結婚を許していない。


 燈惺は毎晩こうして、泰惺の部屋の前で(ひざまず)き、星華のことを認めてもらえるように許しを請うていた。どんなに冷たくあしらわれようと、頭を下げ続ける。


 たとえ父に反対されようとも星華を手放す気など微塵(みじん)もないが、星華は父が反対していると知ると身を引いてしまうような子だ。彼女が安らかに傍にいてくれるのなら、何度だって跪く。


 いつもなら泰惺は顔も合わせてくれないが、珍しく泰惺の部屋の扉が開いた。


 それを合図に泰惺の部屋から武装した男たちが、勢いよくでてきた。彼らは燈惺に向かって剣を向けている。おそらくどこかの私兵だ。


「…父上、どういうつもりですか?」


 私兵の後ろで佇む泰惺に尋ねる。


「あの娘のことは認めることができないが、お前を想う気もちだけは認めてやろう。今日お前をこの屋敷から出さないでほしいと言伝を預かっている」


 やはり、星華は今日何かを起こすつもりだ。


 泰惺は燈惺が王宮へ行かぬように、時間稼ぎをするように星華から頼まれたのだろう。


 星華は父に認めてもらえず傷つく言葉を吐かれても、泰惺に燈惺の身を守るように頼んでいたのだ。だから、星華は陽惺の伝言を先程わざと託した。


 彼女の思いに喉の奥が熱くなり、彼女を失うと思うと眩暈(めまい)さえ覚える。こんな時にでも、彼女への想いが(つの)るばかりだ。


「彼らがどんなに立ちはだかろうと、私の敵にはならない。彼らを超えていけと言うなら、そうするのみです。私の実力はご存知でしょう?」


 後を追ってきた玄士と蓮承と目を合わせる。


 私兵に囲まれている燈惺を見て、二人は驚きの表情を見せたが、彼らは燈惺の味方だ。いくら私兵の数が多かろうと、玄士と蓮承も腕は立つ。今すぐにでも私兵を超え、星華の元へ行くのみだ。


「…私が相手でもか?」


 泰惺は剣を手に持ち、部屋の外に出てきた。泰惺も昔、王の右腕として名を(とどろ)かせた武人だが、今も皇守衛として鍛錬を続けている燈惺が負けることはない。


 それをわかっていて、泰惺は息子へ剣を向けている。親に剣を向けるなどという非道な行為ができるのかと問うている。そこまでして、父は星華のもとへ行かせたくないのだ。


 少しでも時間が惜しいことを理解してもらえないことが歯痒(はがゆ)くてたまらない。燈惺は手にしていた剣を床へ投げ捨てた。


「…父上、こんな話をしている時間さえ惜しいのです。星華は一人で全てを終わらせようとしている。おそらく、この国に関わることを彼女は一人で背負っています」


「国など…私にはどうでもいいことだ」


 吐き捨てるようにそう言った泰惺の目は恐ろしく冷たい。底が見えないほど、深い闇が広がっている。

 

「父上…貴方なら私のことをわかってくれるはずです。母上を閉じ込めてまで、冷遇した振りまでして、傍においていた貴女なら…」


「まさか…」


 ようやく泰惺の表情が変わった。


 燈惺たちが、秘密の庭園の存在を知ったことに気づいたのだ。星華以外、あの場所に気づいたものはいなかった。陵家の者なら、あの場所の存在に気づいてもその先に踏み込む者はいなかっただろう。抱えた傷を隠すように、皆(よろい)を身につけて生きてきた。


 彼女だからあの場所へ行き、隠された想いにも気づいてくれた。


「最初は信じられませんでしたが、あの庭園のことを星華が教えてくれたのです。それでも私には、なぜ貴方がそこまでして母を離さなかったのか理解ができなかった。いない者として閉じ込めるのなら、母を自由にほしかったと貴方を恨みもした。しかし、星華と出会い…貴方の気持ちが少しずつわかってきたのです。何が何でも…貴方は母を離したくなかった」


 今、燈惺にはその気持ちが痛いほどわかる。


 どうしたら星華がそばにいてくれるか、星華を守れるか、それだけを考えている。星華が泣いて嫌がっても、今の自分は何があっても星華を離してあげることができない。長い間、父を恨んできたが、自分は父と何も変わらない。


 自分の想いをただ愛する人に押し付けている。哀れな男だ。


「とんだ絵空事(えそらごと)だ…」


「父上!あなたは母を殺し、兄までを殺した黒幕を知っているはずだ。その者が星華の両親をも殺し、今は星華の命さえも狙っている。もう時間がない…全て話してください」


 泰惺の前で、燈惺はまた跪き深く頭を下げ言葉を続ける。


「兄は王弟夫人と手を組んで調査をしていた。おそらく兄は王弟夫人が追っている者が、母を殺した人だと確信があっての行動だったはずです。その中で…命を落としてしまった。貴方は全て知っていたのでしょう。全てを知っていて、今もこうして沈黙(ちんもく)を貫いている」


 燈惺は揺らぎ始めた泰惺の瞳と視線を合わせる。燈惺もかつては父に似て、闇が続くような冷たい目をしていた。


 星華と出会い、燈惺の目に光が差し込んだことに泰惺もきづいているはずだ。


「父上、私からもお願いします。兄上は星華を失ってはいけない」


 どこから聞いていたのか、睡月が(すべ)りこむように駆け込んできた。燈惺のそばで同じように跪き、床についてしまうほど頭をさげる。


「睡月、お前が口を挟むことではない」


 泰惺の冷たい言葉に睡月は立ち上がった。


「私が子どもで…何も知らないと思っているかもしれないけれど、子どもなりに一生懸命に考えて来た。今まで母上のことを忘れたように見せていたのは、そうすることでこの屋敷に平穏が戻るならと思ってきたからよ。でも、母上のことを知ることで、星華を救うことができるなら、私は知りたい。父上が話してくれるまで、私は諦めない!」


 睡月も、星華と出会い見違えるように変わった。母と長兄まで亡くし、残ったのは寡黙(かもく)になった父と冷たい兄だけ、睡月は見せないが寂しい想いをしてきたのは知っている。


 お嬢様気質で我儘を言いたい放題だったのは、その寂しさを紛らわすためだったということに燈惺は気づいていたため好きなようにさせていた。


 そんな睡月が本来の明るく人を気遣う性格を隠さなくなったのは、星華と関わるようになってからだ。


 睡月が求めていた母の愛と、陽惺の包み込む優しさを星華は自然に兼ね備えていた。睡月にとっても、もうかけがえのない存在なのだ。


 陽惺と睡月は目を合わせ、もう一度深く頭を下げた。


「…書斎へ入れ」


 そんな兄妹の姿に、泰惺はそれだけ言って自室へと入った。燈惺は足が(しび)れふらつく睡月を支えながら泰惺の後を追った。


 二人が部屋に入ったのを確認すると、泰惺は座椅子に背を預けたまま口を開き始めた。 


美夜(みや)は昔、ある高貴な人に仕えていた。その中で私たちは出会い惹かれあった。しかし、…美夜はある事情から命を狙われることとなり、私は美夜を(かくま)い、結婚を申し込んだ。そして、お前たちが生まれた」


 燈惺も美夜の素性を調べたことがあるが、落ちぶれた元貴族ということしかわからず、美夜の実家はもうなくなっていた。血縁者が一人も残っていないことに疑問は感じていたが、自分を産んだ母でありながら、自らのことは何も話さず謎に溢れた人だった。


「美夜は自分が傍にいると、私達まで危険が及ぶと…何度も私の元を去ろうとしたが、私は…美夜がいない人生など耐えることができなかった。それでも、美夜はずっと視えない陰に怯え続けていた。少しでも、私達への危険を避けるため、愛する子どもと距離を取り、私にも冷遇しているふりをするようにと、言ってきかなかった」


 父は母を愛していない。


 目も合わせず、会いにも行かない。子どもたちが我慢できずに会いに行くと厳しい叱責(しっせき)が待っていた。誰がどう見てもそう思える態度だった。


 美夜を見るたびに泰惺が辛そうにしていたのは、忌み嫌っていたのではなく、愛していたからだと誰が思っただろうか。あの庭で愛を育んでいたなど、今でも信じられないほどだ。


「なぜ…そこまで」


 美夜は誰に怯えていたのだろう。そして、何を知ってしまっていたのか。


 隣で苦しそう顔を歪めている睡月を支えながら、燈惺は続きを待つ。


「美夜を閉じ込めていたのは、彼女の存在があの人に知られないようにするためだった。美夜の存在が知られた途端、守りを固めたが…あの人により美夜の命は奪われしまった。自害ではないと私が一番よく知っているが、美夜はもし自分が命を落とした時は、自害ということにしてお前達を守るようにと…遺言(ゆいごん)を残していた。私があの人の存在に気づいていると知られたら、陵家は終わりだとずっと案じていたからだ。美夜が命懸けで守ったお前たちを…守りたかった」


「でも兄は…気づいていしまったのですね」


 陽惺はあくまで、陵家を支えるために王宮に仕えるのだと言っていたが、その裏で母のことを調べていたこことは幼い燈惺も気付いていた。


 兄だけはこの陵家のものと思えぬほど明るい性格で落ち込む姿も見せなかったが、母のことで沈んでいく燈惺達をみて酷く心を痛めていたのだと今なら良く分かる。


「あぁ、陽惺は何を言っても聞かなかった。不正を知り黙り続けて来た私と違い、あの子の選んだ道は称えるべき道だ。しかし、そのため…あの子は命を奪われた。その時から誓ったのだ。もう何があろうと、誰が傷つこうと、自分の家族を何があっても守ると…誓ったのだ」


 突然、何も話さずに泰惺が田舎へ隠居したのも、黒幕への沈黙を貫くという意思表示だったののだろう。父なりの正義と想いがあり、全てを知りながら目を瞑ってきた。


 燈惺なら別の道を(つらぬ)くだろうが、確かに美夜と泰惺の判断は正しかったのかもしれない。


 黒幕は燈惺達も予想がつかないほど、容赦なく簡単に人の命を奪っていく。おそらく、泰惺までも全てを知っており黒幕を(おど)かす行動を起こしたら陵家は潰れていた。


「父上、貴方がどんな想いで私達を守ろうとしてくれたか…わかりました。しかし、私はもう星華がいない人生など無意味です。貴方がこの想いは一番わかるでしょう?」


 泰惺は何かに想いを馳せるように目を瞑り、大きく息を吐いた。


「美夜は昔ある人に仕えていた…」


 沈黙することで全てを守ろうした人に、酷な選択を迫っている。今は泰惺の選択に全てをかけ、息を呑んでその先の言葉を待った。















 王宮の夜は、とたんに冷たくなる。陽が明るい頃は華やかな雰囲気が流れ、行き交う人々も活気に溢れているが、暗くなった途端、皆息を(ひそ)めたように静まり返ったように宮中の中を進む。


 翔貴(しょうき)が王弟の屋敷をでて、麗禾(れいか)殿に戻った時にはもう真夜中だった。


 苑志(えんし)からの報告を受け中庭へ行くと、燈惺との時間を過ごしていた星華が戻ってきていた。


 満月の光に照らされたそね横顔は、相変わらず美しい。


 真っ直ぐに白幻花(はくげんか)を見上げていたが、翔貴に気づきこちらへ笑顔を向ける。彼女はいつもその小さな顔で、万弁の笑みを咲かせる。


 その笑顔は、翔貴にはいつだって(まぶ)しい。先が分からない深い闇を照らす唯一の星の光だった


「また見てたのか?白幻花の方がそろそろ見られすぎて飽きてくるころだ」


 冗談めいてそう言いながら、星華の元へ行くと彼女はおかしそうに笑った後、少し真剣な表情になった。


「白幻花を見ていたら…昔の記憶が鮮明に蘇るの」


 星華は全ての記憶を思い出した。


 彼女の記憶が消えてから、思い出してほしくないと思うと同時に、どこかで思い出してほしいと願っていた。誰も割り込むことができない二人の想い出があれば、ずっと自分のそばにいてくれると信じていた。


「この花は父上が母上の贈ったものだ」


 翔貴はそっと白幻花の太い(みき)に触れた。翔貴にとって特別な思いがこもった宝物のような木だ。


「思い出したの。禾妃(かひ)様が、この花言葉の意味は…貴方を待つだと教えてくれた」


 星華は翔貴の母である禾妃に良く懐いており、禾妃も我が子のように可愛がっていた。この白幻花は、禾妃にとって何よりも大切なものだが、星華には特別に眺めさせていた。


 今思うと、禾妃は全てを悟っていたのだろう。


「覚えてるか。母上が亡くなった時…」


「貴方はずっと、この木の前で母上を待ち続けていた」


 王である父は、母を心から愛していた。それは幼き翔貴にも伝わっていた。


 それでもどんなに想いあっていても、難しいことがあるのだと残酷にも教えられた。


 父がこの国の王である限り、母のものだけではない。その証に、母はあくまで側室であり、菫麗(とうれい)という聡明な正室がいる。仕方がないとわかっていても、どこかで納得できない感情と闘っていた。


 特に禾妃の最期は、王が禾妃に会いに来る回数が明らかに少なくなっていた。それでも、禾妃は長い間夫を待ち続けていたが、ある日突然病に襲われて短い生涯を終えた。


 翔貴は母が亡くなった時、母の気持ちが初めて心の底から分かった。


「もう二度と帰ってこないことは…わかっていたんだ。それでも、ずっと待っていたかった」


 毎日夜遅くまで、この麗禾殿の白幻花の前に座り込む翔貴の姿を見て、周りの大人たちは大きな不安を抱えていた。


 (なぐさ)めの言葉をかける者や、無理やりこの場所から離そうとした者もいた。それでも翔貴は石のように、この場所から動かなかった。


 今思うと、翔貴なりの意地だったのかもしれない。


 翔貴自身も…もはや誰を待っているのかさえ、わからなくなっていた。深い闇の中へ自ら沈んで行こうとしていた。


「あの時、星華…君が来てくれた。私は、君を待っていたのだとわかったんだ」


「翔貴…」


 血の繋がりがありながら競わなければならない兄弟たちよりも、王弟夫人の(めい)である星華は近い存在だった。何も考えずに無邪気に遊べる相手で、いつも明るい笑顔を咲かせる星華を可愛らしいと、守ってあげたいとも思っていた。


 そんな彼女に見せたくない(みじ)め姿だったが、星華は変わらぬ笑顔でちょこんと翔貴の隣に座ったのだ。


 そして、まるで楽しい遊びを見つけたかのように笑っていたくせに、白幻花の木に背中を預けた途端、突然大きな声を上げて泣き始めた。禾妃様に会いたいと、赤子のように泣く姿を見て、自分の代わりに泣いてくれているのだと思った。


 泣き止まない星華をなだめていると、翔貴も込み上げくる感情を堪えることができなかった。母を亡くして、初めて涙を流した。


 白幻花の下、小さな二人は寄り添い涙を流し続けた。


 あの時から、星華は翔貴の全てで、星華のためだけに生きて来た。それはきっと、これからも変わることはない。


 本人さえ忘れてしまった星華の秘密を知り、必死に守り傍に居続けた。いつか、二人で自由に穏やかに暮らそうと夢を語り合い、翔貴もそのささやかな夢が叶うと信じていた。


 燈惺と結婚した彼女を見ても、諦めきれない想いだった。


 星華はそんな翔貴と真っ直ぐ向き合うと、(いつく)しむような表情で翔貴を見つめた。


「記憶を取り戻して、ずっと言いたかったことがあるの。両親を亡くした私に貴方だけがいてくれた。私の唯一の家族になってくれてありがとう」


 家族、それは星華にとって何よりもかけがえのないものだとわかっている。しかし、翔貴がなりたかった者は、彼女の隣に立てる唯一の存在だ。


「ずっと…星華だけを見ていた。何を考えているか…わかっている」


 白幻花の下で、瞳に強い光を宿した星華を見つめ返す。


 わざと燈惺を陵家へ帰らせたのは、燈惺を守るためだ。


 彼女は他人のために全てを捧げる人だ。人を守るために強くなろうとする。そんな彼女が愛しくて、真っ直ぐに見つめ続ける。そして、その小さなを手をとって、温める様に包み込むんだ。


「共に逃げよう。後で、雨衣たちと落ち合えばいい。誰も知らないところで、静かに暮らそう」


 星華は愛する者のために、自らの命を捧げようとしている。


「…できないわ」


 その答えが返ってくることは、とっくにわかっていた。


「燈惺が好きだからか…?」


 その問いに、残酷なほど真っ直ぐな瞳で星華は深く頷いた。


「あの方は私が生きている限り…私の大切な人を奪い続けるわ。私が今日行かなくてはならない。翔貴…、私達は」


「その先は言わないでくれ」


 翔貴は星華の言葉を遮るように、そのまま星華を強く抱きしめた。やめてくれ、言わないでくれと、強く強く抱きしめる。


 王弟がなぜ、星華の相手に自分ではなく燈惺を選んだのか。ずっと考えて来た。


 王弟夫人の死の真相を探るためだと言い聞かせてきたが、ここまで来たら…心のどこか案じていたことからもう目を逸らせない。


 先ほど、王弟に会いに行きある疑問をぶつけた。翔貴にとって、全てを崩してしまうほどの勇気が必要だった。


『叔父上。星華は、貴方と夫人の実の子なのですか?』


 燈惺が何か隠していることに気づいていた。


 星華は他の龍涙(りゅうるい)の力を持つものと比べ、明らかにその力が強い。普通のものは、数回その力を使うと体がもたないらしい。ただし、幻と言われる例外がある。


 王族に龍涙の力を持つものが生まれると、その力は国を揺るがすほどの強い力となるという…言い伝えがある。


 危険な噂のため(ほうむ)りさられたらしいが、巫女たちの中では言い伝えられてきたらしい。


 もしも星華がその幻の者だとしたら、悲しいほどに全て納得が行く。


 王弟が翔貴の気持ちをわかっていて、あからさまに燈惺へ嫁がせたのも理解できてしまった。


『…すまない』


 それが王弟の答えだった。


 王位継承権を持つ者同士の子が結ばれることは、龍永(りゅうえい)国では禁忌(きんき)とされている。昔、王と王弟の子同士が結ばれた結果、多くの血が流れたためだ。


 また、龍涙の力に幻の姫と言う、大きな秘密を抱えた星華にとって、翔貴と結ばれることは翔貴が王子と言う地位を捨てない限り火の中へ飛びこまされる行為だ。星華を守るためにしがみ付いてきた王子という地位が無駄になった瞬間だった。


 星華と血が繋がっている。


 信じたくなどなかった。今でさえ受け入れたくない事実だが、翔貴が全てを捨てると言っても星華は絶対に許さないだろう。


 そもそも…星華の心を奪ったのは、自分ではなく燈惺だ。


 翔貴は星華を離さず余計に強く抱きしめ続ける。


 星華、愛している。心の中で何度も叫ぶ。


 その言葉を言わないのは、どんな形でさえ彼女のそばにいて、彼女のためだけに生きるためだ。


 まるで母の死を受け入れ涙を流した日のように、星華はそんな翔貴の背中を(なだ)めるようにさすり続けた。








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