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星の記憶


 目が覚めた途端、違和感を感じ左胸に触れた。


 傷をふさぐため巻かれていた布をはぎ取ると、弓矢が刺さっていたそこは、ほぼ塞がっていた。そのかわり、弓矢の傷ほど深くないが右腕の斬り傷の痛みはしっかりと感じる。


 すぐに彼女の姿を探すが、星華はいない。


 そこは酒楼の個室の一室で、燈惺が眠っていた寝台の前に腰かけていたのは翔貴だった。その瞳は見てわかるほどの怒りに溢れていた。


「殿下…、星華は?」


 確かにそこにいて、血だらけになりながら手を握ってくれていた。普段より派手な装いを恥ずかしがっていたが、まるで天女のように美しかった。


 通り過ぎる男たちが振り返り視線で追っているのを星華は気づいていない。他の者の目に触れさせたくないと思わせるほど美しかったその姿は、燈惺の元に駆けつけるまでに痛々しいほど乱れていた。

 

 あんなに…泣かせるつもりなはなかった。


 矢が刺さった場所は、急所でない。それは自分でも理解していたが、弓矢は深く刺さっていた。声を枯らすほど涙を流す星華に、今までにないほどの胸の痛みを感じた。


「星華の腕輪はどこにやった?」


 彼女の安否を知りたかったが、翔貴は答えず問い返して来た。


「腕輪…、何かあったのですか?」


「とぼけているのか?お前が星華の腕輪を調べていることは知っている。何があっても…外させてはならなかった!」


「…私ではありません」


 星華の腕輪がなくなったなど聞いてもいないが、あれほど大切にしていた腕輪を星華がただ失くしたとは思えない。


 何者かによるものだと考えた時、すぐに浮かんだ人物は礼風だ。


 翔貴はその言葉を見極める様に黙り込み、星華には向けることのない冷たい瞳を見せた後、背を向け扉の前に立つ。


「それならば…、お前に用はない。傷が癒えるまで星華の前に現れるな」


「待ってください。この傷は……星華が治したのですか?」


 寝台の下には、真っ赤に染まった布が散らばったままだ。確かにあの時、遠のく意識の中で星華の手が傷口に触れていたのはしっかり覚えている。


 左胸に傷口は残ってはいるが血は止まり、あれほど疼いていた痛みが消えている。


「お前が知る必要はない。星華のことを思うなら深堀するな」


「…私は星華の夫だ。ずっと共にいると約束しました」


 星華をそばに置くために、彼女に隠し事ばかりしている自分にこんなことを言う資格はないとわかっている。特に翔貴に対して、夫という言葉を使うのは卑怯(ひきょう)だ。


 なぜ彼女なんかを愛するのかと、いつでも彼女を手放していいと、翔貴に啖呵(たんか)を切ったのは燈惺自身だ。


 今は彼女を手放したくなくて、夫という名に(すが)っている。


 形だけの夫婦を求めたのは燈惺だったが、今は星華よりも本物の夫婦になることを望んでいる。

 

 翔貴は扉に手をかけたままだったが、握られた拳から怒りを必死に抑えているのが伝わった。こんな状況でも、彼女の全てを知っている翔貴のことを羨ましいとさえ思う。


「やはり…あの腕輪は星華の力を抑えるためのものだったのですね。龍涙(りゅうるい)か…」


 黙り込んでいた翔貴は、驚いたように振り返った。


 ただの絵空事(えそらごと)であってほしかったが、やはり…そうなのかと、燈惺は無表情でその事実を受け止める。


 翔貴は大きく動揺(どうよう)していたが、諦めたように口を開いた。


「…龍永国(りゅうえいこく)は遥か昔、ある龍の助けにより建国したと、言われている。龍はある一人の青年に恋をしたが、青年は戦に出て大怪我を負い命果てた。青年の亡骸(なきがら)を見て、龍は涙を流した。その涙によって青年は生き返り、王となった。(まれ)に…伝説の龍と同じ力を持つものが生まれるという」


「その力はただ力を治すのではなく、代わりに…背負うと聞いています」


 元巫女(みこ)(かく)と出会った後、星華の力は何なのか密かに調べて来た。


 そこでたどり着いたのが、龍涙(りゅうるい)だ。


 予知ができる龍夢(りゅうむ)と共に特別な力で、龍夢よりも(まれ)な力と言われている。


 翔貴はなぜか、異母兄弟の清心(せいしん)は星華に会わせているのに、実の弟である諒貴(りょうき)とは全く会わせていないことが気になっていた。


 諒貴(りょうき)に何かあると考えた時、すぐに浮かび上がったのは病を(わずら)っているということだ。


 そこで雨衣の行動を振り返った時、雨衣は屋敷の中で病人や怪我人が出た際、徹底的に遠ざけていた。


 龍涙という力があると知った後もありないことだと思っていたが、燈惺の傷はそのありえない力で治っている。


 腕輪が龍涙(りゅうるい)を抑えるためのものならば、絶対に外してはならないという星華の両親の言葉にも納得が行く。


「星華は…私の傷を負ったのですね」


 腕輪はなく、星華の力を抑えるものがなかった。


 星華は自分の力のことも知らず、自らを犠牲にして燈惺の痛みを背負ったのだ。痛みを治すだけではない、代わりに背負う力だ。その傷の分だけ星華の体も(むしば)まれる。


 もしも命を落とすほどの傷だったならば、その傷を背負った星華も命を落とす。龍涙とは、そういう力だと聞いた。


 そんなことなど…望んでいない。星華が傷つくくらいなら、どんな痛みだって背負っていい。愛する人の命に救われるど、あまりにも…酷な仕打ちだ。


「あの力は…あってはいけないものだ。星華の両親も私も…必死になって隠して来た。今は、私と雨衣と王弟しか知らない。あの子は昔から人のためなら自分を(かえり)みず、すぐに人を救おうとしていた。星華が記憶を失くした時、ほっとした。そのために藍家で酷い目に合っている星華を助けることができなくても耐えて来た。それなのに、全てが無駄だ…」


「王弟夫人の件も…星華の力が関わっているのですか?」


 翔貴は燈惺が何のために、星華と結婚したのか最初から気づいていたはずだ。


「あの時、星華は…夫人と共にいた。星華は両親の死から記憶がなくなったと思っているが、記憶がなくなったのはあの事件後だ。私もあの時、何があったのかは…知らない。……どこに行く?」


 燈惺は衣を羽織り立ち上がった。部屋を出ようとするが、翔貴が止められる。


「星華の元に行きます」


 迷いなくそう答えると、翔貴は燈惺の胸倉を強く掴んだ。責めるような視線は、冷静になれと訴えている。


「何をしにいく?今は腕輪がない。手あたり次第の傷と病を背負ってしまうだろう。今回の弓矢の傷は深かった。お前の腕の傷まで負わせる気か?」


「…私はただ…」


 星華が離れて行かぬよう抱きしめたい。彼女が抱える全ての苦しみを背負ってあげたい。


 しかし、触れると彼女に傷を負わせることになる。そう考えると動けなくなる。


 翔貴は力なく項垂れた燈惺の体を寝台の方へ押した。

 

「私が行く。今は睡月についてもらっている。明日、私の屋敷へ移す。お前は傷を治すことに専念しろ」


 星華のもとへ向かう翔貴の背中を視線で追うことしかできなかった。











「…くそっ…!」


 寝台に力いっぱい拳を振り落とした時、扉が数回叩かれるた。


 星華の力を隠し通すため、燈惺は放り投げた布を体にまき直し衣を羽織る。


 寝台に腰かけた時ゆっくりと扉が開かれ、泣き腫らした春遥が力なく現れた。


「燈惺…、大丈夫なの?でも…無事で良かった…」


 ふざけるなと、堪えきれない怒りが込み上げる。燈惺は乾いた笑みを浮かべた後、春遥を睨んだ。


「公主…、気が済みましたか?今回の騒動は貴方の仕業ですよね?」


 春遥ははっと顔を上げたあと、逃げるように視線を下げた。予感は的中のようだ。


「……それは…。ここまでするなんて…知らなかった。お願い…信じて…私はただ…」


「公主、勘違いしないでください。星華を守るために、あぁしただけです」


 燈惺は冷たくそう吐き捨てた。


 あの時、春遥を庇いながらも燈惺には露台(ろだい)から、人混みの中で不安げにこちらを見ていた星華の姿を捉えていた。そして、星華に弓矢を向けている刺客(しかく)の姿も。


 刺客は一瞬燈惺へ弓矢を向けた後、弓矢を別の方向へ向けた。星華から見えない場所から、明らかに彼女を狙っていた。


 相手は(おど)してきていた。狙いは燈惺を傷つける事だろう。


 燈惺が弓矢を受けるか、星華へ受けさせるか。迷うことなどなかった。


 公主を狙ったのは、あくまで公主を狙った刺客だと世間に知らしめるためだろう。

 

 春遥が力なく床に膝をついた時、扉が勢いよく叩かれる。


「…入れ」

 

「燈惺様、大変です!泰惺(たいせい)様が帰ってきたと…」


 血相を抱えた玄士は、今にも泣きそうな顔で駆け込んできた。


 










 頭を殴られているような鈍い痛みで目が覚めた。星華は頭を抑えながらすぐに起き上がる。


「…燈惺は?」


「星華…目覚めて良かった…」


 右手が温かい。真横で睡月が泣きながら手を握ってくれていた。


「兄上は大丈夫よ。星華が倒れてしまって…先に屋敷へ運んでもらったの」


 大丈夫だからと、睡月は優しく手を(さす)ってくれる。


 こんな時に倒れるなんてと、星華は自分を責める。睡月がここにいるということは、燈惺は無事なのだとは思うが自分の目で確認したい。


 起き上がろうとした時、がしゃんと何かが割れる音が響いてきた。一度ではなく、誰かが暴れているようなその音は続いている。


「何か…あったの?」


 こんなことは初めてだ。屋敷に異変が起きている。


「実は…父上が帰ってきていて」


「えっ、こんな突然…ご挨拶しないと…」


 燈惺の父は、星華が嫁ぐ数年前から田舎に隠居(いんきょ)し、陵家のことは全て燈惺に任されたと聞いている。


 母親とのことで、燈惺と父親との間に確執があったことは聞いているが、突然の来訪に戸惑いを隠せなかった。


 痛みに耐えながら立ち上がり部屋から出ようとすると、睡月に止められる。


「…行ったらだめよ!」


 後ろから星華の腰に絡みつき、その先を進ませてくれない。


「でも、私はもう陵家の人間だわ」


 燈惺とそばを離れないと、約束したばかりだ。彼の妻としてきちんと挨拶して、彼の父親に妻だと認めてほしい。


「…兄上は…父上に星華のことを話していないの…」


「そんな…なんで…」


 睡月の言葉に耳を疑った。冷水を浴びせられたように足が止まる。それが何を指すのか必死に考える。


 扉に手を置きどうするべきか悩んでいた時、大きな音と共に扉が開いた。


 初めて会う男性が現れた。


 五十代前後のその男性は、明らかに武人だとわかる体格で、整った容姿は睡月にどこか似ている。


 若い頃はさぞかし女子を泣かせたであろう凛々しいさの人は、明らかに星華へ敵意を()き出しにしていた。


 (りょう)泰惺(たいせい)代々武人として名をはせた陵家の中でも、泰惺は王が若かったころの右腕だったと聞いている。


「…お前が、藍家の娘か」


 燈惺と同じ、地を()うような低い声だ。


「…藍星華と申します。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません」


 緊張を押し殺したまま、鋭い瞳を真っ直ぐに見つめ深く頭を下げた。


「黙れ!私はこの結婚を許さん。燈惺にも何度もそう文を渡したはずだ」


 しかし、返ってきたのは耳を塞ぎたくなるよう言葉だった。


 悲しかったのは、結婚を反対されていたことではなく。そのことを燈惺から、全く聞かされていなかったことだ。


 茫然とする星華を庇うように、睡月が泰惺の前に(ひざまず)いた。


「父上、話を聞いて。兄上は本気で星華を…」


「…睡月、これだけは…許せないんだ」


 泰惺は睡月の言葉も無視し、星華の部屋へ入ると棚を手渡り次第に開いていく。閉まってあった燈惺の母の衣を見て、その手が止まった。


「…お父様」


「お前にそう呼ばれる筋合いはない。よりによって、この詠星苑(えいせいえん)に住んでいるなど…許せるか!」


 泰惺はものすごい形相で、棚の中から星華の荷物を取り出し床へ投げ捨てていく。一通り荷物を取り出すと、衣を手いっぱい抱え部屋を出て行った。


 星華と睡月はその後を追うが、部屋を出るといなくなったはずの礼風(れいふう)がいた。


 真っ直ぐと星華を見ていたが、何を考えているか読めなかった。


 彼女が、泰惺を連れて来たのだろう。尋ねたいことはたくさんあるが、今は彼女に構っていられない。


 泰惺は迷わず進み続け、書斎の前から中央の庭に向かって星華の衣を放り投げた。


 先ほどのお祭りが嘘のように、雨が降り始めており衣は濡れていく。泰惺は追いかけてきた星華へ冷たい視線を送った。


「いいか、すぐに出て行くんだ」


 恨みや憎しみが混じった声に、星華は唇を噛み締めながら必死に考える。星華の何が…ここまで泰惺を苦しめているのか。


「理由を聞かせてください…」


 泰惺はこちらが苦しくなるほど、辛そうに顔を歪めた。


「…お前が、王弟夫人の姪だからだ。陽惺(ようせい)は彼女に関わって亡くなった」


「どういうことですか…」


 燈惺の兄が亡くなっていることは知っていたが、伯母と関りがあったなど聞いていない。


 泰惺は言葉を失う星華を庭へ突き飛ばした。雨で濡れた地面へ力なく倒れた。


「星華…」


 すぐに睡月も飛び出してきて体を支えてくれるが、その優しい手を星華はそっと離す。


 雨に濡れながら、正座し地面に頭が付きそうになるまで深く下げた。


「…どうか、話を聞いてください。私は燈惺の元から…離れたくありません」


 震える声で必死に言葉を紡ぐ。


 離れないと、そう約束をした。あの燈惺が、共にいることを約束しろと言ったのだ。


 誰よりも冷たいように見えて、愛などいらないようにふるまっているが、誰よりも愛情に飢えている人なのだと触れていくうちに知った。


 不器用にも星華を愛してくれている。その手を離したくない。


 燈惺の元を離れることが何よりも怖い。


「礼風…、例のものを…」


「おじさん、どうぞ」


 まるで陵家の嫁のように泰惺のそば立った礼風は、星華も見たことがある木箱を手にしていた。


 それは、一度燈惺から渡された離縁書が入っている木箱だった。


 確かにその離縁書に、星華は自分の印を押していた。


「中身は離縁書だ。燈惺がなぜおまえと結婚したかは良く分かっている。だから、こんなものがあるのだろう?これは私が王弟へ出しておく」


 それだけ言うと、泰惺は書斎へと入っていった。


 無残にも振り続ける雨のせいで、星華の体はびしょ濡れだった。夢であってほしいと願うが、冷たい雨が現実だと突きつけてくる。


 地面に膝をついたままの星華の前に、礼風が静かに立った。礼風の顔には深い憎しみがしっかりと見えた。


「貴方が幸せになるなんて…何があっても許さない」


 そう呟いた礼風は、星華の腕輪を手にしていた。やはり、腕輪をとったのは礼風だったのだ。


「なぜ、そこまで…」


 泰惺と同じように、自分を恨んでいるのか。ここまで手の込んだことをするのか理解できなかった。


 そんな星華に、礼風はもっと苛立(いらだ)ちを見せる。


「…知りたいなら教えてあげる。貴方が私から、陽惺(ようせい)を奪ったからよ。どうせ、何も聞かされてないんでしょう。陽惺と私は許嫁(いいなずけ)だった。結婚するはずだったのに…亡くなった」


「陽惺さんの…許嫁」


 驚く星華を見て、礼風は怒りを露わにして(まゆ)を釣り上げる。


「王弟夫人の護衛だった陽惺は、表向きは夫人を守れずに自害したことになっている。でも、彼はそんなことしない。誰かに殺されたのよ。私はずっと陽惺の死を調べ続けてきたの」


「…殺された…」


 衝撃的な事実に、星華は言葉を失った。礼風は追い討ちをかけるように言葉を止めない。


「そうよ。陽惺は亡くなった時にこの腕輪と同じ、水晶珠を持っていた。貴方がこの腕輪を持っていると知った時の私の絶望はわかる?…陽惺の死に関わっている貴方は、燈惺のそばでのうのうと過ごしてる。そんなこと許せない!貴方は関わっているはずなのよ!ねえ…、何があったのか教えてよ!」


 礼風はそう叫ぶと、歯を食いしばり腕輪の紐を強く引っ張った。


 ぱつんという音と同時に、連なっていた水晶珠たちは四方八方へ飛びたっていく。それと同時に、星華は頭に鋭い痛みを感じた。


 まるで腕輪と繋がっていたかのように、言葉にできない痛みが襲ってくる。


「……いやあぁ…!」


 両手で頭を抱え、その痛みに耐える。何よりも耐えがたかったのは、洪水のように襲ってくる記憶だ。


 記憶と同時に感情も溢れだす。息苦しくなり肩で必死に息をする。


「…伯母様…、陽惺お兄ちゃん…、父上…母上…、いやぁ!」


 いつも見ていた夢は、悪夢などではなかった。星華の決して戻ることのできない記憶だ。


 目を背けたくなるような事実や、自分の力のこと、思い出した。


 伯母の死、陽惺の死、何があったのかを全て思い出してしまった。


 全て忘れ悠々と過ごしていたと思うと自分が憎く恨めしい。


 星華は声を上げて涙を流した。あまりの苦しさに立ち上がることもできず、息をするのがやっとだった。


 燈惺がなぜ星華と結婚をしたのか、なぜ何も話さなかったのか、記憶が戻った今全て繋がった。


 私は燈惺に…愛されるような人ではなかった。愛されてはいけなかった。燈惺を愛する資格などできなかった。


「…星華!」


 足音と同時に呼ばれた声に、肩が大きく震える。


「……燈惺…」


 会いたかったはずの燈惺がそこにいた。


 無事な姿にほっとして、体の力が抜けていく。


 まだ傷が癒えていないはずなのに、雨の中帰ってきたと思うと胸が苦しくなって、止めることができない涙を溢しながら、星華は強く瞳を閉じる。


「腕輪を壊したのか…」


 燈惺は地面に転がっていた水晶珠を驚愕(きょうがく)したように見つめている。


「燈惺、貴方も真実が知りたかったから藍星華と結婚したのでしょう。私は手を貸しただけ」


「…いい加減にしろ!」


 燈惺は今にも礼風を殴ってしまうのではないかという勢いだったが、ぎりぎりの所へ踏みとどまっていた。それでも、礼風は後悔はないと燈惺を見据えている。


 そんな礼風に背を向け、燈惺は星華へと振り返る、地面に片膝をつき、星華と視線を合わせた。


 そのまま星華の頬へ手を伸ばそうしたが、触れそうになった寸前で、その手は止まった。


「全て…思い出した。私が陽お兄ちゃんを殺したの…」


「…嘘だ」


 星華の告白に、燈惺は掠れた声でそう返す。


「いいえ、本当よ。だから、もう傍に…いれない」


「…信じるか!」


 燈惺は拳を地面へぶつけながら叫んだ。


 出会った頃のように、その綺麗な瞳は悲し気に揺れていた。最後の力を振り絞り、星華は立ち上がる。途中でふらついたが、必死に踏みとどまる。


 燈惺は何かに耐えるように拳を強く握り続けていた。


「……約束…守れなくてごめんね」


 最後にそれだけ一言残し、燈惺に背を向けた。


 あの時は絶対に約束を(たが)えないと、守り通せると心から思っていた。真実を知った今、あの約束を果たすことはできないと…記憶に教えられた。


 星華は雨の中、ゆっくり立ち上がると身一つで陵家を出て行く。雨に濡れ重くなった衣が重い。


 陵家の門を出る時、翔貴が立っていた。その顔を見て、全て聞いていたのだとわかった。


「思い出したんだな…」


「うん…、翔貴…すべて…うぅ…私のせいなの…」


 もはや最後の方は泣きすぎて言葉になっていなかった。そんな星華を翔貴は濡れるのも構わず強く抱きしめた。子どもをあやすように星華の背中を撫でる。


「…星華!」


 足音で燈惺が追いかけてくれたことが分かった。

  

「星華…行かないでくれ…」


 その切なげな声を聞くだけで、心が揺れ、胸が苦しくて堪らなくなる。


 今、燈惺を見たら…もうその手を離せなくなる。


 全てを遮るように、燈惺の方へ背を向けて、翔貴の胸へ顔を擦り付ける。そんな星華の耳を翔貴は両手でそっと塞いだ。


 翔貴は星華を胸に抱いたまま、立ち尽くす燈惺をまっすぐに見つめた。


「その時が来たら、いつでも連れて行ったらいい。そう言ったのは…燈惺…お前だ」







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