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星の願い

 

「今日は…特に綺麗だ」


 もしもここに令嬢たちがいたならば、第二王子の甘い(ささや)きに心を奪われていたであろう。


 翔貴(しょうき)は陵家を訪れ星華の姿を見た途端、少し驚きながらも星華の着飾った頭に優しく触れた。


「やりすぎじゃないかしら。雨衣と睡月が気合いを入れすぎちゃって…」


 身分を隠してお祭りへ行く翔貴は、いつもより華やかさを抑えた衣で御曹司(おんぞうし)の若君風だ。


 逆に星華が王族のような装いで、濃い桃色の衣に、花々が連なる髪飾り、翡翠(ひすい)の耳飾りまで垂らしている。


「相手は公主(こうしゅ)なんだから、これくらいしないと」


 睡月たちはもっと派手にと騒いでいたが、どうにか説得してこの程度に収まった。


 今回の流星祭りには、公主もやってくる。


 公主が流星祭りに参加したいと言い出し、武術ができない公主は数人の皇守衛達を連れ、お祭りに参加する。そのため燈惺も任務として公主の護衛だ。


 それが理由で、睡月と雨衣は星華を存分に着飾った。睡月いわく、女の意地というものらしい。


 春搖は兄で第一王子である薛飛(せつひ)に星華を襲わせ、薛飛だけに罪を着せた。


 王妃により報告された薛飛(せつひ)は、外出を禁止され禁足(きんそく)の罰を受けているが、春搖には何のお(とが)めもない。


 まして傷つけた星華の夫である燈惺に、護衛を強いている状況だ。


 公主は星華に敵意をむき出しのため、普段は星華が翔貴といると不機嫌になる燈惺から、翔貴に同行してもらうことを進めてきた。


 ただし、あまり触れさせるなと、星華の耳元に一言残していった。


 祭りが行われる都へ向かうと、いつも以上に活気に溢れた都の姿があった。


 今日は空の雲行きが怪しく、深夜から雨が降るらしいが、星が見えないぶん都中全てに飾られた灯籠が人々を明るく照らしていた。


 灯籠を手に着飾った人々が、(にぎ)わいながら運桜川(うんろうがわ)のほとりへ向かっている。


 その周りには、お祭りのため多くのお店が集っている。


「兄上たちだわ。さすが公主は対応が違うわね」


 公主が来ることは、(おおやけ)に知らされていない。


 運楼川を一望(いちぼう)できる高級酒楼を見上げると、公主たちはそこにいた。


 落ち着いた色の衣を羽織った春搖(しゅんよう)は隣に侍女と燈惺を連れ、露台から運桜川の灯籠を眺めている。


 祭見物のため造られた部屋は、毎年大人気で勝ち取れる人は街一番の大金持ちと言われているが、公主に勝てるものはいなかったようだ。


 春搖は嬉しそうに燈惺へ笑いかけているが、燈惺は固く口を結んでいた。


 あくまで護衛のため目立たないよう黒の衣に身を包んでいるが、遠くから見てもその姿はとても目立つ。


 悔しいけれど、かっこいいわ。でも、あんなに無愛想とは。


 彼が任務中の姿を始めて見たが、やはり美しいのに恐ろしいほど冷たい。そんな印象を与える。


 星華の前ではたまに優しい表情をするようになったが、彼は冷酷な死神と呼ばれているのだ。


 魂を抜かれると言われるほど美しすぎる容姿からゆえだが、その冷たい瞳が威圧的であるのは確かだ。


「星華以外の人には相変わらず死神ね。あんな表情でも、そばにいてほしいなんて」


「公主様も意地ですね…」


 しみじみと語る睡月と雨衣の隣で、星華は静かに燈惺を見上げていた。


 もちろん任務中である燈惺と目が合うはずないが、それが無性に悲しくなる。


 (くせ)で左手首を触るが、両親の形見の腕輪はない。言いようもない不安と、両親への申し訳なさで、星華は明らかに元気を失くしていた。


「まだ…具合悪いのか?」


 その様子に翔貴が気づかないわけがなく、星華のおでこに手をあてると、熱はないなと首を傾げている。


「ううん、大丈夫!もっと近くに見に行きましょう」


「…あぁ、行こう」


 翔貴は星華の手をしっかり掴むと、人混みの中をゆっくりと進んで行く。


 後ろを振り返ると、勝手についてきた蓮承が雨衣を必死に誘っていた。そんな二人を残して、睡月へ手をこまねく。


 睡月は雨衣に何かを(ささや)くと、星華たちの元へ駆け寄ってきた。


「二人きりにしてきていいの?」


 そう尋ねる睡月に、翔貴と星華は顔を見合わせてにやりと笑いあう。


「雨衣にも大切な人ができることは、私達の願いよ」


「蓮承殿の道は険しそうだがな」


 お祭りを全力で楽しむ睡月のおかげで、星華も自然と賑やかな雰囲気を楽しんでいた。


 星華が眺めていた飴細工(あめざいく)を買いに行った翔貴の背中を眺めながら、睡月と見物用の椅子に腰掛ける。


 睡月は難しい顔でその背中を眺めている。


「殿下って、本当にいい男よね。物分かり良すぎる所が…もったいない」


「何が?」


「言いたいけど…兄上のために黙っとくわ」


 その後も何かぶつぶつと呟いていたが、睡月は結局教えてくれなかった。


 まだ灯籠を流してない星華達一行は、腹ごしらえを終えた後、灯籠を買って川のほとりへ向かったが、真っ直ぐに歩けないほど人で溢れかえっていた。

 

 あまりの人の多さに、気を抜くと翔貴たちを見失ってしまいそうだ。


「あれ…」


 その予感通り、気がつくと翔貴と睡月の姿が見えなくなっていた。必死にきょろきょろと周りを見渡すが見つからない。


 嫌な予感がする。必死に辺りを見渡していると、突然腕を掴まれた。


「…翔……燈惺!」


 迷いなく掴んできた手は、先程まで一緒にいた翔貴ではなかった。春搖の隣にいるはずの燈惺だった。


 強く腕を引かれ、人混みの中で燈惺と密着する。燈惺は顔を近づけてくると、不機嫌そうに星華を見下ろした。


「殿下と間違えるとは、わざと怒らせてるのか?」


「そんな…。任務はいいの?」


「陛下には、妻と祭りを楽しんでいいと許可は得ている。玄士に任せているため、あまり時間はないが…」


 共に灯籠を流そうと、人が少ない穴場だと言う場所に連れていかれた。


 その間、自然に繋がれた手は決して離されることはなかった。


 そこは川を流れる灯籠たちが良く見える場所だった。


 石階段を降りるとすぐに川が広がっているため、階段に腰かけ灯籠を流すことができる。二人で腰かけた途端、燈惺は星華の頭に手を置いた。


 何か言いたげにじっと見つめられる。見慣れたその綺麗な瞳には、先ほどの冷たさからは想像できないほどの熱が見える。


 この目の時の燈惺はため息をついてしまいそうなほど色っぽく、星華の心臓が忙しくなる。


「…殿下に触れさせ過ぎだ」


「えっ。もしかして…、やきもち?」


 まさかねと、星華は笑みを零す。


 燈惺は翔貴にだけいつも対抗心をむき出しにしているが、冷静で無頓着な彼が嫉妬など抱くだろうか。


「妬いて悪いか」


 しかし、堂々とそう言い切られ、星華は言葉を失った。視線が痛く感じるほど見つめられる。


「殿下がお前に触れるたび…気が狂いそうだった」


 なぜ、彼は淡々とそんなことを言えるのだろうか。


 あの状況で星華たちの様子をしっかり見ていたことにも驚きだ。


 死神と言われる無表情の下で、そんなことを思っていたなど信じがたいが、いつも妬いているだろうと言わんばかりのその態度に、堪えきれず笑ってしまった。


「ふふっ…」


 礼風に嫉妬心を抱きうじうじ悩んでいた自分が、なんだか馬鹿らしくなってきた。


 燈惺は何か言いたげに目を細め、星華の頭を触れる程度に優しく小突いた。


「…殿下の話はやめだ。灯籠を流そう」


「あっ、灯籠は翔貴に…」


 預けてしまったと言う前に、睨まれながら新しい灯籠を渡された。運楼川に流す灯籠は花の形をしたものだが、皆それぞれ色が違う。


 燈惺が準備していたのは、薄い黄色の花灯籠だった。


「…可愛い!ありがとう。火が消える前に流しましょう」


「あぁ」


 両親とそうしたように、星華は立ち上がりはしゃぎながら燈惺と灯籠を川へ流した。


 子どものように灯籠を楽しむ星華を燈惺は眩しげに見つめると、その腕を引いて隣に座らせる。


 流星祭の日に、灯籠を流し願いごとをすると、願いが叶うと言われている。灯籠を星に見立てているからだ。


 星華達の灯籠はゆっくりと流れていき、夜の暗い川を照らす星となる。手を伸ばせば、光輝く星がすぐそこにある。


 燈惺のそばで、手を合わせ願いごとをする。


「皆とずっと一緒にいれますように」


 もう二度と、大切な人が傷つくことがありませんように。強く強く願った。


「皆と、なのか?」


「えっ…」


 瞳を閉じて願っていると、耳元を低い声がくすぶる。目を開けると、見つめてくるその視線はとても切なく揺れていた。


「燈惺の…願いは?」


「お前とずっと共にいることだ」


 燈惺は胸が締め付けらそうな声でそう囁くと、祈るように瞳を閉じた。その整った美しい横顔に見とれてしまう。


「…私と?」


 願い終わると燈惺は目を開け、穏やかな笑みを見せた。


「あぁ。毎晩、お前を抱き眠りにつき、毎朝目覚めたらお前の寝顔がそこにある。それが永遠に続いてほしいと思う」


 優しい表情で見つめられ、胸が苦しくなると同時に温かくもなる。


 言葉にできない思いが溢れ、星華は勢いよく燈惺へ抱きついた。線が細いくせに抱きつくと、筋肉質なのが良くわかる。


「…私も」


 高鳴りすぎて可笑しくなりそうな胸の鼓動に耐えながら顔を上げると、燈惺は目を見開いた。


 何かを(こら)えるように息を吐きながら星華の肩に手を置いて自分から離すと、両手で星華の頬を優しく掴んだ。


「願いではく、ずっと共にいると約束しろ」


 不敵に笑いそう優しく見下ろすと、しっかりと頭を押さえられ口付けを落とされる。


 唇が重なったとたん瞳を閉じ、甘い口づけを受け止めた。優しく甘い口付けから、ついばむような深い口付けへ変わっていく。


 ここ最近、燈惺と眠る時は必ず口付けを落とされ、まるで離さないと言わんばかりにしっかりと抱きしめられたまま眠りについていた。


 大事にされているのは痛いほどわかっていた。


 それでも、まだ何も話してもらえないことに、不安と切なさが消えることはなかった。


 彼に忘れられない女子がいて、その相手は礼風なのかもしれないと、燈惺への想いが(つの)るほど自信がなくなっていった。


 口付けされるたびに愛されているのかもしれないと思うのは、(はかな)い夢だと涙を流した。


 きっとこれからも彼は、星華に秘密を隠し続けるのだろう。しかし、今はもう儚い夢などと思わない。


「…約束するわ。貴方のそばを離れない」


 愛されている、そうしっかりと感じた。


 政略結婚から始まったという事実は変わらないが、燈惺が向けてくれている想いは偽りではないと、自惚れてもいいだろうか。


 寡黙(かもく)な燈惺に贈られるこの口付けを信じたい。


「なぜ、泣く…」


 前触れもなく涙を零し始めた星華を見て、燈惺は(いぶかし)げに眉を寄せる。突然の泣き顔に酷く困っていた。


「嬉しくて…」


 そう言うと、呆れたように目を細め、ふっと笑顔を見せた。それがあまりにも優しさに満ち溢れていて、星華の涙は止まらなくなる。


「こんなに想っているのに、まだ伝わらないか?」


 燈惺は低いが優しい声でそう言いながら、星華の涙は指で拾っていく。


「星華、お前だけを…」


 燈惺は何か言おうと口を開いたが、あからさまな咳払いが聞こえてきて我に帰った。


「燈惺様、そろそろ…」


 燈惺は口を閉じ、大きなため息を吐いた。


 咄嗟に立ち上がると、申し訳なさそうに(たたず)む玄士がいた。その顔を見る限りしっかりと見られていたようで、今にも隠れたい気分だ。


「…お互いに戻りましょう」


 動く気がなさそうな燈惺の手を必死に引くが、びくりとも動かず玄士を睨む始末だ。


 必死に言い聞かせ、今日も共寝すると約束し、燈惺の重たい腰がようやく上がった。


 そして、星華のおでこに再び口づけを落とし、燈惺は人混みの中へと消えて行った。









 玄士に連れられ翔貴と合流した時、翔貴は星華を勢いよく抱きしめてしまうほど心配していた。


 翔貴はあの日の惨劇(さんげき)を知っている。星華がいなくった時、不安と恐怖に襲われただろう。


 解放され恐る恐る見上げると、その顔は珍しく怒っていた。


 燈惺が星華を連れ出すと言う陵家兄妹の企みだったらしく、睡月も申し訳そうに縮こませていた。


「星華と殿下が付き合ってくれたから私も満足したわ。蓮承と雨衣はいい感じのようだし、そのままにして帰りましょう」


 翔貴を怒らせたら厄介(やっかい)だ。星華と睡月は目を合わせ、早めに帰ることにした。


 玄士に見送らせ帰ろうとした時、一人の男の子が目に入った。六歳ほどの小さな男の子だ。


 転んでしまったようで、地面に尻もちをつき泣きじゃくってる。皆が素通りする中、星華はすぐかけよった。


「坊や、転んじゃったの?大丈夫?」


 目線を合わせ話しかけても、男の子は泣き止まない。小さな手を見ると、深くはないが擦り傷ができていた。


「大丈夫。すぐに治るわ。泣かないで」


 となだめるが、血が怖いと泣き続ける。


 星華は手巾をだして、赤く(にじ)んだその傷にそっと触れる。手巾をずらした時、自分でも驚いた。


「…あっ。治った!お姉ちゃん、すごい」


 男の子はそう言って、目を輝かせ走っていく。


「待って…いっ…」


 ありえない出来事に目を凝らしたが、突然頭に響くような痛みが走る。確かにあの時、あったはずの傷が治っていた。


「星華…、もしかして」


 翔貴は勢いよく星華の左腕を掴むと、衣の袖をめくりあげた。


「腕輪がない…」


「実は今日休んで目覚めると、腕輪がなくなっていて…」


 両親と同じくらい、翔貴からも腕輪を外してはいけないと厳しく言われていた。どんどん険しくなる表情に、ただ事ではないと痛感する。


 翔貴は星華の腕を強く握ったまま、何も言わずに進み始めた。睡月も何かおかしいと感じているのか、戸惑いながらも二人の後を付いてきている。


「ちょっと…翔貴…」


 その時、耳を裂くような人々の悲鳴が聞こえて来た。


「…逃げろ!」


「公主様が襲われた…!」


 雪崩(なだれ)のように人々が、酒楼の方から逃げるように向かってくる。


 星華たちは顔を見合わせた。

 

「戻ります。星華さん達は屋敷へ」


玄士はすぐに身を(ひるが)しかけていく。


「燈惺…そんな…」


 公主がいることは内密のはずなのに、公主の存在が知られている。燈惺たちの身に、何かが起こっている。そう思うと体が勝手に動いた。


「…待て!星華!行ってはいけない」


 公主を守っている燈惺が無事なのか、不安でたまらなかった。


 走り出した星華を翔貴が背中から強い力で抱きしめ止める。星華は諦めず、翔貴の腕の中で大暴れする。


「お願い…離して…お願い…!」


「だめだ!…絶対に行ってはだめだ!」


 その場は逃げ惑う人々、騒ぎを見に行く人で、騒乱となっていたため、翔貴の腕が一瞬緩んだ。


 翔貴の腕の中をすり抜けて、星華は思い切り走った。


 進むたびに人とぶつかる。揉みくちゃになりながら、衣が乱れるのも気にせず進み続ける。


 気を抜いたら人の波に流されてしまいそうな中、決して足を止めなかった。


 燈惺達がいた酒楼が見える所まで着くと、酒楼の露台から剣の刃が擦りあう音が響いていた。走りすぎて苦しくなった胸を抑え、燈惺を必死に探す。


 お祭り見物していた公主の周りには、黒装束の男達が立ちはだかっている。


 燈惺は春遥を背に守りながら、容赦ない刺客(しかく)たちを刃を交えていた。


 見事な剣(さば)きで刺客を倒しているが、刺客の数があまりに多すぎる。どんなに燈惺の腕がたったとしても、無防備な春搖を守りながらあの人数は無理だ。


 警備も厳重なはずなのに、倒しても倒しても刺客が湧き出てくるとはおかしすぎる。


 遠くからその様子を眺めている星華には、別の建物から弓で春遥を狙う者の姿が見えた。その弓矢は容赦(ようしゃ)なく春遥へと放たれる。


「…燈惺!」


 彼はこんな時も冷静だ。燈惺は目の前の刺客の相手をしながらも、解き放たれた弓矢の存在に気づいていた。


 彼でなければ弓矢は春遥を(つらぬ)いてただろうが。燈惺は春遥の手を引き、自分の身を(たて)にした。


 春遥を狙った弓矢は、燈惺の胸を貫いた。


「やめてっ…!」


 叫びと共に、体が崩れ落ちていく。周りの野次馬たちの声ももう入ってこない。

 

 その後の記憶はあまりなかった。











 先に燈惺の元へ向かっていた玄士により、酒楼の中へと連れて行かれた。個室の寝台の上に、燈惺は横たわっていた。


 燈惺が弓矢に倒れた後、刺客達は撤退していったらしい。


 春遥と共にいた皇守衛達は皆傷だらけとなっており、酒楼でそれぞれ緊急手当を行っていた。その中でも燈惺は腕と胸に深い傷を負っていた。


 玄士が手当に必要ものを集めに行くため部屋を出て行く。何もできない星華一人が残された。


 血の臭いが充満する部屋で、震える手を抑え燈惺の体にそっと触れる。


 燈惺は星華がいることに驚きながらも、星華へと手を伸ばした。


「…平気だ。慣れている。だから…泣くな…」


 眉を(しか)めながらも、燈惺は大丈夫だと口角を上げた。


 彼は酷い。いつも何を考えているのかわからないほど無愛想なくせに、こういう時に笑わないでほしい。


 血だらけの手を必死に掴み、その手を頬に擦りあてる。あまりの冷たさに大きな恐怖が襲ってくる。


 相変わらず綺麗な顔は少しだけ歪み、必死に星華を見た。


「…星華…お前を…」


 苦しそうに何か言おうとしている燈惺に、涙でぼろぼろの顔を必死に横に振る。


「もうしゃべらなくていいから…。誰か…誰か助けて…」


 血だらけで横たわっていた両親の姿が脳裏に浮かび、あまりの残酷な現実に涙を流すことしかできない。


 まだ弓矢は刺さったままだ。おろおろしながら、持っていた手巾で溢れだす血を止めるが、すぐに真っ赤に染まる。 


 戻ってきた玄士が、手に入れて来た大量の布を星華のそばにおく。


「星華様、大丈夫です。急所は外しています。まず弓矢を抜きます。燈惺様の手を…握ってあげてください」


 燈惺と共に戦場に出ていたと言う玄士は、焦りながらも必死に冷静さを保っていた。


「…わかったわ」


 まだ少しだけ意識がある燈惺の手を握ると、弱い力で握り返される。


 どうか彼を助けてください。必死に祈り続ける。


 玄士が合図すると、燈惺は歯を喰いしばり低いうめき声を上げた。弓矢を抜いた途端に、溢れ出す血を布で必死に止めるが、大量の血に布が足りない。


 手慣れた手つきで玄士が燈惺の衣を()ぎ取ると、筋肉質な体があらわになり、左胸上に痛々しい傷口が見えた。


「やだ…血が止まらない。お願い…止まって…。私は…貴方がいないと…だめなの」


 愛されることも、愛することもしらなかったのに、この上ない幸せを星華に教えたのは燈惺だ。


 愛する人を失うことが、こんなにも怖いことなのか。


 彼が無事であることを祈りながら、もしもの光景が頭に浮かび崩れ落ちそうになる。彼を失うかもしれないという恐怖で体の震えが止まらない。


 燈惺が無事ならば、何だってする。


 たとえば自分の命を引き換えにしても、彼に生きていてほしい。心からそう思った。


 父とともに逝くことを選んだ母の気持ちが初めてわかった。涙で目の前の燈惺の姿が霞み、喉が熱くなり掠れる声で必死に叫ぶ。


「ずっと共にいると…約束したでしょう…!燈惺…お願いだから…」


 ずっと…そばにいて。


 泣きながら燈惺に(すが)り叫び続ける。


 もう止血の布は足りない。止まらない血をどうすることもできず、星華は素手でその傷に手を置いた。手は真っ赤に染まっていく。


 意味がないとわかっても、何かしないと耐えることができなかった。


 その時、まるで頭を殴られているのではないかと思うほどの頭痛に襲われた。心臓の鼓動もおかしいくらいに早くなり、体から全ての力が抜ける。


 こんな時に倒れるなんてできない。必死に体に言い聞かせるが無駄だった。意識が遠のいていく。


 血の匂いの中かすかに漂ってきた(こう)の香りで、翔貴が抱き止めてくれたことだけはわかった。





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