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風の謀りごと 


「…寒いわ」


 寒気に襲われた体を星華は両手で抱え込んだ。寝台の上で布団もしっかりかけているというのに、中々体が温まらない。


 今は昼時だ。今日は年に一度の流星(りゅうせい)祭りが都で行われる。皆、お祭りのための準備で忙しく屋敷の中を駆け回っている。


 お祭りを心待ちにしている人々の中で、星華だけは違った。


 星華の両親は、流星祭りの夜に殺された。


 あれから人々がお祭りを楽しんでいる間、星華は両親の死を人知れず(とむら)ってきた。


 今年もそのつもりだったが、睡月からお祭りに一緒に行こうと誘われた。衣や髪飾りなどを楽しそうに準備している姿を見ていると、断ることができなかった。


 早く体調を治さないと。


 夕方からお祭りへ行くが、今朝から体の調子が悪く寝室で休ませてもらっていた。


 燈惺は相変わらず寡黙(かもく)だったが、体調が悪いと知った途端、星華を抱き上げ寝室へと連れて行った。強引に寝かせると、お祭りまで部屋から出るなと厳しく言いつけ、渋々任務へ向かった。


 ここ数日、燈惺が屋敷にいる夜は、皆が寝静まった頃に星華を迎えに来るようになった。


 最初は戸惑いを見せた星華も、いつしか迎えを心待ちにしていた。


 その気持ちがはやり真夜中に部屋を出て詠星苑の庭で待っていると、風をひいたらどうするのかと、ものすごい剣幕で怒られた。


 心配し過ぎだと笑っていたが、見事に風邪を引いてしまったのだから、今は大人しく休むしかない。


 もうひと眠りしようと横になった時、近づいてくる足音が聞こえて来た。


「星華さん、入ってもいい?」


 予想外な来客に、横になった体を起こす。


「どうぞ」


 来客者は礼風(れいふう)だった。てきぱきと入ってくると、(わん)がのったお(ぼん)を枕元へ置いた。


「睡月たちは流星祭りの支度で忙しいから、私が薬を(せん)じてきたわ。寒気がするのでしょう?体が温まる薬だから飲んだら良くなる」


「ありがとうございます」


 手渡された椀を手に取るとまだ温く、苦そうな香りが(ただよ)ってきた。


「これでも、医女よ。ここに来る前は、各地で医術を学んできたの。腕には自信があるわ」


「頂きます。…なぜ、医学を学ぼうと?」

 

 ずっと気になっていたことだった。


 (とう)家は、星華でも聞いたことがあるほどの名門貴族だ。その令嬢である礼風が、なぜ両親の反対を押し切り医学の道を進んだのか。


 彼女には何か揺るぎない目的がある。自分の道を真っ直ぐ進んでいる礼風は、星華の目から見ても眩しかった。


「私は…病で苦しむ人々を救うためだなんて綺麗ごとを言う気はないわ。自分のために、医学を選んだの。自分の武器を作りたかった。それなのに、父がもういい歳なんだから結婚しろとうるさくて、飛び出してきたの。相手まで勝手に決めてるんだもの…(あき)れたわ。ほら飲んで」


 見守られ一気に薬を飲み干すと、口の中に苦みが広がる。苦いと顔を(しか)める星華を見て、礼風はおかしそうに笑った。


 口直しよと、みかんの砂糖漬けを口の中へ放り込まれる。よく噛むほど甘さが広がり、星華はしっかりと飲み込んだ。


「美味しかったです。ありがとう」


 頭を下げると、礼風は空になったお盆を持ち立ち上がった。扉まで向かったが、突然振り返った。


 真っ直ぐに星華を見る表情は、怒りと悲しみが混じり合っていた。


「私は貴方が羨ましい。貴方は、周りの言いなりになり…愛してない人と結婚した」


「どういう…意味?」


 まるで責めるような視線に言葉を失う。もうその時には頭がぼんやりとし始めていた。


「…政略結婚した貴方には理解できないだろうけど、私は愛する人との結婚でなければ意味がなかったの」


 もう最後の方は上手く聞き取れなかったが、薄れていく意識の中で、その言葉の意味を必死に考えていた。


 礼風は何を伝えたいのか。燈惺を奪ったと言いたいのか。でも、彼女の深い悲しみを抱えた瞳を見ると、何か違うような気もする。


 礼風が言う通り体がぽかぽかしてきて、もう目を開くことができなかった。










 真っ赤に染まった両手を見て、星華は悲鳴を上げた。そして、恐る恐るその血の跡を追うと、倒れているあの人がいた。


「きゃっ……」


 悲鳴を上げて飛び起きると、先ほどと変わらず寝台の上だ。深い眠りについていたが、長い夢を見ていた。


「久しぶりにあの夢を見た…」


 額は冷や汗でびっしょり、疲労感もある。記憶にはびこる、いつもより鮮明な映像を思い出し頭を抱えた。


 まるで夢ではなく、実際に起きた出来事のようだった。大量の血の臭いまで覚えている。


 全て思い出そうとすると頭に鈍い痛みが走り、思考を停止させる。上手く言葉にできないが、何かが違う。


 違和感を覚え、左腕を確認した。いつもの安心感がない。


「…腕輪がない」


 顔が青ざめていくのが自分でもわかった。


 唯一の両親の大事な形見で、何があっても外さないと約束したのに。約束通りどんな時も外さなかったはずの腕輪がない。


 咄嗟に浮かんだのは、礼風だ。


 薬に何か入っていた?いや砂糖漬けかもしれない。と礼風を疑ってしまっていることを否定するように頭を振る。


 礼風は腕輪のことなど知らないはずだ。


 証拠もないのに疑ってはいけないと、自分を落ちつかせるために深呼吸をする。すぐに起き上がり部屋中を探し回った。


 隅々探しても腕輪が見つかることはなく、礼風も突然陶家から迎えが来たとかで、陵家からいなくなっていた。彼女はたまにこのようにいなくなる。


 礼風が怪しいのは間違いないが、雨衣に話すと陶家に乗りこんでいき大ごとになりそうだ。


 それで、礼風にとぼけられたら手の打ちようがない。今は礼風が戻ってくるのを待つしかない。


 落ち着かず部屋の中をぐるぐると歩きまわっていると、衣を手にした睡月が入ってくる。


「星華、早く着替えて!…何かあったの?」


「…ううん。すぐ準備するわ!」


 無意識に左腕を体の後ろに隠す。不安を一生懸命に押し殺し、笑顔を張り付けた。

 




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