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星は王宮へ 一


 込み上げてきた緊張に、星華(せいか)は右手で左腕をさする。左腕には両親の形見の腕輪がある。衣の上からでも、この腕輪があると思うだけで安心できる。


 不安に襲われているのは、燈惺(とうせい)と王宮へと向かっている最中だからだ。


 王が燈惺の妻となった星華に会いたい。つまり、噂の悪女を拝見(はいけん)したいということで、王族の茶会に招待された。


 わざわざ高官の妻を王宮へ呼ぶなど、何か企みがあるのではないかと燈惺達は今回の話を(しぶ)っていた。


 王宮には、星華をよく思っていない春搖(しゅんよう)もいる。


 まだ怪我が完治していないことを理由に、翔貴(しょうき)がこの話をなくそうと掛け合ってくれたが、それならば体調が良くなってからとの話になった。やはり、そこまでして星華を呼びたい誰かがいると言うことになる。


 茶会に招待されたのは陵家夫婦二人のため、雨衣と睡月たちはお留守番(るすばん)だ。久しぶりの二人きりに、燈惺だけ機嫌が良かった。


 あの初めての口づけ以来、燈惺は星華に良く触れるようになった。


 今も輿(こし)の中でも、揺れるからと燈惺により星華の肩はしっかりと抱き寄せてられている。十分緩やかな進みで外の風景を眺めたいのだが、離れようとするとすぐに腕の中へ戻された。


 隣を見上げてみると、燈惺は平然と何食わぬ顔でいる。いつも星華だけが、顔を真っ赤にしたり、鼓動が速くなったりと忙しい。


 燈惺は多忙になり屋敷にいる時間がめっきり減ってしまったのだが、忙しい務めの間をぬって詠星苑(えいせいえん)へ会いにくるようにもなった。


 そして(りょう)家では、睡月(すいげつ)雨衣(うい)、燈惺による星華の隣に誰が座るかと言う争いが頻発(ひんぱつ)していたが、全く譲る気のない燈惺に、女子二人が(あき)れながら身を引いてばかりだ。


 それでも、燈惺は屋敷の中で二人ゆっくりできないと不満のようで、あの秘密の庭園で会うことも増えた。


 秘密の庭園にあったもう一つの入り口を燈惺が辿(たど)ると、燈惺の父親の居室の裏庭に繋がっていたらしい。


 不仲だと思っていた両親が、そこまでして愛を育んでいたということに燈惺は何を想うのか。


 彼はそれを口にすることはないため、星華はただ見守るしかできなかった。


「不安か?」


「伯母により王宮へ連れて行かれていたらしいけれど、私には昔の記憶がほとんどないから。正直に言うと…とても不安」


「大丈夫だ。私がいる」


 燈惺は穏やかな表情でわずかに頷き、綺麗な顔からは意外なほど男らしく低い声は、優しさを含んでいた。


 傍にいるのは、毎日のように王宮へ上がっている燈惺だ。それだけで心強い。燈惺と翔貴から、王宮のしきたりや力関係については教えられてきた。


「そうね。貴方がいるから大丈夫ね」


 そう言いながら可笑(おか)しそうにふっと笑みを零した星華に、燈惺は首を傾げる。


「何がおかしい?」


「幸せすぎて。貴方がこんなにも優しいなんて、出会った頃の私に教えてあげたい」


 冗談で言ったつもりだったが、燈惺は真顔になり申し訳なさそうに眉を(ひそ)た。


「誰よりも傷つけてしまったこと、ずっと…悔んでいる」


 出会った頃と比べ、燈惺は噂に惑わされず本来の星華の姿を見てくれている。あの時は星華の持つ噂や周りの策略のせいで、あそこまで関係が壊れてしまった。


 今は酷い態度だったことを悔いるように、燈惺は星華に尽くしてくれて優しい。


 傷つけしまったと言う過去が、余計に燈惺をそうさせてしまっているのもわかっている。


 おそらく今の二人の姿は真の夫婦のように映るだろう。しかし、燈惺が星華に隠し事を話すことはない。


 その先に踏み込もうとするたびに、燈惺から作られる壁が星華には見える。その壁を感じた時、突然苦しいほどの切なさに(おそ)われる。


 優しくされるほど、距離が縮まるほど、幸せ過ぎて怖くなってしまう。


 そんな思いを隠すように、星華は燈惺の肩にこつんと頭を預ける。普段、自ら燈惺に触れることのない星華にしては(めずら)しかった。


 ここにいることを確かめるように、燈惺の温もりを感じる。


「冗談よ。今はこんなにも優しいんだもの。今日は陛下にお会いしたら、死神様はとっても優しいってことを伝えないとね」


 そして、後悔に(さいな)まれている燈惺を励ますため、悪戯(いたずら)した子どものように茶目っ気たっぷりな笑顔を見せた。


 すると燈惺は眩しげに目を細めたと思うと、その美しい顔を近づけてきた。


 熱い視線に星華も吸い込まれそうになったが、咄嗟(とっさ)に口元を隠すと、燈惺は不満げだ。


「なぜ隠す?」


「もうすぐ陛下にお会いするのに…今は駄目よ」


「今のは…お前が(あお)るから悪い」


 星華には何が燈惺を煽ったのか良く分からなかったが、かわりにぎゅっと抱き寄せられた。


 機嫌を直してと、肩に回されていない方の燈惺の手を握ると、燈惺は満足げに握り返してきた。














 両親を亡くしてからの初めての王宮は、昔の記憶がほとんどない星華にとって初めの王宮だった。


 ぼんやりと残っていた記憶よりも、建物も人々も(きら)びやかで華々しかったが、荘厳(そうごん)とした雰囲気もきちんと流れている。


 今日は王族の茶会ということで、燈惺はいつもは着ない薄水色の明るい衣に身を包み、髪は(まげ)を作り銀の豪華な結止(ゆいど)めでまとめているため、また別人のように感じる。


 通り過ぎる女子たちが、ちらちらと燈惺を見ては顔を赤らめていく。女子だけではなく、近衛兵(このえへい)たちの視線さえも向けられている。


 星華は燈惺が選んでくれた、白い衣を身に着けていた。細かい刺繍(ししゅう)(ほどこ)され、下長衣が薄い生地で、何層にも重なり(なび)いて美しい。


 とても素敵で、着ているだけで気分が上がる。髪を華やかに飾ってくれている(かんざし)も、燈惺と街へ出かけた時に選んだ蝶の形をしたものだ。


「視線が気になるか?」


「貴方が王宮の女子たちを(とりこ)にしていることが良く分かったわ」


 確かに、これだけの美貌(びぼう)の男性がいたら、世の令嬢たちはお嫁に行きたいと思うだろうし、女官(にょかん)たちも憧れの感情を抱くだろう。


 また燈惺は武官とは思えない品もあり、戦で勝利を手にしてきたという功績もある。


 形だけでもすごいの人の妻になったのだとつくづく感じていると、燈惺は突然立ち止まった。


「私を見ているのではない。皆、お前を見ている」


「えっ…」


 元々ぴったりと寄り添い歩いていたのだが、燈惺は星華の手を確かめるように握った。


 ただ握るだけではなく、握っている星華の手を自分の口元に近づける。


 何をするのかと思いきや、燈惺はその美しい顔で星華を見つめたまま、握っている星華の手にしっとりと口づけを落とした。


 逸らされらることのない視線に、鼓動が驚くほど速くなる。いつもの無表情なのに、その視線はしっかりと熱をもっていた。


 その仕草があまりに(つや)やかで眩暈(めまい)がしそうだった。周りから、多くの視線を痛いほど感じる。


「こうしていたら、私の妻とわかるだろう」


 顔を真っ赤にした星華の反応が満足そうで、彼は妖艶(ようえん)に微笑む。


「…人に見られるわ。また、これで死神様を(まど)わした悪女だと噂される」


「見せつけるためにやっている。堂々としていろ」


 恥ずかしさを隠すため冗談を言ったつもりが、燈惺が真剣な顔でそんなことを言うので、星華はおかしてく吹き出した。


 すると、燈惺もつられて表情が柔らかくなる。このように、以前より優しい表情を見せる回数が多くなった。


「…まさか、死神の笑顔を見れる日が来るとはな」


 そう言いながら近づいてきたのは、皇守衛(こうしゅえい)の官服の青年だ。燈惺より歳上のようで、同じ指揮官の官服だが、官位の色が違う。燈惺の上司のようだ。


 彼は、二人の前に来ると仰々しく頭を下げた。


「ご挨拶が遅くなりました。皇守衛第一部隊指揮官、柳誠弦(りゅうせいげん)です」


「藍星華です」


 星華も習ったお辞儀(じき)で挨拶をする。


 人当たりの良い笑顔が印象的で、背が高い燈惺と同じくらい長身だが、燈惺よりも少し体格が良く(たくま)しさを感じる。


 燈惺とはまた違う優しげな美形だ。街では恐ろしいと噂されれる皇守衛は、王宮の女性達からは憧れの存在であることが良くわかった。


「奥方がこんなに美しいとは。燈惺がすぐに帰ろうとするわけだ。先ほどから、女官たちが泣きついてきて大変だったぜ」


「わざわざ部下の妻を見に来るなど暇なのですか?」


 二人は仲が良いようで、燈惺はもはや上司への態度ではない。


「陛下から案内せろとの命だ」


 部下の不遜(ふそん)な態度もさらりと流すと、誠弦は勝ち誇ったようにそう言った。


 王宮はとても広く、茶会場所まで向かう途中、誠弦は話上手で王宮の建物を一つずつ説明してくれた。


 少しでも誠弦に近づくと、燈惺に腕を引っ張られる。誠弦はその反応を楽しんでいるようで、事あるごとに距離を詰めて来るので、燈惺の機嫌は最悪だった。


「あれはなんの建物ですか?」


神殿(しんでん)だよ」


 王宮の奥に行くと、華やかな建物の中に白を基調とした大きな建物があった。周りには多くの花々や薬草が植えられ、明らかにそこだけ異様な空気だった。


 入り口の柱には、龍詠(りゅうえい)国の象徴である龍が刻まれている。


 物珍しい建物に興味を示すと、誠弦が近くまで連れて行ってくれた。真っ白な衣を黒の(おび)でしめ、髪をしっかりとまとめあげた女性が達が忙しそうに歩いている。


 その時、突然星華は衣を引っ張られた。振りかえると、星華と同じ年頃の娘がいた。


 星華の衣をしっかりと掴み、無邪気(むじゃき)に微笑んでいる。その姿はとても幼なげに見えた。


 神殿の女子たちと同じ衣装だが、その娘だけは髪を結い上げず、腰までの黒髪を下ろしている。


「…私に何か?」


 大きな瞳は興味深そうに星華を見上げている。玩具(おもちゃ)を見つけたように、きらきらと目を輝かせている。


「ねえ貴方、面白いもの持ってるわね。私と遊びましょう」


「面白いもの?」


「その…」


桃蘭(とうらん)、やめなさい」


 娘の声を厳しい声が(さえぎ)った。


 燈惺と誠弦は、その女性の登場に顔色を変えて頭を下げる。星華も二人を見て同じようにした。


 女性はいがいにも、深々と頭を下げた。


「うちの弟子(でし)が申し訳ありません」


「これは大巫女(おおみこ)様。お気になさらず。大巫女様のお弟子とあらばご優秀なのでしょう」


 誠弦は相変わらずの笑みを浮かべ、まだ星華の衣を離さない桃蘭と呼ばれた娘を見る。


「嫌です。桃蘭は、この娘と遊ぶのです!」


「困っているでしょう。(ばつ)を受けたいのですか?」


「罰は…嫌です!」


 どんな罰なのか、桃蘭は星華を見ながら泣きそうな顔になると、突然手を離し大巫女の後ろに戻った。


「ご迷惑をおかけしましたね。このようにお転婆(てんば)で困っているのです。先をお急ぎなのでしょう」


 この方が、この国の大巫女(おおみこ)様。


 龍詠国の王宮には代々巫女(みこ)が仕えている。巫女たちは薬草に詳しく、祈祷(きとう)(にな)い、特別な力を持っている者たちもいる。


 大巫女は、神殿で最上級の人で高官でも頭が上がらない存在だ。


 美しいと噂で聞いていたが、その存在から放たれる神々しさがあった。とても痩せており、腰までの黒髪が印象的だった。


 顔の容姿や見た目ではなく、その話し方や仕草に品が(ただよ)い、神に近い存在という理由が分かった気がした。


「あの、どうか罰は…」


「お優しいお嬢さんですね。お嬢さんに免じ、罰はやめましょう。桃蘭、お嬢さんにお礼を言って帰りましょう」


 桃蘭はぺこりと頭を下げると、大巫女に連れられ去って行った。


「まさか、大巫女様を拝見できるとはな」


「珍しいことなのですか?」


 誠弦の言葉は予想外だった。


「大巫女様は、王族に予言や助言をしているが、公の場にはほとんど顔を出さない。特に今の大巫女は、あの事件以来、()(ふく)しているんだ」


「事件以来?」


「神殿には、王族、俺達皇守衛でさえ簡単に立ち入れない。それを(たて)に、巫女たちが失踪(しっそう)していたという事実が分かり、その責任をとり前大巫女が命を絶った。その時に何人もの巫女を道連れにしたという悲惨(ひさん)な事件だ。その後を引き継いだのが今の大巫女ってわけだ」


「先ほどの桃蘭という娘は…」


「星華さんも気付いたか…。あの子は前大巫女様に可愛がられていたが、あの事件以来頭がおかしくなり、子どものような言動になってしまったらしい。しかし、龍夢(りゅうむ)の力が強いと、今の大巫女様が面倒を見られている」


 確かに、星華と変わらない年齢だったが、言動や仕草が幼い子供のようだったのが気になった。


「その龍夢って予知夢や予言のことですよね?」


「あぁ、神殿の巫女の中でも龍夢(りゅうむ)ができるものは数少ない、選ばれたものだけが持つ俺たちにはない力だ。彼女はああいう状態のため、毎回できるわけではないが、龍夢の力は確かで必ず当てるらしい」


 星華はなぜか桃蘭と言う娘が気になったが、それを(さえぎ)るように燈惺に強く腕を引かれる。星華にちょっかいを出されたことが不満らしい。


龍夢(りゅうむ)など戯言(たわごと)です。結局、権力争いの元になるだけだ」


「お前な、王宮の中なんだから口に気を付けろよな」


 上司の注意も聞く気がないようで、燈惺は星華の手をしっかりと握ったまま、何事もなかったように歩き始めた。





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