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星への視線


 まだ陽が明るいうちに屋敷に着いた。門を抜けた途端、燈惺(とうせい)はあたりを見渡し妻の姿を探すが声さえも聞こえてこない。


 官服から着替え居室から出ても、星華(せいか)の姿は見当たらなかった。


「おっ、早い帰りだな。今日は…あの方が来る日か!」


 かわりに、満面の笑顔で出迎えに来たのは伯蓮承(はくれんしょう)。燈惺の睨みにも屈せず、笑みを浮かべている。


「星華は?」


詠星苑(えいせいえん)だ。君がいない間に作業を進めると張り切ってるよ」


「また庭か…」


 そのまま詠星苑へ向かおうとすると、蓮承に腕を掴まれ止められた。


「おいおい。また昨日のように強引(ごういん)に部屋に閉じ込める気か?」


「まだ完治していないのに無理をしているからだ」


「星華さんの性格なら黙って部屋にいる方が辛いだろう。普通あんな言い方したら逃げられるぞ。心配しているのはわかるが、ちゃんと言葉にしろよ」


 星華が陵家に戻ってきて七日が過ぎたが、彼女はまだ養生(ようじょう)が必要だ。無理は禁物だというのに、目を放したらすぐに庭へ出ている。


 自分より星華を理解しているような言葉に、燈惺は一気に不機嫌になった。


「だいたい、お前はいつまでここにいるんだ?」


 蓮承は星華が戻ってきてから、陵家に居候(いそうろう)している。しかも、勝手にだ。


「もちろん、雨衣(うい)と結ばれる日までだ」


「帰れ」


 蓮承は(くじ)ける様子もなく、燈惺を指さして責めるように目を細めた。


「だいたい私の初恋は、君のせいで最悪な再会を果たしてしまったんだ」


「雨衣は覚えていなかったんだろ?」


 昔から、命を助けてくれた初恋の少女がいるという話は聞いていたが、黒龍に所属していた少女だとは知らなかった。少女について深く語らなかったわけだ。


 雨衣と呼び捨てにすることは了承を得たらしいが、基本的に無視されている。同じ空間にいられるだけで幸せらしい。


「私が覚えているからいいんだ!雨衣の心を得るために決めたことがある。この陵家で雨衣がもっとも大事にしている星華さんを共に守り、愛を育んでいくと心に誓った」


 愛に率直な蓮承が一瞬眩しくも見えたが、拳を上げ語り始めた誓いに、先ほどと同じ言葉が浮かんだ。


「頼むから帰ってくれ」


「そんなこと言って、私がいて助かってるだろう?」


 蓮承は雨衣の後ろを追いかけまわしてるだけあり、燈惺が屋敷を開ける間、星華の様子も良く見てくれていた。


「…星華様!危ないです」


 奥の庭から聞こえて来た声に、燈惺は身を(ひるが)えして向かう。使用人に囲まれた星華がいた。


 羽織っている若菜(わかな)色の衣は、星華の色白の肌が映えて良く似合っている。品の良い衣に、睡月が選んだ髪飾りを身につけ、高官の妻らしくなってきたが、その細い腕で大きな石を抱えていた。


「燈惺、おかえりなさい。…あっ…」


 星華から石を取り上げる。大きな瞳で驚いたように燈惺を見ている。


「詠星苑へ運ぶのだろう?」


 そのまま歩き出すと、星華は燈惺の前で大きく手を開いた。


「駄目!行かない約束でしょう?」


 その約束が、燈惺を悩ましている。


 星華に何か願いがないかと尋ねると、詠星苑の庭を自由にさせてほしいと頼まれた。承諾したは良いが、それから星華は張り切って庭を手入れし忙しい日々を過ごしている。


 ただし、庭を完成させてから燈惺を驚かせたいと、燈惺だけ出入り禁止となった。


 ようやく詠星苑から出たと思った時は、睡月か雨衣がつきっきりだ。


 星華を無視していた使用人たちも、睡月の指示で星華に近寄れなかったが、今やみんな彼女に(なつ)いている。つまり、星華と二人ゆっくり過ごすことができていない。


「私の屋敷なのに、自由に出入りできないのか?」


 蓮承いわく、燈惺は星華の前では素直ではない。


「やっぱり死神様ね…」


 星華は妬ましげに口を膨らませた。


 また…この表情だと、燈惺はわずかに眉を寄せる。


 残念そうに視線を下げた星華の頭に手を伸ばしかけたが、睡月が駆け込んできたためその手を降ろした。


「ちょっと、星華早く!殿下がいらしたわよ」


 睡月に手を引かれ、星華は遠ざかっていく。燈惺はあからさまにため息をついた。










 星華が陵家に来た頃は、その眩しい笑顔に行き場のない感情を抱えていたが、今はその笑顔を見ると安心するようになった。


 その小さな顔で、星華は様々な感情を表現する。


 燈惺の前では、不思議そうに目を見開いたり、残念そうに眉を下げることが多い。何度も燈惺の言葉で、その笑顔を失くしてしまった。


 だから今、庭で琴の音を聴きながら、嬉しそうに大きな目を柔らかく細め、音色に合わせ頭を揺らしている姿は好ましい。


 望んでいたはずの笑顔だが、燈惺の心中は複雑だった。その笑顔を作っているのが、自分ではないというのが気にくわない。


 陵家の庭では、翔貴による睡月の琴の稽古(けいこ)が行われていた。


 晴れているため、二人は庭に練習台をもうけ琴を演奏している。星華はそのそばで音色に耳を傾けていた。


 翔貴の力強く美しい音色に、使用人たちまでも聞き惚れているが、翔貴の視線は真っ直ぐに星華だけへと向けられている。


 星華は無邪気(むじゃき)にその視線を受け止め、笑顔を返していた。


 面白くない。


「そんなに見つめたら、星華さんに穴が開きそうだ」  


 そう言いながら、蓮承は優雅にお茶を(すす)っている。(あずま)屋の椅子に腰掛け、蓮承と離れた所から稽古の様子を眺めていた。


 翔貴を陵家に自由に出入りさせる、星華を陵家に戻すためのもう一つの条件だった。そのため翔貴だけは睡月の琴の師匠として、今も陵家に出入りしている。


「はっはっは…」


 突然、蓮承は笑い声を上げた。


「…何だ?」


「嬉しいだけだよ。敵討ちだけに執着していた君が、一人の少女に執着している。君は自分が思っているより執着心が強いから、星華さんは大変そうだが…」


 蓮承を無視して、台に頬杖(ほおづえ)を付き、翔貴へ笑顔を向ける星華をじっと見つめる。


 翔貴はいつだって星華に笑顔を咲かせる。燈惺には、難しいことだ。


 今日は翔貴が珍しい菓子を持参したということで、東屋で茶会までが開かれた。


 これまでの燈惺なら参加などしないが、当たり前のように星華の隣に腰掛ける。その反対側に翔貴が座り、睡月と雨衣、そして、蓮承までも参加していた。


 菓子が入った重箱が開かれると、星華と睡月の目がきらきらと嬉しそうに輝き始める。


 重箱の中には、花の形をした砂糖菓子が入っていた。花びらまで緻密(ちみつ)に表現されている。


 その菓子一つで、星華を簡単に笑顔にできる。


「ほら、星華」


 翔貴は砂糖菓子をつまむと、星華の顔の前までもっていく。


「うん!おいしい!」


 星華はそのまま、ぱくりと翔貴の手から砂糖菓子を食べた。可愛らしい顔で菓子を頬張っている姿に、二人の親しさを見せつけられ、燈惺の中で何かが冷めていく。


「好きなだけ食べたらいい」


 翔貴は嬉しそうに、菓子を星華の(さら)によそおう。星華はお礼を言うと、皿に砂糖菓子を乗せ、屈託(くったく)のない笑顔で燈惺へ渡した。


「ほら、燈惺も食べてみて」


「いらぬ」


「でも…」


 そう言って星華は皿を持たせようとしたが、燈惺は強く押し返した。


「甘いものは嫌いだ」


「あっ…」


 星華の声と共に、その手からお皿が落ちた。がしゃんと、皿の割れた音が響く。


 美しい形をした花の砂糖菓子はぐしゃりと潰れ、楽しそうな雰囲気が一瞬で冷めた。


 星華は悲しげに瞳を揺らした後、研ぎ澄まされた皿の破片を拾おうとする。


「触るな!」


燈惺はとっさに、星華の腕を勢いよく引いた。星華はびくりと肩を揺らし、強張った表情で燈惺を見る。


 他のみんなも固唾(かたず)を飲み二人を見守っていた。燈惺は星華の手を離すと、無言で書斎へと戻った。


 椅子に腰かけ、大きく息をつく。


 胸元から袋を出し、兄の遺品である水晶玉を取り出し手のひらで転がしながら、瞳を閉じた。


 感情を出さないのは得意だったはずだ。


 しかし、星華の存在が大きくなるほど、親しげな星華と翔貴の姿を見るたびに感情を抑えきれない。


「…燈惺。入ってもいい?」


 予想外な訪問者に背筋を伸ばした。


「…あぁ、入れ」


 星華はゆっくり扉を開けると、きょろきょろとしながら書斎に入ってきた。その手には、手巾を持っている。


 燈惺は椅子の右側により、開いた左側をぽんと叩く。座れという意味が伝わったのか、星華はちょこんと隣に腰かけた。


 大きく息をはいた後、星華は折りたたんだ手巾の中から、先ほどの菓子を取り出した。


「…はい、口開けて」


 先ほどの悲しげな目が嘘のように、いつもの明るい声で頭を傾げる。燈惺は固まり、その大きな瞳を見つめ返すので精一杯だった。


「ほら、早く」


 そう(うなが)され口を開けると、砂糖菓子の甘さが口中に広がってきた。


「どう美味しい?」


 甘すぎると言う感想だったが、燈惺がこくんが頷くと星華は満足げに微笑んだ。やっと燈惺に向けられた見たかった表情だ。


「…もう一つ食べたいの?」


 逸らされることのない視線にそう思ったのか、星華はまた手巾から菓子をつまもうとしたが、燈惺はその細い腰を抱き寄せた。


「きゃ…」


 彼女はいつもそうだ。何度突き放しても、真っ直ぐに笑顔を向けてくれる。


 少しでも動くと、鼻があたりそうなほど顔が近い。


「…すまなかった」


 その言葉に星華は目を見開いたあと、嬉しそうに目を細めた。息を呑むほど、綺麗だった。


 まだ十代の星華は幼いと思っていたが、小さな唇は(つや)やかで、細く美しい首筋は燈惺の理性を容易(たやす)く壊していく。


 星華はあまりの近さに目をぱちくりさせ、色白の頬は真っ赤に染まっていく。その表情は、燈惺を満足させるには十分だった。


 その小さな唇へ顔を寄せる。そのまま距離がなくなろうとしていた時、燈惺を呼ぶ声と同時に扉が開いた。


 星華はすぐに立ち上がり、燈惺からあっという間に離れると、入ってきた玄士とぶつかる勢いで書斎から出て行った。


「燈惺様…。すみませんでした」


 玄士は鋭い視線に(にら)まれ、気まづそうに頭を掻いたが、主が遠ざかる背中を愛おしそうに見つめている姿にほっと息をついた。





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