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雨の記憶


 (りん)の元から翔貴(しょうき)の屋敷近くに着いた頃には、朝日が昇り人通りも多くなっていた。


 屋敷自体は都の片隅にあり人気(ひとけ)は少ないが、相手は第二王子で周りの目がある。燈惺は焦る気持ちを抑え、屋敷からそう遠くない茶楼(ちゃろう)へ入った。


 こじんまりとした店の中、一番奥の席で優雅(ゆうが)にお茶を飲んでいる蓮承(れんしょう)を見つけた。拍子(ひょうし)抜けるほど愛嬌(あいきょう)たっぷりな顔で、自分の前の席を(あご)で指す。


「友よ。ようやく来たか」


 そばまで行くと調子よくそう言われ、燈惺(とうせい)は黙って席に付いた。今にも殴り合いが始まりそうだった雰囲気が嘘かのようだが、燈惺は真剣な表情を蓮承へ向ける。


「お前の言う通り、私の目は(にご)っていた。星華(せいか)は…何も悪くなかった」


「まさか君に謝られる日が来るとは」


 と蓮承はからかうように声を上げて笑った後、燈惺をじっと見つめる。


「しかし、私ではなく星華さんに謝ることだな」


 その目は燈惺を責めてはいたが、声には優しさが(にじ)んでいた。全てを説明しなくとも、何があったのか、この男なら燈惺の顔を見て想像できているのだろう。


「今回は、本当に助かった」


「もういいから、今はどうやって星華さんを連れて帰るかだ」


 何があったか説明してくれというので、睡月(すいげつ)と琳と交わした内容を簡潔(かんけつ)に話した。痛々しそうな表情で黙って話を聞いた後、次は蓮承がここに来るまでの経緯(けいい)を説明してくれた。


 蓮承はあの後、星華達の後を追い、彼女達が琳の家へ入ったのを確認した。近くで様子を探っていると、一刻も経たないうちに雨衣が琳の家を出て、その後翔貴がお忍びで星華を迎えに来たということだった。


「殿下は周りに気づかれぬように、星華さんを連れて帰った。変な(うわさ)が立たぬように、彼女を思ってのことだろう。ここで私達が乗りこめば、その苦労が水の(あわ)となる」


「あぁ、下手に動くとお互いの首を絞めてしまうだけだ」


 燈惺には皇守衛(こうしゅえい)と言う身分がある。翔貴の屋敷には、王宮からの使いも出入りするため、慎重に動く必要がある。また、今まで星華を隠し守ってきた翔貴の努力も守らなければならない。


 そもそも翔貴は燈惺を許さないだろう。


 様子を探るため茶楼を出た時、一人の男が燈惺達の前で立ち止まった。燈惺は見覚えのある顔に、王宮で向かい会った時のように頭を下げる。


 翔貴の右腕である沈苑志(しんえんし)だ。


 長身で衣の上からでも引き締まった体がわかる武術の達人で、翔貴の忠実な臣下(しんか)だ。目立たぬように、民の衣を身に(まと)っている。


「主の使いで参りました。目立たぬように裏門からお入りください」


 王宮で見た時と変わらず、燈惺に負けない無表情で淡々とそう告げた。燈惺と蓮承は目を合わせ、その後を追った。


 翔貴の屋敷は、幻華荘(げんかそう)と名付けてられており、中に入ると別世界が広がっていた。


 庭には多くの草花が広がり、池のそばには一本の白幻花(はくげんか)という木が植えられている。


 白幻花は白い花を一面に咲かせる珍しい木で、花とは無縁の燈惺でさえ目を奪われる美しさだ。


 龍永(りゅうえい)国はまだ後継者が正式に決まっていないため、王子達も王宮に住んでいるが、翔貴はこの屋敷を(たまわ)り王宮と屋敷を行き来しているということだ。屋敷自体は華美ではないが、この庭は王宮に負けない華やかさで、誰のために作られた庭かは想像できた。

 

 屋敷の中央に翔貴の書斎があり、迷わず書斎へと案内される。


 書斎の中に入ると、翔貴が背を向けて立っていた。中は木彫の細かい彫刻が施され、品のある(たたず)まいだった。


 高貴な紫苑(しおん)色の衣を羽織った翔貴がゆっくり振り返る。その端整な顔は少し疲れ、(うるし)塗りの机の上も乱れていない。


 燈惺と話すためにこの部屋に来ただけで、ずっと星華のそばで看病していたのだろう。燈惺を星華には会わせる気はないようだ。


雨衣(うい)から話は聞いた。言い訳はあるか?」


「ありません。彼女を疑い傷つけたことに間違いはない」


 淡々とした燈惺の態度に、翔貴は冷静さを装ってはいるが、その目から伝わる怒りを隠しきれていない。燈惺に反省の色があるか判断していたようだが、その態度に落胆(らくたん)した様子も見える。


「あんな状態の星華を追い出すなど、さすが冷酷と恐れられる皇守衛だな。一歩間違えたら…星華の命はなかった」


 長い沈黙が流れた後、翔貴はそう吐き捨てた。


「…星華の容態は?」


「今は落ち着いているが、絶対安静が必要だ。この屋敷で療養させる。もう(りょう)家には帰さない」


 張り詰めた空気が流れる。彼女をいつでも連れて行っていいと言ったのは、間違いなく燈惺だ。


 翔貴が燈惺の出方を慎重に待っている中、燈惺はふっと口角を上げた。


 まるで、どうでも良いと言っているような姿に翔貴は視線で燈惺を(とが)めるが、燈惺は態度を変えぬまま口を開いた。


「お言葉ですが、まだ私と星華は結婚して日が浅く、今離縁するのは星華の今後のためにも良くありません。ここだけの話、誰の差し金か知りませんが陛下からもお呼びがかかると聞いています。陛下に注目されてしまった以上、ここに長居させるのは良策ではないでしょう。ここで療養をさせて頂いてから、治り次第連れて帰ります」


 誠弦(せいげん)の情報がここで役に立つとは。怒りに身を任せ星華に離縁(りえん)書を押し付けたのは誰だと、何度も繰り返す後悔に襲われるが、余裕の表情を保ち続ける。


 王宮からの呼び出しがあることは翔貴さえも知らなかったようだ。予想以上に驚いており深く考え込んでいたが、目を閉じて悩まし気に息を吐いた。


「もうお前を信用できない」


「このまま星華がこの屋敷にいたら、いつか王宮の耳にも届くでしょう。悪い噂が立ちます。いままでの努力が無駄になるのでは?」


 知れば知るほど、翔貴の星華へ向けられている愛は深い。藍家で(しいた)げられている際も、燈惺との結婚の際も、翔貴なりの考えがあり星華のために耐えて来たはずだ。


 彼女のためとならば、燈惺の屈辱(くつじょく)にさえ耐える男だ。卑怯なやり方だが、今は星華を(たて)にでもしなければ、星華を連れ戻せない。

 

「もう傷つける様な事はしません。ご安心を」


 そう言って、腕を開き手の甲を翔貴に向け両手で合わせて最大の礼を見せる。その言葉は自分への誓いでもあった。


「雨衣も共にというのが条件だ」


 予想通りの条件に、燈惺はきつく目を閉じた。


 その後、翔貴と共に書斎を出て星華の元へ向かう背中を見送っていると、背中に気配を感じた。


「殿下との話を盗み聞きとは、大した度胸だ」


 そう投げかけると、蓮承が当たり前というよう顔で隣に立っている。彼は将軍である父の鍛錬(たんれん)から逃げる日々の中で、自称・脱走と盗み聞きの達人だとふざけていたが、事実らしい。


「長話だったな」


「今後のことを話した」


「途中から退屈だったが、最初の星華さんを盾に交渉するの所は聞き応えがあった。やはり私の友は恐ろしい」


 身振り手振りを使い仰々(ぎょうぎょう)しくおどける蓮承を鋭く(にら)むが、まあまあと、燈惺の肩に肘までかけてくる始末だ。


「良くやったよ。ああでも言わないと、陵家へ帰すことを許さなかっただろう。君が星華さんに惹かれているなんて口にしたら一生会わせてもらえなさそうだ。…おい、どこに行く?」


 荒々しく肩を回して蓮承の肘から逃げると、白幻花が色を飾る庭へと向かった。










 まだ目を覚まさない星華を置いて、雨衣は白幻花の下で咲き誇る花を見上げた。


 美しい花を見ても雨衣の表情は何一つ変わらない。ただ昨日の星華の涙を思い出すと、胸が苦しくなり息を吐きだした。星華の痛みは、雨衣の痛みとなる。


 雨衣は覚悟を決めて、燈惺の待つ東屋へと足を運んだ。


 百幻花を眺めるために作られた東屋(あずまや)で、燈惺は立ったまま雨衣を迎えた。


 感情が薄い雨衣でえ、燈惺の容姿が美しいものだとは思う。しかし、雨衣にとって主の結婚相手の容姿などどうでも良いことだ。あれだけ星華が誠意を見せても、この男は星華を信じなかった。


 星華は真っ直ぐすぎて時に誤解され、負わなくていい傷を心にも体にも負う。陵家に嫁いでからは、周りからの思惑(しわく)もあり、悲しいくらい空回りの連続だった。


「星華は?」


「まだ目を覚ましませんが、今は落ち着いています」


 二人の間に長い沈黙(ちんもく)が訪れる。驚いたことに、燈惺は星華を案じているようで、雨衣への嫌悪(けんお)以外の感情ある顔を始めて向けられた気がした。


 雨衣は(はかな)い望みにかけ、頭を深く下げた。


「こたびの傷が治り次第、星華様は陵家へ戻ると殿下から聞きました。こたびの件は私が原因だとわかっていますが…どうか私を星華様のそばにいさせてください」


 星華が目覚めない間、星華から差し伸べられた手を離すべきかと何度も考えたが、これが雨衣の出した答えた。


 ゆっくり頭を上げると、燈惺の深い闇に吸い込まれそうな瞳に捉えられる。

 

「一つだけ聞きたい。なぜ黒龍だったお前が、彼女に仕えているのか?」


 その声は一見冷淡に聞こえるが、本気で知りたがっているようにも感じた。


 そのまま東屋の椅子に座るように促され、雨衣は椅子に腰掛けた後、星華と出会った日に想いを馳せる。重たい口をゆっくりと開いた。


「私達の出会いは、偶然でした。ただ星華様は両親を亡くしてから…昔の記憶をほとんど覚えておらず、今から話すことを星華様は覚えていません」


 それでいい。星華にとって、過去を思い出すことは命を危険にさらすことになる。だから、雨衣がずっと大切に覚えておくと心に誓ってきた。


 これは名もなき少女が、雨衣(うい)という少女になった話だ。


 物心ついたから、雨衣は孤児(こじ)だった。


 貧民街(ひんみんがい)で同じ孤児たちと寄り添い、生きるか死ぬかの日々を過ごしていたある日、一人の大人に拾われた。


 孤児達は山奥の村へ連れていかれ、食べ物をもらう代わりに、厳しい武術の訓練をさせられた。それは甘い話ではなく命がけの日々で、武術の才がないと分かれば捨てられる。


 黒龍の秘密は絶対に漏らしてはいけない。捨てられるということは、殺されるということを子どもながらに知った。また、人を傷つける事に恐怖を覚えた者も排除された。


 元々、感情が薄かった雨衣は適任と判断され、左腕には自然に黒龍であるという痛々しい焼き印が刻まれていた。刻まれる際、泣きも叫びもしなかった。


 その頃に、黒龍は解体された。


 黒龍は先王により作られた暗殺集団だ。


 先王が亡くなって数年後に、今の王が(はい)した。皇守衛も王の手と足なり、厳しい拷問や人を手にかけることもあるが、皇守衛は国のためという大義名分がついてくる。


 黒龍は所詮、私利私欲のための暗殺集団とみなされていたからだ。


 もちろん黒龍が解体されたからと言って、暗殺集団にいた者が人に戻れることはなく、権力者達はこぞって黒龍を配下に置きたがった。


 主が変わったとしても、元黒龍に求めら進む道は非道な道だけ。人の血を浴びることだ。雨衣も権力者の(こま)として、仲間と共に村から連れていかれる予定だった。


 そんな中、感情を持つなと言われてきた黒龍で、良く笑う感情豊かな二十歳前頃の女がいた。女はやけに雨衣を気に入り世話してくれた。


「貴方はまだ手を汚していないから、まだ戻れる」


 女は辛そうに顔を歪めそう言った。手を汚しておらずとも、仲間が人を殺めるのを無表情で見た来た自分が、人に戻れるとも思っていなった。


 その頃にはもう感情というものがわからず、眉一つ動かさない子になっていたが、


「貴方に感情があった印よ。悲しいことばかりだったから、閉じ込めてしまったのね」


 と女は悲しそうに言って、いつも優しく抱きしめてくれた。


 権力者が迎えに来る前日、雨衣は女の手を借りて山奥の村から抜け出した。小さな体で山を走り抜けたが、大人に敵うはずもなくあっけなく捕まった。


 逃げ出した者にあるのは、死だけだ。このまま死ねるならそれでいいと思った。


 雨衣を捕えに来た者の中には、逃がしてくれた女もいた。


 子供でも逃げ出した者は大罪だと、周囲は厳しい拷問が必要だと言い張ったが、女は全く感情のない声で時間の無駄だと、雨衣を刀で一刺しした。


 そして、動物の死骸(しがい)のように山奥の空き家に捨てられた。激しい痛みに立ち上がる力もなかったが、雨衣の息は繋がっていた。


 今思うと、あれが女にできる精一杯のはなむけだったのだ。


 あの場所は山奥でありながら人通りが多く、その日は朝から晴れていたが昼頃には雨が降った。そのため、空き家に雨宿りに来る人が多かったのだ。


 しかし、血だらけの子どもを見て逃げ出す者ばかりだった。


 このまま誰にも知らずに死にゆくのも悪くないと思っていた時、一人の少女が空き家に入ってきた。


 あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。暗い空き家に光が差し込んできたようだった。


 花の刺繍(ししゅう)が入った桃色の可愛らしい衣を羽織り、雨で濡れた頭を両手で隠しながら小屋の中へ飛び込んできた少女が星華だった。息を呑むほど澄んだ瞳に目を奪われた。


 星華は衣が汚れるのも気にせず雨衣に駆け寄り、血に濡れた腕を握ってくれた。


 そして、あの力を使い、何者かもわからない雨衣を命がけで救ったのだ。


 後になり、星華は翔貴と両親と共に山へ遊びに来ていたと知った。当時の星華は藍家当主の一人娘として、とても大事に育てられていた。


 そんな素振りも見せず、星華は自分のふかふかの布団の上に雨衣を寝せ看病してくれた。表情もなく何も話さない雨衣に、星華は自分のこと、翔貴のこと、世間のことを語り続けてくれた。


 夜は寄り添って眠ってくれた。雨衣の焼き印を見て、隠れて涙を流していたのも知っている。


 翔貴も星華の両親も、雨衣が元黒龍だと知った後も追いだすことはなかった。


 それでも、ここは自分のいる場所ではないと分かっていた。星華が眩しく見えるほどそう感じた。


 ある日の夜中に隣で寝ている星華を置いて、藍家を抜け出そうとした時、


雨衣(うい)、待って」


 と眠っているはずの星華がそう呼んだ。


「雨が私達を出会わせてくれたから、貴方の名前…雨衣はどうかしら」


 恥ずかしそうに笑う星華に今まで感じたことない暖かさを感じた。名前の意味などどうでも良かった。


 ただ、星華の口から、名を(つむ)いでもらえたことが嬉しかった。


 初めて込み上げてくる感情だった。(あふ)れ出す涙に茫然(ぼうぜん)としていると、星華は雨衣の全てを受け止めるようにぎゅっと抱きしめてくれた。


「貴方は雨衣よ」


 それから、感情というものを星華から学んだ。


 不思議と、星華が泣くと雨衣も悲しくなり、星華が嬉しそうだとこちらも胸がむず(かゆ)くなる。という風に星華を通して、感情の四季というものを知った。


 黒龍にいたという過去と、証である焼き印は一生消えない。もしもの場合、翔貴なら雨衣を守ることができると、翔貴に預けられることになった。翔貴は立派に人の道を歩ませてくれた。


 この二人を必ず守ると誓って生きて来た。


 藍家が襲われたあの惨劇(さんげき)の日、星華のそばにいれなかったことを雨衣はずっと後悔している。


 もうあの後悔だけはしたくないと、星華が叔父家族に引き取られる際に雨衣は星華の侍女となった。黒龍にいたという過去を背負い、星華のそばで仕える道を選んだ。


 その結果、自分の過去が(あら)わになり、星華を苦しめるという…ずっと恐れていたことが起こってしまった。

 

「私は命を救われたから星華様へ忠誠を誓っているだけではありません。人として見られることがなかった私を…始めて人として扱ってくれた方なのです。星華様が感情というものを教えてくれました」


 まるで物語ではなく仕事の報告のように淡々と話す雨衣の記憶を燈惺は長い間黙って聞いてくれた。


 星華の力のこと以外は、燈惺に全て話した。雨衣が全て話し終わると、


「私は昔、黒龍のものに家族を殺された」


 雨衣に負けないくらい淡々した声で、燈惺がそう言った。はっとして燈惺を見上げるが、やはり彼から表情を読み取るのは難しい。


 謝るべきなのか、何を言うべきか、雨衣にはわからかった。


「お前が殺したわけではないと、わかっている。望んで黒龍になったわけでもなく、望んでいなかったからこそ抜けたことも。整理ができず…お前の主を傷つけてすまなかった」


 雨衣の心情を読み取ったように、燈惺は雨衣の前に立ち少し頭を下げた。驚きながら、そんなことはないと、頭を横に振っている自分に気づいた。 


 燈惺と雨衣は似ても似つかない敵同士のような境遇だが、この人はどこか自分に似ていると思った。


「星華と睡月を守ってくれたこと感謝している。これからも頼む」


 そして、真っ直ぐに目を見て告げられた言葉に、大きく縦に頷いた。


 なぜか胸の奥が熱くなり、込み上げてくる何かを止めることができなかった。


「星華様は両親を失ってから…涙を流さなくなりました。どんなに酷い目にあい、辛くとも、悲し気に笑うだけでした。そんな星華様が昨日、泣いていました。子供の頃に戻ったように、泣き崩れていました」


 その言葉に、燈惺は辛そうに瞳を閉じた。


 違うのだ。星華へ刃を向けたことは今でも許せないが、別に伝えたいことがある。燈惺を責めるために言っているわけではない。


 昔の星華を見れたことに、少しの安堵を感じたのだ。


 星華は両親を亡くしてからも、明るく、強く、眩しい笑顔を忘れなかったが、子供の頃のように甘えることもなく涙も見せなくなった。雨衣たちには見えない(よろい)を被り、必死に耐えていたのだと思う。


「貴方に信じてもらえなったことが、星華様にとってそれほど悲しいことだったのです。同時にそれほど信じてほしかったのです」


 上手く言えないが、燈惺と出会い星華の何かが変わり始めている。 


 燈惺は何も言わず瞳を閉じたままだったが、その拳は強く握られていた。そして、静かに瞳を開くと「協力してほしいことがある」と雨衣の目を見て言った。


 その後、燈惺との長い話を終えて星華の所へ戻ろうと庭を出ようとした時、知らない声に呼び止められた。


 振り返ると、昨日陵家にいた端正な顔をしているが軟弱そうな青年だった。風流人(ふうりゅうじん)のような白い衣を羽織り、呼び止めたくせに狼狽(ろうばい)している。


「私のことを…覚えていないか?」


「覚えていない」


 はっきり答えると、青年は少し寂しそうに視線を下げたが、すぐに雨衣へと視線を戻す。


「私は昔、君に会ったことがある。君が黒龍に所属していたと燈惺が知ったのは、私が話したからだ。こんなことになり…」


「いつかは知られることでした。では」


 今となってはもうどうでもいい。


 早く星華に会いたいと身を(ひるがえ)したら、待ってくれとまた呼び止められた。仕方なく青年を見ると、少し寂しそうに眉を下げた後、


「私は伯蓮承だ。よろしく」


 その表情が嘘だったかのように、にこやかに名を告げた。










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